創業300年を超える歴史を持つ衛生陶器メーカーを中核とする、ASAHI EITOホールディングス。同社は11月、暗号資産トレジャリー事業(DAT:Digital Asset Treasury)への参入を発表した。
その事業内容は、メタプラネット社に代表されるような「ビットコイン(BTC)の保有」ではない。
イーサリアム(ETH)とソラナ(SOL)、そして「Uniswap」や「Jupiter」といったDEX(分散型取引所)を活用した流動性提供(LP)を行うというものだ。
同社が11月21日に開示した資料によれば、第三者割当による新株予約権等の発行で調達する予定額は約30億円。そのうち約27億円を暗号資産の購入および運用費用に充当する計画だ。
2025年8月末時点での同社の連結総資産が約26億円であることを踏まえると、財務構成を大きく変える投資判断となる。
老舗製造業グループが、DeFi(分散型金融)の領域へこれほどの規模で資金を投じる背景には何があるのか。同社管理本部経営企画部マネジャーの森本氏へのインタビューと開示資料から、その意図と運用体制をレポートする。
製造業の限界とインカムゲインへの渇望
「本業はトントン近くまで持ち直したが、これからの収益性や中長期的な企業価値の向上を考えると、どうしても限界がある」
取材の冒頭、森本氏はグループの現状を率直に語った。
ASAHI EITOホールディングスは、創業300年の歴史を持つアサヒ衛陶を傘下に持ち、トイレや洗面台などの衛生陶器製造を主力としている。
しかし、グループ全体としては長年、営業損失の計上が続いており、決算短信には「継続企業の前提に関する注記(GC注記)」が記載されている状態だ。

「GC(ゴーイング・コンサーン)注記」とは、業績悪化などにより企業が将来にわたって事業を継続できるかどうかに重要な不確実性が認められる場合に付されるものであり、経営の立て直しが急務であることを示している。
国内のトイレ・衛生陶器市場においては、TOTOやLIXILといった巨大企業がシェアの多くを占めている。その中で、製造業単体での爆発的な成長を図ることは容易ではない。

「本業については、大手さんとは規模感からしたら『ゼロが3個違う』状態。長年やってきた中で、製造業でまた何かをするという考え方はなく、『金融』の括りの中でリターンを取れてフロー(収益)が生まれるものを考えてきた」
同社が求めたのは、単なる資産の保全ではなく、枯渇するキャッシュフローを補うための強力な「収益源」であった。
円安や原材料高騰に翻弄される製造業のリスクヘッジとして、法定通貨以外の金融資産、それも高い利回りを生む資産を持つことは、生存のための必須条件となっていたのである。
「ビットコインは既に多くの企業が扱っている」
多くの企業が財務戦略として暗号資産を導入する際、まずは「デジタルゴールド」としてのビットコイン保有から入るのが定石だ。
しかし、アサヒ衛陶のポートフォリオに「BTC」の文字はない。その理由を問うと、森本氏はこう答えた。
「一番分かりやすい理由は、ビットコインはいろんな企業が既に主な投資及び保有対象として公表しているからだ。後出しでは独自性もインパクトもない」
そしてもう一つの、より本質的な理由は「インカムゲイン(利回り)」への渇望だ。
ビットコインは保有しているだけでは金利を生まない。対して、PoS(プルーフ・オブ・ステーク)銘柄であるイーサリアムやソラナは、ステーキングやレンディング、そして流動性提供を行うことで、保有量に応じた報酬を得ることができる。
開示資料には、ETHとSOLをそれぞれ約50%ずつの比率で取得し、運用を通じて「年間利回り5〜20%程度」を目指すという、上場企業の計画としては極めて野心的な数値が明記されている。

「安定性や流動性、規模で言えばやはりイーサリアムだ。ただ、今後の成長性や資産としてのレバレッジ、そしてリターンを考えたら、ソラナの方がより攻撃的。この2つのバランスを取って注力しようと判断した」
価格上昇(キャピタルゲイン)のみに依存するのではなく、保有資産を活用して着実に収益(インカムゲイン)を積み上げる。この「実利」を追求した結果が、今回の脱・ビットコイン戦略であった。
「年利20%」を見据える流動性提供とは
ここで、同社が主力事業として掲げる「流動性提供(Liquidity Providing:LP)」について、その仕組みを整理しておきたい。
通常の中央集権的な取引所(CEX)とは異なり、管理者のいないDEXでは、ユーザー同士が直接売買を行うのではなく、「流動性プール」と呼ばれる資産の貯まり場に対して売買を行う。
このプールに資産(通貨ペア)を預け入れ、市場に流動性を供給する役割を担うのが「流動性提供者(LP)」だ。
LPは、トレーダーが売買するたびに支払う取引手数料の一部を報酬として受け取る。銀行預金のような固定金利ではなく、取引が活発であればあるほど実質利回り(Real Yield)が高まる仕組みであり、同社が掲げる「年利5〜20%」はこの手数料収入を原資としている。
取材の中で、記者は一つの質問を投げかけた。
日本の上場企業がプールを組むのであれば、会計上の管理や計算がしやすい「イーサリアムと日本円(JPY)」のようなペアを想定しているのか、と。
しかし、森本氏の回答は、日本企業の枠に囚われないものだった。
「僕らが専用のプールを作るわけではない。既に流動性が提供されているプール、例えば『イーサリアムとソラナ』や『イーサリアムと他のトークン』、あるいは『ソラナと他のトークン』のペアを活用していく」
DeFiの世界において、日本円(JPY)ペアの流動性は極めて限定的だ。収益を最大化するためには、BTCやETHといった主要暗号資産同士のペアで運用するのが王道である。
同社は、あくまで流動性が厚く収益機会のあるグローバルなプールを選択するという。
さらに森本氏は、運用スタイルについてこう付け加えた。
「単に入れるだけではない。どの価格帯(レンジ)で、どう攻めるかによってリターンは全く変わってくる。そこは投資ファンドのマネージャーのような視点を持ち、外部機関と協議しながら、相場環境に合わせて投資判断を行っていく」
この発言からは、同社がDEXにおいて特定の価格帯に資金を集中させる「集中流動性(Concentrated Liquidity)」のような仕組みを活用し、資本効率を最大化する運用を想定していることがうかがえる。
「収益最大化の前提として、段階的な資金投資、国内取引所やDEXといった複数の取引所への分散、投資対象となる暗号資産の分散による安全性を考えたリスクマネジメントをしっかり行うことも重要だと考えている」
資産を寝かせておくのではなく、市場の変動に合わせてポジションを調整し続ける。その姿勢は、製造業の管理部門というよりは、プロのトレーダーに近い。
ビットポイントとの業務提携
しかし、上場企業がDEXでアクティブな運用を行うハードルは極めて高い。秘密鍵の管理、ハッキングリスク、そして複雑な会計処理と監査対応。社内にブロックチェーンエンジニアを抱えているわけではない同社が、なぜここまで踏み込めるのか。
「社内にこの金融や暗号資産に長けているチームがいるかというと、正直ない。我々はこの分野の専門家ではなく、今は素人であることも事実だ」
森本氏は現状を率直に認める。だからこそ、自前主義にはこだわらず「外部パートナー」を徹底的に活用する体制を敷いた。
その中核となる提携先が、SBIグループのビットポイントジャパンだ。複数の暗号資産取引所から提案があった中で、ステーキング報酬のシミュレーションなど具体的な提案が先行していたことや、紹介の縁もあり、パートナーシップに至ったという。
関連記事:ステーキングや流動性提供も──大阪の住設機器メーカーがETHとSOLでトレジャリー事業開始、BITPOINTと提携
「セキュリティやリスク管理の観点から、国内大手取引所との連携は必須だ。しかし、それだけではない。DEXのプール運用に関しては、コールドウォレットでの管理を前提としつつ、提携先のツールを使って実行していく」
開示資料には、2025年12月から2026年にかけて約10億円を投じ、その後も段階的に投資額を増やしていく計画が記されている。運用費用として2000万円を計上し、外部アドバイザーや監査対応へリソースを割く。

今後の体制について、森本氏は「3カ月から半年で、スケーリングを持った運用チームを組織化する。リターンを取りに行く攻める気持ちと、しっかりとしたリスク管理による安全な運用ができる体制づくりという両面を見ながら進めていく」と構想を語った。
「異質」トークンが入る理由
ポートフォリオの中で異彩を放つのが、ソラナ基盤のトークン「Smart Pocket(SP)」への投資だ。時価総額や流動性が主要通貨に劣る新興トークンを、上場企業がバランスシートに組み込む例は稀である。

このSPに関連する「Japan DAO」とは、同社の代表や役員を通じて縁があり、事業参入を検討する段階からの議論のパートナーだったという。
森本氏は、日本発のIPコンテンツと連動する同プロジェクトへの関与について、単なる財務運用ではなく、長期的な成長を見込みプラットフォームに対する戦略的な「スタートアップへのシード投資」に近い位置づけだと説明する。
「流動性の安全面を担保できるサイズ感で分散投資していく。むしろそこはSPプラットフォーム内の個別トークンへの戦略的かつ短期的投資などで、上昇時にしっかりリターンを取りに行きつつ、SPプラットフォーム全体的な拡張、長期的な成長に寄与していく」
市場規模が小さいことを認識した上で、あえてリスクを取り、収益機会を模索する。エコシステムの成長を支援しつつ、トレーディングの観点も併せ持つ投資戦略だ。
老舗企業に暗号資産アレルギーはなかったのか
今回の資金調達スキームにおいて、行使価額修正条項付新株予約権(MSワラント)の引受先に選ばれたのは「EVO FUND」だ。
同ファンドは、メタプラネットやリミックスポイントなど、暗号資産活用を掲げる日本の上場企業の資金調達において、引受先としてたびたび登場する存在である。
また、創業300年の老舗企業でありながら、社内的なハードルをクリアできた背景には、同社の株主構成という特殊事情があった。
「弊社はガス事業を含めてシェアをお持ちいただいている主要株主が多く、その中には中国系の関係者が多くいらっしゃる」
森本氏によれば、こうした株主層は暗号資産に対するアレルギーが少なく、相場下落前の説明段階ではむしろ「行け行け」というムードですらあったという。
そして、同社が見据えるのは「トイレ」とのシナジーではない。今回、同時に資金調達の目的として掲げられた新規事業「希ガス(半導体・医療用ガスなど)」との融合だ。
「正直、トイレの便器と暗号資産のシナジーはない。しかし、希ガス事業は違う。様々な産業で必需品でありグローバルで大きな需要と流通マーケットが対象となる希ガスのトレーサビリティや、将来的な決済手段、先物取引において、ブロックチェーン技術との親和性はある」
新規事業である希ガスの日本国内に加えグローバルな輸出供給網において、そのトレーサビリティ管理や将来的な決済手段として、Web3の技術を実装していく構想だ。
トイレメーカーが挑むトレジャリー戦略:まとめ
総資産と同規模の資金を調達し、その大半をDeFi運用へ振るという財務戦略。円安や資材高騰といった構造的な課題に直面する日本の製造業にとって、この異例の挑戦は、現状打破の希望となるか。
もっとも、国内の「暗号資産トレジャリー(DAT)」を取り巻く環境は厳しさを増している。
リミックスポイントはWeb3関連事業への投資中止を発表。ネイルサロン運営のコンヴァノも、相場の急変を理由に2.1万BTCの取得計画を事実上撤回し、「本業回帰」を宣言した。
先駆者であるメタプラネットでさえ、2カ月以上にわたり新規購入の報告が途絶えており、mNAV(株式時価総額が、保有ビットコイン価値に対してどの程度評価されているかを示す指標)の伸び悩みや株価の低迷に直面している。
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リミックスポイント、Web3関連事業への12億円投資を中止
市場に冷ややかな空気が漂い始める中、同社の熱量は対照的だ。
取材の冒頭、森本氏は「我々は今は素人」と前置きした。
だが、「まずは、調達資金のうち約27億円をフル活用して、年20%のインカムゲインを目指す」と目標を掲げ、流動性プールのペア構成やその運用メカニズムについて語る姿は、もはや「素人の域にはない」と記者は感じた。
本資金調達の払込期日は、本日12月8日。
創業300年の老舗トイレメーカーが、長年流れ続けてきた赤字を、DeFiで食い止め、大きな企業価値向上を目指す、大胆な企業変革と収益追求の戦いが始まる。
|文:栃山直樹
|画像:アサヒ衛陶ウェブサイトから(キャプチャ)


