
Japan Fintech Week(JFW)を期に世界中から暗号資産(仮想通貨)業界のキーパーソンが東京に集まった。暗号資産取引所バイナンス(Binance)のCEO、リチャード・テン(Richard Teng)氏もそのひとり。JFWのコアイベント「GFTNフォーラム・ジャパン2025」でテン氏とN.Avenue/CoinDesk JAPAN 代表取締役 CEOの神本侑季が対談した様子は昨日お伝えした。
ここでは別途行われたインタビューで、バイナンス入社前は規制当局での実務に従事していたテン氏が、世界最大級の暗号資産取引所を率いるという仕事に臨む前に行うルーティンや大切にしているマインドセットなどを聞いた。
バイナンスを率いるための“エトス”
──今回の来日の一番の目的は?
Japan Fintech Weekで開催される「GFTNフォーラム・ジャパン2025」など、多くのイベントでの登壇が最大の目的だ。
また日本で事業を開始して1年半以上経過したので、この機会を利用して、日本のチーム、あるいは規制当局、政策立案者、顧客などさまざまなステークホルダーとしっかり時間を取って対面して、ニーズを把握し、より良いサービスを提供できるようにしたいと考えている。
──ビジネスについては、GFTNのセッションで弊社CEOの神本が聞いているので、ここでは違ったことを聞きたい。世界最大の暗号資産取引所を率いる立場として、最も大切にしていることはなにか。また1日のルーティンのようなものはあるか。

基本的には規律やルールを大切にするタイプだ。逆に言うと、やや退屈な人間に聞こえるかもしれない。なので、私のルーティンはきわめてシンプルだ。毎日、少なくとも30分のエクササイズを行い、読書をしてから会議に臨むようにしている。
バイナンスには大切にしている「エトス」がある。価値観、あるいは行動原則のようなものだ。
1つ目は「ハードコア」という考え方だ。特に暗号資産業界では、未知のこと、わからないこと、知らないことが常に出てくるが、それでも何事に対しても常にオーナーシップを持って、必ず問題解決に当たるということだ。
2つ目は「ハンブル」、つまり謙虚な姿勢であること。これはきわめて重要だ。年齢を重ね、経験を重ねるほど、知らないことがとても多いと気づかされるからだ。
世界は急速に進化し、学ぶ機会が数多くある。バイナンスはこのエトスを大切にし、私も大切にしている。エトスはバイナンスを経営する私を導いてくれる。バイナンスは非常に優秀な経営陣を擁しており、このチームを率いて、世界各地にグローバル展開している重要な企業を運営している。
「コラボレーション」と「ユーザーフォーカス」も重要だ。組織の中でのコラボレーションはもちろん、暗号資産エコシステム全体の成長を支援するためには企業を超えた、業界でのコラボレーションが欠かせない。
「ユーザーフォーカス」については、我々はあらゆる意思決定において、ユーザーを最優先している。ユーザーの利益を守り、ユーザーの資産を保護し、ユーザーに最高のサービスを提供していく。
創業者主導の組織を変革
──2023年11月にCEOに就任してから、最も大変だったことはなにか。
2023年11月に創業者であるCZ(注:チャンポン・ジャオ氏の通称)から引き継いでCEOに就任した。当時は規制問題の解決に向けて米当局と難しい交渉を進めている最中だった。会社の方向性や今後の展開についてはやや不透明な環境にあった。
だが、まず何よりもコアな経営メンバーに感謝している。彼らは一丸となり、この重要な組織を支え続け、暗号資産の普及と展開を推進している。そしてユーザーに非常に感謝している。困難な時期においても、我々を支え、取引を継続し、信頼を寄せてくれた。
2024年はさまざまな取り組みを行い、大きな成長を遂げることができた。ユーザー数は2024年当初の1億7000万人から、年末には2億4000万人と7000万人増加した。これは記録的な数字だ。さらに2025年3月時点では、2億6200万人となり、成長ペースは今も加速し続けている。
また2024年当初は、世界中で14の規制当局から認可を得ていたが、継続的に認可を獲得していった。その結果、現在では21の国/地域で認可を得ている。新たに認可を得たのは、インド、ブラジル、インドネシア、アルゼンチンなど、人口が多い国など。非常に順調に進んでいる。
会社自体も、変革を遂げた。CZが2017年に創業した当時は、規制環境は不鮮明で、世界の暗号資産の普及率は1%だった。きわめて初期段階だった。
だが私がCEOに就任するまでに、規制環境はより明確になった。コンプライアンスがより重視され、業界を規制するルールは明確になった。それに伴い、バイナンスも創業者が主導した企業から、取締役会が主導する、より制度化された企業へと移行した。現在、私は7人の取締役で構成される取締役会に会社の経営状況を報告している。7人のうち3人は、独自のチェック機能を備えた社外取締役だ。
機関投資家向けビジネスへの取り組み

──少しビジネス面に触れたい。米国でのビットコインETF承認により、機関投資家の参入が進んでいる。この領域にバイナンスはどのように取り組むのか。
2024年は機関投資家向けビジネスが大きく加速した。年初に米国でビットコインETFが承認され、その後、香港、ブラジルなど、世界各地で同様の動きが続いた。これにより、暗号資産という資産クラスが必要としていた信頼性と、市場でのポジションが与えられることになった。2024年以前は、暗号資産は機関投資家に広く受け入れられていなかった。
バイナンスのビジネスとしても、2024年、機関投資家の新規参入数は2020年と比較すると2倍になっている。機関投資家クライアントについては、大きな成長が見られる。
ETFは、投資に慣れていない人向けの入門用商品として優れた商品だ。最初の一歩として、投資に触れるには最適。しかし、デメリットもある。つまり、ETFは流動性コストが高くなる。上場している市場によるが、通常、ETFは取引所が空いている時間、概ね1日8時間しか取引できない。週末や祝日も取引できず、1日16時間は取引できないことになる。
機関投資家であれ、個人投資家であれ、多くのクライアントは効果的なリスクヘッジができない。市場に新しいニュースが流れたときに、ポジションを取ったり、変更することはできない。
ETFには流動性コストが非常に高いという問題があり、暗号資産に詳しくなった人たちは、徐々に入門者向けのETFから、24時間365日取引可能な取引所へと移行していく。
トランプ政権とのリレーション

──トランプ政権の誕生で暗号資産における米国の影響力が大きくなっている。トランプ政権とのリレーションシップは、バイナンスUSが行うのか、それともあなたの役割なのか。
私は、Binance.comの経営に責任を持っている。バイナンスUSはまったく別の企業であり、株主も取締役会も異なる。なので、バイナンスUSについてはコメントできない。
現在、Binance.comは米国市場には参入していないが、前政権がかなりアンチ暗号資産的だったことに対し、今の政権は、暗号資産を支持する政策を打ち出しており、業界全体が恩恵を受けている。我々も恩恵を受けている。
トランプ大統領は暗号資産に積極的な姿勢を示し、各機関のトップに暗号資産支持派を任命している。下院や上院に新たに当選した議員にも暗号資産に前向きな議員が多く、今後米国から発表される規制やルールは、暗号資産業界にとって非常に前向きなものになり、それが世界中の政策立案者にも影響を与えるだろうと我々は非常に楽観視している。
投資家教育に注力
──では最後に、新しいユーザーが増える一方で、暗号資産市場はボラティリティが大きな状況が続いている。特に個人投資家がそうした状況に悩まされないようにするにはどうすれば良いのか。
我々は投資家教育に常に力を入れている。投資家の皆さんには、まずしっかりと理解し、十分なリサーチを行い、誰かから聞いた話に頼らないことを伝えている。投資をするのは、自分のお金であり、投資の責任は自分自身にあるからだ。投資を行う前には慎重になることが大切だ。
また、暗号資産市場はボラティリティが高く、他の資産クラスと同様にサイクルを繰り返す。つまり、ボラティリティに備える必要がある。短期的ではなく、長期的な視点を持つことが重要だ。
こうしたことは非常に大切であり、我々は常に世界中の投資家に「慎重になり、リサーチを行い、投資を始める前にこの分野を理解するように」と伝えている。
|インタビュー・文:増田隆幸
|撮影:多田圭佑