NFTが支えるフィリピンのアーティスト【密着】

フィリピン諸島の南端、ミンダナオ島のダバオに住む24歳のアーティストsquirterは2018年以降、収入のすべてを暗号資産で受け取っている。

作品を作り、NFT(ノンファンジブル・トークン)マーケットプレースでデジタルトークンを発行して、販売する。ハイブ・ブロックチェーンのネイティブトークン「ハイブ(Hive)」で報酬を獲得するために、アートについてのブログを書くことで金銭的に好調を保ち、新型コロナウイルスのパンデミックを乗り越えようしている。

squirterは2020年9月、手持ちのハイブトークンとイーサ(ETH)の一部を使って、デジタルアート業界では誰もが欲しがる「iPad Pro」を新品で購入した。それまで使っていた50ドルのダブレットと比べれば、飛躍的なアップグレードだ。

古いノートパソコンも、高速でパワフルなAsusのデバイスに買い替えた。このマシンであれば、クリエーターやコレクターに人気のハブとなっている仮想空間「Decentraland」を頻繁に利用するのにも十分耐えられる。

最近では、アーティストの「エンパワーメント」と言われるNFT界の熱烈なレトリックを批判する人たちもいる。しかし、squirterのようなクリエーターにとって、NFTは生活を大きく変える。良い作品作りをするために必要な機器を購入できる事実は、暗号資産の強気市場やNFTブームがリッチな人をよりリッチにする以上のインパクトを与えている。

特に、2020年には失業率が10.3%と、過去15年で最悪となったフィリピンでは顕著だ。失業率の高さから、個人消費は減少し、GDPは10%近く縮小し、女性と若者は最も大きな打撃を受けた。3月には経済活動が慎重に再開されたが、コロナの新規感染者数が急増したことを受けて、国の大半は再びロックダウンへと引き戻され、職場に復帰したばかりの数百万人が仕事を失った。

十分な数の安定した雇用を提供し、消費を回復させるのに苦戦していることから、フィリピンは「アジアの中で明らかに出遅れている」と評され、IMF(国際通貨基金)は、フィリピンがパンデミックから回復するのに最も時間のかかる国の1つになるだろうと予測している。

フィリピンに切実に必要とされているのは、より多くのsquirterのような人たちだ。

初めてのNFT

PTSD(心的外傷後ストレス障害)に苦しむsquirterの作品は、彼女の個人的な葛藤をあらわにしている。軽量の車椅子、点滴用のバッグと注射、病院のストレッチャーに乗る小さな子供を見下ろす顔の無い看護師。

美術の分野で学問の道に進むという夢を追いかけるには「感情的過ぎる」と言われた彼女は、自らの辛い経験を作品に活かし、そこから収入を得ることで、強みへと転換することを決意した。

「『あなたは感情的過ぎる』

分かったわ。じゃ、それでお金を稼いでみせる」

彼女と暗号資産との出会いはハイブだった。自らの作品についてブログを書き、コミュニティーからはブロックトレーズ(BlockTrades)でハイブトークンをETHと交換し、フィリピンの暗号資産初心者に人気のCoins.phでETHをフィリピンペソと交換する方法を学んだ。その後、ビットトレックスやバイナンスなどのより手数料の低いプラットフォームへと移っていった。

squirterがNFTについて知ったのは2019年。ハイブコミュニティーで知り合った友達から教わったが、自分で初めてNFTを売ったのは2020年3月16日だった。歩行者用信号機の押しボタンの上に、月へと向かうビットコインロケットが描かれた「Push Button」と名付けられた作品。ruth allenという名のアーティスト兼コレクターが、(発行された合計10のトークンの)最初の1つを当時22.3ドル相当のETHで購入した。

現在、市場価格が上昇するなか、squirterのNFTの多くは、NFTアートの平均価格をはるかに超える高値で取引されている。「Nonfungible.com」によると、NFTアートの平均価格は2月、1400ドルでピークとなった。

squirterの作品の買い手は世界中に広がっている。暗号資産アート美術館(Museum of Crypto Art)や、Decentraland内のフィリピンに特化したアートギャラリー「Narra Gallery」のギャビー・ディゾン(Gabby Dizon)氏、そして私もその一人だ。

透明性の中にある真実

ビットコイン開発者ジミー・ソング(Jimmy Song)氏は、NFTはイーサリアムネットワークが自らのブロックチェーンを売り込み、弱い立場にあるアーティストを食い物にするための賄賂に過ぎないと批判する。

squirterは「アーティストが分散型の場で搾取されていると思うなら、従来のアート市場のことなんて何も分かっていないということだ」と反論する。

アート業界における透明性の大切さを説明するために、squirterは自らの経験をシェアしてくれた。あるアートギャラリーが彼女の実際の作品の委託販売を請け負い、彼女に知らせずに転売したのだ。

特に彼女を苛立たせたのは、アーティストと直接結び付きを持ちたいと考えた買い手が、フェイスブックを通じて購入の過程で彼女に連絡を取ろうとしたことを、ギャラリーはそれは許されないと言い、squirterが買い手と関わることを禁止した点だ。

すべての取引を公開し、変更不可能で検証可能なものにするブロックチェーンの有用性を、squirterは認識するようになった。ハイブに2018年に参加して以来、分散化と耐検閲性の重要性も理解するようになった。写真家や他のアーティストが、ヌード作品を公開したためにメインストリームのプラットフォームから追放されるのを見てきたからだ。

NFTを発行する時にはいつでも、自分自身が持つ力を実感すると、squirterは語る。買い手が目に見え、2次市場(流通市場)では自分の作品がいくらで売られるのかを把握できる。自分の作品を削除したり、取り上げることは誰にもできず、再販売されれば収益の一部を受け取ることも可能だからだ。

さらに、スマートコントラクトによってすべてが自動化されているので、追跡したり、議論したり、待たされたり、何が起こっているのか分からずに思案することもない。管理者や仲介業者に邪魔されずに、買い手と直接、深い正真正銘の結び付きを生み出せるチャンスを与えてくれる。

成功を目指して

2019年、マニラにあるFEU工科大学を卒業したボン・ジェラルド・T・パグンタラン(Bon Jerald T. Paguntalan)氏が、3Dアーティストとして仕事を見つけるまでには半年以上もかかった。

「ここフィリピンでは、良い会社に就職するのは困難だ」とパグンタラン氏は話す。「不採用ばかりだった。私に可能性を見出してくれる人は誰もいなかった。自分でも自分を疑うようになった。世界は自分の才能を必要としていないと考えるようになった」

卒業した年の8月、コンガン・ゲームズ(Kongan Games)というスタートアップのゲーム会社に就職が決まった。すべては順調だった。パンデミックで会社が一時休業を余儀なくされるまでは。当時、10個のモバイルゲームを開発中であったにも関わらず、収益を上げ始める前のスタートアップは、オフィスを長く開け続けることができなかった。(現在でも再開していない)

解雇されたパグンタラン氏は、フリーランスで自らの技術を磨くことに専念した。3Dプリント可能なモデル作成に、自分の才能を生かす場を見つけた。3Dアーティスト向けのフェイスブックグループを利用してフィリピン人の顧客を獲得し、モデル1つにつき約20ドルほどで販売を開始した。

その後、海外の顧客を惹きつけ始めると、ブラックパンサーなど、お気に入りのマーベル・コミックのキャラクターの全身フィギュアに、彼らは600ドルも払うことをいとわないと知った。作品のファイルを送ると、顧客がペイパルで支払う。時にはチップを払ってくれる人もいる。

収入は安定してはいなかったが、月々の支払いは間に合った。数カ月後には、3Dプリンターを買えるほどの貯金が貯まった。

ある日、暗号資産トレーダーの兄が$SANDというトークンの話をしてくれた。トークンを発行するザ・サンドボックス(The Sandbox)のウェブサイトを見てみると、ビデオゲームプラットフォームでNFTボクセルを作る3Dアーティストを募集していた。パグンタラン氏は同社の200万ドル規模のクリエーター・ファンドに応募、2020年8月に採用された。

「サンドボックスの素晴らしいところは、作った資産を自分で所有できるところだ」と、パグンタラン氏は語り、自らのデザインの所有権をメールで顧客に委譲していたかつてのやり方と、NFTを発行する現在のやり方の違いを知った。「NFTを所有したままなので、マーケットプレースで販売される時は毎回、収益の一部を受け取ることができる」

パグンタラン氏のザ・サンドボックスでのアーティスト名はKradSuperSoldier。これまでのところ、KradSuperSoldierは80を超えるゲーム内アセットをデザインし、それらはサンドボックスのマーケットプレースで販売している。主なターゲットはNFTを購入する開発者で、自らのゲームや仮想空間で使ってもらうためだ。

「わーい!僕の作った車のアセットでゲームを作ってくれた人がいる!ありがとうー!!!」

「ザ・サンドボックスでレースを楽しもう。
色々なスーパーカーに勝って、チャンピオンを目指そう!
@TheSandboxGame $SAND」

KradSuperSoldierは、$SANDで支払いを受け取り、バイナンスでそれを「リップル(XRP)などのより交換可能なもの」に交換する。Coins.phのウォレットに送るのは簡単で、そこからフィリピンペソを、フィリピンで人気のモバイルウォレットGCashに送金する。

「仕組みにあまり馴染みがなかったので、最初はとても難しかった」とKradSuperSoldierは語る。「YouTubeで($SANDを)別の通貨に交換する方法を勉強してからは、本当に簡単になった」

2020年12月までには、壊れかけの携帯電話を新品に買い換えられるほどの収入を得るようになった。グラフィックデザインとビデオ撮影のために新しいデバイスを切に必要としていたアーティスト仲間のために、レノボのノートパソコンIdeaPad Gamingを買ってあげることもした。

KradSuperSoldierは「借りを返してもらえるとは見込んでいないけど、それでいいんだ」と語る。助けを必要としている人を支えることができるだけで、十分だった。

より多くのアート、より多くのチャンス

2007年、Beepleがプロジェクト「Everydays」に取り掛かり始めた時には、将来この作品を買うことになる人物は、ノートパソコンを持っておらず、買う余裕もなかった。時は流れて2021年3月、ビグネシュ・スンダレサン(Vignesh Sundaresan)氏、またの名を「MetaKovan」は、BeepleのNFTを買った。2013年に初めて暗号資産について知った時には、買う資金が無かったために、獲得する方法を探さなければならなかったほどだったのに。

MetaKovanの友人で、彼が立ち上げた暗号資産ファンド、メタパース(Metapurse)を手伝うアナンド・ベンカテスワラン(Anand Venkateswaran)氏にインタビューすると、「それは本当の話だ」と答えてくれた。「ペンドライブを持ち歩いて、それを友達のノートパソコンに差し込んで、コーディングの練習をしていた。友達のパソコンをクラッシュさせたのは1度や2度ではない」とベンカテスワラン氏、またの名を「Twobadour」は笑った。

現在32歳のMetaKovanは、若き暗号資産ビリオネアであり、友人のTwobadourとともに、NFTを熱心にサポートしている。

「メタパースの評価額、1億8000万ドルの少なくとも半分をアートに使ったはずだ。投資したアーティストは100人を超える」と、Twobadourは語る。2人は暗号資産を、「西欧とそれ以外を均等にする力」と形容した。

暗号資産によって、あらゆるバックグラウンドの人たちがグローバル市場に参加し、収入を得られるようになる様子を、MetaKovanとTwobadourは目の当たりにしてきた。暗号資産が取引のための障壁を取り除き、徹底的なインクルージョン(包摂)を促進しているのだ。

NFTアートの世界では、正式な教育は成功の必須要件ではない。大半の買い手は、作品だけに注目しており、クリエーターの資格は気にしていないからだ。これは重要なシフトだ。特に、大学の学費が莫大な出費で、大学に行くことは貧困家庭出身の子供たちにとってはおおむね手の届かない特権と考えられているフィリピンではなおさらだ。

「正式な訓練を受けていることは、アーティストにとって有益ではあるが、成功のための土台や必須要件とは思っていない」とsquirterは話す。正式な資格を持った人よりも才能、技術、可能性に優れた独学のアーティストを多く見てきたと、彼女は言う。

「NFTを利用すれば、学位のあるなしに関わらず、無名のアーティストが日の目を見て、安定した収入を得ることのできるチャンスがある」とsquirter。

普及への大きな障害の1つは、手数料のガス代(イーサリアムのネットワーク手数料)だ。NFT発行の平均コストは60〜200ドルと、平均世帯年収が6500ドルを下回る国においては、高額だ。

そこで、助けを必要とする人にチャンスを提供しようと手を差し伸べるのがFirst Mint Fundだ。現在2万ドルほどの資金を集めたこのファンドは、最初のNFT発行を目指す東南アジア出身・在住のアーティストにガス代を提供する。フィリピン人ミュージシャンで、フィリピン人クリエーターを長年にわたって支援するApl.de.Apは、発行予定のNFTの売り上げ収入の一部を、同ファンドに寄付することを約束した。

上がるものは必ず下がる

暗号資産市場のボラティリティを思えば、NFT市場がまもなく大暴落し、その時に貧乏くじを引くのはアーティストだという懸念が生じる。

しかしsquirterは、少なくとも今のところは、心配していないと語る。現状では、NFTの人気は増すばかりと考えている。市場が下降した場合には、暗号資産をステーブルコイン(米ドルなどの法定通貨に連動する暗号資産)に換え、必要な分だけを買い戻して、安値の時期を生き延びる計画だ。(彼女が暗号資産の乱高下に付き合うのは今回が初めてではない)

対照的にKradSuperSoldierは、近い将来に迫る暴落を常に考えていると語る。2017年後半、高値の頃にCoins.phでETHを初めて買い、個人的な理由でお金が必要だったために、その後安値で売らざるを得なかった経験が後を引いているのだ。

「イーサのまま持っておくべきだった」と、彼は語る。

初期に痛い目にあったKradSuperSoldierは現在では、MetaKovanのような投資アプローチを採用している。$SANDで得た収入の90%以上を、他の暗号資産に投資しているのだ。大幅な損失から身を守るには、ポートフォリオの多様化が最善と考え、多くの異なるコインを保有している(現在は、セイフムーンやセイフマーズなどのDeFiトークンがお気に入りだ)

「現在よりも未来に夢中になっている」と語るKradSuperSoldier。「1つの投資ですべて安泰なんてことはないし、両親を楽にさせたいという昔からの目標がある」と説明し、フィリピンを知る人なら誰にでも馴染みのある、典型的な家族への献身を示した。

フィリピン人クリエーターの作品を買う時には、その人個人の暮らしを支えているだけではない。彼らの周りの人たち、彼らが参加するコミュニティー、そしてフィリピン経済の未来をもサポートしているようだ。

リア・キャロン-バトラー(Leah Callon-Butler)は米CoinDeskのコラムニスト。最新ドキュメンタリー『Play-to-Earn: NFT Gaming in the Philippines(プレーして稼ぐ:フィリピンにおけるNFTゲーム)』は、Axie Infinityのプレーヤーがゲームから人生を変えるような収入を得ている様子を取材している。

|翻訳・編集:山口晶子、佐藤茂
|画像:Shutterstock
|原文:Artists Who Now Make a Living Because of NFTs