FTXのバンクマン-フリード氏は現代の“泥棒男爵”か?【コラム】

暗号資産(仮想通貨)取引所FTXのCEO、サム・バンクマン-フリード氏は、少なくとも1つの点で、現代版「泥棒男爵」と言える。

泥棒男爵:19世紀のアメリカ合衆国で寡占もしくは不公正な商慣習を利用して産業を支配し、莫大な私財を蓄えた実業家や銀行家を軽蔑、揶揄して指した言葉(ウィキペディア)。

デジタル資産業界が突発的に下落したなかで、時々、靴ヒモを結ばないままにする業界の大物は、大惨事を避け、あわよくば利益を上げる方法を考えている。

バンクマン-フリード氏は先週末、危機にさらされた暗号資産企業を救済する「責任」を感じていると語った。さらに、ツイッターでも同じ思いを繰り返し、最大の関心事は個人投資家の損失を和らげ、リスクを明らかにして、不良債権が業界全体に広がることを防ぐことと述べた。

「悪影響が伝播することを食い止めるために、我々自身がダメージを被ることになったとしても、介入することを真剣に検討する責任が我々にはあると感じている」と、バンクマン-フリード氏はアメリカ公共放送NPRに語った。

「我々が原因となったわけではなく、関与していなくてもだ。エコシステムにとって健全だと思うし、エコシステムの成長と繁栄をサポートしたい」

救済の前例

前例がある。まだ米連邦準備制度理事会(FRB)が誕生する前の時代、当時の一流の銀行家ジョン・ピアポント・モルガン(J.P. Morgan)氏は、経済崩壊を防ぐために2度の介入を行っている。

1度目は、1893年。新興の鉄道と銀行業界での激しい投機と保ち合い時期の後、モルガン氏は連邦政府に対して金(ゴールド)で6500万ドルを融資し、準備資産の立て直しを助け、銀行システムへの信頼を強化した。

そして2度目は、1907年の金融危機。モルガン氏は、窮地に立たされた銀行、証券取引所、信託会社を支えるために自らの資産を差し出し、富裕な財界人の一団を率いた。

歴史家たちは、連邦政府が経済危機に対処する力をほとんど持たなかった時代、モルガン氏の行動によって、不況がはるかに深刻にならずに済んだと考えている。

南北戦争終結後の高度成長時代の先人たちほど洗練されてはいないかもしれないが、バンクマン-フリード氏も、同じような役割が果たせるのかもしれない。

FTXは21日、経営難にある暗号資産レンディング大手ブロックファイ(BlockFi)と、2億5000万ドルの信用供与契約を結んだ。さらに、バンクマン-フリード氏の投資会社アラメダ・リサーチ(Alameda Research)は先週、暗号資産ブローカーのボイジャー・デジタル(Voyager Digital)を救済した。

利他的な意図と利益追求

これまでにもバンクマン-フリード氏は、リキッド(Liquid)のように、ハッキングを受けて破産の危機に立たされた企業を買収し、攻撃を受けたプロトコルやプロジェクトの救済ファンドにも資金を提供してきた。もちろんこれは、単に利他的な救済というだけではなく、FTXの拡大戦略でもある。

バンクマン-フリード氏は、自称「効果的利他主義者」、あるいは可能な限り収益を上げ、同じだけ還元することを信じる資本主義者だ。現在の彼の行動が、前者と後者のどちらに当たるかは、はっきりしない。もしかしたら彼は、明日利益を上げるために、今日介入しているのかもしれない。

効果的利他主義:確かな証拠と論理に基づき世界の向上を目指す、という考え方かつ社会運動(ウィキペディア)。

暗号資産はしばしば、金融機関が独自の通貨を発行し、自分勝手なルールに従っていればよかった「ヤマネコ銀行」時代にたとえられる。「規制上の明確性」を実現するために政府と協力する試みも見られているが、暗号資産はときに伝統的金融セクターの中で確立された規範やセーフティネットから外れているように見える。

最近では、コインベース(Coinbase)、クリプトドットコム(Crypto.com)、ジェミニ(Gemini)など、暗号資産業界の主要企業の一部が人員削減を発表している。

スリー・アローズ・キャピタル(Three Arrows Capital)のような影響力のあるヘッジファンドも、支払い能力に問題を抱えているようで、レンディング大手のセルシウス(Celsius)やバベル・ファイナンス(Babel Finance)は、顧客による資金の引き出しを一時停止している。これらの企業が行き詰まった場合、連鎖的影響がどのようなものになるかは知る由もない。

バンクマン-フリード氏は、自らの役割は必ずしも、個々の企業を救うことではないとツイートした。FTXも採用ペースを落とし、大リーグのロサンゼルス・エンゼルスのユニフォームへの広告掲載の交渉を取りやめたと報じられている。

介入と暗号資産の倫理

暗号資産は、金融の透明性や自由市場など、一定の中核的原則に基づいていることになっている。その中でもおそらく最も大切なのは、人間ではなく自律的なコードが市場における勝者と敗者を決めるべきだ、という考えだろう。そうすれば全員が同じルールに従うことが確実になる。

そうなると、FRBによる保証は回避していたとしても、バンクマン-フリード氏が介入することは、モラル・ハザードだろうか? 高尚な目標にもかかわらず、暗号資産の世界は、詐欺、インサイダートレーディング、裏取引のカルチャーに苦しめられている。

現在、債務不履行に陥るリスクが最も高い企業は主に、旧来の金融システムの最悪の側面を消費者保護なしで再現しているようだ。セルシウスやスリー・アローズ・キャピタルは、顧客の資産でリスクの高い投資を行っていた。中央集権型取引所は、複雑で仕組みのわからないブラック・ボックスだ。

コミュニティが管理する一部のオンチェーンプロトコルは健闘しているようだが、だからと言ってそれらが完璧なソリューションというわけではない。

レンディングプロトコル「Solend」の開発者たちは先週末、見込まれる追い証の影響を緩和するために、高いレバレッジを効かせたユーザーのウォレットを強制的に管理することを投票で決定した。自律分散型組織(DAO)が組織されており、取引はオンチェーンだったが、このような措置が可能だったこと自体、驚きだった。

1人の影響力と真の分散化

暗号資産業界で、現在進行中の市場の混乱から学ぶことがあるとすれば、複雑で簡単に腐敗してしまう旧来の金融システムと決別する唯一の真の希望は、本当の分散化にあるということだ。オープンプロトコルは、悪人を予防することはできないが、投資家が自ら判断を下すために必要な情報を提供することはできる。

NPRとのインタビューの中でバンクマン-フリード氏は、市場暴落の「中心的な原動力」はFRBであると指摘。FRBが自ら加速したかもしれず、予測もできなかったインフレを抑制するための1994年以来最大の利上げによって、市場は資本を吐き出している。

バンクマン-フリード氏は将来にまったく希望を持っていないわけではないが、自らをFRBと重ね合わせているところもあるのか、FRBは「板挟みになって」いると指摘した。

モルガン氏の時代の進歩的政治家たちは、モルガン氏やその仲間たちの経済に対する影響力を目の当たりにしたことが一因となって、FRBを創設しようと突き動かされた。

強い影響力を持ったウォール街の銀行や金融機関を調査するための米議会小委員会「プジョー委員会」は、モルガン氏が利他的な意図を持っていたにもかかわらず、自らの利益のためにモルガン氏が市場に影響を与える可能性を恐れた。

バンクマン-フリード氏は、従順に規制当局に協力している。当局者に聞く耳を持ってもらうために、10億ドル以上の政治献金を行うとも語った。変化が必要なのは確かだ。とりわけ、暗号資産の大手企業が単に、さらに悪質な銀行システムを作り出そうとしているのだとすれば、なおさらだ。

しかし暗号資産業界における真の変化、課題、チャンスは、1人の人間の指示ではなく、プロトコルレベルで生まれる。

|翻訳:山口晶子
|編集:増田隆幸
|画像:FTXのCEOサム・バンクマン-フリード氏(CoinDesk)
|原文:Is Sam Bankman-Fried a Modern-Day Robber Baron?