ステーブルコインは静かにグローバル金融のルールを書き換えている。誰でも、どこからでも、瞬時に国境を越えて移動できるお金にアクセスでき、その仕組みは銀行の都合ではなくユーザーの利益を中心に設計されていると、クロスチェーンに特化したDeFiアグリゲーター「LI.FI」の共同創業者兼CEOのフィリップ・ツェントナー(Philipp Zentner)は語る。
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ステーブルコインこそが、暗号資産の真の成功事例だ。この6年でステーブルコインはいつの間にか不可欠な存在となった。2019年以降、ステーブルコインの取引は180億件にのぼり、264.5兆ドル(約3京9150兆円)を扱ってきた。理由は明快だ。ステーブルコインを使えば、ボラティリティを気にすることなくオンチェーンで資金を保有でき、暗号資産エコノミーにおいて価値を保存し取引する最も簡単な手段だからだ。
なぜ今、ステーブルコインが人気なのか?
米国でステーブルコインを発行する企業が急増しているのは、2025年7月にGENIUS(ジーニアス)法が成立し、ようやく発行者に明確なルールが示されたからだ。米国政府は初めて「誰がステーブルコインを発行できるのか」「『決済ステーブルコイン』とは何か」「消費者に対して、どのような義務を負うのか」を明確に定義した。
ジーニアス法成立以降、ウォレット企業のMetaMask(メタマスク)はmUSDを、米決済企業Stripe(ストライプ)は決済特化型チェーン「Tempo」を、USDCを発行するCircle(サークル)は決済向けの独自レイヤー1「Arc Network」を発表した。
買収合戦も激化している。Iron(アイアン)のようなステーブルコインインフラ企業は買収され、ストライプのような伝統的金融企業は、PrivyやBridgeといった暗号資産企業を買収して既存事業に取り込んでいる。
さらに、チェーン自体がステーブルコインを発行し、そこから得られる利回り収入を取り込もうとしている。MegaETHは独自ステーブルコインUSDmを、HyperliquidはUSDHを発行。この動きに対して、Paxos、Agora、Sky、Fraxが競って関与を試みるなど、熾烈な争奪戦が起きている。
このペースで進めば、暗号資産業界のあらゆる有力企業はいずれ、自社ステーブルコインを発行するかもしれない。では果たして、本当に「より多くのステーブルコイン」が必要なのか?
より多くのステーブルコインが必要な理由
- 金融包摂:銀行口座を持たない人の数は減少しているとはいえ、まだ13億人以上は金融アクセスを持たず、その多くは通貨体制が不安定な国々に住んでいる。ステーブルコインは国境に関係なく、24時間365日利用可能なお金を提供する。PayPal(ペイパル)のような企業が既存顧客に直接ステーブルコインを普及させれば、より多くの人がグローバルな暗号資産ベースのお金を利用することができるようになる。
- 通貨の多様性:現実の世界では1つの通貨だけが存在するわけではない。ドル、ユーロ、円など、多様な通貨がある。オンチェーンも同じであるべきだ。すべてがドル建てステーブルコインで決済されるなら、暗号資産エコノミー全体が米国の金融政策に依存してしまう。より多くのステーブルコインがあれば、単一の基盤への過度な依存を避けることができる。
- リスク分散:現在、ステーブルコイン市場は少数の大手プレイヤーの寡占状態にある。ステーブルコインの種類が増えれば、こうした集中リスクは低下する。仮にある発行体が技術的・規制的・財務的な問題に直面しても、ユーザーは代替手段に移行でき、広範なエコシステムを不安定化させずに済む。発行者が増えるほど、冗長性は高まり、システムはより安全なものになる。
ステーブルコインは静かにグローバル金融のルールを書き換えている。誰でも、どこからでも、瞬時に国境を越えて移動できるお金にアクセスでき、その仕組みは銀行の都合ではなくユーザーの利益を中心に設計されている。競争は増えれば増えるほど良い。暗号資産が世界経済を変えるなら、それは投機が原因ではない。ステーブルコインだ。


