ビットコインETF(上場投資信託)の米国初上場で始まった歴史的な2024年も残すところ約4カ月。暗号資産・ブロックチェーン領域のスタートアップに投下される資金は回復傾向にあるが、日本と世界における資金の流れを比べてみると、相違点が見えてきそうだ。
今年、ブロックチェーンを基盤に作られる世界のトークンエコノミーをけん引してきたフロントランナーをあげるとすれば、ビットコインETFの他に、米国債などに投資するファンドをトークン化して売り出した大手資産運用のブラックロックやフランクリン・テンプルトンは、そのリストに入ってくるだろう。実存資産(Real-world Asset:RWA)をチェーン上でトークン化する流れに勢いをつけた。
米ドルに連動するステーブルコインは過去5年間で急成長し、アジア、アフリカ、欧州、北米、南米で利用者の数を増やした。この業界を代表するのはテザー社と米サークル社だが、米国のOndo Financeは保有者が利息を受け取れる米ドル連動型トークンを開発し、「ステーブルコイン2.0」とも呼ばれる新たな流れを作った。
世界のクリプト/ブロックチェーン領域でベンチャー投資が回復
金融データのピッチブック(PitchBook)が今月にまとめた報告書によると、暗号資産やブロックチェーンにフォーカスしたスタートアップが第2四半期(4月~6月)に調達した資金の合計は約27億ドル(PitchBookのデータ)で、前四半期の24億ドルから増加。この3か月間で調達規模が大きかった案件は、ベラチェーン(Berachain)やモナド(Monad)などのブロックチェーンの開発に伴うものだったと、ピッチブックは説明する。
バビロン(Babylon)が行った7000万ドルの調達ラウンドも第2四半期に注目された案件だ。バビロンは、ビットコインを「ステーキング」できるプロトコルを開発する米国企業。ステーキングは、保有している特定の暗号資産を預け入れることで収益を得る暗号資産の資産運用方法だが、時価総額が1兆ドルを超える世界最大の暗号資産のビットコインをステーキングしてインカムゲインが得られるとなるとインパクトは大きい。
一方、日本国内の動きを振り返ると、「Web3」をタイトルに付けたイベントは多く開かれ、この業界特有の雰囲気を十分に味わえる体験を提供してきた。8月後半には日本最大の業界イベント「WebX」が東京で開かれる。
しかしながら重要な問いが残る。果たしてこの国でブロックチェーンを実際に活用して近未来の生活を豊かにしたり、社会課題の解決につながるような、スタートアップ主導のプロジェクトは成長しているだろうか。
本稿では、過去7カ月間で注目され、今後の事業成長が期待される日本人創業者が起業した5社のWeb3スタートアップを取材を通じて選出し、それぞれが開発するプロジェクトを紹介していきたい。日本と世界とでVCマネーの流入パターンはどう異なるのか。2025年に事業価値の上昇が期待できるエリアはそれぞれどこなのか。読み解くヒントが見えてくるかもしれない。
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SARAH(サラ):食のデータを民主化するグルメアプリ運営会社
本社:東京千代田区
創業者:酒井 勇也氏
資金調達額:約10億円
出資企業・投資家:味の素、セブン-イレブン・ジャパン、ハウス食品など
採用しているブロックチェーン・技術:アバランチ(Avalanche)、World ID
人の外食行動や飲食店のメニューを評価する口コミなど、食のデータを記録するブロックチェーン「ONIGIRI Chain(オニギリチェーン)」を開発しているのが、東京・神田神保町に本社を置くSARAHだ。食に関するデータを、個人のプライバシーを守りながら蓄積し、将来的には保険などの金融や、医療・ヘルスケアの分野でも活用できる仕組みを作ろうとしている。
これまで食に関するデータは相対で価格が決められてきたが、トークンを介すことで市場価格による価格付けが可能になるという。今年7月、SARAHはスタートアップイベント「IVS Crypto 京都」の一環として開催されたコンテストで優勝を収めた。
ユーザーがスマートフォンのグルメアプリを通じて活動するデータをブロックチェーンに記録し、そのデータが人の嗜好にマッチした食品の開発や、人の健康管理、優れた保険商品の設計などに活用されれば、SARAHの事業は社会の課題解決に繋がる可能性がある。
8月、SARAHは「Worldcoin(ワールドコイン)」が開発したID認証技術の「World ID」を採用する計画を発表した。ワールドコインは、米OpenAI(オープンAI)創業者のサム・アルトマン氏が手掛けたプロジェクトで、「Worldcoin トークン(WLD)」と引き換えに、人の目の光彩などをスキャンしてWorld IDを発行するというもの。
また、SARAHはブロックチェーン上で発行・取引されるトークンを軸に、飲食店・食品メーカーと消費者で形成するトークンエコシステムを作ろうとしている。消費者は、特定のお店を贔屓にしたり、常連客である証として機能する「NOREN」を、決済通貨のような働きをする「UME」トークンを使って購入できる。その際、UMEは飲食店側に支払われる仕組みだ。
外食や、家庭の外で調理された食品をテイクアウト/デリバリーして家庭内で食べる「中食」などのデータ活用は、日本に限ったことではない。SARAHがアジアや世界の美食市場でいかに事業を拡大できるかは要注目だ。
DEA:社会インフラの整備と民衆の力を“エンタメ的”につなぐ
会社名:Digital Entertainment Asset Pte. (デジタルエンターテインメントアセット)
本社:シンガポール
共同創業者:吉田 直人氏、山田 耕三氏
資金調達額:約2,100万ドル
出資企業・投資家:楽天 Capital、KDDI Open Innovation Fund、Jafco Asia、テレビ東京、JA三井リース、クリーク・アンド・リバーなど
採用しているブロックチェーン:イーサリアム(Ethereum)
DEAは2人の日本人創業者が立ち上げたスタートアップだが、その設立場所はシンガポール。2020年に「PlayMining」というGameFiプラットフォームの運営を始め、いわゆる「Play-to-Earn(ゲームをプレイして稼ぐ)」の領域で事業を広げてきた。ユーザー数は世界100カ国以上で270万人を超えるという。
これに加えて、DEAが東京電力と共同で進めているプロジェクト「ピクトレ~ぼくとわたしの電柱合戦~」が話題を呼んだ。インフラ先進国とはいえ、例えば地中に埋まる上下水道管の老朽化は日本の社会課題の1つにあげられる。このピクトレは電力の送電インフラの一部を維持する方法として、民衆の力を活用する無料の携帯ゲームアプリだ。
参加者は電柱やマンホールなどの写真をスマートフォンで撮影し、撮影した電力インフラ資産同士をつないだ長さを競うというもの。これまで群馬県・前橋市や東京都の一部で実証実験を行ってきた。
参加するプレイヤーがゲームを通じて、身近なインフラ設備の保守に協力することで、設備異常の早期発見につながる。参加者は、ゲームの中での活躍に応じた報酬として、アマゾンのギフト券またはDEAが発行する暗号資産「DEAPcoin(DEP)」を取得することができる。
トークン(暗号資産)を報酬としてコミュニティの中で活動する参加者に与え、物理的なインフラネットワークを構築したり、維持するアプリケーションは、Web3の業界では「DePIN(Decentralized Physical Infrastructure Network)」と呼ばれている。日本語に訳すと分散型物理インフラネットワークとなる。
7月、DEAは「スタートアップワールドカップ・東京予選」で優勝し、その存在感をさらに強めた。予選では、226社の応募企業の中から書類選考で11社が選ばれた。同月19日の最終選考会では、小池百合子・都知事や河野太郎・デジタル大臣を含む審査員が優勝企業としてDEAを選出した。
DEAは10月、米国で開催される「スタートアップワールドカップ」に日本代表として出場する。
Questry(クエストリー):日本のお家芸「アニメ映画」制作の資金調達を変える
本社:東京千代田区
CEO:伊部 智信(いべ・とものぶ)氏
資金調達額:約1.5億円
出資企業:Yamaha Music Entertainments、エンジェル投資家など
クエストリーの経営を司るのは、ゴールドマン・サックスで10年以上勤務してきた伊部氏。2022年9月に代表の伊部氏とエンジニアらによって設立された。
「資本主義の世界では光が当たってこなかった人や、場所に光を当てられる仕組み」を作り出していくことをビジョンに据えている。金融とブロックチェーンの専門家が集まるクエストリーが注目されるようになったきっかけは、みずほ証券が7月に発表したユニークな取り組みだろう。
みずほ証券とクエストリーは、アニメ映画制作のための資金調達方法を大きく変えるため、一般の投資家が出資することのできる「コンテンツ・ファンド」を組成する。
発表文には、「将来、デジタル技術の活用や決済通貨の多様化を視野に入れている」とある。業界の中では、ファンド運営にブロックチェーンが利用され、世界的に注目されている「ファンドのトークン化」の動きが日本でも活発化していくとして、期待が高まっている。
日本のお家芸であるアニメ映画において、機関投資家などのプロ投資家だけでなく個人が投資できるファンドが存在するようになれば、潤沢な資金が世界を魅了するアニメ映画作りに流れ込んでいく可能性がある。また、発表文の中の「決済通貨の多様化」はさらに注目に値する。
従来、ファンド投資で使われてきた法定通貨に加えて、暗号資産やステーブルコイン、CBDC(中央銀行デジタル通貨)などのようなデジタル通貨・資産が利用されるようになれば、社会的・経済的インパクトは大きくなるだろう。
まじすけ:世界で人気の盆栽、トークンエコノミーで新たな価値をつくる
創業者:間地 悠輔(まじ・ゆうすけ)氏
資金調達額:なし
出資企業・投資家:なし
採用しているブロックチェーン:アスターzkEVM(Astar zkEVM)
創業者の間地氏率いる「まじすけ」は、スタートアップが国内外で顧客ユーザーを増やすためのマーケティング事業を本業にしてきた。顧客企業でもある盆栽農家に対してマーケティング支援を行う中で、「BONSAI NFT CLUB」と名づけたプロジェクトを開始。盆栽の人気が世界的に高まるなか注目を集める存在だ。
盆栽の販売収益をエコシステムに組み込むことで、盆栽市場に連動させたトークンを流通させる。盆栽を求めて日本にやってくる海外の盆栽ファンや、日本国内の盆栽愛好家だけでなく、Web3ユーザーやアート市場に顧客層を広げることで、盆栽の市場規模の拡大を狙う。
BONSAI NFT CLUBでは、盆栽(現物)に紐づいたNFTが制作・販売される一方で、「BONSAICOIN(盆栽コイン)」というコミュニティトークンが存在する。提携している盆栽園と盆栽ショップの販売収益の一部を利用して、発行済みのBONSAICOINを市場から買い戻す(バーン)ことで、BONSAICOINの価値を一定水準に維持する計画だ。
BONSAICOINを軸とする経済圏では、トークンの流動性を高める取引を行う上位100人の参加者に対して、特典を付与するルールが設けられている。特定の条件を満たした参加者には、季節に合わせた盆栽が毎シーズン送られる仕組みだ。
ファンドなどの金融資産の一部をトークン化して個人投資家などに販売する手法は、「RWA(Real World Asset=現実資産)のトークン化」と呼ばれ、ブロックチェーンを活用するスタートアップに加えて、一部の金融機関が始めた。
ブロックチェーン上で取引されるオンチェーン市場では、従来の金融市場では取引されてこなかった資産がトークン化され、新たな市場を作ることが可能だ。盆栽トークン市場は今後どれだけ大きくなっていくだろうか。
Napier Labs(ネイピア):金利デリバティブ商品をオンチェーンで民主化する
本社:ドバイ
創業者/CEO:小副川 祐輔(おそえがわ・ゆうすけ)氏
資金調達額:非公開
出資企業・投資家:カーブ・フィナンス(Curve Finance)の創業者、DeFiLlamaの創業者、B Dash Venturesなど
採用しているブロックチェーン:イーサリアム
2023年1月にアラブ首長国連邦のドバイで設立されたネイピアは、ブロックチェーンを基盤とするアプリケーションの中で進化・成長し続けてきた領域の「DeFi(分散型金融サービス)」で事業を開発する企業。
ネイピアが注目されるようになったきっかけの1つは、昨年に発表された100万ドル相当の資金調達だ。調達額は決して大きくないが、調達ラウンドに参画した投資家のリストを見ると、世界のDeFi市場をけん引するキープレイヤーたちの名前が並ぶ。
なかでも、20億ドルを超える残高(TVL=Total Value Locked)を誇る分散型取引所(DEX)の「カーブ・ファイナンス(Curve Finance)」を創業したミヒャエル・エゴロフ(Michael Egorov)氏は、ネイピアにとって大きな存在だろう。カーブは「ステーブルコインに特化したDEX」とも呼ばれている。
そもそも、ネイピアとカーブは切っても切れない関係にある。ネイピアはカーブのエコシステムを拡張させるため、カーブの流動性プールと連携しながら、オンチェーンの金利デリバティブ商品を開発している。
今年7月、ネイピアはこれまで開発を進めてきたDeFiプロジェクト「ネイピア・ファイナンス(Napier Finance)」をローンチさせた。
欧米では、中央集権的な管理者が存在しないDeFiに対して、法規制の整備を早期に進めようとする動きはあるものの、過去に例を見ない「オンチェーンのデリバティブ取引」の開発については、既存の金融機関が注視するブロックチェーンの革新的アプリケーションの1つと言える。
DeFiで起業する日本のアントレプレナーの数が少ない中で、小副川CEO率いるネイピアの事業拡大に期待する業界関係者は少なくない。
|文:佐藤茂
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