「0.001秒の男たち?」高頻度取引に向かう仮想通貨市場

マックス・ブーネン(Max Boonen)氏は仮想通貨取引企業B2C2の創業者兼CEOである。本記事は仮想通貨市場が進化する過程における高頻度取引について考察するものだが、記事内の意見はブーネン氏のものであり、CoinDeskの意見を反映したものではない。

以下の記事は当初、CoinDeskが発行する仮想通貨資産に特化した機関投資家向け無料週刊ニュースレター『Institutional Crypto』に掲載されたものである。お申し込みはこちら


エリスエックス(ErisX)のマシュー・トルドー(Matthew Trudeau)最高戦略責任者は先月、仮想通貨における高頻度取引に関する CoinDeskの記事に対し、示唆に富む回答を示した。CoinDeskの報じた記事を要約すると、伝統的な市場における高頻度取引に関した特徴が仮想通貨取引所でも見られ始めており、個人投資家にとってマイナスとなる可能性があるというものだ。

一般的に「自動化されたマーケットメイクやアービトラージ戦略が市場の効率性を高める」という点ではトルドー氏に同意するが、伝統的な市場のマイクロストラクチャーのブループリントを適用することで仮想通貨の流動性が改善するという主張には反対である。

以下に説明する通り、電子化によって速度を限界まで上げることでもたらされるメリットは、レイテンシーアービトラージに形を変えながら、実際には市場の流動性を低下させる。仮想通貨市場の高速化は必然ではあるものの、一部の取引所でオーバーシュートが起こり最終的には顧客基盤が損なわれ、やや手遅れながら伝統的なレイテンシー競争から得られる教訓を再び学ぶことになるという大きなリスクが存在する。そうした場合には、電子店頭取引リクイディティプロバイダーや非伝統的マイクロストラクチャーに市場シェアを奪われることになるが、この点についてこの記事で示していきたい。

レイテンシー競争の歴史

1990年代半ばからGETCOなどの革新的企業が、伝統的にニューヨーク証券取引所のフロアで人の手によって行われていたマーケットメイクのプロセスを自動化し、米国株式市場に革命をもたらした。こうした新規参入組は証券取引所のウェブサイトから情報をかき集めることから始め、その後、いまや当然のように感じられるAPIや取引プロトコルが用いられるようになっていった。

電子取引を行う企業は、動きの速い参加者が勝つことにすぐ気が付いた。シカゴ証券取引所からの新しい情報をもっと迅速に処理することができれば、取引企業が誰よりも早くパッシブ注文の気配値を調整することができるだけでなく、スピードの優位性を利用して気配値を狙い打ち、気配値を調整できないニューヨークの動きの遅いトレーダーの時間の経った注文を約定することができる。これが、レイテンシーアービトラージとして知られているものだ。

トレドー氏は、2010年の証券取引委員会(SEC)市場構造レビューを参照した2014年のブラックロック(BlackRock)報告書の優れた図を利用している。当時、受動的マーケットメイクや社会的に有用な(「建設的な」)活動、積極的レイテンシーアービトラージの副産物が、高頻度取引の表と裏であることが明らかになってきていた。

この動きを受けてレイテンシーに関する徹底的な競争が激化し、高頻度取引企業はまず低レイテンシーソフトウェアに何億ドルもの投資を行い、その後、低レイテンシーハードウェア(GPU、その後はFPGA)や、専用「ダークファイバー」(スプレッド・ネットワークス(Spread Networks)、2010年)や高周波タワー(マッケイ・ブラザーズ(McKay Brothers、2012年)などの低レイテンシー通信ネットワークへの投資が続いた。(民間のネットワークは既に存在していたが、商業利用可能なネットワークの誕生を基準点として用いる。)

高頻度取引が陥る囚人のジレンマ

価格はリクイディティプロバイダーとリクイディティコンシューマー/テイカーの相互関係で決定される。レイテンシーインセンティブな数ヵ月から年単位の長期投資家からレイテンシーアービトラージを行う最も高速な高頻度取引テイカーまで、さまざまなタイプのテイカーが運用を行っている。

リクイディティプロバイダーのビジネスモデルは買い手と売り手の時間の差を埋めることだ。買い手と売り手が全く同時に逆方向の取引を望むことはまれなので、こうしたマーケットメイカーがいなければ、投資家は効率的に取引を行うことはできないだろう。実際、店頭取引市場がなければ、どのように価格に合意するのだろうか。

伝統的な市場で投資家対投資家のプラットフォームを構築しようとする試みは、ほぼ失敗してきた。価格変動の可能性というリスクをとる見返りに、マーケットメイカーはスプレッドの獲得に努める。マーケットメイカーが設定するスプレッドはテイカーによって支払われ、特にボラティリティや取引高、さらにはテイカーが短期的な市場の方向性に関して平均的に情報を持つ程度に大きく左右される。レイテンシーアービトラージャーは当然ながら短期的な方向性についての情報を持っており、他の人が行う直前に市場の他の部分における価格の変動を見ることができる。

マーケットメイカーは、公正な清算価格とは何か、一定のリスクの見返りとしてどれだけのスプレッドが必要かについて関心があり、このプロセスを改善し自動化するためにクオンツ分析技術者を雇用する。レイテンシーアービトラージャーは主に関連市場の短期的な相対的方向性に気を配り、何よりもまずスピード技術に投資する。

マイケル・ルイス(Michael Lewis)氏の著書『フラッシュ・ボーイズ10億分の1秒の男たち(Flash Boys)』では、高頻度取引業界のかなり悲観的な状況や投資家に与える影響について述べられている。私は図らずもマイケル・ルイス氏に反対ではあるが、高頻度取引に対する批判は核心をついている。インターネット以前に比べ、マーケットメイクの自動化によって個人投資家のスプレッドが大幅に縮小したが、ある時点を過ぎて流動性に悪影響を与えているのはレイテンシー競争の持つ勝者総取りという性質である。

前出のブラックロックの図では、建設的な統計アービトラージから、レイテンシーアービトラージや、処理速度の遅い市場参加者によるリアルタイムの市場データの処理を困難にするために数百万もの注文で取引所のデータフィードの流れを意図的に悪くするようなさらにひどい状態の構造的戦略まで、アービトラージを分類している。

レイテンシーアービトラージの問題は、いまでは大部分が経済的影響力の争いである。電子化に遅れないために取引所のテクノロジーが改善される中、「ジッタ(jitter)」と呼ばれる注文処理時間のランダム遅延は実質的にゼロまで減少しており、これは次の取引に最初に到達した人は誰でも優位に立つことが保証されることを意味する。ゼロジッタの場合、リクイディティプロバイダーが競うにはミリ秒の水準であっても十分ではない。1マイクロ秒の遅延であっても、レイテンシーアービトラージ業者の利益がマーケットメイカーの損失となることを意味している。誰でも早くなることはできるが、最も早いのはたった一人である。

「私が過去5年間に構築してきた多くの技術は、マイクロ秒の半分、つまり500ナノ秒相当の削減に関するものだった」と、サイバーマイルス(CMT)のロバート・ウォーカー(Robert Walker)最高技術責任者(CTO)は述べる。「この優位性が、利益を上げるか、または他の人の排気ガスを取引するのかという違いになり得る。勝者総取りシナリオだ」

つまりは、競争を損なう自然独占の状況につながるため、レイテンシーアービトラージは有害である。エンドユーザーは2つの経路を通じて報いを受ける。1つ目は、レイテンシー競争を受けて、まったく収益性はないがもっとも取引頻度の高い建設的なパッシブ戦略が構築され、マーケットメイカーは価格決定モデルの改善のための研究ではなく、実際の投資家に無関係なスピードで勝つための技術に投資せざるを得ない。これは、競争を低下させ集中を高める参入障壁を示している。ヴァーチュ(Virtu)の最新のアニュアルレポートによると、同社は「通信およびデータ処理」に1億7600万ドル(約188億5700万円)を費やしている。これは同社の2018年のトレーディング収入の14%に当たり、その割合は増加している。2つ目は、レイテンシーアービトラージャーに対する予想損失を回収するために、リクイディティプロバイダーはスプレッドを拡大して気配値を提示し、注文規模を縮小する。これは最も速度の速い積極的戦略に対するエンドユーザーからの事実上の補助金である。

皮肉にも、多くの高頻度投資家はスピードゲームを嫌悪している。高頻度取引企業 XTXは米商品先物取引委員会(CFTC)に対するコメントの中で、「トレーディングのスピード競争は変曲点に達しており、今ではマイクロ秒やナノ秒で測定されている他の市場参加者を上回る優位性を得るための限界費用が、リクイディティコンシューマーにマイナスの影響を与えている」と述べている。レイテンシー問題は過剰投資につながる囚人のジレンマである。「どちらもレイテンシーに何百万ドルも使わなければ両方にとって良い状態となるが、片方が投資してもう一方が投資しなければ、当然ながら投資しないほうが不利になる」

レイテンシーアービトラージャーがマーケットメイキング企業でもある場合があり、スピードへの投資を強いられる。そして当然ながら、その高価な技術を積極的に使用し始める。レイテンシーアービトラージは行動であり、巨大なトレーディング企業に対する案内図ではない。

仮想通貨市場の現状

仮想通貨取引は総じてアクセスが平等なウェブベースの業界である。今のところは。

仮想通貨の精神は、規模の大小にかかわらず、誰もが参加できるというものだ。私の考えでは、誰もが取引戦略を考案し、取引所につながり、試しにやってみることができるというのが「自分で自分の銀行になれ」をモットーとする業界の精神にある。しかしながらマイニングで起こったように、専門的なトレーディングは急速に大手企業の領域となってきている。

現在、大部分の仮想通貨取引所は基本的にウェブサイトである。何千もの接続を同時にサポートし平等なアクセスを維持するにはこれが唯一の方法である。ウェブテクノロジーの性質上、「ジッタ」を大幅に削減することはできない。ウェブはパラレルであり、シングルスレッドではない。このことが、レイテンシーアービトラージャーに対する自然の障壁として作用する。バイナンス(Binance)からビットスタンプ(Bitstamp)に到達するための1桁ミリ秒のレイテンシーの優位性は、取引所内部で数ミリ秒のランダムジッタが追加された場合には失われてしまう。B2C2が有名な仮想通貨取引所で5分間観測した、ミリ秒単位のレイテンシーの例を以下に示す。

低レイテンシーでジッタの少ない取引所をウェブインフラ上で運営することは不可能であることから、この2つを組み合わせるにはアクセスを階層化しなければならない。その結果、B2C2などの専門企業だけが最も早く最も高価な接続オプションの恩恵を受けることになる。仮想通貨取引所が直面する主な技術的問題のひとつは最大負荷時の同時接続であることに留意が必要だ。仮想通貨が移動するときには、無数のユーザーが突然同時に接続する。ニューヨーク証券取引所(NYSE)ではなく、クリスマス時期のアマゾン(Amazon)のウェブサイトと比較してほしい。NYSEは株式の変動が大きい場合でも接続ユーザーが10倍に増加することはない。ほぼ間違いなく最も成功した仮想通貨取引所であるビットメックス(BitMEX)に対してトレーダーが持つ主な不満は、レイテンシーについてではなく、高負荷時に取引所が注文を拒否することである。

取引所でコロケーションサービスを最初に提供したのは2014年のオーケーコイン(OKCoin)だが、実際には誰もこのサービスを利用しなかったといわれている。機関投資家を惹きつけようと、新発の取引所はコロケーションを提供するか、ジェミニ(Gemini)、イットビット(itBit)、エリスエックス(ErisX)などのように、少なくともFIX接続などのオプション機能を提供する傾向が強い。当然ながら、シカゴマーカンタイル取引所(CME)などの伝統的な市場では、事業として提供しているそれぞれの仮想通貨向けにこうしたサービスを提供している。

今日に至るまで、新たなタイプのユーザーを求め、複数の仮想通貨取引所がスピード技術に投資している。短期的には、おそらく今後1年で、仮想通貨におけるレイテンシーは大幅に縮小する可能性が高い。しかしながら情報に基づく長期的見解を生み出すためには、伝統的な市場でまさに今、何が起こっているかに注目する必要がある。

翻訳:Emi Nishida
編集:T.Minamoto
写真:Man in front of trading numbers screen image via Shutterstock
原文:Crypto and the Latency Arms Race: Towards Speed Bumps and OTC Trading