元社員がゴールドマン・サックスにビットコインについて伝えたいこと

私がゴールドマン・サックスで働いていた頃、オフィスでこんなジョークをよく聞いた──担当すべき債券よりも、多くの時間をビットコイン投資に費やしている。

2013年、多くの同僚はビットコインを真剣に捉えていなかった。あれから7年経つが、多くの変化は期待していなかった。5月27日、ゴールドマン・サックスが投資家説明会でビットコインについて触れようとしたとき、その内容は私が予想する通りのものだった。

CoinDeskのコラムニスト、ジル・カールソン(Jill Carlson)は、非営利研究組織「オープン・マネー・イニシアチブ(Open Money Initiative)」の共同発起人で、ベンチャー投資家でもある。

インフレ、ゴールドの分析

ゴールドマン・サックスのレポートは、アメリカ経済の現状と、新型コロナウイルス後の世界の先行き予測から始まった。

近い将来、インフレを心配する必要はないだろうという。また、ドルに対する需要は依然として強く、仮にパンデミックの影響があるとすれば、指標はデフレ傾向にあることを示している。これは短・中期的にはおおむね正しいだろう。

ゴールドマン・サックスはその後、ゴールド投資に対する主にデータに基づいた議論を展開した。インフレを心配する必要がないだけではなく、仮に心配したとしても、ゴールドは優れた投資ではないだろうとレポートで述べる。

ゴールドは必ずしもインフレに強い資産クラスではなかったが、株式はその強さがあった。同様に米国債は、市場の下落局面ではゴールドよりもはるかに高い利益をあげる傾向がある。

ゴールドは必ずしも、あるいは多くの場合、広く言い伝えられているような動きをしないことが明らかになった。複数のより優れた選択肢が存在する。資産クラスとしてのゴールドの価値はおおむね、歴史的な物語によって動かされているが、物語は現実と一致していない。

ビットコインの分析

ゴールドマン・サックスのレポートはすべて納得できる内容だった。そして前述した通り、私は次の展開も理解していると思っていた。ゴールドマン・サックスの才能あるリサーチアナリストたちは、ビットコインについても同様の分析を行うだろうと信じていた。

ビットコインの値動きの騒々しさとボラティリティは、我々がビットコインと主要な市場あるいは経済指標との間に、意義のある相関関係を導き出すことを阻んできた。

インフレに対するヘッジとしてのビットコインにまつわるストーリーは、投資可能な資産としてのその短い歴史のなかで、ビットコインはどのようなパフォーマンスを発揮してきたかという現実と一致していない。

私はゴールドマン・サックスのレポートは、インフレは問題ではなく、仮に問題であったとしても、ゴールドもビットコインも、それらにまつわる物語が描いているような振る舞いをしていないという結論になるだろうと期待していた。

思いがけない展開

私は間違っていた。ゴールドについての議論と同様の議論を行うのではなく──手元にあるデータを利用すれば十分に議論可能で、説得力のある内容になっていたはずだが──ゴールドマン・サックスのリサーチは、ビットコインの好ましくない性質やダイナミクスについて不合理な推論を展開し始めた。

ビットコインのような画期的なものに出会ったときに、最も頭の良い人たちがしばしば行いがちなことをまさに行った。つまり、彼らはあらゆる理性を捨て去った。

レポートはまず、ビットコインは通貨なのか、資産クラスなのかという問題を提起した。法定通貨の特徴だけを定義した後、ビットコインはそれらの基準を満たさないため、資産クラスにはあたらないとレポートは結論づけた。あまりにもナンセンスで、このような論理破綻には何も言うことすらできない。

「その評価が、他の誰かがより高い価格にお金を出すかどうかで決まる証券は、我々の顧客の投資に適していないと考えている」とレポートは続けた。

敢えての反論

敢えて指摘したくはないが、ある投資商品に対して誰かがより高い価格にお金を出す気があるという事実は、それが適切な投資であることを知るために必要な、おそらく唯一の基準だろう。より高い価格にお金を出す理由は、興味深いもので、それこそ人々が通常、ゴールドマン・サックスのような企業に説明と解説を期待することだ。

レポートの中のあらゆる誤解や論理破綻を詳細に説明することに価値はない。しかし、いくつかは説明に値する。

暗号資産は「ほぼ同一のクローン」にフォーク(分岐)できるため、希少なリソースではないというゴールドマン・サックスの主張は、彼らが提示した3つの例(ビットコイン、ビットコインキャッシュ、ビットコインSV)の間のきわめて大きな技術的・文化的な違いのリサーチにおける衝撃的な失敗を象徴している。

ゴールドマン・サックスは暗号資産の評価をさらに落とすために、違法行為に使われる可能性をあげたが、レポートの前半でその強さを称賛した米ドルが、世界で違法行為に最もよく使われる資産であることには触れなかった。

最後にレポートは、ビットコインや暗号資産のインフラは比較的未成熟と述べた。この論点を提示したスライドは、暗号資産だけが提供する資産のセルフカストディ(自己保有)の選択肢に言及していないなど、多くの誤りがあった。

「テクノロジー企業」であることに誇りを持っているゴールドマン・サックスのために、このスライドは特に、従来型の思考から抜け出し、ビットコインが開く可能性に目を向けることを避ける姿勢を表していた。

ビットコイン業界の弱さ

ビットコインについてのゴールドマン・サックスのお粗末な議論を、知的怠慢や過去に囚われた思考法のせいにすることは簡単だろう。しかし、ゴールドマン・サックスでの勤務経験から私が知っていることがあるとすれば、ゴールドマン・サックスは怠惰でも、新しいものを取り入れることが遅くもないということだ。

むしろ、ビットコインに関するゴールドマン・サックスの議論の弱さは主に、ビットコイン業界の弱さのためと私は考えている。我々は、パラダイムシフトを生み出すビットコインというテクノロジーの決定的な特徴や用途を明確に伝えられていない。

もちろん例外もある。ビットコインが価値の理由を伝える、大きく明確な声もあり、私はそれらに大いに感謝している。しかし、誤った情報や業界用語が氾濫するなかで、それは大変な作業だ。

『ハリー・ポッター』シリーズの著者J.K.ローリング(J.K. Rowling)氏にビットコインの価値を伝えることに失敗した最近の業界の試みを見ただけでも、我々はより良いコミュニケーション方法を探し始めなければならないことは明らかだ。

ゴールドマン・サックスのような投資銀行にビットコインを受け入れて欲しければ、あるいはビットコインを受け入れるべきではない理由について理路整然とした議論をして欲しいだけであっても、業界として我々はまず、議論の一貫性を振り返り、雑音を静めるための取り組みを強化し、誠実で説得力のある主張を強化するためにより努力しなければならない。

翻訳:山口晶子
編集:増田隆幸、佐藤茂
写真:ニュージャージー州ジャージーシティにあるゴールドマン・サックスのオフィス(Akshay Sadarangani/Unsplash)
原文:What Goldman Gets Wrong About Bitcoin (From Someone Who Used to Work There)