パウエル議長講演を聞く前に知っておくべき過去1年のアメリカ

毎年8月、米国ワイオミング州の避暑地、ジャクソンホールで経済シンポジウム「ジャクソンホール会議」が開催される。新型コロナウイルスの影響でオンライン開催となった今年はアメリカ東部標準時27日午前10時(日本時間28日0時)にジェローム・パウエル(Jerome Powell)FRB議長の講演が予定されている。

パウエル議長の講演は、かつてはゆっくりと動いていたFRBが新型コロナウイルス感染拡大による壊滅的な経済損失のために、いかに劇的にその動きを加速したかを思い起こさせてくれるだろう。

1年前

去年の今頃、アメリカの経済成長が鈍化し、政府の債務残高が22兆ドルを超えて膨れ上がるなか、トランプ大統領は、金利を高くしすぎたとしてパウエル議長をツイッターで痛烈に批判していた。

当時、イングランド銀行総裁を務めていたマーク・カーニー(Mark Carney)氏は、ジャクソンホール会議で講演を行い、世界の基軸通貨としてのドルのポジションが、持続不可能な国際経済・通貨体制を助長していると警告した。

カーニー氏は、世界のリーダーたちは「中央銀行のデジタル通貨ネットワーク」を通じて提供されるであろう「合成基軸通貨(SHC:synthetic hegemonic currency」を作るべきと主張した。

前例のない経済刺激策

トランプ大統領の経済政策は今、多くの投資家がFRBの3兆ドルの経済刺激策に支えられていると語る株式市場を含めて、2020年の大統領選挙の中心的な争点となっている。

アメリカ政府の債務残高は現在、26兆5000億ドル(約2800兆円)。中国、アメリカをはじめ、あらゆる国の中央銀行がデジタル通貨は研究すななかで、ゴールドマン・サックスは最近、ドルは世界の基軸通貨としての地位を失う危険性があると警告した。

「新型コロナウイルスの感染拡大は、重要な構造的トレンドを加速させ、市場の大幅な変動を引き起こした」と7兆ドルの運用残高を誇る世界有数の資産運用会社ブラックロックのストラテジストらは今週、レポートに書いている。

「政策の大きな改革は、新型コロナウイルスによる壊滅的でデフレ的な影響を緩和するためには必要だった。しかし中期的には、金融政策と財政政策が曖昧になることでインフレリスクをもたらす可能性がある」(ブラックロック)

新型コロナウイルスによってロックダウンや隔離が行われ、2020年の世界経済は20世紀初頭以来の深刻な不況に突入した。

3月、株式からビットコインまで、さまざまな資産クラスの価値が急落すると、FRBは金利をゼロに近い水準に引き下げ、その後、金融市場やウォール街のディーラー、企業に緊急の流動性を提供しつつ、実質的に無制限に米国債を購入する計画を発表している。

「今後の道のりはきわめて不確実」とミシェル・ボウマン(Michelle Bowman)FRB理事は27日、カンザス州でのスピーチで述べた。

「簡単な出口はない」

多くの投資家はドル下落のリスクに対するヘッジとしてビットコインに投資している。だがFRBは、消費者や家計の需要低下が予想されるため、デフレ圧力がより強くなるとしている。

バンク・オブ・アメリカのアナリストによると、債券トレーダーはFRBが「(年間インフレ率)2%という目標を達成するために新たな政策フレームワーク」を採用すると予想しているという。

直近の調査で、FRBが指標としている消費者物価上昇率はわずか0.9%だった。そのため、FRBはインフレ率を2%を上回る水準まで上昇させ、年率が目標値に近づくようにすると見られている。

「楽観的に見て、インフレを起こすには3年かかるだろう。平均的にインフレ率2%を実現できるようになるまでには、インフレ率を3.5%以上に上げ、数年維持する必要があるだろう」(デジタル資産会社Diginexのマット・ブロム氏)

FRBのシナリオがすでに市場に反映されているかはわからない。だがバンク・オブ・アメリカの外国為替アナリスト、アタナシオス・バムバキディス氏は、パウエル議長率いるFRBに「簡単な出口はない」と述べた。

「インフレが最終的に予算の制約として機能しなければ、バブルの再発と悪化のリスクがあり、ウォール街と一般の間にさらなる乖離が生じるだろう」(バムバキディス氏)

ドルの未来は?

暗号資産(仮想通貨)トレーダーは、パウエル議長のスピーチが短期的にビットコイン価格に与える影響に注目するだろう。ビットコイン価格は年初から約60%上昇し、S&P500の7.7%の上昇を大きく上回っている。

FRBの動きはイーサリアム(ETH)にも影響を与える可能性がある。イーサリアムブロックチェーンでは、起業家たちがいつの日か現在の金融システムをリプレースするかもしれない代替通貨や半自律的な借入・取引ネットワーク、いわゆるDeFi(分散型金融)を開発している。またドルに連動した「ステーブルコイン」の流通量も拡大している。2020年、その発行残高は倍増し、130億ドルに達した。

「非常に多くのことが変わった。将来、ドルは世界の基軸通貨ではなくなる危険性がある。1年前よりもはるかに悪い状況だ」(暗号資産に特化したヘッジファンド、ビットブル・キャピタルのジョー・ディパスクアーレCEO)

クオンタム・エコノミクスの創業者で外国為替アナリストのマティ・グリーンスパン氏は、パウエル議長が再びジャクソーンホール会議に登壇することを踏まえて、「人々はお金の本質的な価値を問い始めている」と述べた。

「アメリカは返済できるとは思えないほどの莫大な債務を抱えている。だから、唯一の実行可能な選択肢はインフレによって、その負債の価値を減らすこと。卑劣で危険だが、他にとり得る選択肢は緊縮財政であり、現時点ではいかなる公務員にもきわめて不評で、口にすることはできない」とグリースパン氏は付け加えた。

翻訳:CoinDesk Japan編集部
編集:増田隆幸、佐藤茂
画像:Shutterstock
原文:Fed Chair Powell’s Jackson Hole Speech Could Hint at US Dollar’s Future