ANAPホールディングスが主催したビットコイン(BTC)特化の国際カンファレンス「BITCOIN JAPAN 2025」の一環で、発展途上国や独裁国家でビットコインが果たす役割について考える講演会「止められないお金(Unstoppable Money)」が11月26日、上智大学で開かれた。
同大の国際ボランティアサークル「Givers(ギバーズ)」と四谷にあるビットコイン普及の拠点「Tokyo Bitcoin Base(TBB)」が企画。学生のほか、国際プロジェクト「Plan ₿ Network(プランBネットワーク)」の関係者も参加した。
登壇したのはミャンマー出身の元作家で、現在はニューヨークの人権財団「ヒューマン・ライツ・ファンデーション」で活動するウィン・コ・コ・アウン(Win Ko Ko Aung)氏。2021年の軍事クーデター後に亡命した経験を持つウィン氏は、先進国では投資や投機の対象として見られがちなビットコインが、独裁国家では資産を守り自由を勝ち取るためのツールになると訴えた。通貨価値が急落する軍政下のミャンマーで、政府が取引を禁止するなか、人々がBTCを入手するために用いる実践的な手法まで明かし、会場の関心を集めた。
「生存」のためのテクノロジー
ウィン氏は冒頭、世界人口の約75%が独裁政権下か深刻なインフレーションを抱える国で暮らしているという同財団の統計を紹介。世界には、汚職や行政機能の停滞によりIDが発行されず、銀行口座すら持てない人々が多数存在するという。
生きるために朝から晩まで働く人々が銀行の営業時間内にアクセスできないという、先進国では想像しづらい実情も紹介。また「日本のインフレ率は3%程度だが、ジンバブエやミャンマーとは比較にならない」と述べ、通貨価値が急落し生活基盤が崩壊した国は少なくないとした。
自身の親世代の話として、同国(当時のビルマ)で約40年前に起きた軍事政権による廃貨措置を紹介。特定紙幣が突然無効化されたため、国民の8割が貯蓄を失う事態になったと説明した。

このほかにも、アフリカのマラウイが2023年に現地通貨クワチャを40%以上切り下げたことや、深刻な経済危機の影響で中東・レバノンの現地通貨レバノン・ポンドが98%下落した事例を紹介した。
ウィン氏は、先進国では「詐欺や犯罪の温床」などとも言われるビットコインが、法定通貨への信頼が薄い国では「生存」のために必要なツールになっていると主張した。
政府の許可証に過ぎなかった銀行預金
ウィン氏自身、ミャンマーではベストセラー作家として活動していたが、クーデター後も抗議活動を続けたことで指名手配され、すべての銀行口座を凍結された過去を持つ。

「自分のお金が自分の意思で使えない」現実に直面したと述べ、「銀行にあるお金は私のものではなく、政府が許可している間だけ使える『許可証』に過ぎなかった」と振り返った。
実際、政府が反対派や活動化を沈黙させる手段として銀行口座を凍結させる「デバンキング(De-banking)」は世界中で見られる。資金の自由も奪われる絶望的な状況下で、ウィン氏の命をつないだのはビットコインだったという。
分散型技術への関心から購入していた少額のBTCだけは、政府や銀行の検閲を受けることなく、彼のウォレットに残り続けていた。
その後、タイを経て米国への亡命に成功したが、秘密鍵を覚えていたため、国境を越えた先で資産を復元することができた。それが、米国での生活を再建する支えになったと話した。
溶けていく資産、公定レートの罠
ミャンマーでは2021年2月のクーデター以降、現地通貨チャットが急速に下落した。

当時は1ドル=1300チャット前後だったが、約5年がたった現在、中央銀行が定める公定の為替レートによれば、1ドルは2100チャット前後。数字上だけでも通貨価値が40%近く失われたことになる。
銀行に預けていた100万円が、何もしていないのに60万円分の価値しか持たなくなっているのと同じことだ。
しかしウィン氏は、この数字すら現実を反映していないと指摘する。
同国には政府が示す「公定ルート」のほか、国民が生活のために使う「闇市場レート」が存在するという。実際の取引レート(実勢レート)は、Googleなどで検索して出てくる公定レートとは乖離していると説明した。
ウィン氏によれば、実際には公定ルートの倍近くに達することもある。輸入に頼る燃料や医薬品の価格は高騰し、国民の資産は猛烈なスピードで「紙くず」へと変わっていくという。
「一生懸命働いて貯蓄しても、自分の責任ではない理由で、ある日突然資産が消えてしまう」と説明。日本では想像しづらいが、中央集権の通貨システムが抱える現実なのだと語った。
VPN×P2P、現地のBTC入手ルート
とはいえ、同国では政府によってビットコインの取引とマイニングは禁止されている。では国民は、どのようにBTCを入手しているのだろうか。
会場からの質問に対し、ウィン氏は「VPN接続」と「P2P取引」が生命線になっていると説明。他国のように銀行口座を取引所に接続することはできないため、バイナンスが提供するP2P機能やホドル・ホドル(Hodl Hodl)、ビスク(Bisq)といったプラットフォームを介し、個人間で直接売買を行っていると明かした。

しかし、思わぬ罠が待ち受けている場合もあるという。
同氏が「絶対に推奨しない」と強く警告したのが、Telegramなどを通じた対面取引だ。SNS上で現金とビットコインの交換を持ちかけられ、ショッピングセンターなどの公共の場で落ち合う手法だが、暗号資産(仮想通貨)の売り手や買い手のふりをして軍のエージェント(スパイ)が紛れ込んでいる場合があるのだという。
実際、バイナンスを利用していた著名なトレーダー17人ほどがこの手口で標的となり、資産凍結や逮捕された事例もあると説明した。
ビットコイン≠クリプト
ウィン氏は講演の終盤、世の中に1万種類以上あるとされる一般的な暗号資産(クリプト)とビットコインは明確に違うと強調し、混同してはいけないと述べた。
多くのクリプトには運営主体やマーケティングチームが存在し、特定の人間がコントロールできる構造があるが、ビットコインは世界中のユーザーによる合意がなければルールが変わらないため、政治圧力や市場操作と対峙できる唯一のデジタル通貨だと説明する。
日本や米国など先進国では投機・投資の対象として語られることの多いビットコインだが、銀行口座の恣意的な凍結やそもそも金融インフラにアクセスできない環境では、生き延びるための「サバイバルツール」として機能する。
ウィン氏が自身の体験を通じて伝えたメッセージは、サトシ・ナカモトがホワイトペーパー「Bitcoin: A Peer-to-Peer Electronic Cash System」で描いたビットコイン誕生時の理念に近いのかもしれない。
そして最後に「ビットコインが単なる投機ではなく、人権を守るテクノロジーであることを知り、その物語を伝えてほしい」と呼びかけた。
|文・撮影:橋本祐樹
|トップ画像:Bitcoin Magazineに寄稿もしているミャンマー出身のウィン・コ・コ・アウン氏


