
海外で暗号資産(仮想通貨)の取引サービスとウォレット事業を運営するバックパック(Backpack)が、日本市場への参入を進める一方で、香港に拠点を置くOSLグループは国内の交換業者を買収することで日本事業を拡大する。
2年前、米国の大手企業が相次いで日本市場からの撤退を余儀なくされたが、バックパックとOSLの動きは海外企業の「日本回帰」をさらに促すきっかけとなるか。
ウォレットのバックパックと、取引サービスの「バックパック・エクスチェンジ(Backpack Exchange)」を手がけるトレックラボ(Trek Labs)は昨年12月、立ち上げた日本法人を通じて日本暗号資産等取引業協会(JVCEA)に入会した。「第二種会員」となった法人の正式名称は「トレックラボ・ジャパン(Trek Labs Japan)」で、代表者はキャン・サン(Can Sun)氏と名乗る人物。
第二種会員は、交換業者やデリバティブ取引業者の登録申請を行っている企業や、その申請を予定している事業社などが該当するが、サン氏に話を聞くと「法令に遵守した上で、日本での事業を始めていきたい」と答える。
バックパックの狙いは何か。
バックパックの日本戦略

サン氏は、「デジタルネイティブの人の数が多い日本は、戦略的に重要な暗号資産市場」とした上で、「現在、(交換業)登録のためのプロセスを進めている。登録できれば、『バックパック・エクスチェンジ(Backpack Exchange)』のブランドで事業を始めたい」と話す。
バックパックを共同創業したアルマーニ・フェランテ(Armani Ferrante)氏は、ソラナ・ブロックチェーンを基盤とする複数のプロダクトを開発し、ソラナのコミュニティ拡大に寄与した人物。
サン氏も共同創業者の一人で、カナダのトロント大学でエンジニアリングを学び、米国の名門、プリンストン大学で電気工学博士号を取得した。その後、米イェール大学のロースクールを終了し、一時は世界最大級の暗号資産取引所として名を馳せたFTXで法務責任者を務めた。
サン氏によると、バックパック・エクスチェンジのユーザー数は現在約60万人で、バックパック・ウォレットのダウンロード数は100万を超えるという。
世界の中で日本は、暗号資産に限らず金融市場においても重要視すべき法域で、今後の成長ポテンシャルは極めて高いと、サン氏は強気な見方をする。
トレックラボは2023年に、アラブ首長国連邦のドバイで暗号資産取引所「バックパック・エクスチェンジ」を運営するライセンスを取得している。サン氏によれば、同社の経営幹部は現在、ドバイと東京を拠点に置いているという。
日本の市場が変わる
実際、国内のデジタル資産市場の成長を勢いづける要因と変化が見え始めてきた。サン氏も当然、この変化を認識している。
例えば、国内で交換業登録をしている事業者を通じて開設された口座の数は、2024年4月に1000万を超え、11月末時点では約1150万口座(JVCEAのデータ)。24年はひと月あたり約24万口座増え、23年の増加ペース(ひと月あたり約20万口座)を上回った。
同じくJVCEAがまとめている取引量(それぞれの暗号資産における1通貨単位)の推移を見ると、24年3月は約5.5兆枚で単月の取引量としては過去最多を記録した。昨年は11月までに1兆枚を超える月は7回で、取引量では過去に例のないケタ違いの1年だった。
また、利用者が口座に預け入れている現金や暗号資産の残高(預託金残高)は、21年1月に初めて1兆円を超え、昨年11月には4兆3700億円に膨れた。
この活況の背景には、2つの大きな変化があるだろう。
1つは、世界最大の経済国である米国が、暗号資産や他のデジタル資産の領域で成長のアクセルを踏み始めたことだ。何度となく報じられてきたが、世界最大の資産運用会社であるブラックロックが、ビットコイン現物の上場投資信託(ETF)を米国の金融市場に初めて上場させ、他の運用会社も追随したことは、ビットコインを筆頭に暗号資産の世界市場に影響を与えた。
ビットコインというブロックチェーン技術が生み出した目に見えないものが、資産クラスの1つに見なされ、巨額の資金が米大手金融機関を通じて、この技術に紐づくファンドに投下された。
米国市場が大きく変化しようとするなか、暗号資産に親和的なドラルド・トランプ氏が大統領選挙に勝利したことで、米国が暗号資産の法規制をよりオープンなかたちで整備し、米国内の同業界を一気に成長させるという期待はさらに高まった。
日本の税制が変わる予兆

2つ目は日本国内で生まれた税制についての「期待感」だ。
暗号資産の売買で得られるリターンに対して、日本では他国に比べて高い税率が課されている。暗号資産業界と与党・自民党の議員らは、現行の税制が続けば、国内の暗号資産業界の成長を妨げる恐れがあると、再三訴えてきた。
そのなか、自民党の政調審議会は24年12月、党内からあがってきた緊急提言を承認した。提言には、暗号資産を日本の「国民経済に資する資産」にするため、取引で得られるリターンに対する税を、現行の「総合課税」ではなく、「申告分離課税」の対象に移行するべきと記された。
日本の現在の法律では、暗号資産の取引所得は雑所得となり、税率は最大で55%の総合課税だ。一方、株やETFなどの売買で得られるリターンは分離課税となり、一律20%。
金融庁も動き出した。
暗号資産は現在「資金決済法」の下で規制されているが、金融庁は24年秋、現行の規制と税制を見直すべきかの検討を始めた。仮に、現在の規制が投資家を保護するには不十分であると結論づけられた場合、資金決済法を改正するべきか、または暗号資産を株やETFのように「金融商品取引法(金商法)」の対象とするべきかが論点となる。
同年末には、25年度税制改正大綱に「暗号資産の税制見直し検討」が記された。
年が明け1月の最終日、加藤財務大臣は衆議院予算委員会で、金融庁の制度見直し議論は6月末までに結論を出す方針を明らかにした。
香港のOSLがコインベストを買収

一方、香港を拠点に暗号資産や他のデジタル資産の取引サービスを展開するOSLは今月6日、都内で記者会見を開き、国内の交換業者コインベスト(CoinBest:中央区日本橋)の買収を発表した。
OSLは香港証券取引所に上場している企業で、社名は「Open」、「Secure」、「Licensed」の単語の頭文字から成り、法規制に則ったデジタル資産の取引サービスを強調している。OSLはコインベストの株式81.38%を取得し、日本の事業法人を「OSLジャパン(OSL Japan)」と名付けた。
バックパックのサン氏が予想するように、会見に出席したOSLグループCEOのケビン・クイ(Kevin Cui)氏は、「(日本市場の)さらなる成長が期待できる」と述べ、個人投資家、富裕層、機関投資家のほとんど全ての需要層を顧客ターゲットに据えた日本戦略を明かした。
その中でクイ氏は、日本の取引口座数の増加ペースと香港市場の状況を比べ、日本市場はより安定的に成長すると予測している。
中国では暗号資産の取引やマイニングが全面的に禁止されている。加えて、米国と中国との関係が悪化する見方が強まるなか、香港企業にとって日本市場はより魅力的に映るのかもしれない。現に、世界の政財界のトップが集まる「ダボス会議」でも、米中関係が外交面で悪化する可能性が指摘された。
FTX崩壊で相次いだ海外企業の撤退

海外企業の日本参入を巡っては、複数の米国企業が日本事業を開始したものの、わずか数年で撤退を余儀なくされた過去がある。
サム・バンクマン-フリード氏が設立した世界最大級の暗号資産取引所「FTX」は2022年11月、財務上の不透明性が暴露され、関連企業との間で資金の不正利用が疑われたことから流動性危機に陥った。その結果、FTXの事業運営が破綻した。FTXは同月に米国連邦破産法第11章、いわゆる「チャプター11」の適用を申請した。
その後、FTXの日本法人「FTX Japan」は、暗号資産取引サービス「ビットフライヤー」を傘下に持つbitFlyerホールディングスに全株式を売却し、欧州事業部門の「FTX EU」は、バックパック・エクスチェンジが買収した。
21年8月に日本事業を始めた米取引サービス最大手のコインベース(Coinbase)は、23年1月に事業の停止を発表。同じく米クラーケン(Kraken)も同時期に日本市場から撤退している。
2025年、これからどのような海外プレイヤーが日本にやってくるだろうか。カギを握るのは、期待される日本の税制の見直しと、「トランプ2.0」の米国が整備を進める暗号資産の法規制の行方だ。どちらも、市場を大きく変える要因であることは間違いない。
|文:佐藤 茂