「リブラ」はまだ終わらない。間違いなく希望がある。

マスターカード(Mastercard)、ビザ(Visa)、ペイパル(Paypal)、他4企業がリブラ(Libra)のコンソーシアムから脱退したのは、フランスドイツがグローバルな「ステーブルコイン」仮想通貨プロジェクトの阻止に動き、アメリカの議員がリブラ参加団体に厳しい警告を発した後のことだ。これは、リブラを創設したフェイスブック(Facebook)にとって大きな失点以上のものであり、依然として比類ない政府の力を思い起こさせるものでもあった。ビットコイン革命から10年が経ったが、貨幣に対する国の独占に挑むのは非常に困難な状態が続いている。

しかしリブラの死亡記事を書くのはあまりに時期尚早だ。リブラ協会(Libra Association)は、当初メンバー28団体のうち21団体がジュネーブで通貨運営コンソーシアムに署名した。リブラが存続しなかったとしても、フェイスブック以外の、議論を起こすことの少ない別のプレイヤーが独自のステーブルコイン計画を立てている。これらが失敗しても、そう、常にビットコインがあるのだ。

もっとも、規制当局の抵抗は手ごわい。金融活動作業部会(FATF)国際決済銀行(BIS)は、リブラなどのステーブルコインは資金洗浄対策、金融安定性、通貨競争に対する大きな脅威だと明言した。一方、米商品先物取引委員会の元委員長、ゲイリー・ゲンスラ(Gary Gensler)氏など一部の専門家は、リブラは有価証券として規制すべきだと主張している。

しかしそのいずれも、ステーブルコインが重要なものとなる運命にないことを意味しているわけではない。テクノロジーの継続的な勢いは、地政学やグローバル経済面での必要性とともに、最終的には政府がステーブルコインを受け入れるか戦うかしなければならないことを示唆している。ダラス連邦準備銀行のロブ・カプラン(Rob Kaplan)総裁は、遅かれ早かれ「誰かがこれを行う方法を解明することになる」と述べた。

リブラはその勢いに欠かせない原動力であり、この話題についての国際的な議論を促し、トークン化された通貨のデベロッパーや商業的関心を刺激してきた。また、リブラはビットコインに恩義がある。ビットコインは最初の仮想通貨であり、法定通貨の完全に独立した代替手段を提供している。ビットコインの成功がなければ、このいずれも起こらなかっただろう。

これは、特にステーブルコインの場合、この無秩序な初期段階においてどのような主要ソリューションが現れても、政府との直接的な連携は避けて通れないということだ。(ここでは、ダイ(Dai)のようなスマートコントラクトベースで担保付きのトークンではなく、リブラなどのバスケットに連動した仮想通貨や、USDコイン(USDC)またはジェミニドル(Gemini dollar)などの1対1で連動する通貨などの準備金に基づくステーブルコインについて話している。)リブラやリブラに倣った通貨は規制当局と長い話し合いを行い、設計面で妥協し、変更できない部分を当局が認めるようにする必要がある。

前進

まず最初に、間違いなくリブラにはまだ希望がある。

リブラ協会はスイス金融市場監督機構(FINMA)の承認を受けており、これにより同協会はプロジェクトを発展させるための、評判が良く、規制された本拠地を手に入れた。リブラ協会はここから法規制の遵守を重視することになる。同協会のリソースやロビー活動の影響力はマスターカードやビザが参加している方が強かったと思われるが、様々な国の規制当局と継続的で建設的な交渉を行うのに十分な資金はある。

仮にリブラの展開が段階的に行われなければならず、またアクセスできる国とできない国に分かれた場合でも、非常に高度なジオフェンシング技術によって、リブラを支持しない法域の市民がリブラを手にできないようにするべきだ。こうした地域で国境を超えた取引コストが低下しスマートコントラクトベースの新たな商取引が可能になり、資金調達が困難な人々を安価ながら安全に参加させるための新たなデジタル特定モデルが導入されれば、他の国でも規制緩和圧力が高まるだろう。

リブラには強力な支持者がいる。世界中で何万もの製造業と取引を行っているエレクトロニクス大手フォックスコン(Foxconn)の経営者であるテリー・ゴウ(Terry Gou)氏もそのひとりだ。かつて台湾総統選の候補者だった同氏は最近、リブラは中国の来るべきデジタル通貨への架け橋になるとして、台湾にリブラを受け入れるよう求めた

インドなど一部の新興国はリブラや他の仮想通貨に反対しているが、他の国は国民の経済問題のソリューションとして積極的に推している。これにはカリブ諸国などが含まれ、これらの国は国境を越えた取引コストの高さや、米国の法規制要件の強化によってこうした国の機関とのコルレス銀行関係を縮小した外国銀行による「ディリスキング(de-risking)」に苦しんでる。

バミューダは先日、ステーブルコインUSDCによる税金の支払いを認めると発表した。9か国の金融政策を担当する東カリブ中央銀行は、ブロックチェーンに基づく中央銀行デジタル通貨の実験を行っている

もちろん、カリブ諸国はインドよりもはるかに規模が小さい。しかし金融的には、そのウェイトを大きく上回る影響を与える。カリブ諸国は長年にわたり、優遇税制措置やその他の訴求を用いて世界の大手銀行、保険会社、ミューチュアルファンド、ヘッジファンドを呼び込み、今では合計約1兆ドル(約107兆円)の金融資産が運用されている。また人口が少ないため理想的な実験の場となっている。

さらにリブラは英国の支持を得る可能性がある。英国にとって極めて重要な銀行業界は、フィンテックの発展をブレグジット後を生き抜くカギとみている。イングランド銀行のマーク・カーニー(Mark Carney)総裁は6月、テクノロジー企業に流動性アクセスを与える計画を発表した。これは銀行中心の金融操作の伝統を破ったものであり、同氏が念頭に置いていたのは、計画が発表されたばかりのリブラだった。

イノベーション競争

ロンドンがステーブルコインのイノベーションに向けて一歩踏み出す場合、ニューヨークや香港などの他の金融センターはどこへ向かうのだろうか。米国当局者の多くは、米国政府があまりにも強硬姿勢を取ると、金融イノベーターが米国を見捨てる可能性があると懸念する。

共和党のマイク・ラウンズ(Mike Rounds)上院議員(サウスダコタ州)は先週、リブラ参加国に支持を表明する書簡を送り、民主党のブライアン・シャッツ(Brian Schatz)上院議員(ハワイ州)と シェロッド・ブラウン(Sherrod Brown)上院議員(オハイオ州)がマスターカード、ビザ、ストライプに送った警告書を「脅迫的」だとし、規制当局の行き過ぎは米国の「イノベーションに水を差す」と警告した。

一方、地政学的緊張や経済の不確実性は最終的に、政府に対し、通貨への現在のアプローチの代替手段を探すよう圧力をかける。中国は独自のデジタル法定通貨を開発中で、これによって中国経済に貿易上の優位性が生まれ、ドルへの依存が低減される可能性がある。

もうひとつの問題として、世界経済が低迷する中、民間や公共の何兆ドルもの債務負担が西洋諸国にとって厄介な脅威となり、ドル買いが集中しそれを埋め合わせる形で競合通貨が崩壊する懸念が高まっている。著名な投資ストラテジストのラウール・パル(Raoul Pal)氏はポッドキャスト番組のヒドゥンフォーシズ(Hidden Forces)の中で、リブラのようなバスケットに基づく民間のデジタル通貨によって、国は通貨戦争の害を避け、債権国と債務減額を交渉しながら互いに取引を続けることができるようになる可能性があると主張した。

リブラの後継者

答えがバスケットベースのソリューション、1対1の法定通貨連動トークン、中央銀行発行デジタル通貨のいずれにあろうとも、フェイスブックやリブラ参加団体だけがステーブルコインの裏付けの利用を狙う大企業というわけではない。フェイスブックの評判という負担から解放されたこれらの企業は、政府当局との交渉で以前よりも強い立場にあると断言している。

リブラに似たプロジェクトを探っている有力プレイヤーのひとつは小売り大手のウォルマート(Walmart)だ。同社は米国最大の雇用主であり、フォックスコンのように大規模なグローバルサプライチェーンの中心的企業である。マスターカードはリブラからの脱退を仮想通貨やブロックチェーン開発からの脱退とは捉えていない。最近ではブロックチェーンの専門家の雇用を拡大しており、カード決済ネットワークプロバイダーである同社は台頭しつつあるステーブルコイン業界の重要なプレイヤーとなり、世界中の政府当局者と密接な関係を築く可能性がある。

土壇場でのリブラ脱退についての説明を求めると、「リブラに長期的な価値があると思わないとか、もはや利点はないとかいうことではない」と、デジタルソリューション担当のジョン・ランバート(Jorn Lambert)副社長は述べた。「規制上の枠組みが非常に不透明な時に、当初の創設参加団体は法人の正式メンバーになるよう求められたからだ。我々は参加による影響のすべてを実際に理解しているわけではない。この責任を負うのは、規制当局が枠組みを明確にするのを待ってからにしたい」

ランバート氏は、マスターカードによる今後のステップは「官民パートナーシップ」を軸にするとしている。中央銀行がトークンの発行と焼却を行い、マスターカードのようなリテールの顧客体験を持つ民間企業が流通と顧客保護を扱うというシナリオさえも予測している。

政府とのパートナーシップという概念そのものに嫌悪感を覚える仮想通貨支持者もいるだろう。しかし彼らにとって好都合なのは、これはゼロサムゲームではないということだ。法定通貨に裏付けされたデジタル通貨の創造は、ビットコインの地位を、政治リスクを避けるための相関性のない重要な避難場所としてゴールドよりもはるかに高いものにするだろう。

主流経済がプログラム可能な貨幣を受け入れる場合、そのままの仮想通貨が独自の内部安定性、スケーラビリティ、幅広い導入を達成できるまでは、安定した価値を持つすぐに測定可能な通貨が必要だ。リブラの教訓は、政府にとっても使いやすいものでなければならないということだ。

翻訳:Emi Nishida
編集:T.Minamoto
写真:EU Flag and Libra image via Shutterstock
原文:It’s Too Soon to Write Libra’s Crypto Obituary