AIとWeb3が社会に与える影響について考える「Japan Blockchain Week summit AI edition」が8月23日、都内で開かれた。世界中の起業家や開発者が集結した中に、NFTやメタバースを活用したデジタル資産の企画・開発などを手掛けるアニモカブランズ共同創業者兼会長、ヤット・シウ(Yat Siu)氏の姿もあった。
Coindesk JAPANはこの日、セッション登壇後のシウ氏に独占取材。世界の暗号資産(仮想通貨)市場に対する見方やトランプ政権の影響、日本市場への期待から同社が進めるメタバースプロジェクト「Mocaverse(モカバース)」が描く未来まで聞いた。世界のWeb3シーンをけん引する同氏のビジョンを、前編後編に分けてお届けする。
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ジーニアス法とステーブルコイン
──米国のWeb3や暗号資産をめぐる政治的な状況は、トランプ大統領によって大きく変化した。どのように見ているか。
シウ氏:全体的に言えば、非常にポジティブだ。特にSEC(米証券取引委員会)の影響が大きかったが、その姿勢も変わってきている。トランプ氏やその家族も暗号資産の普及に積極的だ。こうした米国の動きは他国にも影響を与え、世界各国が暗号資産を無視できない状況になっている。
現在、私たちが注目しているのは「GENIUS Act(ジーニアス法)」と「CLARITY Act(クラリティ法)」だ。ジーニアス法はすでに可決され、企業がステーブルコインを発行する道筋を示した。一方でクラリティ法はまだ成立しておらず、企業が資産をトークン化する枠組みは整備されていない。この枠組みが整えば、暗号資産企業だけでなく、大手金融機関や巨大企業も参入を検討するようになるだろう。
ジーニアス法が可決されたことで、アマゾンやウォルマート、グーグルやアップルなども「自分たちはどうやってステーブルコインを発行すればいいのか」と本格的に考え始めた。資産全般のトークン化については、クラリティ法が成立するまでは慎重な姿勢が続くはずだ。

もう一つの注目ポイントは中間選挙だ。一部では、与党が過半数を維持できず法案成立の力が弱まる可能性があるとの見方もある。この動きに各国も反応しており、中国はブロックチェーンに関する公式声明を出すなど、ステーブルコイン市場でもさまざまな憶測が広がっている。
──在住する香港の状況はどうか。
シウ氏:香港は中国にとって金融の玄関口だ。香港には独自のステーブルコイン法があり、アニモカブランズもスタンダードチャータード銀行とともに、ステーブルコインのライセンス申請者の一つとなっている。
私自身もWeb3に関する香港政府のアドバイザーを務めており、政府は非常に前向きだ。アジアにおけるマーケットシェアを、ますます拡大していくだろう。取引所FTXの破綻以前はシンガポールがアジアのハブだったが、暗号資産関連で銀行口座を開設するのが難しくなるなど、消極的な姿勢が目立つようになった。現在ではその役割を香港が担うようになってきている。
ステーブルコインは世界的に大きな話題となっている。日本でも、厳密にはステーブルコインとは言えないが、JPYCの発行が承認された。それに加えて、RWA(現実資産)のトークン化もホットなテーマとなっている。
大統領令と法律の違い
──トランプ政権は業界にとって追い風だと捉える人が多いが、リスクやマイナス面はないのだろうか。
シウ氏:もちろんある。例えば、「トランプコイン」や「メラニアコイン」といったミームコインの存在は明らかにプラスではないだろう。市場の流動性を一気に吸い上げてしまったうえで、トランプ氏は各国に対して次々と関税を課した。
ただ前政権と違うのは、暗号資産を狙い撃ちにしたものではないという点だ。一方で、トランプ氏の動きは暗号資産の成長を目的としているとは思えない。政策はあくまで政策であり、その結果として市場に影響を与える。
つまり私たちは、トランプ政権のメリットもデメリットもセットで受け入れるしかない。ただ少なくとも前政権のように迫害されることはなく、この分野で自由にビジネスを行い、オープンに活動できる点は保証されている。私は、これは結果的に「勝利」だと考えている。

トランプの一連の動きは今後も続くだろう。暗号資産は徐々に超党派的な支持を得つつある。ただ重要なのは、どこまでが法律として成立しているのか、どこまでが大統領令に過ぎないのかを見極めることだ。大統領令は新しい大統領の就任によって簡単に覆されるが、法律は簡単に変更できない。
トランプ氏は注目を集めたり、それを巧みにコントロールしたりするのが非常に上手い。関税の効果が薄れれば、彼は新たな手段に出るだろう。その「次の一手」がリスクになる可能性がある。
「資本に守られたシステム」
──ブラックロックのような伝統的金融企業による暗号資産・Web3領域への参入をどう見ているか。Web3の本来の理念である「分散化」と相反することにならないだろうか。
シウ氏:機関投資家の参入は非常にポジティブだと考えている。そして、Web3の理念に反するものではない。なぜなら、彼らがすべてのコントロール権を握っているわけではないからだ。例えばブラックロックがビットコインを大量に購入しても、ビットコインそのものが中央集権化するわけではない。彼らがマイニングパワーの51%を持っているわけではない。

どれだけ多額の資金を投じても、支配権を得られるわけではない。買えば買うほど価格は上がり、支配に必要なコストも増える。これこそ「資本に守られたシステム」の利点だ。暗号資産の使命である「分散化」や「価値の共有」は、すべての人が同じ価値を得ることを意味するわけではない。
資本主義の枠組みの中にある以上、価格のボラティリティや価値が人によって異なるという仕組みが存在するだけだ。だから私は、これを対立だとは考えていない。例えばETF(上場投資信託)によって、どれだけ多くの人々がビットコインを理解するようになっただろうか。暗号資産についての理解は、その資産を保有することから始まる。
とはいえ最大のリスクは、あまりに多くの資産が一社のカストディ(管理下)に集中してしまうこと。私はバイナンスやコインベースといった取引所の方が、エコシステムにとって大きなリスクだと考えている。なぜなら、彼らは第三者の資産を預かり、中央集権的に管理しているからだ。現状では、暗号資産保有者のうち実際にオンチェーンで活動しているのはせいぜい1割程度で、ほとんどの人が中央集権的な取引所を利用している。私たちが取引所を受け入れているのであれば、ブラックロックを受け入れることにも問題はない。
しかし強調したいのは、今後より多くの経済活動がオンチェーンに移行し、セルフカストディ(自己管理)が進むという点だ。つまり、結果として分散化がさらに進むと考えている。ただし、すべてを自己管理しなければならないと言っているわけではない。大切なのは十分な量がセルフカストディ化され、それが分散していることだ。
|インタビュー:橋本祐樹
|構成・文:橋本史郎
|撮影:多田圭佑


