砂と死と仮想通貨:北シリア民主連邦から

私はこれを「北シリア民主連邦」の地で書いている。

支持者にはシンプルに「ロジャヴァ」(西という意味)として知られるこの地は2012年、シリア政権に抵抗して生まれた地域、クルド人が大多数を占め、事実上の自治権を獲得している。

それ以来、この地は「民主的連邦制」と呼ばれる新しい政治システムを切り開いている。民主的連邦制は強力な中央政府を持たない非中央集権的なシステムで、ビットコイン・テクノロジーときわめて相性が良い ── このことはこの地域のテクノロジストの研究テーマとも言える

私がここにいる理由の一つでもある。

シリア北東部、トルコ国境にある都市カーミシュリー。

私がこの地にいるもう一つの理由は、トランプ大統領が2018年12月にこの地域からの撤退を発表し、ISIS(イラクとシリアで発生したイスラム過激派組織で、日本ではイスラム国と呼ばれる)はほぼ壊滅したと述べ、シリアを終わりなき戦争の地と呼んだからだ。トランプ大統領はシリアを「砂と死」と呼んだ。

撤退は今では事実上、覆っているが、当時は多くの人が北シリアと国境を接するトルコが攻撃してくると考えた(トルコは2016年以来、この地域に継続的な攻撃を行っている)。

仮にトルコが支配権を握った場合、ロジャヴァの政治システムは国家の総力の前に崩壊してしまうと懸念された。そうなれば、そこにレジスタンス、私が大きな関心を抱くレジスタンスはもう存在しないだろう。

私は以前、ロジャヴァにおけるブロックチェーンと仮想通貨の将来性について書いた。この地域には西側世界が提供するような基本的な安全とリソースが不足しているが、西側にはないものがあると私は感じた ── 新しい統治システムが実現する可能性だ。

こうした考えから、私は1カ月以上かけてこの国にボランティアとして入国した。私のメディアと仮想通貨のスキルをここで開発が進められている新たなテクノロジー・アカデミーのネットワークに生かすために。

2月25日(現地時間)、私は新しい家に着いた。批評家によると、ロジャヴァは民主的連邦制の実行過程にあり、よくあるものの圧力に屈しつつある。地域経済に生まれつつある資本主義の構造とヒエラルキーに。

ロジャヴァのテクノロジー開発プログラムのリーダー、エルセラン・セルデム(Erselan Serdem)氏は、この流れを挽回したいと考えている。エコロジカルで、エガリタリアン(平等主義的)な経済を発展させることのできる構造 ── 提唱者が「デモクラティック・モダニティ(democratic modernity)」と呼ぶものを作ることによって。

セルデム氏によると、フィロソフィーとテクノロジーの正しい組み合わせによって、この夢は実現できる。

「我々は高度なテクノロジーを備えた新たな形態の制度について議論している。それは社会に役立つツールを作り出し、自然との良好な関係を実現できる ── これが我々の大きな願い」とセルデム氏は語った。そして次のように付け加えた。

「非中央集権的な制度は、並列的で非中央集権的なテクノロジーがサポートし得る」

負傷した元兵士とソーシャルエンジニア

カーミシュリーのインターネットショップ。

セルデム氏が設立を進めているアカデミーは多様なブロックチェーン・テクノロジーのハッカーを育成する予定。

例えば、デジタル・ガバナンス、仮想通貨、天然資源の公平な分配のためのブロックチェーン・ソリューションなどだ。セルデム氏はアカデミーに携わる人材を集めており、そうしたスキルを持つ人材をロジャヴァで探している。また負傷した元兵士のトレーニングも手がけ、基本的なプログラミングスキルから教えている。

現在、30人の元兵士がプログラムに参加している。

セルデム氏は北シリアから人材を集めるだけでなく、同氏が「ソーシャル・エンジニア」と呼ぶ人材も募集している ── 政治的な関心を持ったハッカーで、テクノロジーの再構築に注力している人物だ。

こうした人物がいなければ、「歴史は同じことを繰り返す。現行のシステムは同じ運命をたどる」とセルダム氏は語った。

ソフトウエア開発者でアカデミーのメンバー、ホザン・マモ(Hozan Mamo)氏はセルデム氏の言葉を繰り返し、テクノロジー・アカデミーは市民社会に発生する問題を解決できるとCoinDeskに述べた。

例えば、非中央集権的なガバナンスツールは、意思決定の承認、権力の抑制と均衡の支援につながるとマモ氏は続けた。

一方、仮想通貨も同様に有効だとマモ氏は言う。ロジャヴァでは電子商取引が発展していない。代わりに、ロジャヴァの住民はシリア政府が発行した通貨を使っている ── これは、この地域がまだ経済的にはシリアに依存していることを意味している。

そのためのファーストステップとして、マモ氏は、地元商人が仮想通貨を受け入れるかどうかについての実現可能性を検討している。

仮想通貨の価値観

だが、プロジェクトにはかなりの冷たい見方もある。

ロジャヴァでは、テクノロジーはほとんどソーシャルメディアを通して出現する。そして急激に普及したスマートフォン ── ほとんどはFacebook、YouTube、Whatsappを搭載している ── が明らかな影響を与えている。

スマートフォンの過度な使用はテクノロジーの発展に対する疑念を生み出し、ブロックチェーンおよび仮想通貨テクノロジーの導入にネガティブな影響を与える可能性がある。

これに対抗するためにセルデム氏は、この地域のソーシャルメディア、ネットワーク・インフラ、さらにはハードウエアを独占する利益団体とは距離を置き、アカデミーをテクノロジーの再定義に使うつもりと述べた。

「さまざまな形態のテクノロジーがある」とセルデム氏。

「国家や企業によるテクノロジーがある。そして、それに抵抗する動きがあり、現行のシステムに対抗する優れたアイデアを見つけ出そうとしている」

例えば、ビットコインおよび他の非中央集権的テクノロジーは、この「レジスタンス・テクノロジー」 ── 歴史を通して抑圧されてきた人々が、力を取り戻すために生み出したツール、としての資格がある。アカデミーの中で、セルデム氏はこうしたテクノロジー、つまりは代替手段が構築されることを望んでいる。

「我々はレジスタンス・ムーブメントから生まれた、この種のテクノロジーを使うことができる。今、我々は始まりの中にいる。だがそのプロセスの中で、我々はデモクラティック・モダニティのために、どのような形態のテクノロジーが必要なのかを知ることができる」とセルデム氏は語った。

マモ氏はユーザビリティーとセキュリティーに注力することで、特に若い世代の中で、普及が急速に進む可能性があると考えている。同氏によると、ロジャヴァの若者はテクノロジーへの情熱、そして同様にテクノロジーへの強い適正を持っている。

革命以前、シリア政権はこの地域のテクノロジーの発展を意図的に遅らせた。大学での授業を禁じ、スキルを伸ばそうとした人を逮捕した。

だが革命はテクノロジーへの「国境を開いた」とマモ氏、革命は地域を急速な発展へと導いた。

国際女性デー(International Woman’s Day)の日に、カーミシュリーで貼られたアブドゥッラー・オジャラン氏のポスター。

テクノロジーへの寛容さ、開放性のみが、セルデム氏たちが推進しようとしていることではない。彼のアカデミーはフィロソフィー、特にアブドゥッラー・オジャラン(Abdullah Ocalan)氏の著作にも注目している。オジャラン氏はその著作がロジャヴァ革命にインスピレーションを与えた政治哲学者、現在はトルコに拘束されている。

著作の中でオジャラン氏は、社会を支えるヒエラルキーと支配の根底に挑むことで社会を根本的に再構築することを模索した。

それは多くの仮想通貨支持者たちが持つイデオロギーと強く共鳴するフィロソフィー。そして、仮想通貨支持者の興味とオープンソース・ムーブメントの使い方にも現れている。

アカデミーは同じことを大いに奨励するとセルダム氏はCoinDeskに語った。

「我々はテクノロジーのコミューンを作っている。技術的な問題を解決し、同時にソーシャル・エンジニア、あるいはモラルのある社会における政治に携わる人物を作り出すことが目的」とセルダム氏は語った。

「ロジャヴァで我々は、オープンソース・フィロソフィーの実現、つまりオープンソースによって情報化された社会をいかにして構築するかに挑んでいる」

注:セキュリティー上、「ルセラン・セルデム氏」「ホザン・マモ氏」は仮名である。

翻訳:Masaru Yamazaki
編集:佐藤茂、浦上早苗
写真:Rachel-Rose O’Leary for CoinDesk
原文:Sand, Death and Cryptocurrency: Life in a Decentralized Syria