三菱UFJ 齊藤達哉──銀行で働く“起業家”はWeb3の日本の土台を作れるか?

青森市で生まれ育ち、東北大学で経済学を学んだ後、次世代の新しい社会インフラを作ろうと日本最大の金融コングロマリットで働き続ける齊藤達哉さん。

日本では「失われた30年」と呼ばれるゼロ経済成長が続いているが、ブロックチェーンという革新的な技術をフル活用した近未来のデジタル金融インフラを作り上げるために、大企業で「起業家」のように働いていきたい。

そう話す齊藤さんは現在、三菱UFJ信託銀行・デジタル企画部デジタルアセット事業室でプロダクトマネージャーを務める34歳。

過去10年で、優秀な人材がウォール街の金融機関からシリコンバレーのテクノロジー企業に流出する現象が日本でも起きてきていると言われてきたが、金融界では「縁の下の力持ち」的な信託銀行で働き続ける齊藤さんに、ワークライフと世界で広まりつつあるデジタル・トークン金融について聞いた。


ブロックチェーンに代替される危機感

──齊藤さんは三菱UFJ信託銀行でデジタル企画室(旧Fintech推進室)の立ち上げに取り組まれましたね。

齊藤さん:2016年です。当時、ブロックチェーンやAI、フィンテックがバズワードとして認識され始めていました。ブロックチェーンは概念として、信託と相性が良いものです。裏を返すと、放っておくと他の事業者に先を越されると感じました。

専門部署の立ち上げに関わったのは、経営企画部でITを見ていた管理職と直属の上司と私の計3人。発足時には、10数人のメンバーがいたものの、私以外は全員が兼務でした。専任の担当者として業務にあたっていたのは私だけでした。

いまでは野村證券やSBI証券、ケネディクスや三井物産などがセキュリティトークン(ST)基盤として活用する「プログマ(Progmat)」も、業務委託のメンバーと2名で始めたものです。

信託は、我々のレーゾンデートル(存在理由)です。ブロックチェーンで代替されてしまうかもしれないという危機感を覚え始めたのが2016年頃でした。一方で、我々がやるとなったら、今、信託で持ってるノウハウをブロックチェーンに落とし込めるのではないかと感じていました。

社内起業家の思考

──1人で事業を興していく姿は、銀行で働く「起業家」ですね。

齊藤さん:自分をいち事業者と再定義するようにしました。経営者やレポートラインが株主で、社内関係部署をパートナー会社として捉えながら業務にあたっています。

大企業の既存業務では、レポートラインとなる上司の方々が歴史・経緯を知っていて、ノウハウもあります。しかし、新しい分野に関しては必ずしもそうではありません。この会社においては、現場が一番詳しいという状況ができます。

新たな企画を提案するときには、IRのロードショーのように株主を説得して投資やリソースを引き出すような認識で動いています。

新規事業は困難の方が多いですし、大企業の中から生み出そうとすると特有の壁がいくつも存在します。このようなマインドセットで取り組むと、社外の起業家の方々を勝手に仲間のように感じられ、自分も頑張ろうと気持ちを強く保てます。

開発したProgmatは日本をどう変える?

齊藤さんが主導して、三菱UFJ信託が開発したProgmat(プログマ)とはいったい社会をどう変えていくのか?

Progmatとは、金融取引におけるほとんど全てのものをデジタルトークン化した次世代のプラットフォームのこと。企業が不動産や動産、社債などを裏付けとするデジタル証券(セキュリティトークン=ST)を発行でき、日本円に連動するデジタル通貨(ステーブルコイン)による決済を行い、さまざまな種類のデジタルトークンを保有できるウォレットを完備している。

過去2年で世界的なブームを巻き起こしたNFT(ノン・ファンジブル・トークン)は時に、機能型NFTやユーティリティトークン(UT)とも呼ばれ、暗号資産(仮想通貨)やセキュリティトークンとは異なる。UTは優待券や会員権、イベントなどへの参加チケットなどをトークン化したもので、プログマでも対応することが可能だ。

例えば、企業が社債をSTとして発行し、それに付随する優待券をUTで発行できれば、個人の投資家はスマートフォンでウォレットを利用して、STとUTを保管できる。UTに記録されている優待サービスを利用しきれない場合は、ウォレットを介して第三者に譲渡することも可能だ。

この一連の流れをブロックチェーン上でリアルタイムに行えるのがProgmatで、ステーブルコインの発行管理を行う基盤である「Progmat Coin」で発行した円連動型ステーブルコインを組み合わせることで、企業と投資家・顧客・ファンをコネクトして、デジタル資産の流通を可能にする。

事業者は株主や顧客、ファンなどに対して、魅力のある優待サービスをUTとして提供し、STを使った資金調達を行う。個人にとっては、スマホウォレットを軸に、投資目的にSTを購入・取引し、優待券やチケットはUTとして管理することが可能になる。ステーブルコインを利用すれば、取引決済はスマホで瞬時に完了する。

ウォレットシステムは、事業会社向けには、STとUTの発行・管理が簡単に行える「トークンマネージャー」機能となり、個人ユーザーに対しては、様々なSTやUTを一元管理できるウォレットとなる。秘密鍵の保全などのセキュリティ対策の強化にも重点を置いているのもProgmatの特徴だ。

──そもそもなぜ三菱UFJ信託銀行で働こうと思ったのですか?

齊藤さん:裁量とインフラとしての社会的意義の大きさです。また、信頼できる優秀な仲間が多く、少数精鋭を標榜している組織でチャレンジしたいという気持ちがありました。

就職活動のときに考えていた軸は今も変わっていません。金融をはじめとしたインフラ事業者を受けていて、社会的意義と影響力が大きく、必要不可欠なビジネスに携わりたいと考えていました。

新規事業に取り組むようになってからは、「固定観念を覆したい」という想いが強いです。一般論として、「日本の大企業はイノベーションを起こしづらく、新規事業アイディアがあるなら起業すべき」というイメージがあると思います。

Progmatをはじめとしたデジタルアセット事業を通じて、顧客からの信用やドメイン知識が重要なインフラ領域など、大企業の中からイノベーションを起こした方が早く社会に浸透するビジネスもある、ということを証明したいと考えています。これが、起業せず信託銀行に身を置き続けている理由です。

三菱UFJの「赤色」を無色にする

(画像:Shutterstock.com)

──プログマを社会に広く普及させることはそう簡単ではないでしょう。

齊藤さん:ナショナルインフラとして、三菱UFJのカラーである「赤色」を無色にしたいと思っています。今、国内の狭い市場で、複数のプラットフォームで競っている場合ではありません。既存業務では競合となる他のメガバンクや信託銀行が参画できる枠組みを構築します。

現在、STプラットフォームの事業者にとって、ブロックチェーンで完結する資金決済手段がないことが共通のペインとなっています。共通インフラで、少なくとも決済手段は同じ基盤でできるようになると、投資家の利便性は高まるでしょう。

将来的には、三菱UFJフィナンシャルグループが拠点を構えるアジアなどへの進出も選択肢ですが、足元は国内で地固のフェーズ。様々な金融機関をイコールパートナーとして、ノードを広げていきます。

これも「固定観念を覆したい」という指針がベースにあります。従来の発想でいけば、リスクを取って開発したプラットフォームの利益は我々で独占すべき、となりそうなものです。独占せず、様々な資本グループのプレーヤーが相乗りできる仕組みにすることで、より早く、様々な場面で、多くの投資家が利便性を享受できる世界にできると信じています。

米国、中国が凌駕したWeb2

(画像:Shutterstock.com)

──日本はデジタル化において、欧米や中国、シンガポールなどの国々と比べると相当遅れているように思えます。

齊藤さん:プログマの開発を通じて、政治家や金融当局の方々とお話しする機会が増えました。固定観念として「新しい規制を作ってくる」という認識を持たれがちですが、「日本はWeb2時代にプラットフォームを全部取られた」という危機感を強く持っている方が多いです。

クラウドサービスなど、私たちが使っているほとんどのインフラやプラットフォーム層がアメリカなどの海外のものです。日本のものは海外の基盤の上で踊るアプリケーション層のサービスがほとんどです。我々の取り組みは道半ばですが、プラットフォーム層として広げ得る芽は生えたかなと思っています。

Web3ほどのチャンスはなかなかありません。今、自分の関心事としてもデジタルセット領域が100%です。Web2時代から、パラダイムシフトが起こるタイミングであり、その波に乗って、今まで大きな組織の中で事業を作ってきた経験を生かしたいです。

Web2:ユーザー同士が双方向にコミュニケーションできる。閲覧のみを目的に静的ページを表示していたWeb1.0との対比として使われる。データが、GAFAをはじめとしたビッグテックに集中することが課題とされている。

Web3:Web3.0とも呼ばれ、ブロックチェーンなどのピアツーピア技術に基づく新しいインターネット構想で、Web2.0におけるデータの独占や改ざんの問題を解決する可能性があるとして注目されている。

日本を脱出する起業家たち

──税制や事業環境の違いや市場の大きさを理由に、Web3の起業家がシンガポールやドバイ、ポルトガルなどに拠点を移すケースが増えています。

齊藤さん:日本にこだわりがなかったら、迷いなく海外に出ていたと思います。一方で、自身の行動指針として、「固定観念を覆したい」というマインドがあるので、日本発でデジタルネイティブなプラットフォームを展開し、「日本はWeb3に向かない」という前提を打破したいです。めったに来ない新しい波が来るのに、人材が流出していくところを指をくわえて見ているのは避けたいと考えています。

また、特に金融✕ブロックチェーンの領域は、各法域の考え方がプラットフォームの設計上大きく作用します。例えば日本は、アメリカなどの英米法の考え方とは異なる大陸法の考え方です。そしてアジアの多くの国も大陸法の考え方。

日本発のデジタルアセットプラットフォームを英米法の法域で拡げるのはハードルが高いですが、アジアなどの法域ではむしろ親和性が高いと考えています。

そして、このような資産・証券に関する法律と、ブロックチェーンの結節点となる領域では、信託銀行のドメイン知識を生かして、ゼロからプラットフォームを開発してきた我々にも、相応の優位性があるのではないかと見ています。

政治家や金融当局の方々とお話していると、「Web3時代に、日本はどうやってプラットフォームをおさえるか」を真剣に考えている方が多くいらっしゃいます。私も、プロパーで入った三菱UFJ信託銀行で、「これを成し遂げた」と言えるところまで頑張りたいです。

|インタビュー:佐藤茂
|編集・構成:佐藤茂、菊池友信
|フォトグラファー:多田圭佑