
金融や不動産、製造業など社会インフラを支える基盤となる「重い産業」が、いまAIとブロックチェーンによって静かな変革を迎えている。複雑で古くからの仕組みに支えられてきた分野では、デジタル化が困難とされてきたが、AIとブロックチェーンが複合的に作用することで、旧来の業務プロセスや産業構造そのものが根底から書き換えられようとしている。この動きは単なる技術革新にとどまらず、特に技術者であるエンジニアの役割やキャリアの在り方にも新たな問いを投げかける。
CoinDesk JAPANを運営するN.Avenueは5月8日、「AI・ブロックチェーンで“重い産業”を動かす──エンジニアのキャリアはどう進化する?」と題したオンラインイベントを開催。各分野で先進的なプロダクト開発や制度設計に取り組む3社を招き、Web3の活用状況や社会的意義、エンジニアに求められる視座やスキルセットなどについて話を聞いた。
登場したのは、金融インフラの再構築を目指すProgmat代表取締役Founder and CEOの齊藤達哉氏、AIによる企業の業務変革を推進するLayerX代表取締役CEOの福島良典氏、次世代のクロスボーダー決済基盤の開発などに取り組むDetachainエンジニアリングマネージャーの新田智啓氏。モデレーターはN.Avenue/CoinDesk JAPAN代表取締役CEOの神本侑季が務めた。
デジタルで完結しない重い産業への「民族大移動」
LayerXの福島氏は冒頭、“重い産業” という言葉は自身の造語であると述べ、デジタルやソフトウェアだけで完結しない産業を指すと説明した。

過去にグノシーでニュースアプリ開発に携わった経験を引き合いに、情報収集から配信までが完全にアプリ内で完結するような軽い産業に対し、重い産業には契約書や経費精算といった紙ベースの業務や人手が介在する仕事が残っており、ソフトウェアだけでは完結しない難しさがあると指摘。「社会全体で、こうした領域をデジタルでなめらかにすることが求められている」と述べた。
同氏が重い産業に注目し始めたのは2018年ごろ。スマートフォンの普及とともに一般ユーザーを対象とするtoC系の新興企業が成長を遂げ、技術革新の余地が狭まっていた一方、企業間のBtoB領域や社会インフラ産業には旧来的な構造が残っており、新技術の適用余地があると感じたという。特に2022年以降、エンジニアが旧来的な構造が残る領域に活躍の場をシフトする「民族大移動」が起きていると述べた。

同社が提供する具体的なプロダクトについても言及し、業務効率化AIクラウドサービス「バクラク」では経費精算や請求書処理の業務をAIによって効率化しており、ユーザーはAIの存在を意識することなくスムーズな体験が得られると解説。「すべての経済活動を、デジタル化する」をミッションに掲げ、AI SaaSおよびAI DX事業を展開していると説明した。
レコードキーピング(記録保持)とブロックチェーン
Progmatの齊藤氏は、金融業界でもAIやブロックチェーンの捉え方が2018年ごろを境に大きく変化したと指摘し、技術が社会に浸透していく過程を振り返った。

2016〜2017年当時、Fintech(フィンテック)ブームのなかで金融機関でもAIやブロックチェーンの活用が模索されていたが、AIはチャットボットや与信審査の補助といった既存業務を効率化する用途に限られ、ブロックチェーンも「ビットコイン以外にも使える技術」として語られる段階にあった。
しかし、金融の本質である「レコードキーピング(記録保持)」を金融機関の信用に依拠せず担保できる点が注目され、ブロックチェーンを活用しないことのリスク回避や新事業開拓の観点から金融業界でも活用に向けた議論が始まっていたという。そして、2022年ごろから生成AIの進化により、デジタル完結型の業務・取引が現実となりつつあり、従来の銀行システムかブロックチェーンか、インフラの選択が再び問われていると指摘する。
また、自身が三菱UFJ信託銀行に在籍していた当時から「お金の自動運転」や「プログラマビリティ」といった構想は共有されていたと明かし、「登山で言えばまだ2合目」としながらも、その構想が着実に進んでいると述べた。海外ではクロスボーダー決済を中心に展開が進んでおり、法整備が整った日本でも今後は事業者の発想次第で実装フェーズに入ると展望を語った。
「器」として残る金融機関の役割
Progmatは不動産や優待、決済手段などあらゆる資産・権利のデジタル化をミッションに掲げ、ST(セキュリティトークン)、UT(ユーティリティトークン)、SC(ステーブルコイン)をブロックチェーン上で発行・運用できる基盤プラットフォームを構築している。

国内のST市場は拡大を見せており、2021年に不動産STがスタートしてから案件残高規模は3150億円を突破。今後は、STの決済手段としてSCの需要拡大も見込まれており、潜在的な可能性が大きい。同社は2025年4月には農中信託銀行、あおぞら銀行、ケネディクスとの資本提携を発表した。
齊藤氏は金融機関の役割について、「トークン化によって銀行自体が不要になるわけではない」と述べたうえで、「トークンの適切な管理と発行には、ライセンスを持つ『器』としての金融機関が不可欠」と強調。例えば、STでは株主名簿管理人や社債管理者など法的に設置が必要であったり、SCでも発行ライセンスが必要になる方向で先進国が一致していると説明した。
クロスチェーン技術で国際送金を改善
Detachainの新田氏は、1年ほど前から世界規模でスケールする事業を求めてブロックチェーン領域へと軸足を移した。パブリックチェーンとプライベートチェーンで違いはあるとしたうえで、「みんなで一つのシステムを管理し、データが誰でも見られる場所に置かれる」といった、従来の企業システムとは異なる前提に魅力を感じたと語った。

同社は複数のブロックチェーンを一つのネットワークとして安全に接続し、価値のやり取りを可能にする「クロスチェーン技術」の開発と実用化を推進している。事業としては、コストや送金速度の課題を改善するSCを活用した国際送金ソリューションや、異なるブロックチェーン間での資産交換を可能にする「クロスチェーンブリッジ」を展開。創業から7年間は主にR&D(研究開発)に取り組み、事業化はこの2年で本格化した。独自技術を基盤に、新しい金融インフラの構築と重い産業へのブロックチェーン導入を目指している。

クロスチェーン開発で採用している技術についても触れると、Web系技術も組み合わせて使っており、最先端の一部を除けば多くのエンジニアにとって親しみやすい領域だと述べた。
業界ドメインの理解とエンジニア主導の提案力
セッションの終盤では、今後求められるエンジニアの役割や資質についても意見が交わされた。
福島氏は、かつてはtoC領域で効率的にサービスを拡大・提供できる能力(スケーラビリティ)が重視されていたが、今では業務知識を理解し、それをソフトウェアとして構造化できる力こそが価値あるスキルになっていると指摘。ChatGPTなどAIの普及で知識へのアクセスが容易になった今こそ、「一歩外に出れば知識は落ちている」という姿勢で積極的に業界の専門性を学び、課題解決に取り組む姿勢が求められると話した。
齊藤氏はProgmatで活躍する人材を引き合いに、「自分はビジネス側」「自分はテック側」といった固定観念を持たず、両者をまたぐような発想ができる人材を求めていると述べた。エンジニアでも、業界ドメインに対する理解があればプロダクトマネージャー(PDM)として活躍の幅を広げられる可能性もあるという。

新田氏は、ブロックチェーンのようなまだ一般化されていない技術ではビジネスへの適用方法が確立されていないため、エンジニアが自ら提案し、活用方法を模索できる余地が大きいと指摘。一般的なWeb開発では「やり方がわかってしまう」と飽きが来るエンジニアも多いが、未開拓な分野が多い新技術領域では知的好奇心を刺激され、成長や挑戦の機会が豊富にあると述べた。
挑戦と成長の場、Progmatでエンジニア募集中
なお、Progmatでは50人規模に人員拡大を計画中で、そのうち6割をエンジニア採用に充てる予定だという。齊藤氏は「徳」「野性」「実動」という3つのバリューを示したうえで、全体最適と長期志向を重視し、自走できる人材を求めていると説明した。
働き方に関してはフルリモートを基本としつつ必要に応じてオフィスに集まる形だと述べ、制度面ではストックオプションを全社員に付与していることを明かした。「利益の分かち合い」を明確に打ち出しているという。

「エンジニアについては、金融やブロックチェーンの知識・経験は必要ないが、AI時代に重い産業を動かす最前線として、あまり自分のポジションを固定的に線引きせず、必要に応じて“両利き”としてビジネスのプロセスまで踏み込むような、知識欲の高い人材を積極的に採用したい」と語り、幅広いエンジニアの登用に意欲を示していた。
|文:橋本祐樹