グーグル、アマゾン、ウォルマート…デジタル経済が変えるもの──『ブロックチェーン・レボリューション』著者の未来予想・後編

アレックス・タプスコット(Alex Tapscott)氏はVC投資家であり『ブロックチェーン・レボリューション』の共著者、Blockchain Research Institute(BRI)の共同設立者でもある。5月9日に公開した「金融の激変はこれから始まる──『ブロックチェーン・レボリューション』著者の未来予想」に続いて、同氏の新著『Financial Services Revolution』から一部を紹介しよう。

Financial Services Revolution
Financial Services Revolution

シェアリングエコノミーの限界

金融機関のすべてのサービスに大きな変化が起きようとしている。ただ、この千載一遇の機会には課題が存在する。テクノロジー、ビジネス、市場、規制のインフラが欠けているのだ。

モルガン・クリーク・デジタル(Morgan Creek Digital)の共同創業者兼パートナー、アンソニー・ポンプリアーノ(Anthony Pompliano)氏は、証券規制当局は「お金持ちはさらにお金持ちになるというアイデアを(中略)法律にした。最も利益が出る最も実績の良い資産を選び、ファイアウォールで守った」と考えている。

彼が語ったのは、多くの投資機会を富裕層に限定した1933年の証券法(Securiteis and Exchange Act)のことだ。彼はこれを「アメリカンドリームの侵害」と呼んだ。

こうした投資のチャンスが富裕層に限定されたままだとしたら、ブロックチェーンベースの金融イノベーションの恩恵を本当に民主化したことにはならない。

プロップス(Props)を見てみよう。

プロップスは人気の動画アプリケーション、ユーナウ(YouNow)が生んだネイティブ・デジタルトークンだ。しかし、どんなアプリケーション内でも動作する。

ユーナウは、SECからレギュレーションAプラス(Regulation A+)でトークン・オファリングを行う認可を受けた。7月に承認され、すでにローンチしている。

プロップスは、ギグエコノミーのための、そして、ウーバー(Uber)のドライバー、持ち家をエアービーアンドビー(Airbnb)で貸し出す住宅所有者、コンテンツクリエーターのような人たちのためのストックオプションのようなものだ。

ユーナウでは、こうした人たちは何かをシェアすることでお金を稼ぐことができる。そうでなければ、彼らはウーバーやエアービーアンドビーといった現在人気のプラットフォームの成長から生まれる価値の創造に直接参加することはできない。

同様に、ウーバーのドライバーは運転することで収入を得るかもしれないが、ウーバーの時価総額750億ドル(約8兆円)の一部を受け取ることはない。

いわゆる「シェアリングエコノミー」は実際は、強力なプラットフォームが価値のほとんどを獲得し、貢献する人たちはわずかな“かけら”を手にする「アグリゲーション(集約)エコノミー」だ。

プラットフォームの利益を分配

プロップスを使えば、ユーナウ、そしてまもなく、ウーバーやエアービーアンドビーなどのプラットフォームに貢献する人たちもおそらく、貢献に対する報酬を得て、プロップストークンを獲得できる。

プロップスの供給は有限で、予測可能な速度で増加する。つまり、多くのアプリがプロップスを使い、多くの人がプロップスを獲得し保有すれば、プロップスの価値はより高くなる。

どんなアプリもプロップスのAPI(アプリケーション・プログラミング・インターフェイス)に接続でき、貢献する人たちがプロップスで真の価値を獲得できるようにすることができる。創業者や投資家は、プラットフォームの成長から利益を得る唯一の存在ではなくなる。

金融サービスの文脈では、プロップスはネットワーク内の貢献者を組織するための新しい決済手段、およびプラットフォームにとどまり、価値を加えることに対する株式のようなインセンティブ・メカニズムとして捉えることができる。

すでに20万人がユーナウでプロップスを使い、1日10万件の取引が行われている。時間とともにさらにアプリを追加していく計画だ。

プロップスが広がるにつれて、他のアプリも貢献者にプロップスを提供することを余儀なくされるかもしれない──そうすれば、いよいよ新しいデジタルエコノミーの誕生だ。

トークンのコモディティ化

新しいデジタルトークンが次々と登場する状況には、共通の標準が必要であり、変革の先頭に立つエンタープライズ・イーサリアム・アライアンス(EEA:Enterprise Ethereum Alliance:EEA)のような組織が必要になる。

EEAのトークン・アライアンス(Toke Alliance)の主要メンバーであるマイクロソフトのマーリー・グレイ(Marley Gray)氏は、共通の基準は「資産の定義に向けた障害を取り除く。ブロックチェーンは、現在、決済ネットワークを使っていることと同じようなものであるべき。人々はただそれを使うだけだ」と語った。

さらに「トークンを使うためにブロックチェーンを理解する必要はない。実際にビジネスバリューを生み出すところまで持っていこう。抽象化して共通化しよう。トークンをコモディティ化し、どんな業界や企業でも作れるようにしよう」と付け加えた。

相互に通信不可能な異なる資産が同じ場所に存在すると、トークン化の効果は限られたものになる。共通基準と相互運用性を通じてのみ、トークン化はその潜在能力を完全に発揮できるようになる。

テザー、USDC、リブラのような法定通貨に裏付けられたステーブルコインは、オープンファイナンスのもう1つの事例だ。

すべてのステーブルコインが、準備金に1対1で裏付けられているわけではない。メイカーダオ(MakerDao)のダイ(DAI)のように、完全に暗号資産(仮想通貨)の世界に存在するものもある。

ステーブルコインの価値はすでに爆発的に増加しているが、これには理由がある。ステーブルコインは、ベンモ(Venmo)のような従来の決済システムに比べ、わずかなコストで瞬時にピアツーピアで価値を移動させる簡単な方法を提供している。

機関投資家にデジタル通貨取引ツールを提供しているトレードブロック(TradeBlock)の調査結果を見てみよう。

ブロックチェーン・レボリューション
ブロックチェーン・レボリューション

ステーブルコインのインパクト

主要ステーブルコインの合計残高は現在、ベンモの決済額を上回っている。(中略)イーサリアムネットワークを使ってステーブルコインを送金する手数料は、ベンモの手数料に比べるとかなり少ない。

5つの主要ERC-20トークンにおいて、370億ドルを送金するために顧客がイーサリアムネットワークに手数料として支払った金額は、わずか82万7000ドルに過ぎない。同じ期間にベンモに支払われた手数料は1億5000万ドルに達すると見られている。

こうした爆発的な成長を踏まえて、フェイスブック、ウォルマート、JPモルガン、そしておそらくグーグルやアマゾンは、その成長計画にステーブルコインを組み込んでいる。

キャメロン・ウィンクルボス(Cameron Winklevoss)氏は、「多くの企業がステーブルコインを発行するだろう」と述べ、「フェイスブックのような規模とポジションを持つ企業は、暗号資産ベースのより優れた新しい決済手段という一般的なアイデアを検証する際に大きな勇気を与えてくれる。リブラが成功するかどうか、時間が経てばわかるだろう」と付け加えた。

アマゾンについては「世界のどこにいても荷物を受け取ることができる。できないことは、商品に対する支払いを受け取ること。アマゾン・コイン(Amazon Coin)は、決済システムを地球の果てまで広げる能力を生み出すことができる」と述べた。

リブラの一撃

間違いなく、リブラは世界の大手テック企業間の新しい競争におけるまさに最初の一撃だ。

ポンプリアーノ氏は、リブラは前向きな展開で、ビットコインや他の暗号資産にとっても好ましいことと考えている。

彼は「リブラはトークン密度理論だ。レストランの向かい側にレストランを開店すると、双方のレストランの客足は通常増える。密度を上げると、トラフィックは増加する。つまり合法な仮想通貨が作られ、追加されるたびに、ビットコインの全体的な価値提案は増加する」と述べた。

暗号資産データ企業メッサーリ(Messari)の創業者ライアン・セルキス(Ryan Selkis)氏は、リブラは他の暗号資産のための「リードブロッカー」となるだろうとわかりやすくまとめた。

(編集部注:リードブロッカーは、アメリカンフットボールでボールを持った選手を守るために相手とぶつかる選手。つまりは自らは犠牲となる役割を表す)

企業が発行するコインについて皆が楽観的なわけではない。

「テロリスト攻撃などは怖くない。私が唯一恐れているのは、フェイスブックの暗号通貨だ」とコスモス(Cosmos)の共同創業者イーサン・ブックマン(Ethan Buchman)氏は述べた。

「フェイスブックはデジタル植民地主義を完成させた。かつての植民地主義企業は人間の体を奴隷にしたが、フェイスブックは心を奴隷にする。これが(フェイスブックの)歴史遺産になるだろう」。

リブラのローンチに向けた道のりは険しいものになるだろう。そしてフェイスブックのリーダーたちは、期待を裏切った人たちからの信頼を再び勝ち取る必要がある。それは困難な挑戦だ。

それでも、ブロックチェーン技術には勢いがあり、現時点では阻止される可能性は低い。金融市場──株式から債券、そしてその中間にあるすべて──は、今とは似ても似つかないものになる。ブロックチェーンに大きく賭けた既存企業は、この迫りくる革命を生き延びるだろう。

データの重要性

土地が農耕時代に最も重要な資産で、石油が産業化時代に最も重要な資産だったとすれば、データはデジタル時代に最も重要な資産だ。情報は我々のデジタルエコノミーの基礎であり、フェイスブックやグーグルなど世界で最も大きく、最も利益をあげている企業にとっては生命線だ。

過去20年における世界で最も時価総額の高い企業の移り変わりを見てみよう(下図参照)。データは、世界のビジネスバリューの主要な推進力として石油に取って代わり、情報巨大企業が産業化時代の巨大企業に取って代わった。

我々はこうしたデータのすべてを生み出している。だが我々はそれを所有していない──デジタルの支配者たちが所有している。

これは問題だ。なぜなら我々は生活をより良く整えるためにそのデータを使うことはできない。データから利益を得ることはできない。そしてデータは間違った人物の手にわたる恐れがある。

情報は利害関係者が価格を発見したり、その価値を交換できるオープンで透明性のある市場を持たない資産の一例。これはデジタル時代が悪化させた、より広範な問題の一部だ。

多くの資産は市場の影響力の外側にあり、巨大な仲介業者による濫用や占有の影響を受けやすい。強大な企業は、水や空気、海と同じように、データとそれを生み出した人々を搾取している。

新しいエコノミー

ブロックチェーン・リサーチ・インスティチュート(Blockchain Research Institute)向けの広範な研究レポートで、テクノロジー理論家(そして、CoinDeskのメンバーでもある)マイケル・ケイシー(Michael Casey)は、暗号資産よってもたらされたトークン化とデジタル希少性は、ソリューションとなることを示唆した。

ブロックチェーン技術、そしてそれが生み出した暗号資産、トークン、デジタル資産は、共通リソースの自動化された内部ガバナンスを組み込み、コミュニティ間のコラボレーションを促進するプログラム可能なマネーというモデルに向けて我々を動かしているのかもしれない。

デジタル希少性がこれらのトークンに適用されると、我々のデジタル化された世界はデジタル前の世界とはますます異なったものになる。我々のお金自体が、共通の結果を達成するためのツールになる可能性は高まる。

新しい分散型アプリケーションの開発者は、あらゆる種類のリソースをトークン化している。例えば、電力や帯域幅のみならず、オンラインコンテンツに対する閲覧者の関心や、情報の正確性を検証する人の正直さといった人間の資質などもだ。

一度、コミュニティが希少なトークンをこれらのリソースの権利と結びつけると、公共財の管理に役立つトークンの使用をコントロールすることができる。それは、交換の手段という役割を拡大したダイナミックなお金であり、コミュニティの目標を達成するための直接的なツールとなるお金だ。

レポートの中でケイシーは、これらのトークンの新しい分類を展開し、少なくとも5つの異なるタイプを提案している。メディア、アイデンティティ、正直さ、分散型コンピューティング、そして環境だ。

これらのトークンは、かつては公共のものだった資産(例えば、環境)、あるいは少数の巨大テクノロジー仲介企業によって不均衡に捉えられる資産(例えば、我々のアイデンティティ)のまわりに新しいエコノミーを実現する潜在能力はきわめて大きい。さらに、我々は生み出した人が正当な報酬を確実に受け取ることができるように、価値あるものをすベてトークン化することができる。

今、個人は自身がオンラインで生み出すデータの価値を捉え、プライベートなものにしておくか、あるいは、その利用に対してインフォームド・コンセントを提供し、そのプロセスでお金を稼ぐかを選ぶことができる。個人のアーティストは、生み出した楽曲に対して正当な報酬を受け取ることができる。楽曲がインターネット上に広がり、ロイヤルティを集めるから。

人々は、スマートコントラクトによって執行され、予測市場で外部情報によって検証された合意を結ぶことができる。こうした能力は間違いなく、些細なもの(例えば、スポーツ賭博)から、デリバティブ市場のようなより意味のある市場に広がるだろう。

すべてが資産になり、誰もが市場参加者になるにつれて、「金融サービス」を定義する線は曖昧になり始める。

翻訳:山口晶子
編集:増田隆幸
写真:Alex Tapscott
原文:Financial Services: The Coming Cataclysm