ウィル・スミスの一件がNFTになるクリプト市場を考える【コラム】

大物俳優ウィル・スミスが、アカデミー賞授賞式の場でコメディアンのクリス・ロックを平手打ちしてから24時間も経たないうちに、暗号資産(仮想通貨)業界ではすでに、今回の出来事をブロックチェーン上に何とかして組み込もうとするプロジェクトが、少なくとも2つ立ち上がった。

暗号資産と、世界中に響き渡った平手打ち事件の間には、論理的かつ明らかなつなが全くないにも関わらず、新たに発行されたデジタル資産はすでに、売り上げを生み出しているようなのだ。

だからと言って、そのような資産に飛びつくべきだろうか?絶対にノーだ。

バズフィードのケイティ・ノトポウロス(Katie Notopoulos)記者は28日朝、マーケットプレースのオープンシーでNFTを販売する「Will Smith Slap DAO(ウィル・スミス・スラップDAO)」なるものを発見した。

誰でも好きにトークンを作れる世界

さらに、「ウィル・スミス・イヌ」と呼ばれるトークンが、ユニスワップなどの分散型取引所で取引され始めた。ウィル・スミス・イヌは一晩で、短期的に価格が高騰。取引高は約190万ドルに達した。

取引高自体はそれほど大したものではない。しかし、暗号資産をあまり知らない人にとっては、基本的な疑問を呼び起こすには十分だ。例えば、ウィル・スミスはなぜそのようなものを許したのか?どんな理由でそんなトークンを買うべきなのか?何か意味のあるトークンであり、奇抜だがよく知られた暗号資産ビジネスモデルを、自分が見過ごしていただけなのか?など。

このような疑問への短い回答は「ちょっと待って」だ。このようなプロジェクトが、まともで投資可能なものだと思っているなら、一呼吸おいて、暗号資産についての大切な知識をおさらいする時だ。

むしろそれは、知っておくべき最も大切なことかもしれない。暗号資産の世界では、誰でもトークンを作り、好きに名前をつけ、それについて何でも好きなことを語っても、おそらく面倒なことに巻き込まれることはない、という事実だ。

イーサリアム、バイナンス・スマート・チェーンをはじめとする暗号資産システムには、派生トークン(それぞれERC-20とBEP-20)を素早く作り出すためのツールが用意されている。このようなトークンには価値が内在している訳ではなく、著名人や文化イベントとのあいまいなつながりを主張した「新プロジェクト」をものの数分で立ち上げられてしまう。

このような動きは、少なくとも2014年までさかのぼる。ラッパーのカニエ・ウェストとの実際の関連はないのに、Coinye Westが立ち上げられたのだ。さらに最近では、ネットフリックスのヒット番組『イカゲーム』に便乗した「イカゲームトークン」や、テスラのCEOイーロン・マスク氏にあやかった「ドージロン・マーズ(Dogelon Mars)」や「イーロン・ドージ」など、数え切れないほどのトークンが登場している。

暗号資産市場はグローバルで、分散型取引所(DEX)ではおおむねどんなトークンでも販売できるため、このような浅はかな手口が、ある程度の勢いと取引高を獲得するのだ。しかし、そのようなトークンは根本的にはごまかしであり、そのほとんどが、台頭してくるのと同じくらい素早く破綻する。

カニエ・ウェストは、即座にCoinyeプロジェクトに対して訴訟を起こして葬り去った。しかしたいていの場合、このようなプロジェクトは外側から手を貸さなくても、勝手に破綻していくものだ。

トークンが数日間で高騰した後、イカゲームトークンの「開発者」たちはトークンを見捨て、その価値はゼロになった。ウィル・スミスの平手打ち系トークンも、同じような運命をたどることが見込まれる。

より広範な教訓も、同じくらいシンプルで、業界になじみのない人たちが肝に銘じるのが極めて重要なもの。それは、すべての暗号資産は、平等には作られていない、ということだ。まったくもってそうではない。

「新しくて大人気」は、多くの業界においてプラスの要素だが、「リンディ効果」がかなり強力に働く暗号資産の世界ではしばしば、マイナス要素である。リンディ効果とは、資産が長く存続すればするほど、さらに長く生き残り続ける可能性が高まる、という投資理論だ。新規企業と同じように、新しい暗号資産も極めて高い死亡率を記録している。

意味のないミーム

「ミーム」と「ミームトークン」の間にも、混乱の余地がある。この2つは、大いに違うものだ。

「ミーム」は全般的に、暗号資産の世界に大きな影響力を持つ。私はそれについて、1冊の本を書いたくらいだ。しかし、ミームはコミュニケーションのツールであって、それ自体は価値提案でもなければ、セールスポイントでもない。

暗号資産の世界における良いミームとは、はるかに複雑なアイディアの凝縮したものだ。「ビットコイン・マキシマリズム」とは、「ビットコイン(BTC)は世界の準備通貨になる」という単純化されたミームだ。しかし、中立的なデジタル通貨レイヤーの有用性、そしてそのレイヤーをめぐるビットコイン独自の立ち位置に関する、はるかに複雑な様々な主張を代表するものなのだ。

そして、はっきり言って悪質なミーム、というものがある。これは少なくとも2種類。まずは、繊細なアイディアを象徴していると謳っているが、単純に間違っているもの。そして、基盤となる深遠なメッセージがまったくなく、オープンソースアルゴリズムから作られたトークンに、ウケの良さそうな画像やスローガンを貼りつけただけのもの。ドージコイン(DOGE)やシバイヌコイン(SHIB)、Coinye WestやスラップDAOはすべて、このカテゴリーに入る。

y中身のない多くのプロジェクト同様、スラップDAOも自らの短命さを認識している。さまざまな角度から撮られたウィル・スミスのさまざまな平手打ちの低画質な画像に、低レベルな暗号資産スローガンが貼りつけられているだけのことだ。確かに、画像掲示板「4chan」的な意味では、かなり面白い出来に仕上がっているが。

しかし、プロジェクトがどれほど皮肉に満ちたものであったとしても、マネーはリアルなものだ。オープンシーによれば、間違いなく肖像権を侵害しているこのスラップDAOは、24時間以内で、13.3イーサ相当の確実に短命に終わるNFTを販売した。それは現在価格で4万ドル以上に相当する。ペテン師たちにとっては、おそらくちょうど良い規模の売り上げだろう。大規模な捜査の引き金になるほどの大きさではないからだ。

スラップDAOのトークンが短命に終わる運命なのは、超巨大NFTマーケットプレースのオープンシーが、著作権を侵害したり、詐欺的なプロジェクトを削除する傾向があるからだ。NFTは削除された後も存在は続けるが、オープンシーで取引できなくなったら、その価値は通常、暴落する。

さらに、立ち上げ直後の好調な売り上げは、市場での関心があるという印象を与え、トレーダーをだまして買わせるためのウォッシュトレードの可能性もある。ウォッシュトレードは、驚くほどシンプル。保有する良質な暗号資産(BTCやETH)を使って、資金の出どころを少し曖昧にするために新しいウォレットから、自分で作った怪しげな暗号資産を購入する手口だ。

そのような偽の買いが、粗悪な資産に対して市場が「適正」と感じる価格を吊り上げ、その後に続く買い手をだますことになる。

ウォッシュトレードをはじめとする相場操縦は、暗号資産の世界では極めて一般的。とりわけ、新しいプロジェクトや知名度の低いものではなおさらだ。ウォッシュトレードを防いだり、検知する体系的かつ信頼できる方法はほとんどない。オープンシーの優位に挑戦しようとしたNFTプラットフォーム「ルックスレア(LooksRare)」では、ウォッシュトレードがはびこっていたようだ。

もちろん、ウィル・スミス・スラップのトークンでもこのような事態が発生している証拠はなく、取引高の少なさから、人々が面白がって本当に買っている可能性もある。

ここで理解すべき大切なダイナミクスがある。完全な詐欺かどうかに関わらず、ミームトークンはギャンブルの一形態として、自分がやっていることを明確に理解している人々によって、主に取引されるのだ。

ミームトレーディングというゲーム

ミームトレーディングの「ゲーム」は通常、価値のないトークンの価値がゼロになる前に、わずか数時間から時には数分しか続かない超短期的な価格のピーク「パンプ」を捕まえるものだ。執念、不眠、自滅的な傾向を誇りにする自称「ディジェン」と呼ばれる投機的トレーダーを相手に、取引するのはできれば避けたい。

どれほど多くの無価値なトークンがすでに存在するかを示す証拠に、ウィル・スミスやアカデミー賞とは関係のない「平手打ち」をテーマにした暗号資産も存在する。

ERC-20トークンのSLAPは、1年以上前に立ち上げられ、出会い系サービスと関係しているとされていたが、現在では廃れているようだ。ミームコインへの関心を吸い上げようと1月に立ち上げられ、不発に終わった「シバスラップ」という、それとは無関係のトークンもある。おそらく他にもあるはずだ。

基本的なポイントは次の通りだ。誰でもがデジタルトークンを作り出すことができ、好きなように名づけることができる。それを誰からの許可や承認もなく分散型取引所に上場することも簡単だ。

そして、自分でコントロールする別のウォレットからそのトークンを買い、有機的な需要があると見せかけるのも簡単。暗号資産トレーディングを検討する時には、そのことをしっかり心に留めておこう。

|翻訳・編集:山口晶子、佐藤茂
|画像:俳優のウィル・スミス(Featureflash Photo Agency / Shutterstock.com)
|原文:Why There’s Already a Will Smith Slap Token