ビットコインの生みの親、サトシ・ナカモトを知っている──。
そう語るのは、ビットコインの黎明期を知る数少ないエンジニアの一人、Uri Stav(ウリ・スタブ)氏だ。現在はAIによる没入型3D体験をグローバルに配信するプロジェクト「Mawari(マワリ)」のアドバイザーを務め、セキュリティや暗号技術の面でサポートを行っている。
スタブ氏は2008年のビットコイン誕生以前からサトシと交流があり、その非中央集権的な構想に深く感銘を受けたという。
現在、彼が関わるMawariは、Wi-Fiネットワークやデータストレージ、電力網といった物理インフラを、ブロックチェーンを通して分散的に構築する「DePIN(分散型物理インフラネットワーク)」分野の注目プロジェクトだ。昨年11月にはKDDIとパートナーシップに向けた基本合意書を締結し、話題を集めた。
DePINの要となるのが、ネットワークに参加する「ノード」である。プロジェクトを進める株式会社Mawariは8月23日、ノードをテーマにした説明会を都内で開催。その一幕として、スタブ氏に加え、CEOのルイス・ラミレス(Luis Ramirez)氏、Co-founderの谷田部丈夫氏らが登壇したセッションが行われた。
本記事ではセッションの模様をダイジェストでお届けする。
BFT問題を解決したサトシ・ナカモト
「全ての始まりは2003年だった」とスタブ氏は振り返る。
当時、彼はUsenetと呼ばれる掲示板システムで、数学者らと暗号技術を議論するコミュニティに参加していた。サトシ・ナカモトとのやりとりは、2006年のクリスマスから新年にかけて交わされたという。
サトシは「通貨の分散型システムを作れないだろうか」とコミュニティに問いかけ、議論は活発に展開された。スタブ氏は「今のビットコインの原型につながる発想だった」と当時を回想する。
ただ、同じような構想を持つ人はそれ以前にも存在した。しかし実現を阻んでいたのが、ビザンチン・フォールト・トレランス(BFT)と呼ばれる難問だった。
「ビザンチン障害耐性問題」とも訳されるこの課題は、一部のノードが故障したり虚偽の情報を流しても、残りのノードが正しい合意に到達できるかを問うものだ。分散システムの根幹に関わる数学的難問であり、これを克服しない限りビットコインのような仕組みは成立しないと考えられていたとスタブ氏は述べた。
この壁を突破したのがサトシだった。2008年、彼はプルーフ・オブ・ワーク(PoW)を用いてBFT問題を克服する仕組みを示し、同年10月にホワイトペーパーを公開する。その直前の8月末には、すでに草稿をコミュニティ内で共有していたという。
スタブ氏は「10回は読み返した。確かにBFT問題が解決されていると確信した」と当時の衝撃を語った。
英語ネイティブではなかった
スタブ氏によるサトシの回想は続いた。
ビットコイン最初のブロック「ジェネシスブロック(Genesis Block)」については、「公式には2009年1月3日とされているが、実際には1月9日だったと思う」と当時を知る立場から証言。さらに、その後の4カ月間、サトシはシステムを頑強にするために意図的にノード数を増やし、ネットワークを強固にしていったと説明した。ネットワークの過半数を支配することでブロックチェーンを改ざんする「51%攻撃」を防ぐための設計だったと指摘する。

スタブ氏によると、サトシは自身の思想や技術的な論点をオンラインフォーラムに記録し続けた。その対話は3万ページにも及ぶ膨大な量で、今も公開されているという。そして2010年11月、「次のプロジェクトに行く」との書き込みを残して姿を消した。しかし、2014年に一度だけフォーラムに現れたことがあったとスタブ氏は明かす。当時、日系アメリカ人の研究者をサトシだと断定する報道が相次ぎ、誤解を正すためだったという。
サトシの印象を問われると、「彼は完璧主義者だった」と評した。また、国籍などについて断定できないものの、彼とのやり取りからは「英語が母語ではない」ことが明らかだったとも振り返った。
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未だ、その存在が謎に包まれているサトシ・ナカモト。しかし、彼が残した思想と技術は現在も進化を続けている。スタブ氏がMawariに関わる理由も、サトシとの交流を通じて魅了された「分散型」の思想を、現実世界の物理インフラへと拡張するDePINの可能性にある。セッションでは、AI(人工知能)との連携やMawariが生み出す次世代のWeb3インフラとしての可能性に強く惹かれたことを明かしていた。
ビットコインがそうであったように、新たな分散型プロジェクトが社会の常識を変えるかもしれない。サトシの残した問いは、今も世界中のエンジニアの手で引き継がれている。
|文・橋本祐樹
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