スイス・クリプトバレーに集まるスタートアップの意外な国籍──“隠し口座”の終わりに中立国が強める新戦略

ブロックチェーンや暗号技術を活用する海外の企業やスタートアップを誘致してきたスイスのクリプトバレー(Swiss Crypto Valley)。チューリッヒの南に位置するツーク市を中心とするクリプトバレーには2020年、再び多くの海外企業が集まってきそうだ。

ツークのスタートアップエコシステムを束ねるクリプトバレー協会(CVA=Crypto Valley Association)で、エグゼクティブ・ディレクターを務めるアレクサンダー・シェル(Alexander Schell)氏によると、同エリアに拠点を開くブロックチェーン関連の企業数は現在、約830。

その中で最も多い企業はアメリカ国籍次いでドイツ3番目に多いのが香港からだと、シェル氏はCoinDesk Japanの取材で明らかにした。また、最近ではブラジルやコロンビア、ベネズエラなどの南米諸国のスタートアップが、スイス拠点の開設を検討するケースが増えていると、同氏は話す。

17世紀までさかのぼる銀行の秘密主義

チューリッヒの南に位置する都市「ツーク(Zug)」の街並み。

2017年7月の設立以来、CVAはクリプトバレーに集まるスタートアップの資金調達や人材確保、税務アドバイス、オフィス探しなどのサポートを続けている。ローカルの理工学系大学や金融機関とも連携しながら、暗号資産・ブロックチェーン領域のエコシステムを形成する役割を担っている。

クリプトバレーを中心に、スイスはなぜ国を挙げて海外のブロックチェーンやフィンテックベンチャーの誘致に熱を入れるのか。

「海外の銀行口座を利用した脱税を取り締まるための国際連携が求められる中で、(スイスの)銀行が続けてきた顧客情報の秘匿性は過去5年で大きく変化してきた」とシェル氏は言う。「スイス政府は新たな方針のもとで、金融のハブを作ろうとしている」と続けた。

スイス公共放送協会・国際部「swissinfo.ch」によると、同国の銀行の秘密主義の歴史は17世紀にまでさかのぼる。銀行の秘匿性を堅持しようと、政府は国際圧力に抵抗してきたが、スイスは過去5年で、海外の銀行口座を利用した脱税を取り締まるための国際枠組みに加わった。同国が築いてきた金融・経済の名声や競争力を維持するためには、OECD基準に従うことが重要だと考えたからだ。

スイス連邦政府は2018年9月、EU加盟国を含めた30カ国以上の政府と金融情報の交換を初めて行った。今後、連携国の数をさらに増やしていくという。

スイス金融のデジタル化をリードするアムンとSIX

スイス証券取引所・SIXは2020年、世界の暗号資産業界と既存の金融界からの注目を集めるべくまた新たな施策をを始める。

伝統的な銀行の秘密主義が崩れ去ろうとする一方、スイスはブロックチェーンやフィンテック関連企業がビジネスを進めやすい環境整備を積極的に進めている。ツーク市は2016年、世界で初めてビットコインによる納税を認めた。翌年には、クリプトバレーがイーサリアムを基盤とするIDシステムの導入検討を発表。

ツークに拠点を置くフィンテック企業のアムン(Amun)とスイス証券取引所のSIXは、同国の暗号資産領域をリードする存在だ。アムンは、暗号資産を活用した新たな金融商品を開発しているが、2018年に世界初の暗号資産のインデックス投資商品の取引をSIXで開始した。

アムンは今年10月、また新たな上場投資商品を披露した。同社はビットコイン・スイス社と共同で、法定通貨のスイスフラン建ての上場投資商品「アムン・ビットコイン・スイスBTC/ETH)の取引をSIXで始めた。

2020年の目玉はSIXデジタル取引所「SDX」

スイス証券取引所・「SIX」のHPより

2020年、SIXは世界の暗号資産業界と既存の金融界からの注目を集めるべく、次の仕掛けを始める。同社子会社・SIXデジタル・イクスチェンジ(Six Digital Exchange=SDX)が、デジタル化された証券を対象にした分散型台帳型・証券保管振替(CSD=Central Securities Depository)プラットフォームをローンチする。

欧米諸国や日本の金融機関が、債券や不動産などの資産をデジタル化・トークン化して、発行体が資金を調達できる手法「セキュリティトークン・オファリング(STO)」に注目し、その可能性評価を進めている。

SDXでトークン化証券の取引が可能になれば、スイスにおけるSTOの市場環境整備はさらに進んでいくだろうと、シェル氏は述べる。「これまで以上に多くのスタートアップ企業が、世界中からクリプトバレーに集まり、拠点を設けようと考えるのではないだろうか」

SDXはすでにプラットフォームのプロトタイプの試験運用を開始。初期段階では、デジタル・セキュリティトークンの発行と取引、決済のテスト運用を行う。

世界の優秀人材・技術・企業を集める

中国のファーウェイ(Huawei)が5G研究ラボを開設したスイス・チューリッヒの街並み。

ブロックチェーン・暗号資産領域に限らず、世界のITや製薬、米中の巨大テクノロジー企業までもが、スイスに研究ラボや製品戦略部門などの拠点を開設している。

最近では、中国のビッグテック「BATH(バイドゥ、アリババ、テンセント、ファーウェイ)」の1社、ファーウェイ(Huawei)が、スイス企業のサンライズと共同でチューリッヒに5Gの研究ラボを開設した。ファーウェイは、5Gを活用して製造業や農業の効率化を追求し、欧州各国に提案していくと報じられた。

KPMGの資料によると、スイスの法人税率は約18%で、日本の30.6%、ドイツの30%、アメリカの27%と比べて著しく低い。スイスの法人税率は州によって異なるが、ツーク州の税率は14.6%と、さらに低く設定されている。

そして来年1月、スイスのほぼ全州で法人税率は下がる予定だ。ツークの税率は11.91%になる。税制面においても、企業が同国に参入しやすい環境を整えている。

人口833万人。そのうちの25%は外国籍(在京スイス大使館・調査報告)のスイス。面積は九州にほぼ等しい、小さな国。銀行の秘密主義は大きく変わろうとしているが、海外富裕層の巨額資産は、依然としてこの国に集まる。

その一方で、金融のデジタル化とイノベーションを積極的に進め、次世代の金融システムを築き上げようと、世界中から優秀な人材とテクノロジー、企業を集結させようとしている。

インタビュー・文:佐藤茂
写真:Shutterstock