EC・決済・予約サービスを提供するヘイ株式会社CEOの佐藤裕介氏は、過去にフリークアウト、イグニスの2社の上場をけん引した経営者である。12月16日(水)には「テック企業の急成長」をテーマにしたオンラインイベントにも登壇する。

コロナ状況下でEC、スモールビジネス事業はどう変化しているのか? スタートアップを急成長させるための秘訣は何か? 佐藤氏に語ってもらった。

コロナ以後にECは「やって当たり前」の事業になった

2020年4月、私たちは予定していたとおり、スモールビジネスのEC事業を支援するSTORES.jpと、キャッシュレス決済サービスのCoineyを「STORES」というサービスブランドに統合、新たな体制をスタートさせました。おかげさまで新規の事業者にも多数ご利用いただき、想定していなかったほどのスピード感をもって成長することができています。

さらに2021年1月からは、グループ企業3社を吸収合併、heyへの一本化を実現し、EC、決済、予約の連携を強化。よりシームレスなプラットフォーム提供を加速させるというのが足元の方針です。

ただコロナの影響の長期化によって、ご支援していたお客様が事業をたたまざるを得ないような状況が目の前で起こったり、これまでのように気軽に対面で接点を持つことが難しくなったりといった事態に直面しているのも事実です。

急きょサービスの無償提供期間を導入したり、売上金入金サイクルを短縮したりと、さまざまな施策を実施しているところですが、自分たちのケイパビリティ(能力)がまだまだ十分でないことを実感させられた1年でもありました。

さとう・ゆうすけ)ヘイ株式会社 代表取締役社長/2008年、Googleに入社し、広告製品を担当。2010年末、COOとしてフリークアウトの創業に参画。また、株式会社イグニスにも取締役として参画し、2014年6月にはフリークアウト、イグニス共にマザーズ上場。2017年1月、フリークアウト・ホールディングス共同代表に就任。エンジェル投資家としても活動。(写真:多田圭佑)

そうした中で感じているのは、多くの事業者がデジタル領域のサービス拡充に急速にシフトし、リアルとデジタルの売上構造に変化が生じているということです。

たとえば、これまでであれば、実店舗を構えてスモールビジネスを展開する多くの方々にとって、デジタルストアというのはアップサイドの売上でした。実店舗の売上というベースの上に、ボーナスとしてデジタルストアの売上が乗っかるような形で存在していて、その売上というのは無理をしてまでとりにいく必要のないものだったのです。

しかし、コロナ禍を経て顕著になったのは、デジタルチャネルを持たないと既存の売上すらも目減りしてしまうという事実でした。アップサイドを狙うためにデジタルチャネルを持つのではなく、EC事業はやって当たり前、やらないと売上が減ってしまうという新しい局面を迎えているのです。

ECの出店場所には「百貨店」と「路面店」がある

これは裏を返せば、デジタルチャネルに注力する余地があることを意味しています。もちろん、厳しい状況下にある事業者も多い中、簡単なことではありませんが、低コストのマーケティングチャネルが普及している今、スモールビジネス、とくにD2Cブランドを展開するような事業者にとっては、チャンスでもあると考えています。

たとえば、インスタグラムをフォローしてもらえたなら、ストーリーズを1日5回更新して、ギャラリーで1本画像を公開することで、1日6回の顧客接点を持ち続けられます。しかも、それは開封される確率が高いメルマガのようなものであり、顧客とのエンゲージメントが強固になるわけですから、ソーシャルメディアが登場する以前と比べれば、革命的な状況といえるでしょう。

そうした環境下において、スモールビジネス事業者が意識すべきは、いかに既存のマーケットプレイスとは違う価値提供を行なうか、自分たちのブランドにしかない価値をどう表現できるかになります。

わかりやすく言えば、多くの事業者が出店するマーケットプレイスで「乾電池」といったコモディティ商品を検索した場合、顧客が考えているのは、「安さ」あるいは「製造メーカー」といったポイントであり、出店事業者名ではありません。必要なものが網羅的に探せる、あるいは価格順で表示できるというのは、1つの価値であることに違いはありませんが、D2Cブランドが提供する「こだわり」や「体験価値」というのは、そこでは表現しづらいわけです。

別の言葉でいえば、私はアマゾンさんや楽天さんというのは、「百貨店」のような機能を持っていると考えています。百貨店には、自分たちではアプローチできないような顧客の送客機能がある一方で、全体のコンセプトの決定権は百貨店側にあって、店子同士が競争環境に置かれたり、プラットフォーマーと店子との交渉力に格差が生じる可能性もあるわけです。

一方、私たちが提供するプラットフォームは「路面店」の機能に近い。私たちの顧客は事業者であり、最終顧客ではありません。ですから、決済会社としてトランザクションの正当性という責任はあっても、商売そのもの、その先にいる顧客への責任は事業者が持つ形になります。

つまり、路面店というのは自分たちのブランドの世界観をどこまでも追求できる場所であり、ロイヤルカスタマーを招待するのにもっとも適した環境を整えることが可能なのです。

大資本とは真逆にダッシュする

では路面店のビルダーとも言える私たちがなすべきことは何か。アマゾンさんや楽天さんというのは、いまのように大きくなるまでの歴史があり、すでに追いつけないほどの膨大なアセット(資産)を有しています。後発のプラットフォマーとして小さいことは不利なことばかりで、いいことはほとんどありません。だからこそ同じことをやっても意味がないのです。

私たちがやるべき唯一のことは、彼らとは真逆にダッシュして、オルタナティブ(選択肢の1つ)として社会的な価値、付加価値を生み出すことです。既存のアセットを抱える大資本には、私たちのように真逆にダッシュする合理性はありませんし、やるべきではないからです。

もちろん常に天邪鬼していればいいという話ではなく、振り子みたいになっている世界で、あちら側に糸がピンと張っている瞬間、真逆に走って価値が出るタイミング、テーマが存在する瞬間を見極める必要があります。

象徴的な例でいえば、近年、複数の有名ブランドがECプラットフォームから離脱するなか、これまで真逆を走ってきたShopify(ショッピファイ)が急成長しています。先日のブラックフライデー、サイバーマンデー期間のサードパーティーにおける取扱高がついにアマゾンを超えたという報道もあるほどで、潮目は確実に変わりつつあります。実際、私たちのサービスにおいても、2020年4月〜6月期のデータを見ると、食品ストアの開設数は前年同期比で13倍、流通額は3年弱で4〜5倍と推移しています。

世界が急速に変化し、ある意味でスモールビジネスが大資本と対等に競えるようになりつつある今、大企業にはできない領域で逆走するからこそ提供できる価値を、これからも事業者のみなさんに届けていきたいと考えています。

「ある意味でスモールビジネスが大資本と対等に競えるようになりつつある」(写真:多田圭佑)

佐藤氏も参加「テック企業の成長方法」を考えるイベント開催【告知】

ヘイ株式会社CEOの佐藤裕介氏、おつり投資「トラノコ」を展開するTORANOTEC株式会社取締役の藤井亮助氏、独立系ベンチャーキャピタルANRIシニアアソシエイトの江原ニーナ氏を迎え、大企業と戦うための「スタートアップの方法論」について議論を交わすオンラインイベントが12月16日(水)午後7時から開催される。

「FINTECH STARTUP LIVE 2020 大企業と戦う「スタートアップの方法論」──なぜテック企業は「急成長」を生み出せるのか?【Powered by Dell Technologies】」と題した本イベントへの参加は、事前申し込み登録により無料となる。

モデレーターはYJキャピタルの堀新一郎氏(代表取締役社長)。主催はbtokyo members、CoinDesk Japanがメディアパートナーを務める。デル・テクノロジーズ株式会社の協賛。

取材・構成:池口祥司
編集:久保田大海
写真:多田圭佑