中国が勝利する新型コロナをめぐる「情報戦争」

テディ・フサロ(Teddy Fusaro)氏は、サンフランシスコの暗号資産(仮想通貨)運用会社ビットワイズ・アセット・マネジメント(Bitwise Asset Management)のCOO。ゴールドマン・サックスでキャリアをスタートさせ、この10年、複数の暗号資産運用企業でマネジメントを経験してきた。

危機の2つの意味

欧米人はしばしば、危機を表す中国語には2つの意味があると言う。「危険」と「チャンス」だ。

中国語についての議論はさておき、中国、中国共産党、党総書記である習近平国家主席にとって今は大きなチャンス、というのが私の評価だ。そして既存の世界秩序と、その中でのアメリカの役割にとっては重大な危機だ。

既存の世界秩序は、アメリカの絶大な力と覇権の時代に作られたもので、資本主義の発展と民主主義の拡大によって定義されている。

すなわち、20世紀半ばから存在し、アメリカが貿易ルートを管理して軍事力を拡大し、世界最強のものを所有している。世界の基軸通貨であるドルだ。

新型コロナウイルス後の世界では、アメリカは自由世界のリーダーとしての立場を失い、それに伴い、憲法に定められた理想を失うリスクがある。

その反対側にあるパワーは、ますます強大になりつつある中国であり、国家資本主義の権威主義的なシステムだ。

中国メディアの報道

当初、中国共産党もまた、この危機に混乱したことは明らかだ。中国政府は感染について発言する者を黙らせ、感染者と死者に関するデータを明らかに隠蔽した。

ウイルスの感染が拡大すると、中国外務省の報道官は、2019年10月に武漢を訪れたアメリカ陸軍がウイルスを中国に持ち込んだとする見解を広め始めた。

国有メディアはこの説を繰り返し、国務省は在米中国大使を呼び出して、強い言葉でそうした見解を非難した。

国務省のプレスリリースによると、「ポンペオ国務長官は、中国共産党の楊潔チ(よう・けつち)外交部長と電話会談を行った。ポンペオ国務長官は、新型コロナウイルスの責任をアメリカに転嫁しようとする中国共産党の取り組みへのアメリカの強力な異議を伝えた」。

さらに、中国共産党による強力なプロパガンダは、今回の世界的パンデミックを「COVID-19」と名づけて広めることに多大な労力を費やし、いかなる地理的な記述を含むネーミングが根づくことを許さなかった。

アメリカ国内の政治的対立は、この問題を左派/右派の問題に転換することを助長し、トランプ大統領は新型コロナウイルスを敵対的に「チャイナウイルス」と呼んで、左派の政治評論家から批判された。

中国共産党のプロパガンダ

一方、パンデミックの世界な命名手順から中国への連想を消し去ったことは、中国をパンデミックの感染源という立場から切り離し、地球を守る立場で、打撃を受けた国々に医療品を提供する立場という、より好ましく力強いストーリーへの転換を推し進める戦略の重要なパートを担った。

しかし中国共産党は、都市と経済全体を封鎖する厳しい措置を実施し、武力と強制力によってソーシャルディスタンスを実行することによって、世界が感染拡大に備えるために、1カ月以上の非常に重要な時間を稼いだ。

報道によると、共産党と習国家主席は、一旦事態を深刻に捉えた後は、パンデミック対策を正確さと権威を持って実行した。

その頃までに、表計算と指数関数の基礎知識を持った人は誰もが、世界中に新型コロナウイルスが広まるリスクが高いことを理解していた。しかし、アメリカを含めた西側諸国の政府は、その時間を生かして対応することに失敗した。

一方、アメリカが自国の感染者や重症者に国内でリソースを分配することさえできない間に、中国は医療品を製造し、世界中に届けている。

そして、外交官、公式・非公式の共産党の広報官、世界中のメディア、国有メディア、非政府組織を通して行われた、ウイルスに苦しむ国々への援助を発表するという、きわめて重要な宣伝活動も同様に強力なものだった。

中国共産党のメディア戦略は、この援助の発表を広く周知させることだった(援助は人命を救い、多くの人にとっては恩恵となったことは指摘しておく)。中国への信用を強めるためのものであり、きわめて具体的な画像が拡散されている。

インターネットに拡散しているイメージは、俯瞰してみると、自国でウイルスに対処できない大国の衰退と、一方で、別の大国が事態に対処し、自国内でウイルスを食い止めるだけでなく、そのリーダーシップを海外にも広げ、世界中の国々で人命を救っているというものだ。

復活の夢

『ネオ・チャイナ:富、真実、心のよりどころを求める13億人の野望』(原題:Age of Ambition: Chasing Fortune, Truth, and Faith in the New China』の中で著者のエバン・オスノス(Evan Osnos)氏は、2012年に10年近い空白期間を経て中国に戻ってきた際に知った驚くべきエピソードを紹介している。

「野心」を表す中国語の解釈の著しい変化についてだ。

この言葉を文字通り解釈すると、かつては「ワイルドな心」という意味で「野蛮な自由奔放さと馬鹿げた望みを表すものだった──古いことわざでは、白鳥を食べることを夢見るヒキガエルに例えた」。

しかし、2012年にオスノス氏が中国に戻るまでの10年近くで、この言葉の意味は劇的に変化した。

子供向けの本、大人向けの自己啓発本、テレビ番組、トークショー、ニュースで、皆が「野心」が表すパイオニアスピリットについて語っていた。

中国は人類の歴史の大半において、世界の大国の1つ、あるいは唯一の大国だった。そして中国の過去30年の成長は、歴史的規模で見るとまさに衝撃的だ。

その成長を説明することは、この記事の範囲を超えるものだが、1872年、アメリカの年間の「1人あたりの収入」は3000ドルで、そこから7000ドルに成長するまでに60年近くを費やしたことを指摘しておこう。中国はそれを、2000年から2007年という短期間で成し遂げた。

世界第2位の大国への中国の成長は、衝撃的なほどに急激なもので、長期的なチャートで見ると、現実のものとは思えない。1978年、カーター大統領は北京の共産党政権を正式に承認すると発表。それからわずか40年で、中国は世界第2位の経済大国、そして世界の成長エンジンになった。

中国は近年、その軍事力を地域で行使するようになり、フィリピン、ベトナムなどの反感を買う一方で、南シナ海における軍事力を強化している。軍事活動を全般的に増加させ、海上での演習や訓練を行い、紛争が起きている海域の人工島に軍事基地や産業拠点を築いた。

世界の大国は歴史的に、重要な貿易ルートにまず、軍事力を拡大する。このパターンに違いはないようだ。中国共産党は、世界の舞台において自国が力を増していることを誰よりも良く理解している。

中国の偉大な作家・魯迅は「希望は地上の道のようなもの。はじめからあるわけではなく、多くの人が歩き始めると、道が生まれる」と記した。

地政学的な関係の大きな変化──戦争、局面の変化、パワーバランスの変化──は、しばしば債務危機など経済の大規模な混乱と同時に起こることは、歴史家たちに広く受け入れられている。

歴史は、政治、権力、経済が常に密接に結び付いていることを示している。新型コロナウイルスは、中国共産党にとってチャンスだ。

守る価値のあるシステム

資本主義、そしてそれと並行、あるいはそれを通じて機能する政府のシステムは、人々を貧困から救い、全体的な富の水準を高め、チャンスを国民全体に分配する、世界史上、最も優れたシステムであることは証明されている。

人類は今、その歴史の中のどの時代よりも幸せで、健康で、暴力が少なく、豊かで、より良いライフスタイルを生きている。そしてそうした成功は、人類が誕生して以来、どの時代よりも、幅広く行き渡っている。

自由、解放、資本主義、表現の自由、自由市場──つまり西側の自由主義──は、人類に自らを表現し、自らが適切と考える方法で行動する能力をかつてないほど与え、地球の歴史の中で最も大きな生活水準の改善をもたらした。

だが、東洋に新しいモデル──中国の国家資本主義──が出現した。その時代がやって来たのかもしれない。

アメリカの傑出したパワーが生み出した世界秩序は、特にアメリカ人に多くの恩恵を与えた。世界の基軸通貨の発行者としての地位は、経済的な優位性、循環的に強化される富の創造メカニズム、世界の他のすべての国に対する永続的な優位性をもたらした。

軍事力に加えて、米ドルの基軸通貨としての地位は、アメリカの武器の中で最も強力なものだ。だがその地位は、中国のデジタル通貨のような取り組みの前にリスクにさらされている。

現在の中国共産党の支配、決定、実行能力は、意見の相違、無秩序、遅延というアメリカのモデルとはまったく対照的だ。

翻訳:山口晶子
編集:増田隆幸
写真:Shutterstock
原文:China Is Winning the Coronavirus Information War