元ライフネット生命保険取締役会長で現在はVCのスパイラル・キャピタルの岩瀬大輔氏、Amazonにも採用されている後払い決済サービスPaidy CEOの杉江陸氏、ペット保険金請求の効率化サービスを展開するアニポスCOOの加藤夕子氏の3人を迎え、「FINTECH STARTUP LIVE 2020 真似のできないスタートアップの成長戦略──変化を捉え、勝機をつかむ【Powered by Dell Technologies】」が2020年11月26日、開催された。

YJキャピタルの堀新一郎氏(代表取締役社長)がモデレーターを務め、フィンテック領域での「ビジネスチャンスの見つけ方」や「スタートアップを成長させるためのキーポイント」などについて議論した。主催はbtokyo members、CoinDesk Japanがメディアパートナーを務めた。協賛は、DX推進により成長が期待されるフィンテック・スタートアップなどスモールビジネスを支援するデル・テクノロジーズ株式会社。

「置き換え」か「イネーブラー」か?──国内フィンテックの現況

最初のテーマは「国内フィンテックの現況」だ。ライフネット生命保険を辞したのち、香港を拠点にフィンテックやヘルステック領域を主軸としてベンチャー企業の支援を行っている岩瀬氏は、国外から見た視点として「中国、東南アジアはダイナミックに変わっている。状況は国によってまったく異なる」述べた。

そして岩瀬氏は、次のような見解を語った。

「イノベーションの本質は何かを置き換えていくことであり、Uberが広まればタクシー業界、Airbnbが広まればホテル業界が大きな影響を受ける。ところが、国内は既存の企業が影響を受けない限りにおいて、限界的に許されたイノベーションという色合いが強く、フィンテックに限らず“現状維持”に向かう力が強い」

「国内は、既存の金融機関のイネーブラー(enabler、手助けする存在)や新規事業を共同で進めるパートナーとして、または要素技術の提供者としてやっているフィンテック・スタートアップのほうが、うまくいっているのではないかと思う」

一方、杉江氏は自社のサービスの特徴を「モノが届いた後に代金を支払う『後払い』には、『代引き』や『コンビニ決済』などがある。それらとPaidyの違いは、必要なのが電話番号・メールアドレスだけで、オンラインで完結する点にある」と述べ、さらに次のように語った。

「私たちのビジネスは必ずしも金融機関と競合するとは限らないが、代引きや請求書を印刷するサービスなどとは正面から競合する。そこで言えるのは、後払いに関わる業務をオンラインに置き換えることによって、時間を節約できるなどメリットは多い。その意味では、イノベーションの一つの形だと考えている。Paidyは成長過程にあり、エンドユーザーの数は400万人を超え、前月比40%で伸びている」

加藤氏「アニポスの取り組みは救えるペットの命を救うこと」

加藤氏は、既存の業務を効率するという観点から「ペット保険を使いやすくするために、今まで紙で請求していた業務を、アニポスは診療明細書を写真でアップロードするだけでペット保険金を請求できるサービスを展開している。審査(査定)もお手伝いできる。2020年10月にトライアルを開始したばかりだが、想定以上の反響をいただいている」と自社のサービス内容について述べ、次のような問題意識を共有した。

「アニポスのCEOはもともとクリニックを経営していた獣医師。起業の動機は、彼が、ペットの医療費が高額がゆえに治療を諦めてしまう飼い主や、ペット保険に入っているのに使わない人を見てきたこと。私たちの取り組みは、そうした状況を変え、救えるペットの命を救うことだ」

起業のタイミング、ビジネス機会の見つけるためのコツはあるのか?

次は「ビジネスチャンスの見つけ方」や「ユニークな着眼点」というテーマについて話し合われた。

杉江氏がPaidyに経営パートナーとして参画したのは3年前。既にユーザーを100万人抱え、スケール(急拡大)が始まろうとするタイミングだったという。モデレーターの堀氏が「銀行の新規事業として後払い決済サービスを始めなかったのはなぜか。なぜPaidyだったのか?」と問いかけると、杉江氏は次のように答えた。

「劇的なイノベーションの要素が2つあった。一つはスマートフォンだ。消費者の全員がスマホを持つということは、手元にスーパーコンピュータがあるようなもので、計り知れないイノベーションだと感じた。もう一つ、膨大なデータを扱えるAI(人工知能)技術に革新が訪れた。後払い決済サービスは、こうしたイノベーションの恩恵を受けるど真ん中のものだ」

「Paidyは、後払いの申請を受けてわずか0.5秒でイエスかノーかを返すという素晴らしいデータハンドリング技術を持っており、私が前職(銀行)でやっていたクレジットカードや消費者金融などのビジネスと比べて驚異のスピードだと感じた」

岩瀬氏「VCが惹かれるのは、原体験のある起業家の『課題解決したい』という強い思い」

続けて堀氏が同じように、今度は岩瀬氏に「既存金融機関の新規事業として生命保険を始めなかったのはなぜか。なぜライフネット生命での起業だったのか?」と尋ねたところ、氏はこう答えた。

「ベンチャーキャピタリストとなった現在、いろいろなビジネスの話を聞く機会が増えた。その中で『良いな』と思えるのは、当事者として非効率性やユーザーの不満を感じられるビジネスではないかと思う。頭の中だけの理屈や、供給者目線だけで考えたようなビジネスには魅力を感じない。起業家に原体験があり、その課題解決をしたい強い思いを感じるものに惹かれる」

「大企業の中でベンチャーのマインドを育むのは本当に難しい。香港に来て大手グローバル生命保険会社に入ったが、部署ごとのKPIにしばられることが多かった。ベンチャーのような長期的な価値創造とは異なると感じた。『もしもライフネットが大企業と組んでいたら』と考えてみても、やはりスピードを持った成長が難しかったのではないかと思う」

一方で、堀氏が「アニポスのユニークな着眼点は何か?」とトライアルのサービスを開始して間もない加藤氏に問いかけると、次のように述べた。

「保険といえば生保や自動車保険をイメージすることが多いが、アニポスがペット保険という切り口からビジネスを始めた点については、ユニークだと思う」

「私の前職は大手電機メーカーで、2G、3G、4G、5Gと次々とシステムを大刷新していく通信業界に長くいた。部署が変わり生命保険のシステムに携わった時に、20年前のソースコードがまだ動いていることを目の当たりにして驚いた。異業種からの視点だと、それがビジネス機会に見えることがあるのではないか」

少ない経営資源をどこにフォーカスするのか──急成長のポイント

続いて、議論は「急成長させるためのキーポイント」というテーマに移った。自らもVCとしてスタートアップの育成に取り組む堀氏は「フィンテックの代表的なビジネスは、トランザクション(取引)のボリューム(量)を多くして、手数料を取るものだ。その点、規模を大きくするためのスケール(急成長)がポイントになると思うが、どのように考えているのか?」と問いかけた。

杉江氏は、自身が入社してから3年でビジネス規模が約10倍になったと述べながら、急成長のフィンテック・スタートアップ特有の課題についてこう語った。

「まず直面しているのは、“テクニカルデット”(技術的負債)がまったく片付かないということだ。表面上は美しいサービスに見えるが、裏側ではまったくすべてがキレイに片付いているわけではない」

杉江氏「100億円の調達では『甘い」と思われる世界で戦っている」

「資金調達の面でいえば、Paidyは100億円の単位で資金調達をしているため『大型資金調達に成功』と言われるが、世界のプレイヤーからは『たった100億円で勝とうなんて甘いよね』と言われる。現実は、そんな“ウィナーテイクオール”(勝者総取り)の環境で戦わなければならない」

続けて、杉江氏はスケールするために自身が考えてきたポイントについて、こうコメントした。

「大事だと考えているのはプランA、Bという話ではなく、スーパーストレッチな(すごく背伸びした)OKR(Objectives and Key Results:目標と成果指標)だ。そのために万全な資金調達をする。そして人の採用も重要だ。目の前の課題を解決できる人材だけを採用していてはダメで、急成長のさなかにある18ヵ月後でも一緒に働けるかどうかを考えながら採用をしている」

「金融は先行者利益がある領域で、とにかく新しいことをやりがたる傾向にある。一方で、消費者に『クールなサービスだ』と思ってもらうことが必要であり、新しいものがたくさんあればいいわけではない。手数を増やすよりは、自分たちのブランドの軸を決めて、フォーカスすることが大事だと考えている」

岩瀬氏「良いプロダクトには他社が真似できない厚みがある」

取り組むプロダクトのあり方について岩瀬氏は、杉江氏が指摘したポイントに重ねて次のような見解を述べた。

「良いプロダクトには他社が真似のできないぐらいの厚みがある。シンプルなプロダクトのままで伸び悩んでいるスタートアップも多いのではないだろうか。たとえばアマゾンのジェフ・ベゾスがそうしているように、伸びている会社はとにかくプロダクトにフォーカスする。希少な経営資源を、どこにフォーカスするかがとても重要だ」

そうした意見に対し、加藤氏は「ペット業界自体は成長産業だが、ペット保険は頭数に対する加入率が10%を切っており、まずこの数字を伸ばすことが大事なのではないかと思った」と話して、共感の意を示した。

「金融ビジネスには外部の力が必要」──終盤のQ&Aセッション

イベントの終盤には、スピーカーが視聴者からの質問に回答。質問内容はさまざまで、たとえば、「日本の生命保険会社の商品は差別化できてないのではないか?」「中国で拡大する後払い割り勘保険は日本でもスケールするか?」「人材採用について工夫していることを教えてほしい」といったものがあり、活発に意見が交換されていた。

最後に、堀氏より「ITソリューションの取り組みをどう考えるか?」という投げかけがあり、杉江氏は「Paidyのコアプラットフォーム自体は100%クラウドだが、金融ビジネスは往々にして許認可のライセンスビジネスであることが多い。たとえ小さなフィンテック・スタートアップであっても、情報セキュリティのリスクへの対処、あるいは高いサービス品質保証(SLA)を求められる。内部リソースだけではなく、外部の力を借りることが必要だ」と答えた。

イベントは、「FINTECH STARTUP LIVE 2020」に協賛したデル・テクノロジーズ株式会社による映像で締めくくられた。

同社は、企業の相談相手であるデル テクノロジーズ アドバイザーたちの24時間365日のサポートにより、ウィズコロナ時代のあらゆるDX、ビジネスを支援している。今回は、DX推進により成長が期待されるフィンテック・スタートアップの「チーム」を支援するという同イベントの主旨に賛同する形での協賛となった。

文:久保田 大海
編集:濱田 優
画像:btokyo members