メタバースをめぐる「暗号資産国家」と企業の競争【オピニオン】

どんなメタバースに住みたいだろうか?

フェイスブックが「メタ」に社名変更し、「メタバース」を設計、開発し、次なるデジタルフロンティアを目指すブランドの一新を発表したことを受け、サイバースペースの未来をめぐる戦いの火蓋が切られた。

「メタバース」とは何か?

「メタバース」とは、デジタルの世界と実世界の境目を打ち壊すバーチャル世界を表す言葉だ。さらに詳しく言えば、メタバースとは「実質的に無限のユーザーによって同時かつ持続的に体験され得る、リアルタイムでレンダリングされた3Dバーチャル世界の大規模で相互運用可能なネットワークで、アイデンティティ、歴史、権利、モノ、コミュニケーション、支払いなどのデータの継続性を実現する」とされる。

このコンセプトは、1992年発表のニール・スティーヴンスンによる小説『スノウ・クラッシュ(Snow Crash)』に登場。そこでは人々が、事業を行なったり、人々と交流するために企業所有のデジタル世界へと接続する。

さらに、映画『レディ・プレイヤー1』や、ノンプレイヤーキャラクターが人間のような知覚を持つAIになるネットフリックス映画『フリー・ガイ』でも、メタバースの世界が描かれている。

メタバース投資家で作家のマシュー・ボール(Matthew Ball)氏は、メタバースがこの先10年で、最大30兆ドル規模になると推測。このデジタルリアリティがどのように開発され、管理されるかが、近い将来、そしてこの先何世代も先の社会的な行く末を決定するだろう。この記事では、メタバースの未来をめぐる戦いは結局のところ、ハードウェアに行き着くと論じていく。

中央集権型 vs 分散型

メタバースに関して、競合する2つの主要なビジョンは民間型と公営型だ。

民間型メタバースは、フェイスブックの「メタ」といった巨大企業が、人々が「交流、学習、協働したり、遊ぶ」方法を決定する。これは(デジタル世界を投影するヘッドセットを通じた)バーチャル・リアリティと、(デジタルのモノを実世界の上に投影するメガネなどの)拡張現実を通じて実現される。

民間型メタバースはフェイスブックが所有、管理し、消費者としてのユーザーから価値が引き出される。フェイスブックは最初、リブラ(後にディエムに改称)でブロックチェーンと暗号資産(仮想通貨)に取り組んだ。

フェイスブックが自社メタバースではデジタル資産を表し、交換するためにNFT(ノン・ファンジブル・トークン)を活用すると発表したため、暗号資産界の人たちは現在、フェイスブックが再びウェブ3.0のアイディアを盗み、独占しようとしていることに怒りを感じている。

暗号資産コミュニティーの匿名共同体は先日、共同署名された「サイバースペース独立宣言」を発表。これは、1996年のジョン・ペリー・バーロウによる有名な「サイバースペース独立宣言」をもとにしたものだ。

「クッキー、著作権、資本によって、短期的には貴社にコントロールが集中するかもしれないが、権力を分配する世界では機能しない」と、フェイスブックに対する警告として、この宣言には書かれている。暗号資産コミュニティーは、自らメタバースを構築することで、メタバースを集団で所有することを固く決意しているのだ。

対照的に公営型メタバースは、参加者が構築して所有する無数の分散型デジタル世界であり、人々が行き来できるものだ。公営型メタバースは、オープンで相互運用可能な分散型テクノロジーアーキテクチャを前提としている。

支払いのためにはDeFi(分散型金融)、実際の価値を持つデジタルアイテムのためにはNFTなど、様々なイノベーションを組み込むことになる。さらに公営型メタバースは、「目的が一致した分散型コミュニティーが、デジタル世界において集団で所有、管理、作業を行う自律分散型組織(DAO)」によって管理、所有されるものだ。

ハードウェア

メタバースの基盤となるベースレイヤーはハードウェアだ。

メタバースは、メタバースにアクセスし、やり取りするために実際のデバイスに依存している。フェイスブックは、(16億ドルで買収した)オキュラス(Oculus)のバーチャル・リアリティヘッドセット、そしてレイバンとのパートナーシップによる拡張現実(AR)を通じて、メタバースへのハードウェアインターフェイスを実現しようとしている。

ハードウェアは、演算、ネットワーキング、決済サービスと、相互運用規格と並んで、メタバースを可能にする中核的要素である。

しかし、ハードウェアは困難なものだ。有名なオープンハードウェアハッカーのアンドリュー「バニー」ホワン(Andrew “Bunnie” Huang)氏は、「ハードウェアはサプライチェーンがすべて」であると述べているが、安定性が低下しているサプライチェーンでも際立った課題が、マイクロチップだ。

マイクロチップは、コンピューターハードウェアの基本的要素で、極めて多くの専門知識と労力を必要とする。工場の建設には数十億ドルがかかり、世界にわずかしかない。

最大で最も進んだチップメーカーはTSMC(台湾積体電路製造)で、世界の受注生産チップの半分以上を製造している。同社の時価総額は5500億ドルだ。ウエハーサイズの小さなチップがモバイルデバイス、「モノのインターネット」ハードウェア、冷蔵庫、自動車、5G通信ネットワーク、人工知能を動かしている。

新型コロナウイルスによるロックダウン、配達の遅れ、自動車などの一部業界からの発注中止、消費者家電などの一部業界における消費増大などから、サプライチェーンは深刻な影響を受けた。

このようにして、国民国家の技術的発展は、サプライチェーンにおける不足に脆弱なものとなった。サプライチェーンの混乱は、マイクロチップサプライチェーンのもろさを露呈し、マイクロチップ製造をめぐる国民国家間の地政学的緊張が高まった。

現在、「暗号資産国家」も、オープンメタバースのために必須のハードウェアを供給するために、マイクロチップ業界での競争に参加することを望んでいる。

ベンチャーキャピタル、アンドリーセン・ホロウィッツ(Andreessen Horowitz:略称a16z)のバラジ・スリニバサン(Balaji Srinivasan)氏は、「ネットワーク国家」と「クラウドシティ」を、外的リソースに依存せずに集団で交渉、資金調達、開発、維持、複製できるバーチャル政治的実体と形容している。

ブロックチェーンベースのDAOは、デジタルエコノミーをブートストラップし、実世界で集団的に交渉し、領域をクラウドファンディングで獲得できる能力の点において、まさにこれだ。

ワイオミング州で土地を購入するCityDAOや、合衆国憲法の原本の購入、共同保有を目指したConstitutionDAO、オープンマイクロチップを大量製造しようとするコン・ランド(Kong Land)など、このような暗号資産シティやネットワーク国家は至るところに出現している。

暗号資産国家「コン・ランド」

暗号資産国家コン・ランドは、本格的オープンハードウェアハッカーたちの発案物だ。シリコンバレーでドアロックビジネスを成功させて退いたコン・ランドの共同立ち上げ人たちは2018年、ホワイトペーパー「ARX」を発表。そこには、オープンなシリコンチップ製造を通じた信頼のビジョンが記されていた。

2019年には、オープンチップが最初のユースケース、「暗号資産キャッシュ」のハードウェア紙幣という形でテストされた。「コン・キャッシュ」と呼ばれたこの紙幣には、検証を行い、暗号資産にアクセスするためのスマートコントラクトにつながるマイクロチップが組み込まれていた。

オープンチップをめぐる実験は先日、NFT「市民」トークンの立ち上げを伴って、オープンチップの製造と活用のDAOのためにコミュニティーを形成するコン・ランドへとつながった。

コン・ランドは、実世界とデジタル世界の橋渡しを行い、オープンメタバースの到来を告げるため、ブロックチェーンベースのスマートコントラクトにつながった暗号化鍵の所有を通じた、シリコンレベルで安全なハードウェアの上に成り立っている。

コン・ランドのチップは、思いつくあらゆるユースケースのための可能性を秘めている。コン・ランドのマニフェストには、「コン・ランドが生まれれば、ステーブルコイン、アイデンティティ、アートなどのプロジェクトのために暗号資産をエクスポートする。(中略)十分な資産があれば、最終的にはより安全な、実際に触れられる暗号資産の形態を巡る研究を続けることを目指す」と記されている。

コン・ランドのメタバースは、初期の買い付けを通じてガバナンス権を獲得し、「Kongstitution」に署名し、コンの「グリーンカード」ポリシーに沿ってトークン獲得のために働く「市民」が所有する。

フェイスブックによる中央主権型企業メタバースの提案の脅威に対して、コン・ランドに協力したポール氏は、「バーチャルアイテムで実際のアイテムを登録するインフラは、民間のものではなく、公共財であるべきだ」と主張した。

暗号化技術で安全にしたマイクロチップは、ハードウェアにおいて、人々が自らの鍵を保持する方法だ。「これらのチップによって、調停者なしでやり取りするための方法が手に入る」と、コン・ランドに協力したキャメロン氏は語る。

ハードウェアレベルで個々の所有権に対処することで、デジタル資産や不動産への安全なアクセスのために、チップは実質上あらゆるものに埋め込むことができる。

コン・ランドでは、「シリコンロック・コントラクト(SiLo)」を通じて、ハードウェアレベルでデジタル資産と実世界の資産の所有権に取り組もうとしている。

SiLoはパブリックブロックチェーン上のスマートコントラクトに暗号化技術によってつながった、低コストかつ丈夫なセキュアエレメントマイクロチップである。各チップは暗号鍵ペアを自己生成し、公開鍵はコンのレジストリコントラクトに追加される。

スマートフォンの近距離無線通信(NFC)リーダーを使えば、誰でもマイクロチップをスキャンし、秘密鍵を承認し、コントラクトに保管されたトークン化資産へのアクセスを解除し、アイデンティティを認証し、実世界でのアクションを引き起こすこともできる。

SiLoマイクロチップを実世界のアイテムに組み込むことで、オンチェーンで検証でき、実世界とやり取りできる暗号資産へと変容させることができるのだ。

「伝統的テック企業はおおむね、ユーザーをバーチャルの世界に連れて来たり、デジタルのエクスペリエンスで現実を拡張することに重点を置いているが、私たちはウェアラブルなヘッドセットだけに頼らないシームレスに絡み合ったメタバースを思い描いている」と、コン・ランドの「大使」は語っている。

実世界のモノとデジタルのモノをマッチさせるセキュアエレメントチップによって、実世界の資産をデジタル化することが目標だ。NFTは、実世界からデジタルの世界へ、そしてデジタル世界から実世界へ(この最終ステップが困難という)の検証された資産の移動、そしてメタバース間での相互運用性のための資産の真正な所有権の確立を実現する。

その一例が、コン・ランドマイクロチップを組み込んだ商品のための「デジタル工場」、「メタファクトリー」だ。これによって、洋服をスマートフォンのNFCチップリーダーでスキャンし、NFTを表示させ、その商品に関してのメタデータをシェアすることができる。

コンは将来的に、固有の資産の所有権を検証するチップを通じて、NFTとデジタルアイテムを、それらが表す実世界のアイテムへと移植できるようにする構想を思い描いている。

もう1つの例が「コン・カード」だ。こちらは、コン・ランドの市民が特別なイベントにアクセスできるように、実世界のロケーションで市民権を検証することを可能にするチップが組み込まれた実際のパスポートだ。

パスポートによって固有のアイデンティティを証明できることによって、ガバナンス投票において問題となり得る、複数の偽アイデンティティを使ったネットワーク攻撃(シビル攻撃)など、デジタル暗号資産の世界における問題が解決される。

「あらゆる国家と同じように、コン・ランドには市民としての要件、固有の文化、機能した政府(DAOのDAO)、SiLoを組み込んだ暗号資産の作成、輸出に基づいた活発な経済がある」と、プロジェクトのブログには記されている。

コン・ランドのビジョンは、想像し得るあらゆるものにマイクロチップを組み込む「サブDAO」の中心である「DAOのDAO」になることで、オープンメタバースの集まりを促進する。

中核にチップ製造のハブを持ち、独自セキュアエレメントチップと、最終的にはカスタムシリコンの研究開発を輸出するという野心を抱いたコンは、閉鎖型のメタバースというフェイスブックのビジョンと競合する存在だ。

結論

暗号資産シティや国家としてのブロックチェーンベースのDAOをめぐる、急速に展開する実験は、デジタル世界と実世界をつなげる革新的な方法を提示している。

根本的には、オープンな分散型暗号資産メタバースと、閉鎖的で搾取的な企業メタバース間の戦いは、デジタル世界に人がどのようにアクセスするか、ハードウェアの問題に帰結する。コン・ランドは、オープンメタバースのために競争できるコミュニティー、製造能力、専門知識を持ったクリプト国家の一例である。

国家のように運営される暗号資産プロジェクトは、発展するに伴って、新しい政治的主体として巨大企業や国民国家と競い合うことになるだろう。実世界とデジタル世界の境目が曖昧になるに連れて、メタバースの未来をめぐる新しい戦いは、サイバー文明のリスクとチャンスについての重要な研究領域を提示する。

暗号資産コミュニティーは、「相互依存」のビジョンを追求するために、オープンな技術アーキテクチャと、参加型ガバナンスの重要性を強調し続ける必要がある。

|翻訳・編集:山口晶子、佐藤茂
|画像:Shutterstock.com
|原文:‘Crypto-States’ Will Compete With Corporates in the Metaverse