落合陽一氏が万博で描く2025年の最先端──自分で保有する自分のデジタルコピーが自分専用のAIになる【2025年始特集】

「いのち輝く未来社会のデザイン」をテーマに4月から始まる「EXPO 2025」(2025年日本国際博覧会)。日本で20年ぶりに開催される国際博覧会の会場の真ん中には、8人のプロデューサーが手がける8つの「シグネチャーパビリオン」が位置する。そのひとつ「null²(ヌルヌル)」のプロデューサーが落合陽一氏だ。

「null²」は、「フィジカルとデジタルの境界を併せ持ち、デジタルネイチャーを象徴する建築物」と落合氏は説明する。そこに込められた意図とは。また、最先端のブロックチェーン/AI技術を⽤いた複製や代替が不可能なデジタルヒューマン型ID基盤「Mirrored Body®(ミラードボディ)」とは何か。2020年4月からの1年間で5年後を思い描き、ギリギリ実現できる最先端のパビリオンを狙ったという落合氏の目に映る2025年の姿とは。

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2020年に5年後の最先端を見通す

[「null²」外観イメージ:©2024 Yoichi Ochiai / 設計 :NOIZ / Sustainable Pavilion 2025 Inc. All Rights Reserved.]

──万博のシグネチャーパビリオン「null²」は動く鏡を使った建物や、自分自身のデジタルコピー「MirroredBody®︎」が体験できます。来場者に何を伝えたいと考えたのですか。

落合氏:僕が万博のプロデューサーになったのは、2020年7月。そこから1年で企画を決める必要がありました。2025年に良さそうなものを2020年から21年までに決めることは結構大変なことでしたが、インスタレーションとして鏡の作品を作っていたので、鏡をモチーフにしたいというのが最初にありました。

さらにデジタルの鏡も作って、物理的な鏡とデジタルな鏡の「合わせ鏡」にしたら面白いだろうと考え、外装は鏡の彫刻のようなもの、内部はデジタルの鏡で自分と対話するようなものを考えた。それが2020年のことです。

もともとLLM(大規模言語モデル)の研究をGPT2が出た頃(2019年)からやっていて、生成AIはGAN(敵対的生成ネットワーク、AIアルゴリズムの一種)が出た2015年くらいからやっています。またコンピューターグラフィックスが私のバックグラウンドで、人間をスキャンして、コンピューターグラフィックスでデジタルヒューマンを作っていました。

デジタルヒューマンの試みは昔からよく行われていて、やっと「不気味の谷」(ロボットの外観が人間に近づくと人間は好感を持つが、ある時点で逆に不気味さを感じること)を越えられそうになってきたのが2020年ぐらい。2020年から2025年を考えたときに、自分自身のコピーがデジタル上にあって、それが喋り、対話できるようなものが実現できるだろうと考えました。

技術的に5年後を当てることは難しいことですが、幸いなことに私は必要な分野の論文を書いていました。2025年にギリギリ難しいかもと考えたことが、今「ちゃんとできるかな」ぐらいなところまで来ています。

──間に合わないリスクを考えると、ギリギリを狙わなくても良かったのでは。

落合氏:万博は一番いいタイミングで、一番いいものを見せないといけない。「冷めたピザにならないもの」は難しくて、例えば、ヒューマノイド(人型ロボット)は2025年もものすごく進化します。テスラの「オプティマス」はもう世の中を歩いています。テクノロジーは追いついてしまう。ギリギリ見せられる面白いものを2020年に想像して、かなりピタリ賞で実現できた。あともうちょっと良いといいんだけど、という感じです。

会話のイントネーションがまだちょっと弱い。声は大丈夫ですが、その人らしいイントネーションで喋ることは難しい。もうちょっとなんですけど。

──来場者がその場で喋ったら、その場ですぐ声の情報を取得して再現するのですか。

落合氏:はい。それに、スキャンが来場者のスマホ1台でできるようになったことも大きい。来場者のスマホを専用の台に乗せてスキャンするだけでデジタルヒューマンを作ることができます。スキャナーを60個くらい使う装置はすでにありますが、作業に必要な時間、データの重さを考えると、毎日、数十人単位で行うことは難しい。10台置けばできるかもしれないが、それでパビリオンは終わってしまう。いくつかの要素が予想通り動いてきて、無事たどり着いた感じです。

──以前いた会社では2014年頃に人間の3Dスキャンサービスを手がけていた。スキャナを縦に4台くらい並べ、人間を台に載せて1分くらいで回転させてスキャンし、それを3Dプリントしていました。

落合氏:今だとスマホ1台、データも粗くありません。なぜスマホ1台でできることが大きいかというと、これからの時代は、ユーザーが自分のデータを自分で持っていることが重要だからです。

さらにデータについては、デジタル上にコピーした自分であるMirroredBody®︎をどうセキュアに保存するかが重要で、ブロックチェーンの活用につながります。ブロックチェーン自体はもともと興味があり、論文も書いていたし、2017年にスタートしたNewsPicksの「WEEKLY OCHIAI」には「WEEKLY BITCOIN」というコーナーもあったくらい。個人的には、結婚式のご祝儀をビットコインで受け取っています。

自分のデータをセキュアに保存することは重要なことですし、MirroredBody®︎を作るならウォレットが重要になり、他人がコピーできない形でいかに保存するかも重要だと思っています。

一方、パビリオンの外装については、鏡、しかも動く鏡を使ったパビリオンを考えました。そのためには動く素材を作る必要があり、開発に3年ぐらいかかりました。すべて万博でなければ作れないものが実現できたと考えています。

自分のデータを自分で管理する

──Web3では、個人が自分のデータを自分で管理することが不可欠になります。ですが、そうした新しい考え方、新しい技術は世の中になかなか受け入れられにくい。2024年、Web3はもう少し世の中に広がると思っていたのですが苦戦しています。Web3 / ブロックチェーンの現状をどんなふうに考えていますか。

落合氏:Web3でなくてもいいよね、というものが増えたと思っています。Web3でしかできないものはあると思っていますが、まだ見えていません。分散型でしかできないことは多いですが、コストを払ってでも行いたいことがどれくらいあるか。

そこで出てくるのがデジタルヒューマンで、結局、自分の個人情報は自分の周辺のもので持っていたい。国が管理するデータ、企業が管理するデータ、そして個人が管理するデータがあるときに、国のデータのデータ量はどれくらいかと考えると面白い。実はあまり多くないと考えています。テキストデータぐらいしか保存できず、CTスキャンのデータなどは絶対に入れないはずです。企業が持っているデータ、つまりGoogleなどに入っているデータは結構多いでしょう。ですが私はオンラインストレージを60テラ契約していますが、そういう人は稀です。家にあるストレージ容量の方が多い。つまり、個人が持っている個人のデータの方が企業が管理しているデータよりも多いでしょう。

個人のデータを個人で持つ仕組みをどうするかと考えたときに、一番重要なデータは自分に紐づいたデータで、その最たるものがデジタルヒューマンである自分自身。それをどう管理するかを昔から考えています。

またインターネット上のデータはもう機械学習的には枯渇気味で、AIは学習できそうなデータはほぼ学習済みです。これから出てくるのはインターネット上にあがっていないデータ、つまり、オンラインにないデータです。それを今、誰が持っているかというと個人が持っています。

そうしたデータを自分がどう管理して使っていくか、どう凝縮してデジタル上の自分にコピーしていくかが今後、重要になってきます。さらに経済安全保障上、地政学的な条件として日本のデータは日本の中で持ちたいとか、データを自分のデジタルヒューマンの中に格納していくようなことはできないかと考えています。

──自分のデータを自分で管理することの重要性に、多くの人はまだ気づいていないのではないでしょうか。

落合氏:データを集め始めると変わると思う。例えば、次に自分がAmazonで何を買うかを自分のデジタルヒューマンに入力したら、しっかり当てると思います。多くの人が重要とは認識していないデータは山ほどあります。そうしたデータを自分の端末の中で、自分のアカウントの中に、自分のものとして紐付けるにはどうすればいいか。

──例としては少し話が飛びますが、暗号資産を自分でカストディするようになると、そういうイメージを持ちやすくなるでしょうか。

落合氏:そうかもしれないが、まだわかりません。暗号資産は、いずれ多くの人が持つようになるでしょう。ですが、ビットコインが「デジタルゴールド」だとしても、金塊を実際に持っている人は多くないように、ビットコインが急激に普及するとは思えません。今は明確な利用方法がないので。

──デジタルヒューマンの普及についてはどう考えていますか。

落合氏:普及すると考えています。なぜなら、マイナンバーカードと同じ世界観だから。MirroredBody®︎は今年度、経済産業省のPHR実証事業(令和5年度補正PHR社会実装加速化事業。PHR:Personal Health Record。自分の健康データを自分自身で管理・活用すること)に採択されており、万博はその事業を広くお披露目する場でもあります。マイナンバーカード発行枚数は1億枚を突破しました。マイナンバーカードにあらゆる情報が紐づくと、いずれマイナンバーカードが喋るようになるかもしれません。

マイナンバーカードに紐づいてる情報だけでは、まだデジタルヒューマンが喋るための情報としては多くないのですが、マイナンバーカードには、医療データ、健康データなど重要なデータが紐づいており、自分のことをよく知っている自分がデジタル上に存在することになるはずです。

[MirroredBody®︎の利用イメージ:©2024 Yoichi Ochiai / Sustainable Pavilion 2025 Inc. All Rights Reserved.]

──デジタル上の自分と、次にどんなものを買おうかみたいなことを日常的に相談するようになるのですか。

落合氏:自分のコピーが自分専用のAIになっていて、自分と対話することはそれほど多くないかもしれませんが、自分に代わりに他人と話してくれたりするでしょう。

──アップルが昔提唱していた「ナレッジナビゲーター」がようやく実現するようなイメージですね。

落合氏:ChatGPTはかなりナレッジナビゲーター的ですが、ポイントはAI側ではなく、AIを持ってる自分が、自分のデータを自分で管理すること。AIと会話し続けることは、自分のデジタルコピーがそこにできあがるわけで、情報をどう入れていくかが重要になります。

──自分のデータを持つ場所は、自分のローカルストレージになりますか。

落合氏:暗号化されたデータをできればオンラインに、分散型で持っていたいですが、まだ運用上の問題があり、長期的な視野が必要になります。分散型ファイルシステムのIPFSは現状ではストレージに対するガス代が結構かかりますし、動作が重い。まだ技術的なハードルが残っています。

2025年、AIはほとんどの人類より賢くなる

──2025年、そしてそれ以降、世界あるいは日本はどう変化していくと考えていますか。

落合氏:AIの進歩は非常に早く、毎日できることが拡張されているはずです。ですが、あまり拡張されていない気がする人もいます。そこがポイントだと思う。本当は皆、プログラマーとして相当優秀になっているはずですが、ほとんどの人はプログラムを書かないし、自分でブロックチェーンを構築する人は多くありません。AIとの向き合い方で大きく差がついてしまう世の中になっています。あらゆることをやり始められるはずなんだけれど。

──計算によって生まれる拡張した自然として「デジタルネイチャー」を提唱されています。デジタルネイチャーが広がり、AIが浸透していったとき、私たちの生活はどんな風に変わっていくのでしょうか。

落合氏:自然が計算機であり、計算機が自然であって、その両者が不可分になったときに新しい自然になるというのがデジタルネイチャーの考え方です。提唱し始めたのはもう10年前になります。今、研究の現場では、生成AIを使って実験を自動化し、バーチャルとフィジカルな検証工程がAIでつながっています。物理的に起こることと計算の結果が徐々に合わさるようになっており、フィジカルとバーチャルの区別はつかなくなっていて、デジタルネイチャーにかなり近づいています。

わからないのは、地動説と天動説ぐらい世界観が変わるかどうか。地球は太陽の周りをまわっていると考えた人は多くなかったけれど、地動説は正しかった。

──産業界で言えば「デジタルツイン」(現実世界のコピーをデジタル上に再現すること)の活用に近いイメージでしょうか。

落合氏:デジタルツインが超高速に動いているのがデジタルネイチャーとイメージしていただくとわかりやすいと思います。うちのラボでは、大手の通信メーカーや自動車メーカーなどが一緒に仕事をしています。皆さん、概ね2030年頃を想定して研究しています。

──2030年はどんな世の中になるのでしょうか。

落合氏:あらゆるものをフルスクラッチで、より簡単に作ることができるようになります。そうした知能に満ち溢れているイメージ。コンピューターがこなせるタスクが増え、人間の知性の価値が下がると多くの人は言っています。

──そのとき、人間は何をすればいいのでしょう。

落合氏:いいものを作る人は存在するので、センスの価値が上がるのではないでしょうか。センスを決めるのは、それまでの長いトレーニングで、アウトプットし続ける努力も重要になります。インターネット上に痕跡が残っていないと、AIの中に入ってこないからです。自分の情報がAIの中に蓄積されていくことが重要になります。

2025年末ぐらいには、たいていの問題はAIで解けるようになります。ChatGPT-4が出たのが2023年4月、その後、約1年半後の2024年9月にChatGPT o1-previewが出ました。1年半でAIへのデータ投入量は4倍になり、今はIQ130ぐらいまでトレーニングが進んでいます。IQ150くらいの推論能力があって、インターネットとつながった知性があればほとんどの問題は解けるようになります。ほとんどの人類より賢いですから。150まで持っていくのに、1年かかるか6カ月か。時間はどれくらいかという問題です。

──最後に大阪・関西万博に来場する人へのメッセージを。

落合氏:ぜひ楽しく、遊びに来てください。万国博覧会は、世界中の博物館を集めたようなお祭りです。フィジカルな不思議な体験が、やがて一生のパスを作っていくので、ぜひ不思議なものを見て、これからの人生を考えるきっかけにしていただければと思っています。

落合陽一氏
メディアアーティスト。1987年生まれ、東京大学大学院学際情報学府博士課程修了(学際情報学府初の早期修了)、博士(学際情報学)。筑波大学デジタルネイチャー開発研究センター センター長、准教授・JST CREST xDiversityプロジェクト研究代表。2017年-2019年まで筑波大学学長補佐、2018年より内閣府知的財産戦略ビジョン専門調査会委員、内閣府「ムーンショット型研究開発制度」ビジョナリー会議委員、大阪・関西万博テーマ事業プロデューサーなどを歴任。専門はHCIおよび知能化技術を用いた応用領域の探求。メディアアートを計算機自然のヴァナキュラー的民藝と捉え、「物化する計算機 自然と対峙し、質量と映像の間にある憧憬や情念を反芻する」をステートメントに、研究や芸術活動の枠を自由に越境し、探求と表現を継続している。

|インタビュー・文:増田隆幸
|撮影:多田啓介

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