ブロックチェーン分析企業チェイナリシスの共同創業者で、2024年12月にCEOに就任したジョナサン・レビン(Jonathan Levin)氏が来日した。北朝鮮グループによる大規模ハッキングやAIを悪用した詐欺の増加など、暗号資産(仮想通貨)を取り巻く脅威は日々進化を続けている。一方で、米国を中心に規制の明確化が進み、ステーブルコインや金融資産のトークン化といった新たなビジネス機会も広がりを見せる。
CoinDesk JAPANは7月、レビン氏に独占取材を実施。取引後の事後対応から事前の予防へとセキュリティの舵を切ったと強調した同氏に、業界が直面する課題と今後の成長性、さらに日本市場への期待について詳しく聞いた。
個人を標的とした盗難も増加
──2024年12月にCEOに就任してから、暗号資産を取り巻く犯罪の環境はどのように変化したと考えるか。特に注目している動きは。
レビン氏:暗号資産の取引全体が増加しており、そのなかで新たな課題も浮上している。特に注目しているのは2点だ。
1つ目は盗難の増加。今年の上半期ですでに、ユーザーや取引所から22億ドル相当(約3200億円、1ドル148円換算)が盗まれている。もちろん、この中には2月に起きたバイビット(Bybit)での15億ドル相当のイーサリアム(ETH)流出事件も含まれているのだが、特筆すべきは個人を狙った盗難も増えていること。2022年上半期と比べて、盗難額が約17%増加している。
当社はこうした課題に対応するため、サイバー攻撃や不正アクセスの検知を手がけるセキュリティ企業Hexagateを買収した。現在はDeFi(分散型金融)プロジェクトや取引所、ステーブルコイン発行元と連携し、盗難防止に取り組んでいる。

2つ目は、詐欺の蔓延。これは暗号資産業界だけでなく、従来の金融業界でも深刻な問題となっている。「うますぎる投資話」が典型だが、偽のチケットや存在しないペットなどを販売するオンラインのマーケットプレイスでの詐欺も横行している。当社はソーシャルネットワークやメッセージングアプリ、ウェブサイト上で個人を狙う詐欺を検出する企業Altariaを買収し、対策を強化している。
──北朝鮮のハッカー集団やAIを悪用した詐欺の手口はどのように巧妙化しているのか。
レビン氏:北朝鮮のハッキンググループは、マネーロンダリングにおいてますます巧妙な手口を使うようになっている。彼らは、資金を複数の異なるブロックチェーン間で移動させる「ブリッジ」やDeFi、KYC(本人確認)を行わない世界各地の取引所を悪用している。
当社はこうした動きに対抗するため、法執行機関や情報機関が複数のブロックチェーンを横断して資金の流れを追跡できるツールを開発した。複雑化するマネーロンダリングの手法を可視化し、資金の動きを理解できるよう支援している。つまり、犯罪者や国家主体の手口が巧妙化しているからこそ、当社の技術も常に進化し続ける必要がある。
事後対応から「予防」へのシフト
──あなたのブログには、チェイナリシスは「事後の調査」から「予防的なセキュリティ」へと移行する必要があると書かれていた。
レビン氏:当社はこれまで10年間、マネーロンダリングおよびテロ資金対策(AML/CFT)の要件に準拠できるよう、主に取引後の監視・調査を通じて業界を支援してきた。しかし現在、最大の課題は暗号資産の盗難と詐欺だ。いずれも個人が資産を失う深刻な問題だ。
そこで私たちの最大の目標は、盗難や詐欺によって失われる資金の量を減らすことにある。詐欺検知を強化し、ハッキングによる盗難を未然に防ぐことに注力している。もちろん全てを防ぐことはできないかもしれないが、万が一、被害が発生しても法執行機関が犯罪収益を調査・押収できるよう、引き続き支援していく方針だ。
──米国では、SEC(米国証券取引委員会)のタスクフォース設立やGENIUS法の成立など、規制当局による動きが進んでいる。日本を含むグローバルな暗号資産・Web3エコシステムにどのような影響を与えるか。
レビン氏:世界最大の資本市場を持つ米国の動きは常に注目され、その規制基準はしばしば他国にも波及する。ステーブルコインや暗号資産に関する明確なルールが米国で整いつつあることは、日本を含む各国に大きな影響を及ぼすだろう。

日本はステーブルコインや暗号資産に関して先進的な規制を整備をしてきた国だ。米国の規制進展は業界のイノベーションをさらに促し、日本でもステーブルコインなど新しい分野の動きが強まると考えている。
ステーブルコインと日本のIP
──日本の暗号資産市場について、どのような期待を持っているか。ユーザーや規制当局へのメッセージがあれば教えてほしい。
レビン氏:ステーブルコインが大きな役割を果たすと期待している。ステーブルコインや関連商品を通じて、日本の個人投資家が貯蓄や投資からより高い利回りを得られるようになるだろう。企業や銀行も、ステーブルコインを活用して個人の資産運用を支援する仕組みを検討するはずだ。これは日本の市場にとって非常に大きな変化になると考えている。
さらに、ステーブルコインは日本と海外とのデジタル商取引をよりスムーズにする。特に、日本が世界に誇るゲームやアニメ、音楽といった知的財産(IP)の取引において、ステーブルコインは自然な決済手段となり得るだろう。
また、暗号資産が資産クラスとして明確に分類されれば、米国市場で大きな影響力を持つETF(上場投資信託)のような商品が登場し、機関投資家の活動が活発になるだろう。もちろん、日本国内の暗号資産に対する課税の見直しも、市場のダイナミクスを変える重要な要素になる。
──AIの急速な進化は、日本のIPにも影響を与えている。AIがもたらすディープフェイクも話題だ。
多くの人がAIを使って日本のIPを生成し、新しいコンテンツを作り出している。
将来的には、大規模言語モデル(LLM)を利用する際に、クリエイターが少額でも報酬を受け取れるような、新しいインターネット上の仕組みが必要になるだろう。日本のアニメやゲームは世界に強い影響力を持っており、クリエイターに適切に還元できる仕組みが重要だ。すべてのコンテンツを完全に保護し、アクセスを制限することは不可能だからだ。
例えば、スタジオジブリの作品がAIによってコンテンツを生成する際の「素材」として使われた場合に、マイクロトランザクション(少額のデジタル取引)の形で収益が還元されるような新しい商取引モデルが必要になるだろう。
──個人的な質問だが、日本の文化やアニメは好きなのか?
レビン氏:大好きだ。特にスタジオジブリの映画が好きで、「もののけ姫」と「千と千尋の神隠し」がお気に入りだ。「もののけ姫」は、私が初めて見たジブリ映画であり、その魅力的なストーリーに心を奪われた。また、日本の音楽や音響デザインにも惹かれる。東京のジャズバーで聴くスピーカーの音はとても心地よい。ピアノ音楽の作曲や音作りにも独自の魅力がある。
日本文化が大好きで、この夏は日本での滞在を唯一の休暇として選んだ。

官民をつなぐ架け橋に
──暗号資産・ブロックチェーン業界にとって、今後の最大の可能性とリスクは何だと考えるか。
レビン氏:暗号資産のユーザー数は、10億人以上に拡大できる可能性を持っている。そのためには、日常の商取引で役立つサービスを提供することが不可欠だ。例えば、送金やブロックチェーンベースの金融商品を増やすことで、より幅広い層が自然に利用できるようになる。私は、ステーブルコインや株式、不動産といった金融資産のトークン化が、この成長を後押しする最大の要素だと考えている。暗号資産を意識して使う場合もあれば、単にテクノロジーの恩恵を受けているだけの場合もあるだろう。
一方で、成長を阻む最大のリスクはやはり盗難と詐欺だ。特に、リアルタイムで安価に、迅速に取引が行われる決済システムにとって、詐欺は深刻な問題となる。詐欺に対抗するには、詐欺師よりも速く動く必要があるため、私たちはテクノロジーを駆使している。
──チェイナリシスのCEO(最高経営責任者)として組織に根付かせたい文化や価値観があれば教えてほしい。
レビン氏:当社は、その国ごとに特化したやり方で向き合っている。日本では、政府の規制動向や市場動向を専門に扱うチームを置いている。私たちは、それぞれの国で「パブリックセクター(公共部門)とプライベートセクター(民間部門)の架け橋」となることを重視している。

私たちの目標は、リスクを軽減することで、業界全体がブロックチェーンの利点を享受できるようにすること。そのため、全員が「経済を活性化させつつ、人々を守る」というミッションにコミットしている。
また、私たちは強い危機感を持って活動している。動きの速いこの分野では、迅速に行動することが非常に重要だからだ。顧客が求めるソリューションに、迅速に対応できる組織であり続けたい。
──日本は重要な市場だと考えているか。また、2014年に創業してからの10年間を振り返ってチェイナリシスの変化したことがあれば教えてほしい。
レビン氏:チェイナリシスの始まりはマウントゴックスでの資金流出事件の調査だったため、日本とは非常に深い関わりと築き上げてきた関係がある。世界有数の経済大国である日本は、当社にとって戦略的に重要な市場でなければならない。
一般的に、企業が10年間も一つのミッションを持ち続けることは非常に稀なことだが、私たちは「人々が暗号資産をどのように、なぜ使うのか」を一貫して調査してきた。
つまりミッションは変わっていないが、大きな変化を挙げるならば「予防」への移行だと言える。これまでは、ブロックチェーン上に取引が記録された後の事後対応に注力してきたが、現在は、人々が適切な取引を行うことを確実にするよう努めている。これは私たちの考え方における大きなシフトであり、業界が強く必要としていることだと考えている。
|インタビュー・文:橋本祐樹
|撮影:CoinDesk JAPAN編集部


