イーサリアム開発者逮捕につながった北朝鮮への旅

イーサリアム財団のバージル・グリフィス(Virgil Griffith)氏は9月27日、ブロックチェーンカンファレンス参加のための北朝鮮渡航に関連する容疑で有罪を認めた。

作家のイーサン・ルー(Ethan Lou)氏は、その旅に同行していた。ルー氏の最新作『Once a Bitcoin Miner: Scandal and Turmoil in the Cryptocurrency Wild West(かつてのビットコインマイナー:暗号資産のフロンティアにおけるスキャンダルと混乱)』から、抜粋をお届けする。


旅の始まり

私はドイツで育ったが、生まれは中国北東部だ。そこでは国境の管理は緩く、何千人もの北朝鮮からの亡命者が入国していた。ヒエラルキーの中でも上層に位置する一部のエリートたちは、私の両親の母校で学んでいた。

そのような学生たちには、手が出せない立場にいることから生まれる一種の傲慢さがあったという話をいくつも聞いている。それは中国の学生の一部と、さほど変わらない評判であるが、それも想定外ではなかった。

20世紀半ばの中国は、21世紀の北朝鮮とあまり変わらないとも聞いていたからだ。そんなこともあり、私は昔からずっと北朝鮮に行ってみたいと考えていた。

そうして2019年4月、私は他の7人の参加者と一緒に、北京から平壌へと高麗航空で飛んだ。ゾーン別に乗客を搭乗させない航空会社を利用するのは、それが初めてのことだった。高麗航空にはビジネスクラスはあったが、ゲートはクラス別ではなく、皆が一緒に搭乗した。

ドアの大きさは普通と一緒だ。皆が同時に搭乗することはできないので、列ができていた。ゲートに一番乗りした人が最初に搭乗し、遅れてきた人は最後に搭乗した。

これについて共産主義のジョークを言うことはできるだろう。高麗航空にまつわる他のこともすべて、冷戦の頃を思い起こさせるものであった。例えば、客室乗務員は西欧の航空会社と異なり、見た目だけで選ばれていることが明らかだった。

私の旅の目的は、間違いなく現代的なものだった。昔からの個人的好奇心を満たすためでもあったが、他の目的もあった。暗号資産(仮想通貨)カンファレンスに出席するためだったのだ。

平壌の暗号資産カンファレンス

北朝鮮は暗号資産を受け入れているということになっており、ハッキングやその他あらゆる犯罪行為を通じて、暗号資産を盗んでいると非難されている。デジタル資産は、伝統的な金融システムを迂回するものであり、理論的には、北朝鮮が自国経済を悩ませる国際社会からの制裁に打ち勝つのに役立つものだ。

金融システムからの自由を与えてくれる。パワフルな国家の気まぐれに左右されない新しい構造だ。しかし、それが良いか悪いかはしばしば、見方次第である。この旅は私にとっては、北朝鮮の現状を見るチャンスであった。

北朝鮮の場合には、何が与えられるかは決して分からないかもしれないが、それは常に予想外のものである。この旅は何カ月も準備してきたもので、たくさんの不安と興奮、努力、コストの集大成であった。そして不味さで有名な高麗航空の冷たいチキンサンドウィッチが、それを締めくくった。

私の期待に反し、外国からの参加者が北朝鮮国民にプレゼンをすると知った時には、本当にがっかりした。私はプレゼンを断ったが、カンファレンスで講演をした北朝鮮国民は1人もおらず、北朝鮮の活動については何の情報も得られなかった。それでも、振り返ってみれば、そのカンファレンスから国際的なスキャンダルが立ち上がったこともあり、決して忘れられない旅となった。

北朝鮮は表面的には、暗号資産を活用できる国のようには見えない。カンファレンス以外では、北朝鮮の世話役の人が色々と案内してくれたのだが、ある教員養成大学の授業で、講師がライセンス認証を行なっていないWindowsを使用していた。

ヘビ酒の宴

訪問した国内企業でも、テレビメディアプレーヤーや、あまりにも退屈で眠ってしまった3D映画、何十年も昔のものに見えるゲームマシンなど、まったくパッとしないテクノロジーが延々と並んでいた。あるゲームは牛を撃つもので、ただそれだけだった。目標も、レベルも、チャレンジもなかった。終わりがあったかも思い出せない。銃を手に取って、終わりもなく牛を殺し続けるだけのものであった。

旅のすべてに共通していたテーマは、冷戦時代の全体主義国家の特質である、真実の主観性であった。北朝鮮の独裁の中で、人々はアメリカが朝鮮戦争を始め、北朝鮮側が「勝った」と信じているのだ。客観的な事実というのは、希少だ。振り返って考えれば、北朝鮮が暗号資産のための壮大な計画を持っていたとしたら、なぜ私たちのような脈絡のない外国人に見せただろうか?

至る所にある地政学的緊張は、絶え間なく明白に思い起こさせられるもので、それを隠せるものは何もなかった。

北朝鮮の女性たちは恐れていた。私たちが瓶からヘビを取り出したからだ。誰がやったか私は見ていなかったが、死んだヘビはさらけ出されていた。ビンは空だった。私たちはヘビ酒をすべて飲み干してしまったのだ。アルコール度数は60%。世話役の人は笑いながら、特に男性にとって健康的だと言っていた。

暗く煙ったそのカラオケバーでは3日前、イーサリアム財団のバージル・グリフィスが、R.E.M.の「Losing My Religion」を披露して私たちを感心させた。私の頭はクラクラしていて、ホテルで会ったばかりの中国語を話す外国人が、北朝鮮の銀行を買うことのメリットを褒め立てていたのは分かったが、認識できたのはそれくらいだ。

顔と手の大きな中国語を話す人と会話していたこと。それがはっきりとした最後の記憶である。次の晩、同じ男性に出くわすまでは、あまり気分が優れなかった。その男性は私たちに合計400ユーロ相当の高級ワインをおごってくれ、銀行計画についてまた語っていた。

ヘビ酒のキツい味、それ自体は1つの体験であったが、それと世話役の人たちのもてなし以外には、北朝鮮で学んだことはほとんどない。世話役の人たちとは非常に仲良くなり、旅立つ時にはハグをした。多くの夜がヘビ酒を飲んだ夜と同じようで、予想外に酔っ払ったどんちゃん騒ぎであった。あまりに同じ過ぎて、それぞれの夜の区別がつかない感じだ。

緊張関係

中国語を話す男性は、銀行を買うためのローンを受けるために、私の名前を使いたがっていた。少なくともそれが、私が聞き取れて、覚えていることだ。酔っ払ってしまうと、私は中国語をあまり喋れなくなる。

男性の提案は、あらゆる点で怪しく聞こえた。北朝鮮と関わることの危険性のサインであった。北朝鮮にまつわるあらゆることと同じように、微妙な時期に行われた私たちの旅にも、制裁が大きな影を落としていた。悲劇はまだ記憶に新しかった。

北朝鮮で拘束されたアメリカ人オットー・ワームビア(Otto Warmbier)氏が、帰国後に亡くなり、両親は拷問が原因と主張していた。緊張関係が悪化する中、「dotard(老いぼれ)」や「ロケットマン」といった侮辱の言葉が、外交の語彙に加わった。

アメリカのトランプ大統領は北朝鮮の金正恩総書記と前例のない2度の首脳会談を開催。聞こえは良く、壮大なものであったが、何も実のあるものではなかった。それでも注目を集め、この問題は時代精神に固く刻まれた。

ヘビ酒の次の日、まだフラフラしながら目を覚ましていた頃、平壌のあまり遠くないところでは、金総書記がロシアのウラジオストクでプーチン大統領と会うために電車に乗り込んでいた。

両首脳は祝賀会を共にし、乾杯した。儀式用の剣を互いに贈呈し、プーチン大統領はアメリカとの交渉における金総書記の立場を公に支持した。そしてある日、エレベーターから出た私は、中国の軍人を見かけた。彼のために、北朝鮮への輸出が禁止されているはずのメルセデスベンツの一団が、建物の外で待っていた。

「あれは中将だ」と、私は半分は独り言、半分は質問のような調子で言った。

「はい」と、北朝鮮の世話役は微笑んだ。人民解放軍ではそれが最高位であった。

中国の存在

文字通りの中国以外にも、比喩的な中国も目にした。大学の教授は訛りのある英語を話すかもしれないが、サービススタッフでさえも、完璧な中国語を話した。中国の電化製品に中国の車。北朝鮮の不安定な「兄」的同盟国の影は至る所に見られた。

1950年に始まった朝鮮戦争の時と同じように、朝鮮半島はそれ自体が戦場なだけでなく、より強力な国家間の闘争の代理の競技場だ。一触即発の火薬庫であった。観測筋は核の危機を恐れていた。

そのような背景の中、すでにミステリアスで時に悪しき評判も伴った暗号資産とブロックチェーンが、北朝鮮と結び付いたらとりわけ悪質なものと見られても驚きではないだろう。

北朝鮮の出席者の一部さえも、カンファレンスでは眠ってしまっていたが、地球の裏側では、注目していた人たちがいた。私たちの誰も、その関心がどれほど熱心なものであるかを知らなかった。

その旅の頃までには、ビットコインは2万ドルから3200ドルまで値下がりしていた。私は歳を取り、一段とやつれていたが、知っていること、想定できることという点ではより賢くなっていた。

カンファレンス参加者の誰も、西欧で何かが巻き起ころうとしていることを知らなかった。油断のない監視の目と、無類のリソース。私たちが想像したり、予測できる範囲を超えて、問題が起ころうとしており、私たちがすでにそれまでの1年間で暗号資産界で経験してきたことを、さらに悪化させようとしていた。

|翻訳・編集:山口晶子、佐藤茂
|画像:Shutterstock.com
|原文:7 Nights in Pyongyang: Inside the North Korean Trip That Got Ethereum’s Virgil Griffith Arrested