東京都内の中学校で見たJPモルガンの新戦略──世界各地で“地域投資”を拡大する理由

世界の金融界をリードする米JPモルガン・チェースは、各国主要都市でそのコミュニティへの投資を拡大している。従来の慈善活動をはるかに超え、巨額の予算と社員の時間を使い、地域へのインパクトを伴う本格的な活動を強化している。

米銀最大手がこの取り組みを活発化させたのは、2013年7月に財政破綻したデトロイト市への復興支援がきっかけだ。2014年に同市への支援を始めたJPモルガンは、2022年までにアメリカの自動車産業を牽引してきたこの都市に2億ドル(約213億円)を拠出する計画だ。

地元のNPO(非営利組織)を通じて、住宅や道路などの再建や職業訓練、マイノリティ住民の起業支援を行うため、世界中で働くJPモルガンの社員から選抜されたスタッフがデトロイトで一定の時間を費やす。

米ミシガン州南東部にあるデトロイト市(Shutterstock)

芥川龍之介の母校にJPモルガン社員

JPモルガンの活動が地域の課題解決と経済成長につながれば、その地域の資金需要も回復する。時間と金、多くの社員の力を必要とするが、中・長期にわたって銀行にはプラスに働く。この活動をグローバルに広げることで、世界の多くの地域で同様の効果をもたらすことになる。

JPモルガンは2017年、同社の財団を通じて世界40カ国のNPOなどに2億5000万ドル(約270億円)を拠出。2023年までに総額17億5000万ドル(約1900億円)を費やす計画だという。日本ではこれまで、就労支援や起業家・スモールビジネス支援、被災地支援などに力を入れてきたが、今回新しい形の支援を始めた。

8月29日、JPモルガンの日本オフィスで働く十数名の社員が東京墨田区の中学校を訪れた。2016年にロンドンで始めた「Schools Challenge(スクール・チャレンジ)」と呼ばれるJPモルガン独自のプログラムが日本でスタートした。

テクノロジーの進化とグローバル化で、世界の労働市場が急速に変化する中、JPモルガンはSTEM(Science、Technology、Engineering、Mathematicsの頭文字をとったもの)を取り入れた教育の重要性を強調する。4つの分野のスキルを組み合わせて、課題を対処するスキルを地域の子供たちに与えようというもの。

JPモルガンはSTEMをコアに置いたこの活動を、ロンドン、パリ、ミラノ、香港、フランクフルト、シンガポール、サンパウロで展開した後、2019年夏、東京でローンチした。日本のスクール・チャレンジでは、災害大国で高齢化社会の独自の課題を軸に置き、文豪・芥川龍之介も通ったという都立両国高等学校附属中学校の120名の生徒が、約6カ月にわたるこのプログラムに参加する。

金融界を牽引するダイモン会長のリーダーシップ

AIやマシンラーニング、分散型金融などの破壊的テクノロジーを駆使した新興企業が続々と金融界に参入し、既存の伝統的な金融機関を脅かす中、JPモルガンは同業界のフロントランナーであり続けるための取り組みを続けている。世界で25万人の社員が働くこの米銀を率い、大胆な戦略を打ち出しているのは、会長兼CEOのジェイミー・ダイモン氏だ。

JPモルガンは今では、年間約115億ドル(約1兆3000億円)をテクノロジー関連に費やし、自らをテクノロジーと金融のハイブリッド企業に変身させようとしている。インターネットが情報のインフラであるのに対して、ブロックチェーンは「価値」のインフラと言われるが、JPモルガンは既に独自のブロックチェーン「Quorum」の開発にも着手している。

そのJPモルガンが進める地域投資だが、ダイモン会長は8月に興味深い発言をしている。

アメリカン・ドリームはボロボロだ

ダイモン氏はアメリカ最大規模の経済団体「ビジネス・ラウンドテーブル」の会長でもある。アメリカの経済界で影響力のあるビジネス・ラウンドテーブルは8月19日、長きにわたり資本主義を推進してきた「株主第一主義」を廃止する内容の声明文を公開し、国内外の注目を集めた。

企業活動の基礎とされてきた「株主利益」を追い求めることは、もはや主目的ではなく、企業は利益の追求と同時に社会的責任を果たすことが最も重要であると、声明文にまとめられた。180を超える米企業の経営者らが署名した。

ダイモン会長は声明文の中で、「アメリカン・ドリームは生きているが、ボロボロだ」と述べた上で、こう続けた。

「大企業の経営者は今、社員や地域(コミュニティ)への投資を続けている。それが唯一、長期的に成功を遂げる方法だからだ。この現代的な考えは、すべてのアメリカ国民のための経済を作るための、経済界のコミットメントを反映するものだ」

子供の未来と企業活動との関係

スクール・チャレンジに参加する中学生にメッセージを伝える、JPモルガン日本オフィス・投資銀行部門統括の山田正啓氏。

8月29日午前9時半、墨田区の中学校では、夏休み中の生徒約120名が視聴覚室に集まった。JPモルガンの日本オフィスで投資銀行部門を統括する山田正啓氏は、着席する生徒を前にスクール・チャレンジの開始を宣言し、こう話した。

「これからみなさんが生きていく世界は、AIやあらゆるテクノロジーと共に大きな変化を続けるものになると思います。それに伴う多くの課題に立ち向かい、それを対処できる一人ひとりの自信とスキルはとても大切になってくるでしょう」

翌30日、東京・丸の内にあるJPモルガンのオフィスには大勢の生徒が集まり、高層階の大ホールは活気付いた。JPモルガンからは約60人の社員がメンター(相談相手)としてこのプログラムに加わった。生徒たちはこの日、約6カ月にわたるスクール・チャレンジを前に、考え方の練習を行う「Design Thinking Workshop」に参加した。

6〜7名の生徒がチームを作り、そこにJPモルガンの社員が3〜4人と早稲田大学の学生1〜2名がメンターとして加わる。各チームはそれぞれが課題を解決するためのサービスや製品のプロトタイプを考え、半年後に発表する。そして、最優秀チームが選出される。

6カ月に及ぶ「スクール・チャレンジ」を始める前に、生徒たちは8月30日、JPモルガンの東京オフィスでその準備を目的としたワークショップに参加した。

数千億円規模の企業買収などをアドバイスする投資銀行部門の社員、毎日巨額の企業決済の業務に携わる若手行員、債券などを機関投資家に販売する部署で働く中堅社員……。さまざまの部署から集まった銀行員たちが、いつもとは違う思考とコミュニケーション方法で、13〜14歳の生徒たちのチャレンジをアシストする。

2008年の世界金融危機を境に、多くの人材は金融界からテクノロジー業界へと流れた。既存の金融サービスをディスラプトするフィンテックベンチャーやメガテック企業が金融界に参入し、多くの金融機関は自らが進める変化のスピードをさらに速めている。

そして、ビジネス・ラウンドテーブルの声明文にあるように、金融機関の役割はこれからさらに大きく変わっていくだろう。その変化の渦の中心にあるJPモルガンがどうトランスフォームしていくのか、目が離せない。

取材・文:佐藤茂
写真:JPモルガン提供