複数の有力ブロックチェーンが日本での展開を模索している。メタ(旧フェイスブック)のグローバルステーブルコイン構想「Libra(リブラ)」、のちに「ディエム(Diem)」と改名、の流れを組むレイヤー1ブロックチェーン「Aptos」もそのひとつだ。京都で開催された「IVS Crypto/JBW Summit」(7月4〜6日)登壇のために来日したCEOのモー・シャイフ(Mo Shaikh)氏に5日、Aptosの歴史や技術的優位性、日本市場での展開、金融とゲーム分野でのブロックチェーン技術の可能性を聞いた。
──多くの有力ブロックチェーンが日本に進出し、日本企業はどれを選ぶべきか迷っている。ブロックチェーン、特にレイヤー1チェーン間の競争をどのように見ているのか?
まず我々の立ち位置から説明しよう。私はブロックロック(BlackRock)のような伝統的金融機関で働いた経験があり、金融システムがどのように機能すべきかを理解している。
2017年、まだイーサリアム(Ethereum)エコシステムがほとんど存在しなかった頃、非常に早い段階で、イーサリアム開発企業のコンセンシス(ConsenSys)に入社し、暗号資産(仮想通貨)分野で働き始めた。そして、ブロックチェーン技術が金融システムやゲームなどのさまざまな産業で多くの価値を持つ可能性があることに気づいた。そこで早い段階からプロダクト開発を始めたが、当時のプロトコルは非常に遅く、また非常に高コストだった。
その後、フェイスブックのリブラに参加することになった。フェイスブックは(当時)30億人のユーザーを抱えており、そのためのブロックチェーンは完全にゼロから構築する必要があると認識していた。
Moveという独自の開発言語から作り出し、現在Aptosでもアップグレードされて使われているコンセンサスメカニズムを実現した。プロジェクトにはペイパル(PayPal)やVisa、Uber、Shopify、eBayなどの企業も参加していた。フェイスブックでは実を結ばなかったが、そうして培った技術はスピンアウトしたコア開発チームとともに、今日でもAptosに受け継がれ、2022年10月のネットワークローンチ後もさらに拡張を続けている。
2023年は50以上の改善を行った。ユーザーのニーズに応じて成長する形でブロックチェーンを進化させられる点において、我々と競合できるブロックチェーンはない。
我々は過去10年間のWeb3を研究したうえで、次の100年に向けて進化できるよう、完全にゼロから設計されたブロックチェーンを構築した。
チームは155人。その大半はベイエリアを拠点としているが、韓国や香港など、アジアにも素晴らしいチームがあり、日本にもコミュニティチームがある。
我々はWeb3スタートアップにとどまらず、次世代の決済システムを構築している、あるいはゲームにNFTやデジタル資産を統合しようとしているWeb2企業とともにこの技術を成長させようとしている。
──金融やゲームなど、特に狙っている市場はあるか?
ブロックチェーンのメリットは、すべての産業が享受するだろう。そのうえで、我々の市場参入戦略には4つのカテゴリーがある。最初は金融、2番目はゲーム、3番目はメディアとエンターテイメント、そして4番目はソーシャルだ。
メディアとエンターテイメント分野では、2週間前にNBCユニバーサルとのパートナーシップを発表した。NBCはテーマパークも持っているし、映画チケット販売の「Fandango」や映画レビューサイトの「Rotten Tomatoes」、それにストリーミングサービスも持っている。ところが、ユーザー体験(UX)はそれぞれのプラットフォームで断片化している。そこで、NBCと協力して、異なるプラットフォーム全体でユーザー体験の統一ができないかを検討している。韓国ではロッテとも協業している。
ゲーム分野では、韓国のゲームディベロッパーSupervillain Labとパートナーシップを結んだ。彼らはコレクティブルなNFTキャラクターなど、Web3コミュニティをゲーム内に実装している。コミュニティがWeb3ゲームを体験し、その恩恵を受けるという、非常に新鮮なアプローチだ。
彼らがAptosを使うのは、彼らが開発するゲームが、他のブロックチェーンでは実現できないからだ。我々のプロトコルは、東京からカリフォルニアへのトランザクションでも1秒かからないスピードで完了できる。これはVisaやPayPalよりも、そして他の何よりも早い。ゲームアイテムのやり取りをそれだけ素早くできるということだ。
トランザクションのコストはわずか0.0005APT程度で1セントにも満たない。また、「Keyless」という機能もあり、シードフレーズやキーフレーズといった複雑な仕組みを意識せずに、ユーザーがブロックチェーンを使えるようになっている。こうしたフェイスブック/メタ時代から培ってきた技術がゲームにも取り入れられている。
金融は最大の潜在的チャンスを持つカテゴリーのひとつだ。マネーや株式を動かしたり、複雑な金融商品を管理するための伝統的システムは非常に高コストで、非常に遅い。システムが構築されたのは数十年前で、そこから世界は大きく進化している。
ACH(Automated Clearing House:アメリカで主流の決済手段)、SWIFT(スイフト:国際銀行間通信協会)、DTCC(Depository Trust & Clearing Corporation:米国証券保管振替機関)などの仕組みはもはや、今日の活発な市場を十分にサポートできない。そこで我々は、Aptos Ascentという仕組みを構築した。これによりプライバシーを保ちながら、速度とコストのメリットを最大限に活用できる。
日本でもコミュニティマネージャーなど、人員を拡充する予定だ。開発者や起業家など、Aptosのコミュニティを構築する責任者を探している。日本の起業家コミュニティは成長していると思う。多くの組織や規制当局とも密接に協力していきたい。
日本の人々はAptosの存在に気づいてくれている。日本でも最近、OKCoinとSBI VC トレードの2つの取引所に上場した。
──日本という地域の特性をどのように見ている?
ハードウェアはもちろんだが、日本はそれ以外にも、金融とゲームという大きなカテゴリーで、常に世界のハブとなってきた。
日本にある世界的なゲーム会社と議論する際には、彼らのゲーム内でのデジタル資産を扱う仕組みを、我々のブロックチェーン上で構築することを支援するツールに焦点を当てている。
最近もソニーがアンバー(Amber)の買収を公表したが、状況はいい方向に向かっている。我々はゲームカテゴリーでの議論を続けていきたい。
もちろん金融も重要だ。名前は挙げないが、世界や日本の大手金融機関と話をすると、彼らはWeb3で起きていることに注目し、ビジネスを始めようと準備していることがわかる。
我々は、アメリカのパートナーやアジアなど他の地域のパートナーと仕事をし、そこでの学びをシェアできる。日本企業もそれにより素早くキャッチアップできるし、特定の分野についてはその先を行けるかもしれない。
日本の起業家コミュニティにも期待している。今後は多くの時間を割いていくつもりだ。
──次のソニーを目指す若者は、日本にもたくさんいる。
ソニーなどの大企業にもスタートアップだった時期がある。創業者たちは歴史の混乱期に素晴らしい製品を作り、その結果として信じられない発展を実現した。日本市場には回復力と創意工夫の感覚があるはずだ。そうした力が、新しい方法で復活することを楽しみにしている。
――日本の金融分野をどう見ているか。日本ではセキュリティ・トークン(ST)やステーブルコイン(SC)に注目が集まり、大手金融機関が参入するなどして急成長している。しかし、パブリックチェーンではないケースも多い。デリケートな市場でもあるが、それでもターゲットとして見ているか?
そもそもブロックチェーン技術は、決済やMMF、複雑な金融商品、証券、債券などのすべてに大きな恩恵をもたらすものだ。発行コストが大幅に下がり、管理がはるかに容易になるからだ。透明性も高く、相互運用性もある。配当の支払いや、バックエンドでの調整もはるかにスムーズに行える。
我々は先ほど言及したAptos Ascendで、アメリカの金融機関や数十億ドル規模の資産運用会社ブレバン・ハワード(Brevan Howard)と協業している。日本でも大手銀行のいくつかと話をしており、次の展開が楽しみだ。
――どのようなユースケースを想定しているのか?
金融の観点では、マネー・オン・チェーンが一番簡単な事例だろう。私が東京で訪れたフレンチトーストが美味しいレストランは、現金とPayPayしか使えずに苦労した。試しにPayPayをダウンロードしたが、日本のIDがない私には使えなかった。結局ウェイターに「手持ちの現金がないので下ろしてきます。携帯電話を置いていくし、すぐ戻るので、待っていてください」とお願いして、ATMまで走った。
これは、観光客・訪問者にとって良い体験とは言えないだろう。ブロックチェーンでより使いやすいデジタル決済を可能にすれば、大きなインパクトがあるはずだ。だが、そこは単なる出発点に過ぎず、将来的にはさまざまな金融商品のニーズが出てくるだろう。
――一般層に浸透していくためには、わかりやすいユースケースが必要だ。どのようなコラボレーションが考えられるだろうか?
例えば、テレグラム(Telegram)のようなメッセージング・アプリケーションとのウォレット統合は興味深い事例だ。我々は、もっと日常的な体験の中に組み込まれたウォレットを実現したいと思っている。インターネットを閲覧しているときにも、TikTokを使っているときにも、あるいは近所の買い物でも使えるようなものだ。
我々は、先ほど言及したKeylessのような仕組みも作った。だから、例えばAptosブロックチェーン上に大手EC企業がウォレットを構築したとすれば、そのEC企業の経済圏でユーザーはシームレスに決済できるようになる。
ウォレットは非常に重要だが、それ自体が目立っている必要はない。ウォレットはバックグラウンドで、いつでも取引できるよう準備しているべき存在だ。しかも、それを安全かつセキュアに実現しなければならない。これが我々のチームが取り組んでいる非常に困難な仕事だ。安全性とセキュリティ、Keylessの管理、そして将来の追加機能も含めて、より良いものを作らなければならない。
――日本では多くのユーザーがどのチェーンを使うべきか迷っている。企業がAptosを選ぶべき理由は何か?
我々は後発だが、先発企業が生き残るとは限らない。技術は進化するもので、特に初期はなおさらだ。バッテリー技術やクラウド技術も30年前と比べれば、まるで別物となっている。30年前にクラウドインフラを構築していた企業の多くはもう存在せず、いま市場を支配しているのは、GoogleやAmazon、Microsoftのような後発企業だ。
日本企業がチェーンを選ぶ際には、そのチェーンで何ができて、何ができないかを知ることが重要だ。Aptosは99.99%のアップタイムを達成している。レイテンシーの観点からも、市場で最速のプロトコルだ。
Aptos上で1カ月半前に立ちあげられたゲームでは、24時間に1億5400万トランザクションが記録された。これはレイヤー1チェーンの世界新記録で、しかもAptosのネットワークにはパフォーマンスの問題が起きなかった。Aptosのパフォーマンスは他のレイヤー1に比べると桁違いに優れている。
企業にとってのプロトコル選びは、単に技術を選ぶだけでなく、その旅路のパートナーを選ぶことでもある。
幸いなことに、我々はフェイスブックでの経験などを通じて、顧客中心・顧客重視の視点を持っている。多くの企業のビジネスをサポートすることができる。先ほども言及したが、NBCユニバーサルや世界最大の金融機関の一部とも協業している。将来は多くの日本企業のパートナーになっていきたい。
日本の開発者コミュニティには、非常にユニークなチャンスがある。彼らには、いまや世界的規模になった企業の創業者たちのように、大胆かつ勇敢であってほしい。三井もソニーも最初はすべてスタートアップだったし、そこには勇敢な創業者がいた。リスクをとり、多くの失敗と間違いを経験して、それを受け入れることができれば、最後には大きな成功を収めることができるだろう。
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なお、CoinDesk JAPANを運営するN.Avenue株式会社は、7月5日・6日に一般社団法人JapanBlockchainWeekと「JBW Summit at IVS Crypto」を共催。また、7月31日まで続く「Japan Blockchain Week」のメイン・メディアパートナーを務める。
|インタビュー・写真:増田隆幸
|文:渡辺一樹