
暗号資産(仮想通貨)市場は新たな局面を迎えている。2024年1月には米国でビットコインの現物ETF(上場投資信託)が承認され、市場の成熟が進んだ。そして2025年1月のトランプ大統領就任により、今後の規制緩和や市場拡大への期待が高まっている。企業によるビットコイン(BTC)購入が続き、国家レベルでの準備資産としての活用も可能性を帯びてきた。
こうした動きの中心は米国だが、アジア市場も負けてはいない。香港を拠点に取引所を運営するOSLグループが日本市場へ参入するなど、日本との関わりが深まる事例も増えている。
CoinDesk JAPANは2024年8月、インドネシア・バリ島で開催されたWeb3イベント「Coinfest Asia 2024」に参加。タイ、インドネシア、フィリピンで取引所を運営する創業者らに話を聞き、東南アジア市場の可能性を肌で感じた。
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また「N.Avenue club」では昨年11月に「アジアの巨大トークン経済圏をけん引するビッグマーケット──東南アジアを徹底解剖する」と題したラウンドテーブルを開催した。
アジアの巨大トークン経済圏をけん引するビッグマーケット──東南アジアを徹底解剖する【N.Avenue club 2期5回ラウンドテーブル・レポート】
2021〜2024年、バンコクに居住していた筆者も現地で暗号資産関連のニュースを耳にする機会は多かった。チョンブリ県にある動物園で生まれたコビトカバ「ムーデン」が世界で人気になり、モチーフにしたミームコインMOODENGが発行されたことは記憶に新しい。
タイは金や不動産など、投資が盛んな国の一つとして知られている。今回は、現地で見たタイの金投資文化と「デジタルゴールド」とも称されるビットコインをはじめとする暗号資産市場の広がりについて考える。
どこにでもある「金行」で一般庶民も金を売買
投資というと、所得に余裕がある人が行うと日本人はイメージするかもしれない。しかし、タイでは必ずしもそうではない。タイ人はそもそも、投資好きだ。華僑文化の影響を受けているため、持っている資産は銀行に預けるよりも、自らの手で運用しようとする考え方が好まれている。その意味では暗号資産が受け入れられる土壌も大きいと言えるだろう。
街中を歩いていると、よく見かけるのが金の指輪やネックレスなどを扱う金ショップ。タイ語ではラーン・トォーンと呼び、漢字で書くと「金行」。もともと、中国からの移民を中心に金取引が行われてきた歴史があり、赤い装飾と派手な看板が特徴だ。街中やショッピングモールはもちろん、地方都市でも必ず見かけると言っていい。それくらい全土にある。主婦や自営業者といった一般庶民が、生活費の足しや小遣い稼ぎとして金の売買を行うことも珍しくない。

金の国際業界団体World Gold Council(ワールド・ゴールド・カウンシル)によると、2024年12月時点で、タイの金保有量は世界24位の約234.5トン、外貨準備に占める割合は8.3%。一方、日本の保有量は世界10位の約846トンでタイの3倍以上だが、外貨準備に占める割合は5.8%にとどまるという。さらに、GDPで見るとタイの経済規模は日本の8分の1程度。それでも、外貨準備に占める金の比率が日本より高いことは、タイで金が安定資産として重視されている証拠と言える。

実物資産としての信頼性が高い金は、インフレ対策や経済の不安定さに対するヘッジ手段としても機能する。2020年以降、コロナ禍で経済が揺らいだ際も、タイ国内では金の売買が活発になったと報道された。特に金価格が上昇すると、利益を得るために売却する人が増える傾向があり、これは暗号資産の投資行動とも共通する点だ。
知名度が高い和成興大金行(Hua Seng Heng )は中国人街で有名なヤワラート地区などに店を構え、オンラインでの金売買サービスも提供している。

デジタルゴールドとしてのビットコイン
タイでは、デジタルゴールドとも称されるビットコインに関しても早くから法整備を進めてきた。タイ証券取引委員会(SEC)は一定のルール内で取引所を運営することを認めており、国内には最大級とされるBitkub(ビットカブ)をはじめとする複数の取引所が存在する。一般投資家が手軽にビットコインを売買できる。

Bitkubは2025年の株式公開(IPO)を目指しており、国内の暗号資産取引市場で約80%のシェアを占めているという。また、タイ証券取引委員会(SEC)によると、2024年3月時点で国内のアクティブな暗号資産取引口座数は、2022年9月以来の高水準に達したと報じられた。
市場は活発に成長している。暗号資産に関連した決済や取引サービスを提供するTriple-Aのデータによると、2023年時点でのタイの暗号資産所有者は人口比約9.6%の約690万人とされている。一方、日本の暗号資産保有者は推定500万人とされ、人口比で約4%。人口は日本の約半分、経済規模も小さいタイの方が、暗号資産が人々に浸透していることがわかる。
2025年1月には、タイでビットコインETF(上場投資信託)の国内取引所への上場承認が検討されていることがブルームバーグで報じられた。2024年1月に米国で同様の承認がされたのに続く動きで、実現すれば市場のさらなる成長が期待される。
タイ中央銀行(BOT)は、デジタル資産の急速な普及に対して警戒しつつも、国民の投資意識の高さを考慮し、段階的にルール整備を進めてきた。2022年には暗号資産を用いた決済を制限する規制を導入したが、それでも投資対象としての関心は衰えていない。金と同様に、ビットコインを長期的な資産保全の手段と考える人も増えており、特に若年層やテクノロジーに精通した層で人気が高まっている。
送金手数料から考える潜在需要の高さ
歴史を振り返ると、タイでは1997年に自国通貨バーツが暴落したアジア通貨危機が起きた。中央銀行は必死に買い支えようとしたものの、急落を食い止めることはできず、「血まみれのバーツ」と呼ばれる事態にまで発展した。この危機を経験したことで、国民の間ではバーツへの依存を減らすための資産形成の重要性が認識され、外貨や金の保有につながったとも言われている。
現在、価値の上昇が続くビットコインも、もともとは2008年のリーマン・ショック後に誕生した。アフリカや中南米の現状を見ても明らかなように、国家への信頼が揺らぐと、人々は法定通貨に頼らない選択肢を模索する。例えば、エルサルバドルをはじめとする中南米の国々では、アメリカに出稼ぎに行った労働者が母国に送金する際、手数料の安さからビットコインを活用するケースも増えている。
タイやフィリピン、インドネシアも、日本に出稼ぎに来る労働者が多い国であり、母国への送金手段としてWiseや、特に東南アジア向けにはPayForexといったサービスが利用されることが多い。ただ、例えば1万円以下の送金でも千円単位の手数料がかかるほか、為替変動の影響を受ける点などの課題がある。こうした状況を踏まえると、送金コストを抑えられる暗号資産の活用には大きな潜在需要があると言えるだろう。
タイはその後、東南アジアの中でも金融リテラシーの高い国へと成長した。シンガポールが機関投資家や富裕層向けの金融ハブとして発展しているのに対し、一般投資家を中心に市場が広がっていることが特徴とされる。今後、タイの暗号資産市場はどのように発展していくのか。規制環境の変化や国際的な市場動向がどのように影響を及ぼすのか、引き続き注目していきたい。
|文:橋本祐樹
|トップ画像:ショッピングモール内にもあるタイの「金行」