トヨタ・ブロックチェーン・ラボから眺める車と金融の未来【インタビュー】

近未来の20XX年、人の価値観は変わり、車への関わり方は多様化する。

車は持たずに、利活用するものと考える人もいる。旅に出る時は、スーパーアプリに自分のデジタルIDを打ち込んで、レストランやカーシェアリングを予約する。自動車保険もデジタルに契約を済ませる。アプリには、デジタルマネーの残高とデジタルマネーに交換できるポイントの数が表示され、旅先での食事やホテルの支払いもアプリでキャッシュレス決済だ。

車を所有する人は、車の価値をリアルタイムにアプリで確認する。買い替えや、車を貸し出したければ、アプリを使ってデジタルに手続きを進める。

モビリティサービスを展開する企業は、車というアセットを「デジタル証券化」して、事業に必要な資金を調達する。個人ユーザーは、デジタル証券を金融商品として購入し、そのサービスを利用できるポイントを受け取ることができる。もちろん、アプリがすべてを管理してくれる。

20XX年のある給料日、世界170カ国・約37万人のトヨタグループの社員が持つウォレットには、いつものようにデジタルマネーで給料が送金された。1台の車を作るために必要な数万に及ぶ部品が循環するトヨタグループの巨大サプライチェーンでは、すべての企業が法人用ウォレットを利用し、月々の企業間決済はデジタルマネーで自動化される。

100兆円を超えるとも言われるトヨタグループの経済圏で、部品・車といったモノとそれに付随するお金が一体で循環し、巨大なユーザー層とグループ企業で構成される経済圏を作っている。改ざんが困難なブロックチェーンと、金融テクノロジーのフィンテックは、その経済圏のオンラインインフラの中核を成す。

こんな世界の実現を、近未来に感じさせる新しい組織が1年前に生まれた。トヨタグループの主要関連企業と横断的に連携し、ブロックチェーンを使った新しい価値創造を追求するトヨタ・ブロックチェーン・ラボだ。

このラボの中心で、取り組みを牽引する冨本祐輔氏に話を聞きながら、未来の「トヨタグループ経済圏」の姿を想像した。

トヨタ・ブロックチェーン・ラボを作った理由

2019年4月に設立されたトヨタ・ブロックチェーン・ラボ。トヨタグループ各社から担当者が集まり、実証実験を行っている。(画像は同ラボのHPから)

トヨタ・ブロックチェーン・ラボは2019年4月、トヨタ自動車やトヨタグループの主要企業から担当者が集まるかたちで生まれた。

冨本氏は、トヨタファイナンシャルサービスの戦略企画本部・副本部長の肩書を持ちながら、フィンテックやモビリティの新規ビジネスにフォーカスをあてた戦略や事業企画を担当する人物だ。

ラボを設立する5年前、冨本氏を中心とするトヨタファイナンシャルサービスのメンバーは、ブロックチェーンについてのリサーチを本格的に始めた。ブロックチェーンを研究するトップエンジニアの話を聞くために、サンフランシスコに出向いたり、グループ各社に向けた報告書を作成して、その技術の可能性を社内で訴えてきた。

金融領域に加え、モノづくりなどのあらゆる領域におけるブロックチェーンの可能性を再確認できた5年間だったと、冨本氏は話す。2018年12月、トヨタ自動車や他のグループ会社の幹部が集まるカンファレンスで、ブロックチェーンの可能性が議論される。その結果、ラボは翌年の4月に設立された。

ラボはその活動を本格化させ、複数の「POC」を急ピッチで進めた。POC(プルーフ・オブ・コンセプト)は概念実証の意味で、新しい概念の実現可能性を示すために試作レベルの実証を行う。

ラボが進める4つの大きなテーマ

トヨタ・ブロックチェーン・ラボが描くブロックチェーンを活用した構想(画像は同ラボHPより)

「直近2年の中で、有識者を招きながらトヨタグループ内で勉強会を開いたりして、ブロックチェーンが眉唾(まゆつば)の技術ではないということを訴えてきました。ブロックチェーンに対するトヨタのリテラシーを高めることは、ラボの重要な役割だと思っています」と冨本氏は言う。

ラボが現在進めている大きなテーマは4つある。ブレットポイントでまとめるとこうなる。

  • トヨタグループの顧客(人)を軸に、グループ内外のサービスをワンストップで利用できるデジタルIDを活用する。契約のデジタル化やポイントサービスなどにフル活用させ、同時に人が個人の情報を自身で管理できるようする。
  • 車1台1台に固有のデジタルIDを与え、車に紐づくあらゆる情報を蓄積する。データを使った新しいサービスを開発していく。
  • トヨタグループの巨大なサプライチェーンをデジタル化する。部品製造や発送などのデータを記録・共有して、トヨタの業務プロセスをさらに効率化させる。サプライチェーンの中でのあらゆる部品のトレーサビリティ(追跡可能性)の向上を図る。
  • 車などの資産や権利などのあらゆる価値あるものをデジタル化する。新たな資金調達方法を開発し、流通させることにより、顧客や投資家と長期的な関係を築いていく。

トヨタがB-to-Cの世界を激変させる

「トヨタウォレットは、最低限の決済機能からスタートしていますが、これからさまざまな機能拡充を図っていく予定です」(冨本氏)( 写真はトヨタウォレットのHPより)

「サービスやモノの流れと逆方向にお金は流れます。それらを全てブロックチェーン上に乗せることができれば、トヨタグループの経済圏の中で、大きな変化が生まれるだろうと思っています」(冨本氏)

トヨタは昨年11月にデジタル決済の「トヨタウォレット」をリリースしている。トヨタ・ブロックチェーン・ラボが進める顧客や車軸の取り組みと、トヨタウォレットを軸にしたペイメントが繋がれば、可能性は広がる。

「トヨタウォレットは、最低限の決済機能からスタートしていますが、これからさまざまな機能拡充を図っていく予定です」

例えば、顧客は1つのアプリ、1つのIDで、モビリティサービスや暮らしに関連する多くのサービスを受けられ、決済までをワンストップで完結することができる。車を保有している顧客は、アプリで自分の車の価値をリアルタイムで把握でき、買い替えや継続保有、カーシェアへの貸し出しがシームレスに行えるようになる。

セキュリティトークンの可能性

「トヨタグループ経済圏」–半円の中心部に位置するトヨタ自動車やデンソーなどのグループ会社(画像はトヨタ・ブロックチェーン・ラボより)

社債発行や資産を裏付けにした資金調達に、ブロックチェーンを活用しようとする動きは、金融機関を中心に活発になっている。既に野村ホールディングスや三菱UFJフィナンシャル・グループ、みずほフィナンシャル・グループなどが発表している「セキュリティトークン」と呼ばれるものだ。

ラボでも研究を進めているという。

セキュリティトークンでは、債券の発行・管理などのプロセス効率化により、これまで証券化が難しいとされてきた小口の資産を元にした資金調達が可能になると言われている。債券の保有者情報を透明化することで、ポイントを使ったマーケティングに活用しようとする動きもある。

車から生まれる将来の収益を基にデジタル証券を発行し、ユーザーはトヨタウォレットを通じてその証券を購入する。利子に加えて、ユーザーはトヨタグループのサービスを利用できるポイントを受け取り、ウォレットを使ってサービスを利用する。

当然、法規制などの多くのハードルはあるが、実現すれば資金調達がB-to-Cの世界に繋がっていく可能性は広がる。

100兆円を超える巨大経済圏

写真はトヨタ自動車のHPより

テレビコマーシャルでも伝えられているが、トヨタグループでは全世界約37万人の社員が働いている。サプライチェーンまでを含めたトヨタ経済圏は100兆円を超える規模とも言われる。

B-to-E(EはEmployeeで社員を意味する)とB-to-Bの領域について、冨本氏はこう話す。

「ペイメントの世界では、多くの手数料・事務コストが存在しています。B-to-E、B-to-B領域におけるトヨタグループの経済圏の大きさを考えると、低コスト化と効率化が少しでも実現できれば、そのインパクトは大きくなります」

社員が毎月の給料や立替経費をウォレットを通じてデジタルに受け取る。企業間決済では、モノの流れと同時に自動で支払いが完了する。そしてそれらを、経済圏で流通するデジタルマネーで実現できれば、大きな効果があるだろう。

B-to-C、B-to-E、B-to-Bのあらゆる領域で、人の生活やビジネスの土台が大きく変わる近未来の姿が想像できる。

トヨタ・ブロックチェーン・ラボは2020年、トヨタグループにおけるブロックチェーンの知見を高めるための活動、新しい可能性の追求を続けながら、実証実験のステージを上げていく。

「さまざまな領域において、実サービスでの検証を進めながら、できるものから実用化していければと思っています。トヨタグループの企業がブロックチェーンを当たり前に活用するような状態になれば、トヨタ・ブロックチェーン・ラボの役割を果たしたと言えるかもしれません」

取材・文・構成:佐藤茂
写真:2018年パリのモーターショーで披露されたカローラハイブリッド(Shutterstock)