【特集】中国のデジタルシルクロード:構想から7年で築いたもの

中国の絹を運ぶキャラバンが初めて古代ローマに到着した時、女性たちのファッションの世界に大流行が巻き起こった。議員や将軍の妻たちは、そんなに光沢のあるものを見たことも、触れたこともなかった。中国の上流階級と同じように、絹を富のシンボルとして、絹のローブに金で刺繍を施し、墓までそれを着ていった。

2015年、中国はデジタルシルクロード構想を発表した。そのホワイトペーパーには、様々なテクノロジー・コミュニケーションプロジェクトが記されていた。しかし、絹の役割をするものがあるとすれば何なのか、はっきりとはしていなかった。

今では、国際的な交易ネットワークの発展を絹の糸が推進したのと同じように、中国のデジタル人民元が、国際的な金融システムを織り上げるかもしれないことは明らかだ。最初の道はすでに出来上がっている。発展途上国は人民元を自国通貨のように受け入れており、アジアやそれ以外のより富裕な国々は、好むと好まざるとに関わらず、中国と競争するために、独自のデジタル法定通貨を検討している。

政府指導者たちは「トンネルの終わりに光を見ており、電車がその光だ。彼らの方に向かって走ってきているのだ」と、トロントにあるブロックチェーン・リサーチ・インスティチュート(Blockchain Research Institute)のドン・タプスコット(Don Tapscott)氏は話す。

金融のプライバシーから国際的な力の均衡まで、あらゆるものに影響が及び、失敗の代償は大きい。「中国が中央銀行デジタル通貨で勝利すれば、アフリカ、東南アジア全体へと展開していくだろう」とタップスコット氏。「人民元は記録のための通貨となり、そこで世界におけるアメリカの覇権は終焉する」

より高速、より安価な通貨

デジタルシルクロード構想は、2013年に発表された中国の国際インフラ計画「一帯一路構想」の欠かせない要素だ。透明性には欠けるが、驚異的な範囲に及ぶこのプロジェクトは、アジアからヨーロッパに至るかつてのシルクロードと同じ大陸をまたぐルート、そして18世紀後半にそれに変わった海上航路に広がる、開発・投資のための推定1兆ドル規模の構想だ。中国によれば、140カ国が参加している。

プロジェクト管理の視点からは、一帯一路構想とデジタルシルクロード構想には、共通の頭痛の種がある。時代遅れで、しばしば効果のないバンキングシステムとの戦いだ。

中国政府はデジタル人民元を、この問題への解決策であると同時に、2つの構想の届く範囲を相互に強化する方法だと考えていると、ロサンゼルスにある、アジアでのビジネス戦略のコンサルティング企業社長、スタンレー・チャオ(Stanley Chao)氏は指摘する。

「バンキングシステムが整っていない新興市場においては、取引の清算に1週間かかることもあり、すべてを遅らせる」と、チャオ氏は言う。「中国はデジタル通貨を解決策と見ている。支払いは一瞬になるだろう。仲介業者がいないため、取引手数料もほぼゼロになる」

「中国がどこかの時点で、『1つの通貨でいこう。取引手数料や第三者のバンキングシステムのコストが大幅に節約できる』というような貿易協定を結ぶことも考えられる」と、チャオ氏。「アジアだけでなく、アフリカ、東欧、アフリカ南部にも、そんなアイディアに飛びつく国が存在する」

この推測はすでに現実となっている。2019年12月には、中国・パキスタン経済回廊と呼ばれる540億ドル規模のプロジェクトを円滑に進めるために、パキスタンが人民元を2つ目の法定通貨にすると発表した。この役割は長年、ドルが務めていたものだ。それから半年後には、トルコ・テレコムが人民元を重要な支払いに使うことに合意した。

中国の見方では、デジタル人民元は好循環を促すことになる。人民元で勘定決済する国が増えれば増えるほど、中国の経済的影響力の範囲をさらに拡大するネットワーク効果も増大するのだ。

National Bureau of Asian Researchによると、2000年〜2015年の間に、人民元での中国の貿易決済はほぼゼロから、同国の貿易の全体の3分の1近く、1兆1000億ドルまで増大した。しかし、戦略国際問題研究所の中国プロジェクトによると、2021年になっても、世界的な国際支払いのわずか2.5%しか人民元では処理されていない。一方の米ドルは39%、ユーロは36%となっている。つまり人民元には、成長の余地がかなりあるということだ。

同調圧力

多くの国々にとって、独自デジタル法定通貨を開発することは、中国のものを採用するより魅力的だ。中央銀行の中央銀行、国際決済銀行(BIS)による2021年1月の調査によると、65のメンバー国家のうち、86%は中央銀行デジタル通貨(CBDC)を検討しており、60%はすでに実験を開始、14%はパイロット実施中であった。

CBDCに対する関心は、経済の規模や発展の度合いに関わらず、あらゆる国々に共通する。2020年10月バハマは、米ドルにペグされたCBDC「サンドドル」を発表。同じ月には、カンボジアが「バコン(Bakong)」を始動した。これは、カンボジアリエルと米ドルのどちらの取引にも対応する、「ハイブリッドCBDC」と形容されている。

東南アジア最大の経済を抱えるインドネシアの中央銀行総裁は5月、デジタル通貨を発行する計画を明らかにした。韓国も8月のパイロットテストに向けて、CBDCを準備中だ。

一方、シンガポールは、ブロックチェーン基盤の金融構造の実験を完了している。その中には、アメリカの大手銀行JPモルガンと、シンガポールに拠点を置くグローバル投資会社テマセク(Temasek)と共同開発した、国境を越えた決済モデルも含まれていた。

「中国のCBDCは本当に、この地域で同調圧力を生んだ」と、ブロックチェーンソフトウェア企業コンセンシス(ConsenSys)のアジア担当マネージングディレクター、チャールズ・ドゥハウシー(Charles d’Haussy)氏は述べる。

コンセンシスは、オーストラリアと香港の中央銀行のためのCBDCプロジェクトに取り組んでいる。「企業や、規制当局に受け入れられていることを示す、業界における大きなシフトだ」

しかし、前進を続けながらも、一部の中央銀行は中国のリードを追いかけることを余儀なくされていると自覚し、気乗りしていないことを明らかにした

日本経済新聞社と金融庁が2021年3月に開催した、金融とテクノロジーのカンファレンスの場では、日本銀行総裁の黒田東彦氏がデジタル円を、積極的な選択というよりも義務という感じで表現した。

「各国中央銀行は、将来的にCBDC発行の必要性が生じた時に、初めてCBDCの検討を始めるのは適切ではないという見解を共有している」と、黒田氏はコメント。

通貨のデジタル時代に引きずり込まれていると日本が感じているとしても、それは日本だけではない。インドは10年前、中国に対する経済的、政治的競争相手と考えられていた。しかし、2030年には世界第3位になると予測される経済をもってしても、インドは中国にテクノロジーの面で遅れをとっている。

世界レベルのテクノロジー系大学、大量のエリートプログラマーを抱えながらも、インドは、ビットコインのような民間暗号資産への敵対心を中国と共有しながら、未来のインフラとしてブロックチェーンを受け入れるような態度は共にしてはいない。

インドはそれでも、ネットワーク効果が効いていることは認識しており、最近では、政府発行のデジタル通貨の新しい世界へと勇敢にも足を踏み入れた。インド準備銀行は今年2月、CBDCが「バンキングシステムの仲介業者排除のリスクをもたらす」とするレポートを発表し、その数日後には、同行総裁がデジタルルピーに「私たちは十分な関心を寄せている」と認めた。

「中国やその他の国々が中央銀行デジタル通貨に取り組んでいる今、インドも間違いなくやる気を起こしている」と、インド最大級の暗号資産取引所ワジールX(WazirX)の創業者兼CEO、ニシャル・シェティー(Nischal Shetty)氏は述べる。同氏は関連する規制の問題について、幅広く発言している。(インド当局は6月、マネーロンダリングにワジールXが使われた可能性について捜査を行なっていると、シェティー氏に通告した)

インドと中国の間でのCBDCをめぐる競争は、健全なものだと、シェティー氏は述べる。「世界のより多くの国が(CBDCの)実験を行うことを望んでいる。そうなれば、他の国すべてが参加する動機付けとなるからだ」と述べるシェティー氏は、インドはこれから2年間で、CBDCにおいて大きな前進を遂げると予測している。

SWIFTシステムが直面するリスク

CBDC開発に向けた各国中央銀行のすばやい動きは、ある疑問を提起する。国境を越えた取引や決済のデジタル化は、1973年以来、グローバルな通貨の流れの中心となってきた、銀行間取引コミュニケーションの支配的なグローバルネットワーク、SWIFTの役割にどのような影響を与えるのだろうか?

今年2月、4つの中央銀行が、SWIFTシステムを仲介として使わずに、国境を越えた貿易でデジタル通貨を利用することに向けた最初のステップを踏んだ。中国、香港、タイ、アラブ首長国連邦の中央銀行間の取引の架け橋となる、「m-CBDC(複数CBDC)」と呼ばれるパイロットプロジェクトを発表したのだ。商業用デジタル通貨取引における技術上、規制上の痛点を特定することを狙ったこのパイロットには、世界中の政府から注目が注がれている。

「国境を越えた取引のための共有インフラ構築のために4つの異なる中央銀行が協力するのは初めてのことだ」と、ドゥハウシー氏は言う。「中国のリテール型デジタル人民元に次いで、2021年においてデジタル通貨という点では最も野心的な概念実証だろう」

m-CBDCの発表から3カ月後、SWIFTはコンサルティング会社アクセンチュアと共同で、国境を越えたCBDC決済に対応する方法を提示する文書を発表。言外に、CBDC登場後も意義を保ち続けることができると示唆した。SWIFTは「中立的で通貨にとらわれない」とうたい、「すでに存在している物を一から再発明することにメリットはほとんどない」と主張した。

どちらかといえば、すでに存在しているものの再発明こそが要点のようである。「古いシステムの中で新しいタイプの通貨を使っては、デジタル資産の価値提案のすべてを引き出すことができないだろう」と、ドゥハウシー氏。「通貨を再発明する時は、世界のエコシステムを再考する良い機会だ」

偶然にも、これがまさに、グローバル金融秩序におけるSWIFTの役割の衰退で最も失うところが大きな国、アメリカの最大の懸念事項だ。

|翻訳・編集:山口晶子、佐藤茂
|画像:Shutterstock
|原文:The New Silk Road: A Special Report