ステーブルコインのIRONが崩壊の危機──価格暴落の理由

米ドルに連動するステーブルコインのはずであるアイアン(IRON)を発行するアイアン・ファイナンス(Iron Finance)が、崩壊の危機にさらされた。アイアンの価格は現在、ペグされているはずのドルよりもずっと低くなっている。ステーブルコインは「ステーブル(安定している)」ことが要なのだから、これは明らかに由々しき事態だ。

ステーブルコインは大切だ。ドルに交換する面倒や費用抜きで、取引の間に資金を置いておける安全なはずの場所として、暗号資産投機家やデイトレーダーに幅広く利用されている。そのような需要がステーブルコインに競争力を持たせてきていたので、アイアンの暴落はその生みの親たちだけではなく、「アルゴリズム」ステーブルコインと呼ばれる同様のアプローチを採用している他のトークンにとっても大きな痛手だ。

「アルゴリズム」 ステーブルコイン

アルゴリズムステーブルコインは、少なくとも3つあるステーブルコインの種類の1つだ。1つ目は、サークル(Circle)のUSDCなど、法定通貨連動型ステーブルコイン。従来型法定通貨に完全に裏づけられている。

2つ目は、メイカーダオ(MakerDAO)のダイ(DAI)を始めとする、暗号資産連動型ステーブルコイン。DAIは暗号資産暴落に備えて、安定性を高めるために担保を1対1以上にしてある。

(ちなみに最もよく使われているステーブルコインのテザーは、それ自体が厄介な1つのカテゴリーだ)

そして3つ目が、アルゴリズムステーブルコイン。裏づけは1対1に満たず、価格のペグを維持するために、自動化された取引・発行の複雑な仕組みを伴っている。

アイアンは、ドルに完全に裏づけられているUSDCによって、75%裏づけられている。残りの25%の裏づけは、こちらもアイアン・ファイナンスが作った「シェアトークン」、「バランサートークン」と呼ばれるタイタン(TITAN)だ。タイタンは、アイアンのドルとのペグを維持するために、必要に応じて焼却・発行が行われる。

アルゴリズムステーブルコインの中には、アイアンよりも洗練されたもの、より堅固なものもあるかもしれないが、大半は似たような複数のトークンシステムを採用している。

ここで、厄介な核心的問題が見え始めてくるかもしれない。非常に大まかに言うと、これらのプロジェクトは部分準備銀行なのだ。ビットコインやその他のコインを支持する人たちは、部分準備銀行制度をひどく忌み嫌っている。その理由はまさに、アイアンを襲ったような壊滅的な事態のリスクがあるからだ。

世界初の大規模暗号資産取り付け騒動?

タイタン価格が65ドルから60ドルへ、そしてすばやく「実質ゼロ」へと下落したのに伴い、16日から一晩で、アイアンは窮地に追い込まれた。下落がそこまで急激だった要因の1つは、ひとたびタイタンが少し下落し過ぎると、アイアンを安定させるための仕組みは逆効果となり、裁定取引のチャンスが生まれて、そこに容赦なくつけ込まれるからだ。

裁定取引が果たした役割は、92年のポンド危機の時に似ており、今回ジョージ・ソロスのように大儲けしたのは誰だったかを突き止めるのも、面白いだろう。

アイアン関係者たちは事後分析の中で、「世界初の大規模な暗号資産取り付け騒動を私たちは経験した」と主張し、その失敗を弁明するどころか、美化さえしているようだった。

これに対する私の反応は2つ。1)彼らは取り付け騒動を経験してはいない。2)彼らの言葉は、彼らが意味すると思っていることを意味してはいない。

そもそも、「世界初の大規模な暗号資産取り付け騒動」が発生したのは2014年。世界中の顧客が、暗号資産取引所マウントゴックス(Mt. Gox)から合計で85万ビットコイン(BTC)を引き出そうと必死になっていた時だ。

85万BTCは当時の価格で4億2500万ドル相当、今の価格ならば330億ドルに相当する。この時慌てた顧客たちは正しかった。責任者たちの言葉とは裏腹に、マウントゴックスには資金がなかった。その大半はハッキングで失われたとされ、2021年1月時点でも、預金者のビットコインの23%ほどしか回収されてはいない。

アイアン保有者たちがどれくらいの損失を被ったのか、はっきりとはしていないが、プロトコルそのものは、ピーク時には担保で20億ドルを保有していた。そのすべてが失われたとしても、マウントゴックスに比べれば、小さなものだ。

もう1つ違いがある。マウントゴックスは確かに、いっときは資金を保有していて、それを失ったのだ。しかし、アイアンやその他のアルゴリズムステーブルコインの特徴は、そもそも裏づけとなる資金がないということだ。

タイタンの焼却・発行のルールがどれほど複雑であったとしても、アイアンは所詮、ドル連動型USDCによって75%しか裏づけられていない、ドル建てのトークンなのだ。これが究極的には、少しの価格変動が、恐ろしいパニック売りにつながった理由だ。底が見えてくる前に、皆が脱出したかったのだ。

マウントゴックスと同じように、そしてアイアン・ファイナンスによる、謝罪にもなっていないような事後分析での主張とは異なり、今回の取り付け騒動がシステムを崩壊させた訳ではない。エコノミストのジョージ・カウフマン(George Kaufman)氏が名言を残している。

「取り付け騒動によって、支払い能力のある銀行が破綻に追い込まれると信じられている。しかし取り付け騒動によって、支払い能力のない銀行の、支払い能力のなさが認識されるのだ」

エンロンを彷彿とさせる?

カウフマン氏は、マウントゴックスやアイアンについて語っていたのではない。徹底的にレバレッジ主導の超巨大な詐欺企業、エンロンについて語っていたのだ。

株式と会計のルールを巧み(そして邪悪)に操作して、エンロンは自社や子会社の様々な株式という形で、実質的に自分たちでお金を生み出すことによって、10年以上も自社株の価格を支えていた。

難解な技を多様に使って、そのお金を使って自社内で取引を繰り返し、その売り上げをウォール街に収益として報告していた。こうして、エンロンの収益と株価は驚異的で安定したペースで成長することができた。しかし、すべては見せかけであり、最終的には明るみに出ることとなった。

すべてのアルゴリズムステーブルコインも同じようなリスクを抱えているのだろうか?自らお金を印刷して、高度な方法で動かすことで、実際のドルの25%の価値を持たせるようにできるのだろうか?

そう信じさせてもらいたいと思うが、そうなるまでは、アルゴリズムステーブルコインは本質的に、魔法のマメのようなものだ。投資家のマーク・キューバン氏は、ステーブルコインの規制を求めているようだが、今のところはとにかく近づかないことで、「取り付け騒動」から身を守ることができる。

 デイビッド・Z・モリス(David Z. Morris)はCoinDeskのコラムニスト。

|翻訳・編集:山口晶子、佐藤茂
|画像:Shutterstock
|原文:Paying the IRON Price: Fractional Reserve Banking on a Blockchain