MUFGと野村が米セキュリタイズに出資──セキュリティ・トークン(デジタル証券)の可能性、STOが注目される理由

三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)と野村ホールディングスが米セキュリタイズ(Securitize)に出資すると発表した。ほかにも、KDDIや三井不動産の各CVC、グローバルブレインなどが出資者に名を連ねた。セキュリタイズはブロックチェーン上でデジタル化された証券(セキュリティ・トークン)の発行や流通を手がけている。日本を代表する金融グループが出資を決めたのは、デジタル証券、セキュリティ・トークンが大きな可能性を秘めているからにほかならない。

証券のデジタル化に取り組む企業が生まれている中、なぜセキュリタイズなのか。デジタル証券はどんな可能性を秘めているのだろうか。

セキュリタイズが取り組む「証券のデジタル化」の意味

セキュリタイズは、ブロックチェーン上でデジタル証券を発行・流通させるサービスを提供する企業。2018年1月、米サンフランシスコで設立され、これまでに11のデジタル証券を発行している。

そもそもなぜブロックチェーンで証券を発行・管理するかというと、証券の発行や管理にはとかくコストがかかるからだ。証券発行後の流通を担うセカンダリー市場では、売買するたびに権利の移転手続きや清算・決済業務などが必要だが、これらは自動化・共通化されていない。

これらをポストトレード業務といい、注文が約定し取引が成立したのちに照合・清算・決済をする手続きがある。投資家と証券会社だけではなく、運用会社や信託銀行、証券保管振替機構など、さまざまな関係者が存在する。自動化されておらず、証券会社が人手で対応しているのが現状だ。当然、コストが高くなってしまう。

その点、デジタル証券なら、ポストトレード業務を簡素化できる。証券の管理やコンプライアンスにかかる費用や時間が削減でき、購入金額を小さくし、決済までの時間を短縮できると見られている。たとえば日本取引所グループ(JPX)はブロックチェーンを用いたポストトレード業務などの簡素化について、2016年から実証実験を繰り返している。

セキュリタイズのプロトコルで発行のみならず管理まで可能に

デジタル証券化のサービスを提供する企業は複数生まれているが、中でもセキュリタイズが注目されているのは、同社はデジタル証券の“発行”だけではなく、証券の“流通管理”も見据えていることだ。

セキュリタイズのデジタル証券の管理を可能にしているのが、同社の「DSプロトコル」だ。セキュリタイズのDSエコシステムでは、証券のライフサイクルに必要なコンプライアンスや登録作業を、強制執行するプログラム「スマートコントラクト」によって制御することができる。

またデジタル証券に関わる統合プラットフォームも立ち上げている。「セキュリタイズ準備プログラム」と呼ばれるこの組織には、証券化を行うセキュリタイズのほか、カストディ(保管)や取引プラットフォーム、投資ファンドが含まれている。

米国中心に広がるデジタル証券の波

ブロックチェーンを用いてデジタル証券を管理する取り組みは、セキュリタイズのほかにも多くのスタートアップが生まれている。近年では米国だけでなく世界に広がっており、スタートアップ以外も取り組んでいる。

Harbor(2017年9月、米サンフランシスコで設立)やNeuFund(2016年9月、独ベルリンで設立)、Polymath(2017年、英連邦バルバドスで設立)などで、いずれもKYC(顧客確認)やマネーロンダリング対策、投資家適格性などを確認し、デジタル証券を発行できるサービスを提供している。

証券の発行支援だけでなく、発行された証券を流通させるサービスを提供しているのが、OpenFinance Network(2014年、米シカゴで設立)だ。同社は2018年末に米国の規制に準拠したデジタル証券取引市場をリリースした。証券の発行後の流通基盤を、コンプライアンスに沿った形で実現するという。

米大手EC企業もデジタル証券に関心を持っている。オーバーストックの子会社であるtZERO(2017年、米ユタ州ミッドベールに設立)がデジタル証券の流通基盤を作っている。

Axoni(2013年、米ニューヨークで設立)は、証券業務のバックオフィス業務にブロックチェーンを活用する試みをしている。世界最大のクレジット・デリバティブ取引のデータベース・処理システムTIW(Trade Information Warehouse)を分散台帳で置き換えるプロジェクトの一つだ。同社は金融大手から注目されており、ゴールドマンサックスやJPモルガンなどから60億円超の資金調達している。

デジタル社債を発行するも調達目標に届かなかった事例も

スタートアップだけでなく、証券取引所や銀行も取り組みを始めている。英領ジブラルタルのジブラルタル証券取引所は、子会社がデジタル証券の取り扱いを開始している。スペインのサンタンデール銀行は、21億円規模の債券と現金をブロックチェーン上で発行した。2018年には世界銀行がブロックチェーン上でデジタル社債を発行している。

このように世界各地で活発化しているデジタル証券の動きだが、限界も明らかになり始めている。ドイツでは、暗号資産を担保としたサービスを提供するBitbondが2019年、ブロックチェーン上でデジタル社債を発行したが、資金調達額は当初目標の約4億円(350万ユーロ)には届かず、約2.5億円(210万ユーロ)に留まった

今後、デジタル証券で資金調達をするだけではなく、いかに証券として投資家に選ばれる商品であるかが課題になると言えそうだ。

野村HDも取り組み──日本でSTが盛り上がるのは2020年春以降の見込み

米国など海外で取り組みが進むなかで、日本でも徐々にデジタル証券の採用に向けた動きが出始めている。2020年春に計画される改正金融商品取引法の施行により、デジタル証券は「電子記録移転権利」に位置付けられる。今後、下位法などによって取り扱いが明確になると見られるため、金融大手も準備を進めている。

証券業界最大手の野村ホールディングスと野村総合研究所(NRI)は合弁会社「ブーストリー」を設立し、ブロックチェーンを活用したデジタル証券の取引基盤を開発している。まず企業が発行する社債を対象とし、2020年夏の実用化を目指している。

自主規制団体を設立する動きも出ている。SBIホールディングスの北尾吉孝社長は、デジタル証券による資金調達(STO)の自主規制団体を設立する意向を示しており、改正法の施行後に速やかなSTOを目指すと表明している。先述のセキュリタイズも日本セキュリティトークン協会(JSTA)と提携しており、日本においてデジタル証券のエコシステムに入ることを伺う。

資金調達手段としてのST──STOがICOやIEOより注目される理由

STが注目されるのは、発行や管理コストが下がるからだけではない。発行体にとっても、資金調達の新たな手段として魅力があるだからだ。これをSTO(セキュリティ・トークン・オファリング)といい、既存の証券発行スキームよりも発行までの期間が短縮され、要件が緩和する可能性が指摘されている。

STOとよく比較されるのがICO(イニシャル・コイン・オファリング)。ICOは仮想通貨(トークン)を発行して資金を調達する仕組みで、2017年から2018年にかけて、盛んに行われた。

ただICOには情報開示や投資家保護などの仕組みが整っておらず、結果的に詐欺プロジェクトも多数生まれ、お金をだまし取られる被害者が世界中で生まれてしまった。米国では証券取引委員会(SEC)が相次いで違法なICO実施者を提訴をするなどし、資金調達額は急落した。

その後、トークンやその発行体を取引所が審査して上場させるIEO(イニシャル・エクスチェンジ・オファリング)という資金調達方法も現れてきた。発行体を第三者が審査するため、ICOよりも信頼性が高いとされる。日本では仮想通貨取引所のコインチェックが、その検討を始めた。

デジタル証券による資金調達(STO)は、ICO、IEOとは異なり、明確に金融規制に沿って実施される。既存の証券と同程度の信頼性を持つとされる一方で、既存の証券と同等の比較がされ、投資家にとって魅力的な商品かどうか、シビアな判断にさらされる。

またトークンの移転と権利の移転を同一視できるのか、コードを契約としてみなせるかといった技術以外での検討点もある。

ただ、金融領域でのブロックチェーンの活用は大きな可能性を秘めていることは間違いなく、これから研究・開発が一層進むだろう。

文:小西雄志
編集:濱田 優
写真:Shutterstock