注目はドル覇権と中国CBDCの行方、クリプトの市場性研究に注力──マネックス仮想通貨研究所・大槻奈那所長

マネックスグループは、取引所のコインチェックだけでなく、仮想通貨・暗号資産やブロックチェーンに関する調査・研究に取り組むマネックスクリプトバンクを抱えるなど、この分野に力を入れている金融グループといえる。そのマネックスクリプトバンクが、暗号資産やブロックチェーンの普及を目的に運営するマネックス仮想通貨研究所の所長を務めるのが今回インタビューした大槻氏だ。氏はマネックス証券に参画、チーフアナリストに就く以前にも外資系金融機関で活躍するなど、金融・相場を長く見てきた人物だ。その大槻氏が振り返る2019年と、20年以降の暗号資産市場とは。

2019年はリブラの年。BTCが過去最高値つけた17年より意義深い1年だった

──2019年、クリプトエコノミクスを振り返ってどんな年だったでしょうか?

2019年はリブラで始まり、リブラで終わったといえるかもしれません。相場的には4月までと4月以降で大きく違っていますね。年初から低調だった相場は4月以降は上げ相場になり、6月に発表されたリブラがそれを支えた。

ただビットコイン(BTC)のチャートを見ると、夏頃にピークを迎え、それ以降は低い水準で推移し、なかなか厳しかった。

ビットコインの上げ相場という意味では、2017年が思い起こされますが、17年は話題になるのは「バブルかどうか」という話ばかりでした。しかし19年はリブラをきっかけに政府デジタル通貨が勃興し、BISまで巻き込んで議論も加速しました。その他さまざまなクリプトアセットの可能性の議論を生むなど、世界経済、金融業界全体への影響は大きかった。その意味では、BTCが過去最高値をつけた2017年以上に大きな意味を持つ1年だったと言えるかもしれません。

──2020年の注目はセキュリティトークンとCBDCです。最近、欧州・ECBでもCBDCの動きが出ているようです。

セキュリティトークンは改正金商法が春には施行されますから、サービス提供開始に向けて調整が進んでいくと思います。ただ日本で具体的にどうやって実現するのか未知数な部分が多く、議論が必要ですからスローな立ち上がりになると思います。

一方の政府デジタル通貨の議論は加速している感があります。欧州もたしかに注目で、特にフランスは中銀総裁が、2020年第1四半期末までにデジタル通貨の実証実験をすると発言しています。この動きを見るにつけ、あらためて「通貨覇権の争い=情報覇権の争い」であるということを痛感します。

GDPR(EU一般データ保護規則)の関係で、欧州はアメリカと対抗していますが、EUの中でもフランスは個人情報保護の姿勢が厳しい国として知られます。ユーロ圏の中でも、経済の面で最も存在感のあるドイツではなく、そのフランスがデジタル通貨に率先して取り組むというところに、情報覇権の争いであることが見え隠れします。

フランスと中国、CBDCに取り組むそれぞれの理由

大槻氏(撮影:多田圭佑)

──フランスが実証実験やると聞いて気になったのが、ユーロは大丈夫なのか?ということ、ECBがどう考えているのかということです。

ECBもデジタル通貨について、研究はしていますが、フランスの取り組みにどこまでECBが関わっているのかが現時点では不明です。やりとりをみる限りフランスとECBの間にスピード感にズレがあるようにも感じます。

ただ以前、イタリアで財政規律の問題でEUと対立していた時期、ナポリ市が地域通貨を出すという構想を発表しました。成功して国単位の話に広がったら「イーリラが誕生するのではないか」などとささやかれたことがあります。そういう話がでるくらいなので、まったく欧州に素地がないというわけではない。

フランスは、財政が悪く、EUの財政規律のルールを守れていない国の一つで、欧州委員会の財政状況に改善が求められる国のリストにも含まれています。フランスが独自のデジタル通貨発行で財政政策までも考えるのであれば、政府デジタル通貨の持つ意味合いが大きなものになってくる。

ちなみに、日本でもふるさと創生という名のバラマキが行われたことがあります。その一環で地方自治体で発行されたクーポンなども一部で残っていて、日本には地域通貨が600くらいあると言われています。

──聞くほどにCBDCが2020年のテーマといっていい気がします。

2020年の大きな注目点は「政府デジタル通貨ありやなしや」でしょう。フランスにも注目ですが、やはり中国のイーユアンの動きは見逃せません。彼らはDCEP(デジタル通貨電子決済)と呼んでいますが、その動きは実に早いです。

中国は人口が約14億人と大きいこともあり、アンバンクト層、つまり、銀行口座を持たない人の数も2.2億人と世界一です。アンバンクト層に利便性を与えるという、公共の利益に資する意味では大きな一歩だし、政府にしても国民への説明がしやすいし、進める意義があると思われます。

さらに中国がデジタル通貨に注力している意味は、推測を含めてあと2つくらいあると思っています。

まず人民元外しへの動きに対する対抗策です。ご存じのとおり、リブラは複数の法定通貨などを担保にしたバスケット型のステーブルコインですが、現在公表されている構想では人民元は含まれていません。他の主要通貨は全て含まれていますが、人民元の代わりにシンガポールドルを入れると公表しています。

リブラは当初発表の2020年という導入時期が延期されていますが、構想が実現するにせよ、ほかの企業などが似たような別の構想を始めるにせよ、アメリカの議会に配慮するため、人民元が含まれないなど、何らかの形で排除される可能性があります。中国としてはそこに対抗しなければいけないわけです。

──他にも中国がCBDCを急ぐ理由があると。

もう一つは中国国外での普及ですね。今のところ中国の政府デジタル通貨の用途は、国内の電子支払いに特化した小売システムでの活用が示唆されていますが、国際送金をはじめとした外国への普及も視野に入れられる可能性もあると思います。

たとえば中国はAIIB(アジアインフラ投資銀行)を通じて、あるいは直接、外国に支援をしていて、現在はそのほとんどがドル建てです。しかし、イーユアンを使うとなれば、国外でもこれが普及する可能性は十分ありえます。

マレーシアではクアラルンプールの大型再開発などで、中国政府の国有企業との提携が発表されています。中国政府が支援や出資をする時に、イーユアンを使うえばよいわけです。そこで、「受け取る側、請け負う側が嫌がるのでは」と見る向きもあるでしょうが、受ける側も中国●●建設有限公司だったりしますし、華僑の方も多いですからね。

もう一つ、デジタル通貨だと政府として流通が管理しやすいというメリットがあります。中国はいま資本規制していて、1年間に国外に移せるお金の額は制限されていますが、抜け道を完全に防ぐのは難しいと思われます。管理がしやすいデジタル通貨の導入は政府にもメリットが大きいでしょう。

──そもそも支援を受ける国は新興国で、暗号資産への取り組みは先進国よりもいいところが多い。

暗号資産の許容率は国の信用率に反比例していることを示唆するデータがあります。横軸にS&Pの国債格付けをとり、縦軸にINGの調査から暗号資産許容率をとったところ、見事に反比例していました。つまり格付けが高い国ほど暗号資産をサポートしている割合は低く、格付けが低い国は暗号資産フレンドリーなわけです。

これは先進国についても言えることで、国自体が少しでもリスクが高いとクリプトをサポートするようになっていますが、まして新興国なら……。

たとえばアフリカなど可能性は十分デジタル通貨の需要はありうるでしょう。モバイルの普及率が高い一方、銀行口座の保有率が低いためです。

アフリカには中国と親しい国がいくつかあります。たとえばケニアは、ファーウェイの技術支援を受けていて、エムペサという送金システムが行き渡っています。モバイル普及率が高いので、デジタル通貨を導入すると利用率は高くなるはずです。そうした国への支援の一部にでもイーユアンが使われるというシナリオはあり得るのではないでしょうか。

給与の電子マネー・ポイント払いが進むと法定通貨と同じ金融政策が必要になる

──こうした動きの発端となっとなったといえるリブラは果たして進むのでしょうか。フェイスブックでできなければ誰ができるのだろうか、とさえ思います。

リブラのようなデジタル通貨の構想を掲げるメリットは、フェイスブックという世界中に27億人の利用者がいるサービスだからこそあるわけですが、ただアマゾンだって同じようなことを考えてもおかしくありません。今のところ、GAFAでFacebook以外の企業はデジタル通貨の発行の意向は示していませんが、それも当然で、聞かれたら「ノー(やらない)」と言うに決まっています。「イエス(やる)」と言うと議会に呼ばれてしまいますからね。よほど秘密裏に進めて、議会から内諾でも取れるまでは「イエス」とは言わないのではないでしょうか。

企業による通貨の発行では見逃せない動きがあります。給与の電子マネー払いが近いうちに可能になります。政府の国家戦略特区諮問会議が、電子マネーによる給与支払いを解禁する方針を決めています。

日本では既に企業がポイントやクーポンを発行していますが、この延長線上で考えられそうです。たとえば社員側が受け取ることを認めた上で、給与の一部が楽天スーパーポイントなどで払われるといったことも可能になるかもしれません。

──たしかに現金より上乗せしてもらえるなら希望する人もいるでしょうね。経済圏の大きなポイントならたいがいのものは買えるますし。

買えないものがあったら一部をフィアット(法定通貨)と交換すればいいわけですしね。

ただこの流れが進んでいくと問題もありそうです。今のところステーブルコインが念頭に置かれていますが、企業が発行したポイントにも優劣が出てくる可能性があります。たとえば楽天スーパーポイントと、PayPayのポイントを交換する時に、1対1ではなく、交換レートが生まれてくるかもしれない。

たとえば給与を受け取る従業員側は、現金ではなく楽天ポイントでもらうなら「上乗せして欲しい」と思うでしょう。そこで会社側が上乗せどれくらいにするか。極端ですが、仮に50%上乗せするとなれば、楽天ポイントあふれることになる。さらに楽天:PayPayの交換レートが1.2:1だったとしても、「そもそも50%(0.5)上乗せされているからいいか」と考えてPayPayと交換する人が増え、楽天ポイントのほうの“通貨価値”が落ちることになってしまう。

発行量に応じて価値が下がるという、法定通貨でも起こっていることがひょっとしたら起きるかもしれないわけです。

──そうなると企業側にも金融政策が要りますね。クリプトならバーンできますが、ポイントはそうはいきません。

ただ、たいていポイントには期限がありますから、それをどうするのかも問題です。仮に期限をなくすのであれば、これまでのようなポイントの考え方であるならば、決算上、引当をしないといけません。

さらに万が一、所有しているポイントの発行体が倒産した場合の保護・返済スキームも今後の課題ですね。所有しているポイントの発行体が倒産した場合は、保証金を積んでおいてそこから支払われるスキームになっていますが、もちろん前例がないので、どこまで速やかに支払いが行われるのか。生活の糧となるものであるだけに、詳細に詰めておく必要があるでしょう。

2020年:年々強くなるドル覇権に対抗する動きが大きくなる?

大槻奈那|マネックス証券 チーフ・アナリスト 兼 マネックス・ユニバーシティ長、マネックスクリプトバンク マネックス仮想通貨研究所所長/東京大学卒、ロンドン・ビジネス・スクールでMBA取得。スタンダード&プアーズ、UBS、メリルリンチなどの金融機関でリサーチ業務に従事、各種メディアのアナリスト・ランキングで高い評価を得てきた。2016年1月より、マネックス証券のチーフ・アナリストとして国内外の金融市場やマクロ環境などを分析する。

──ここまで指摘されたこと以外にも考えられる変化、注意しておきたいテーマはありますか?

ドルの覇権がいつまで続くのかということでしょうか。実はドル覇権は年々強くなっています。アメリカ以外の国のドル借入額は世界中で1200兆円くらいありますが、これは毎年50兆円ずつくらい増えているんです。その多くが新興国です。
ドルでの借り入れが多いと、ドル金利やドル高に左右されます。具体的にはドル高が急に進むと、ドルで借り入れしている額が膨張してしまう。自国通貨で返すのが大変になります。

そこにリブラのような通貨や、そのほか何らかの政府デジタル通貨などが組み入れられていくのか。これは2020年にどうなるというより、もっと長いスパンでの変化になるでしょう。

思えば私達は、生まれてこのかた「基軸通貨はドル」という世界で生きてきました。しかし、それもしょせんは1944年のブレトン・ウッズ協定以降の話。その昔、世界の基軸通貨はポンドだったわけです。これからもドルがナンバーワンであり続ける保証はなく、どうなるかは分かりません。こういうパラダイムシフトは20年とか50年のスパンで見る必要がある。

パラダイムシフトが何で起きるかというと、昔は戦争であり経済の成長、今で言えばアメリカ経済の拡大だったわけですが、今や経済の拡大という意味では中国のほうが存在感は大きいですし、ペイメントの手段があまりにも行き届いているいま、独占状態にあるSWIFTや、ペイメントシステムから逃れたいという動きが出てきてもおかしくない。

新興国が自分たちの通貨は捨てないまでも、共通に決済ができるような手段を求める動きがあるかもしれません。資産を自国の通貨建てで持っていると、明日どれくらい暴落するか分からない、でもドルばかりになるのは嫌だ、という国が増えて、まとまれば、それなりの存在になるわけです。

これまではドルが安定的な支払手段だと思って借り入れしていたわけですが、さまざまな地政学的な変化を考えると「果たしてドル一極集中でいいのか?」と考える国は存在するのではと思います。

──なるほど。最後に仮想通貨研究所の今後の活動方針を聞かせてください。

我々の活動は技術面ではなく、あくまで市場目線の分析です。市場動向について、より多面的で深い調査をしていきたいと思っています。たとえば2020年はBTCが半減期を迎えますが、個人投資家の投資意向はBTCに偏っています。市場にも大きな変動があるかもしれません。量子コンピュータの影響なども考えたいと思います。そうした市場の動向をこれまで以上に掘り下げたいと考えています。

ビットコインも生まれて10年がたち、市場では大きな価格の上下動を何度か回経験しました。データも蓄積してきましたので、そろそろ市場性というものを見ていきたいと思います。価格は何に連動しているか、どういう特性があるのかといったことです。

例えば、ビットコインの価格の動きを、マウントゴックス事件後と、2017年12月につけた天井以降(18年1月から)の動きを比較してみると、似たような戻り方をしているんです。今春以降はリブラが上昇要因でしたから、それを差し引けばほとんど似通ったペースで戻っている。これから言えることは、投資家のセンチメントが戻る期間には何らかの規則性があるのではないかということです。

バブル前後の価格の動きは総じて、暗号資産に限らず同じようなことがいえます。簡単にいえば「上がるときは一気に。下げるときは下げ渋る」です。これはあらゆるバブルで共通していて、それこそ東インド会社の時代から同じです。

東インド会社というと17世紀ですから、あのころから投資家心理、人間の行動というものは変わってない。市場のセンチメントからあぶり出される価格動向を、市場の目線から研究していきたい。他のだれにも読めない将来像をあぶりだせたらと思っています。

取材・構成:濱田 優
撮影:多田圭佑


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