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デジタル金融の“巨大デパート”目指すユニコーン、リキッドグループ──創業者・栢森加里矢の半生

Brady Dale
公開日:2019年 5月 28日 06:30
更新日:2019年 5月 28日 06:30

いち早く仮想通貨の取引プラットフォームをつくり、シンガポール・日本・ベトナム・フィリピンで事業を拡大させたリキッドグループ。創業5年目の2019年、直近の評価額が10億ドル(約1,110億円)を超えてユニコーン企業となった。

リキッドグループ傘下のQUOINE(コイン)は2017年9月、日本で仮想通貨交換業者としての登録を行なった。当時競合の取引所が派手なテレビCMで国内の個人投資家を誘い込もうとする中、リキッドグループは宣伝広告を抑え、自前の取引プラットフォームでプロトレーダーを中心に人気を集めていった。

2014年にリキッドグループを起業したのは共同創業者兼CEOの栢森加里矢(かやもり・かりや)。東京大学に入学するまで南北アメリカを転々としたマルチナショナルな45歳だ。2010年にビットコインに出合い、仮想通貨取引の領域でアジアを中心に事業を広げた。

東京・京橋にあるオフィスに光るLiquidのロゴ。

ゴールドマン・サックスなどの米大手投資銀行や国内のメガバンク、グーグルなどでキャリアを積んだ優れた人材を獲得し、リキッドグループでは日本オフィスに約120人、ベトナムに140人、フィリピンとシンガポールに60人と、グローバルで合計約350人が働いている。仮想通貨領域のユニコーン企業を率いる栢森とはどんな人物なのか。

コロンビア、東大野球部、米西海岸

母親の里帰り出産で長野県で生まれた後、栢森は当時麻薬カルテルが勢力を強めていたコロンビアのカリ市で3年、カナダのトロントに5年、アメリカ・ニュージャージー州で3年を過ごした。その後、米西海岸に渡ると、ロサンゼルスでの生活が8年続いた。

「子供の頃から野球選手になりたかった。そんな単純な理由で、高校を卒業して日本に帰ってきた。東京大学に入ると、念願の野球部に入部した」と、栢森は当時を語る。

日本の運動部の学生の圧倒的な練習量に圧倒され、栢森の野球人生は東大野球部への入部からわずか1年で終わる。その後、大学を卒業した柏森は総合商社に入社。再び北米での生活を始める。

企業派遣でハーバード大学でMBAを取得した後、栢森は商社を辞め、西海岸のシリコンバレーに渡りベンチャーキャピタルに転職する。投資ターゲットのベンチャー企業を探求する日々が続いた2010年、栢森はビットコインに出合う。

2008年の世界金融危機が1世紀以上の歴史を誇る米投資銀行リーマン・ブラザースを崩壊させ、サトシ・ナカモトと称する者が2009年にビットコインプロトコルのホワイトペーパーをまとめた。

ソフトバンク勤務でひらめきの瞬間

「シリコンバレーでベンチャー投資をしていた2010年、1回目のビットコインブームが来た。僕も買おうと思ったが、買う場所がなかった。スマートフォンがやっと出てきたときだった」

2013年、ビットコインの第二の波が来る。ビットコインに対する中国からの強い需要は、その通貨の価値を大幅に上昇させた。第一の波をシリコンバレーで傍観した栢森はその年、シンガポールにいた。そして、その波に乗った。

ソフトバンクに転職していた栢森は、シンガポールオフィスで東南アジアでの投資や合弁事業に従事していた。インドネシア、フィリピン、ベトナムなどのエマージング市場を見ていた栢森は、伸び盛りの東南アジア市場の多くの成人が銀行口座を持っていない事実を知る。

何千もの島から構成されるフィリピンでは、銀行口座を持てなくてもスマートフォンを手にする人が激増した。スマートフォンのデータプランとウォレットがあれば、仮想通貨を保有することができる。栢森がリキッドグループの起業を決めたひらめきの瞬間だった。

「ちょうどコインベース(Coinbase:大手仮想通貨取引所)が生まれた頃だった。日本にはマウントゴックスがあったが、しっかりとした取引所がなかった。シンガポールに駐在していた共同創業者のマリオ(Mario Gomez-Lozada)と、金融出身者がつくる仮想通貨のエクスチェンジが必要だと話した」(栢森)

人材を惹き寄せる3つのこと

リキッドグループのオフィスに刻まれたモットー「GO BIG OR GO HOME(思い切りやるか、あきらめるか)」。

ビットコイン誕生から10年で、仮想通貨の取引は世界的に増加してきた。栢森は、eコマースと同様に取引所で取引される通貨やデジタル資産の品ぞろえを増やすことが重要だと話す。アジアの主要都市の街角には多くのマネーエクスチェンジ(両替所)が存在し、法定通貨に限らずプリペイドカードやデータプランなどが売られている。

「それをデジタル化したのがリキッドグループだと思っている。トークン化したあらゆる資産を取引所に出していきたい」と栢森は話す。ビットコインの取引で始まったリキッドグループは今後、デジタル化が進む金融商品を積極的に同社の品ぞろえに加え、国境を超えたデジタル金融機関として事業を拡大していく方針だ。

リキッドグループが若い優秀な人材を獲得できる理由は何か?栢森は3つを挙げた。

一つ目は、金融業界に身を置くことのリスクだ。旧態依然とした銀行業務(バンキング)で、人工知能(AI)は例えば、トレーディングの一部をリプレースするかもしれない。企業の資金調達のニーズは、イニシャル・コイン・オファリングなどでその一部を賄うことができる。全てがデジタル化されていく可能性が高まる中で、金融という業界にいること自体がリスクだと思う人は多く存在すると、栢森は言う。

二つ目の理由として栢森は、金融業界で地殻変動を起こす可能性がある仮想通貨、ブロックチェーン、トークナイゼーション(トークン化)というイノベーションに対して魅力を感じる金融マンの増加を挙げた。

世界で浸透した金融ワード

「たかだか10年でこれだけ世の中で浸透した金融ワードはビットコインくらいではないか」(栢森)

そしてもう一つの魅力は、「仮想通貨の魅力でもあるが、ボーダーレスだということ」と栢森。「ビットコインの歴史は10年。金は6,000年ある。フェイクの金もたくさんある。ある程度のリテラシーがあれば、世界中の多くの人がビットコインを知っている。たかだか10年でこれだけ世の中で浸透した金融ワードはビットコインくらいではないか。そういう意味でグローバル。円がアフリカで使えなくても、ビットコインはアフリカで使える」

仮想通貨・ブロックチェーン領域の高い成長が予想される中で、10億ドル超の評価額はリキッドグループの一通過点に過ぎないと、栢森は言う。現にコインベースの評価額は2018年10月時点で80億ドル、同じく取引所のクラーケン(Kraken)は昨年末で40億ドルに達したと報じられている。

栢森は最後にこう話す。

「エクスチェンジ(取引所)は古くから存在してきた。国家が生まれる前から、物々交換から始まり、貝殻や金で交換したりした。これのデジタル版がうちだと思っている。仮想通貨も僕が始めた2014年からどんどん進化している。ビットコインしかなかったのが、今では2,000通貨もある。発行体のない非中央集権的なビットコインもあれば、発行体があるロイヤリティ型のトークン、ペイメント型のトークンもある。最近ではセキュリティ型のトークンも出てきた。これから、もっともっと広がっていくはずだ」

リキッドグループは4月、米国市場に参入するため合弁会社リキッド・フィナンシャル USA(Liquid USA) を設立したと発表した。Liquid USAは、米国全土で規制当局の承認を取得するための取り組みを進めており、2020年1月までに米国の顧客向けのサービスを開始するという。

世界最大の仮想通貨市場の一つである米国で、栢森率いるリキッドグループはさらに有能な人材を集め、そのユニコーン企業をデカコーンに拡大することができるだろうか。(敬称略)

インタビュー/文:佐藤茂
編集:浦上早苗
写真:多田圭佑