
ブータンは、ビットコインを大量に保有することで知られる国のひとつ。ブータンを訪問したHyla Fundのパオラ・オリゲル(Paola Origel)氏が、ブータンで実際で目撃した発展の様子を伝える。
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各国が暗号資産(仮想通貨)がもたらす影響を探るなか、ビットコイン(BTC)は国家戦略の一部分となりつつある。南米のエルサルバドルはビットコインを法定通貨として採用した最初の国として注目を集め、米国は国家ビットコイン準備金の導入を検討している。中国は暗号資産に対して慎重な姿勢を崩していないものの、デジタル人民元を実現するためにブロックチェーン技術を採用している。
こうした変化のなか、アジアの小さな内陸国ブータンはグローバル・トレンドを追うのではなく、独自の道を歩むことで注目されている。
中国とインドに挟まれたヒマラヤ山脈に位置するブータンは、伝統的な経済モデルに反する政策を長年続けてきた。GDP(Gross Domestic Product、国内総生産)を優先するのではなく、GNH(Gross National Happiness、国民総幸福量)を成功の指標として、国民の福祉に焦点を当てている。ジグメ・ケサル・ナムゲル・ワンチュク国王のリーダーシップの下、ブータンはブロックチェーンとビットコインを持続可能な開発のビジョンに統合している。例えば、南部の町ゲレプ(Gelephu)に「マインドフルネス・シティ(Mindfulness City)」を建設するプロジェクトは、テクノロジー、カルチャー、サステナビリティを融合させるブータンのアプローチを象徴している。
私は近年、ブータンを2度訪問する幸運に恵まれ、初めてブータンの地を踏んだ瞬間から、揺るぎない絆を感じた。ティンプー(Thimphu)にあるテクノロジーパークを訪問した際、私は「マインドフルネス・シティ」に関する複数の会話に参加し、ブータンでのビットコイン・マイニングについて学んだ。ブータンはビットコイン・マイニングについて慎重な姿勢を保っているが、大きな関心を持っていることは疑いようがない。ブータンは、豊かな伝統を守るだけでなく、独自の開発哲学を推進するためのツールとして新しいテクノロジーを大胆に取り入れている。
ビットコイン・マイニング:ヒマラヤの静かな革命
ブータンの投資部門Druk Holding and Investments(DHI)とGreen Digital Limited(GDL)は、ビットコイン価格が5000ドル付近だった頃にビットコイン・マイニングを開始した。現在、ブータンのビットコイン保有高は10億ドルを超えている。やや古いデータになるが、2023年時点、世界銀行のデータによると、同国のビットコイン保有高はGDP(29億ドル)の約34.48%を占めるという。ブータンがビットコインを経済資産として戦略的に活用していることがわかる。
ブータンは、Bitdeer Technologies Groupとの段階的な開発計画によって、マイニングインフラを拡大している。第1フェーズ(100メガワットのキャパシティ)はすでに稼働中。第2フェーズでは、2025年半ばまでに500メガワットを追加する計画だ。プロジェクトは、ブータンの豊富な水力発電資源を活用し、マイニングの持続可能性と効率性を実現している。2023年5月にBitdeerと設立された5億ドルのファンドは、ブータンが外国直接投資(FDI、Foreign Direct Investment)の誘致とグローバルなビットコイン・マイニング市場でのポジション強化に注力していることを示している。
ゲドゥ(Gedu)に建設された100メガワットの暗号資産マイニング・データセンターは、ブータン初の大規模ビットコイン・マイニング事業だ。施設は、水力発電を活用し、環境への配慮を重視したビットコイン・マイニングを行っている。当記事執筆時点、施設には3万台のマイニングマシンが設置され、1日あたり3〜5BTCを生み出している。この戦略的アプローチによって、ブータンは市場変動リスクを軽減しつつ、ビットコイン・マイニングから安定した収入を確保している。プロジェクトはまた、雇用を創出し、ブータンの経済変革に寄与している。
マインドフルネス・シティ:未来への青写真
ゲレプの「マインドフルネス・シティ」は、伝統的な都市ではなく、ブータンの長期ビジョンを実現するための変革的な開発プロジェクトだ。ジグメ・ケサル・ナムゲル・ワンチュク国王は2024年12月17日、建国記念日の演説で、プロジェクトの目的はブータンの若者に、海外ではなく国内でチャンスを提供することだと強調した。「経済成長と、ブータンの自然の美しさ、カルチャー、価値を守ることとのバランスを保つことはきわめて重要だ」と国王は述べた。
2500平方キロメートルを超える広大な面積を有するマインドフルネス・シティは、ブロックチェーンやAIをはじめとする最新テクノロジーとサステナブルな開発を統合するようデザインされている。ゲレプは南アジアと東南アジアの交差点に位置し、経済活動の戦略的ハブとしての役割を果たす。特別行政区(SAR、Special Administrative Region)として、ビジネスフレンドリーな環境を整え、国内/国際投資の誘致を目指している。
プロジェクトは、アグリテック、ファイナンス、教育、グリーンエネルギー、医療、ハイテク、スピリチュアリティの7つの分野に焦点を当てる予定だ。経済の多様化を通じて、ブータンはテクノロジー的進歩とカルチャー的価値の融合を目指している。
この枠組みにおける進展として、グローバル規模の暗号資産金融サービス企業Matrixportは、マインドフルネス・シティでの事業展開のための金融サービス許可ライセンスの申請を行った。新たな取り組みのもとでの申請は初の事例だ。これは、ブータンが暗号資産とブロックチェーンの規制環境の整備に注力していることを示している。
幸福を経済モデルに掲げて
ブータンの幸福への注力は、伝統的な経済モデルに一石を投じている。1970年代に導入されたGNH(国民総幸福量)は、健康、教育、コミュニティの活力、環境保全といった指標で国家の成功を測る。このアプローチは、公平かつ透明性の高いシステムを構築できるブロックチェーンの潜在力と親和性が高い。
ブロックチェーン技術は、公共プロジェクトの透明性を高め、資源の公平な分配を実現することで、ブータンのGNH目標の達成をサポートする。例えば、ブータンはかつて「教育都市(Education City)」として計画された場所をビットコイン・マイニングの拠点として再利用し、地域のニーズに応えると同時にグローバルなイノベーションにも貢献している。
ブータンの取り組みと実績は、小国であっても、自国の強みを活かすことで新しいテクノロジーをリードできることを示している。人口わずか70万のブータンは、政策の迅速な実行、変化への柔軟な対応が可能だ。水力発電をビットコイン・マイニングに活用する取り組みは、暗号資産業界における環境配慮型の好例であり、二酸化炭素排出量を削減しつつ、ブータンが進める環境保護の取り組みを後押ししている。
ブータンが開発戦略を推進するなか、国王のビジョンは伝統と現代性を融合させた明確な道筋を描いている。「マインドフルネス・シティ」は、国民とその文化的価値にテクノロジーが貢献する豊かな社会を築くというブータンの目標を象徴している。
グローバルコミュニティにとって、ブータンがブロックチェーンとビットコインを受け入れている姿は、成功に対するオルタナティブな視点──利益よりも福祉(ウェルビーイング)を優先する──を提示している。テクノロジーが急速に変化する時代においてブータンは、テクノロジーが文化的アイデンティティを守りながら、サステナブルな成長を実現し得ることを示している。この革新的なアプローチは、小国でも模範を示すことができること、テクノロジーは分断を招くものではなく、人々の利益に貢献できることを示している。
|翻訳・編集:CoinDesk JAPAN編集部
|画像:マインドフルネス・シティのWebサイト(キャプチャ)
|原文:Bitcoin in Bhutan: Charting Its Own Course of Economic Development