デジタル人民元の影響をシミュレーション──元米政府高官がホワイトハウスに集結

中国の中央銀行デジタル通貨(CBDC)、すなわち「デジタル人民元」は、国際金融システムにおけるドルの優位を弱体化させた。

北朝鮮は、デジタル人民元を使って核ミサイルの開発・テストを行い、アメリカ政府による経済制裁措置を難なく回避した。そして犯罪者は、SWIFT(国際銀行間通信協会)の通信ネットワークからお金を盗み、自らの正当性を見せつけた。


だが、ご心配なく。これはただのゲーム、今のところは。

これらのシナリオは、11月19日(現地時間)夜に行われた戦闘作戦訓練において、アメリカ政府の元高官たちによって作られたものだ。

今回の国家安全保障会議のプリンシパル・コミッティー・ミーティング(PCミーティング)のシミュレーションは、ハーバード大学の公共政策大学院「ハーバード・ケネディースクール(Harvard Kennedy School)」と科学・国際関係を扱う「ハーバード大学ベルファー・センター(Belfer Center for Science and International Affairs)」によってマサチューセッツ州ケンブリッジで開催された。

元高官たちは、2021年、中国のデジタル人民元が発行された後、アメリカに対する脅威を議論するために招集された国家安全保障会議(NSC)のメンバーの役を演じた。

設定:北朝鮮のミサイル発射実験の数日後

シミュレーションは、北朝鮮がデジタル人民元で購入した資材を使って大規模なミサイル発射実験を行った数日後を想定して開催された。

米ドルの競争力は、国家安全保障の問題」とデジタル通貨業界の大物である大統領顧問を演じたネハ・ナルラ(Neha Narula)氏は語った。シミュレーションの時間軸においてさえも「我々はまだ、米ドルが世界の準備通貨である世界にいる」。

アメリカは経済制裁によってドルを「武器化」できるため、ドルは「途方もない重要性を持つ」とナルラ氏は語った。

「突然、別の通貨がより魅力的で、より利用可能なものになれば、そうした状況は変わる可能性がある」とナルラ氏。

「このイノベーションに遅れを取らないようにする必要がある」

今回の訓練に参加した元高官は以下の通りだ。

アシュトン・カーター(Ashton Carter)元国防長官。ゲイリー・ゲンスラー(Gary Gensler)元商品先物取引委員会委員長。ニコラス・バーンズ(Nicholas Burns)元国務次官。ジェニファー・ファウラー(Jennifer Fowler)元財務副次官補。メーガン・オサリバン(Meghan O’Sullivan)元特別補佐官兼国家安全保障副顧問。エリック・ローゼンバック(Eric Rosenbach)元国防長官首席補佐官。ローレンス・サマーズ(Lawrence Summers)元財務長官。リチャード・ヴェルマ(Richard Verma)元在インド大使。MITのデジタル通貨イニシアチブ(Digital Currency Initiative)のディレクターを務めるナルラ氏。そしてベルファー・センターのエグゼクティブ・ディレクター、アディティ・クマール(Aditi Kumar)氏。

訓練が始まる前、ナルラ氏は議員や他の規制当局が関心を向けることを望んでいるとCoinDeskに述べた。

「(このシミュレーションによって)人々がデジタル通貨の影響を真剣に考え、後からではなく、今、考えるきっかけとなることを願っている。これらの問題について議論を始めるためのテンプレートやガイドのようなものになると考えている」

国際金融におけるアメリカの優位性とは?

国際金融システムにおけるアメリカの支配的役割は、敵を締め出すことを可能にするが、他の国々との協力関係にも大いに依存しているとサマーズ氏は述べ、訓練における財務長官としての主張を繰り返した。

この点において、中国のデジタル人民元がアメリカの覇権に及ぼす影響は小さいかもしれない。

「根本的に、北朝鮮に壊滅的な方法で制裁を加えるアメリカの能力は、中国の協力に依存している。(中略)これはデジタル人民元が登場する前でも、デジタル人民元が存在する今でも真実」とサマーズ氏は述べた。

しかし、アメリカはその強力な影響力をあまり長くは行使し続けられないかもしれないと訓練で経済政策担当の大統領補佐官を演じたゲンスラー氏は述べた。

ドルと完全に競合するために必要なインフラを中国が築き上げるには数十年かかるだろう。だが現実世界では、各国はドル依存から離脱するためのステップをすでに踏んでいる。

ドル依存からの離脱

一例としてロシアはすでに、中国の国際銀行間決済システム(Cross-Border Interbank Payment System:CIPS)の採用を始めたとゲンスラー氏は述べた。

今回の訓練では、中国当局はデジタル人民元は「完全にポータブル」であると主張したとクマール氏は述べた。

つまり、さまざまな国々は、銀行や決済プロバイダーをノード参加者として選ぶことによって中国のCBDCインフラの上に独自のシステムを構築できる

経済制裁の他に「私は『我々は国際経済を分岐させる道を進んでいるのか?』『どれほどその道を進んでいるのか?』『我々が持つ選択肢は本当に我々をその道のさらに先へと進めるものなのか?』について心配もしている」と訓練で副大統領を演じたオサリバン氏は述べた。

アメリカ政府は金融における優位性を強化するための方策を取ることはできるが、中国のデジタル通貨の出現と他国がドルから離脱していることは、アメリカがトップではない世界へと移行していることを意味すると十分に考えられるとオサリバン氏は述べた。

「我々は、すでに我々が金融的に優位ではない世界にいるのかもしれない。もちろん、すべての領域においてではない。だから、我々はそれ以外の外交政策ツールで、何をするかを考えなければならない」

サマーズ氏もこの可能性を認めた。だが、アメリカが独自のデジタル通貨を発行することが情勢に影響を与えることができるという主張を退けた。

「独自のデジタル人民元、デジタル・ドル、国有の決済アプリなどなんであれ、他国の能力を妨げることには何の役にも立たない」

SWIFTへの脅威

会議全体を通じて、アメリカは制裁体制の一部をSWIFT(国際銀行間通信協会)に依存していることが繰り返し指摘された。

シミュレーション終盤の思わぬ展開では、北朝鮮は他国の関心をデジタル人民元へと向かわせるために、SWIFTから30億ドル(約3300億円)を盗んだ。

このような盗難は前例がないわけではない。過去に犯罪者が数百万ドルをSWIFTから盗んでいる。

「現状では、我々はあまりうまく機能しないネットワークを1つ保有している」とサマーズ氏。

アメリカがこの先進むべき道は、アメリカ版CBDC、つまりデジタル・ドルを検討することではなく、SWIFTを強化することであるべきとサマーズ氏は述べた。同氏の考えでは、デジタルであれなんであれ、どの国の通貨もアメリカに対する真の脅威ではない。

「ホワイトハウスの危機管理室では正直になろう。ヨーロッパは博物館、日本は老人ホーム、中国は監獄、そうした国の通貨がアメリカにとって大きな脅威となることを心配する必要はない」とサマーズ氏。

「安全な、強化されたSWIFTが我々の優先事項であるべき」

デジタル・ドルは「最悪のアイデア」

別個にデジタル・ドル・プロジェクトを進めることは「世界最悪のアイデア」かもしれないとサマーズ氏は指摘した。リソースや関心を薄めてしまうことになるからだ。

在中国大使を演じたヴェルマ氏は、現在進行中の決済における取り組みにおいて、アメリカがいかにして中国政府と協力できるかを検討することを勧めると述べた。

「この部屋で我々が動揺しているのは、彼らに先を越されたためだ」とヴェルマ氏は指摘した。

他の国や組織が中国のデジタル人民元に移行する理由は何か、という疑問もある。

シミュレーションでかつてと同じ役職の国防長官を演じたカーター氏は、デジタル通貨がSWIFTに取って代わる論理的理由はまったく見つけられないが、「しかし何か心理的な理由があり、我々はそれを真剣に受け止めなければならない」と述べた。

アメリカは数十年にわたって稼働してきたシステムを支援し続けるべきとカーター氏は主張した。

「世界経済の大部分は、極めて正当な理由からそのシステムをサポートすると考えている。今、中国が提示する代替案を選択する特別な理由はない」

翻訳:山口晶子
編集:増田隆幸
写真:Image via Harvard Kennedy School
原文:In Wargaming Exercise, a Digital Yuan Neuters US Sanctions and North Korea Buys Nukes