マスク生産の分散化、アメリカ中西部で浮上したプロジェクトとは

新型コロナウイルスのパンデミック以前、アメリカ政府はマスクの備蓄について真剣に考えていなかった。

マスクは、医療関係者や政府から有効な予防策とは見なされてこなかったが、今、新型コロナウイルスの感染拡大を阻止する非常に重要なツールとなっている。しかし、病院から薬局の棚まで、在庫は減少している。

危機を乗り越えるために「重大な事態となれば、35億枚のN95マスクが必要となる」と米保健福祉省準備・対応次官補のロバート・カドレック(Robert Kadlec)医師は3月下旬、米上院委員会で証言した。

当時アメリカには、必要となる量のほんの一部でしかない、約4200万枚のマスクしかなく、以来、状況はほとんど改善していない。数え方によるが、アメリカでは月に7000万〜1億枚のマスクが不足している。

政府の優遇策によって、キンバリー・クラーク(Kimberly-Clark)やハネウェル(Honeywell)をはじめとするメーカーは災害への対応を強化し、スリーエム(3M)は年間生産量を約2倍の20億枚とすると述べた。

だが4月7日、トランプ大統領が国内5つのメーカーから6億枚のマスクを買い取ると宣言した後、少なくとも1つのメーカーが、9月まで注文数を満たすことはできないと述べた。潤沢な資本を持つ大企業でも、短期的の「突発的な生産能力」を大規模に増強することは難しい。

オープンソースモデル

オープンPPEプロジェクトの出番はここにある(PPE:personal protective equipment、マスクなどの個人用保護具)。

中西部に住む約15人の技術者、エンジニアのグループは、国中にマスク生産施設を作り出す方法を構築している。一つひとつの病院、町、州に生産能力を与え、中央集権的な生産の制約を取り除くというアイデアだ。

中西部でN95のようなマスクを量産する独自工場から始めて、同グループはそのオープンソースモデルが必要に応じて、他の人たちから採用されることを望んでいる。

彼らの計画は、回復力のある国内サプライチェーンで原材料を確保し、大量生産と再利用に適した機能的なマスクを設計し、州によって流通が遮断されないよう法的審査を通過することを含んでいる。

「サプライチェーンや規制上の複雑さが他のプロジェクトの障害になっている」とオープンPPEプロジェクトの発案者で、応用コンピューターサイエンス企業オーロゲン(Ohlogen)のCEO、マット・パーマー(Matt Parlmer)氏は述べた。

「我々は、その亀裂にくさびを打ち込み、オープンにして、可能な限り多くの人がマスク生産を始められるようにするために全力を尽くしている」

手近な材料と高度な知識

他の組織が参考にできるよう、パーマー氏はプロジェクトの進捗状況を毎日更新している。

「構造的に見れば、マスクはそこまで複雑な製品ではないことがわかった。本当に複雑な部分は、フィルターの素材を作る上流工程のメーカーが担当している」とパーマー氏は述べた。

N95メルトブロウン(N95 Meltblown)とも呼ばれるこの素材は、石油化学業界の副産物から作られる、ポリプロピレン熱可塑性物質の一種だ。

通常は1kgあたり数セントほどの価格だが、州や企業による買い付けによって価格は上昇している。

そのためにパーマー氏は、無駄になる素材を最小限に抑えるために、人気ドラマ『冒険野郎マクガイバー』の主人公のように、手近な材料と高度な知識で切り抜けることを余儀なくされた。

NPO組織「ヘルプフル・エンジニアリング(Helpful Engineering)」で時間と専門知識の提供を申し出た数千人のエンジニアやコーダーと連携して、パーマー氏と彼のチームは、フィルター素材がより少ない、N95マスクに匹敵するマスクを設計した。

フィルターを円形ではなく正方形にするといったシンプルなことで、無駄になるプラスチックの量を大幅に削減することができるとパーマー氏は述べた。

世界中に広める

設計をクラウドソーシングすることで、チームは第1原則に立ち返る柔軟性を持った。

オープンPPEマスクは再利用可能で、マスクを捨てたり、消毒したりせずに、必要に応じてフィルターを交換できる。さらに、ほとんどのN95マスクは「複雑な熱成形や超音波ツール」を使って加工されていることに対して、どんな工場でも量産できるほどシンプルだ。

マット・パーマー氏。麻酔科医である父親の体験をきっかけにプロジェクトを始めた。

オープンPPEプロジェクトは、ローカルで自立的な生産からスタートしているが、最終的な目標は、この取り組みを世界中に広めることだ。

パーマー氏は、少数の超大国が貨物船のマスクを買い占め、貧しい国々が完全にウイルスにさらされたままにしておくことは、特に陰湿なことだと考えている。

「私は生粋のグローバリストだが、先進国には第三世界に行くはずだった使い捨てPPEの値段を釣り上げない責任があると考えている」とパーマー氏は述べた。

「我々がアメリカに持ち込んだすべてのマスクは、(運が悪かった)誰かの顔に装着されなくなったマスクだ」

さらに、マスクや原材料を輸入することはアメリカにとって危険なことだ。現時点では、アメリカの医薬品が中国からの原材料に過剰に依存していると言われているように、熱可塑性プラスチックのほとんども中国から輸入されている。

「たちの悪いツイート1つで、中国からの輸入を失ってしまうかもしれない」

国内のハードル

国内生産にもハードルがある。N95マスクは必ずしもブランド品ではないが、CDC(疾病予防管理センター)の一部門であるNIOSH(労働安全衛生研究所)の規格に合格したマスクだ。オープンPPEプロジェクトは、法的審査を通過しようとする中で、アメリカの医療審査というライセンスの問題に直面した。

チームはスリーエムやキンバリー・クラークと同じ機械を使ってマスクを作ることを計画しているが、NIOSHは工場の認可には45〜90日かかるとパーマー氏に伝えた。「救急救命室(ER)の医師たちがバンダナでマスクを自作している」にもかかわらず。

「我々の目標は、できるだけ多くのマスクの生産を、できるだけ早く開始すること」とパーマー氏は語った。多くの弁護士事務所が、厄介な規制当局による監督から緊急の例外を適用してもらおうとしているチームを無料で支援している。

「マスク生産は簡単ではないが、マイクロチップや車や飛行機を作るようなことではない。本質的に我々は、安全性という第1原則と試験審査を研究室や大学に委ねようとしている」

パーマー氏の望みは、設計が標準化され認可されれば、彼らのやり方に倣った他の「マスク生産工場」が即座に生産を開始できるようになることだ。

チームは途中で障害にぶつかったが、この1カ月間に大きな進展があり、現在、CDCおよびNIOSHと交渉中とパーマー氏は述べた。

パーマー氏は、麻酔科医である父親が病院からマスク1個を支給され、「ボロボロになるまで使うように」と言われたことを聞いて行動を起こしたと述べた。

「念のために言うと、通常の手順ではマスクは患者ごとに交換することになっている」

病院の手順におけるこの危険な転換は、アメリカを最終的に、医療専門家が不足する事態に導くかもしれない。

「ニーズは、医療専門家だけでなく、地下鉄に乗るすべての人にとっても深刻。マスクがある種の高価な貴重品になってしまったら、まったく不当なことだ」

翻訳:山口晶子
編集:増田隆幸
写真:Photo by visuals on Unsplash
原文:Open Source PPE: Inside the Project Decentralizing Face Mask Production