金融緩和という壮大な社会実験を経たビットコインの未来とは──慶應義塾大学 坂井豊貴教授【2024年始特集】

昨年11月、NHKでビットコインの生みの親「サトシ・ナカモト」をテーマにした番組が放送された。企画段階から関わり、出演シーンが番組の流れをナビゲートするような役割を担ったのが慶應義塾大学経済学部教授の坂井豊貴氏だ。2020年1月に年始のインタビューに登場していただいてから4年。その間のビットコインや暗号資産の動きをどう捉えていたのか、現在の状況をどう考えているのかを聞いた。

金融緩和の壮大な社会実験

──昨年11月にNHKでサトシ・ナカモトをテーマにした番組が放映されました。企画段階から関与され、出演シーンも多くありましたが、反響はいかがでしたか?

坂井:暗号資産・ブロックチェーン仲間が結構見てくれました。ビットコインをはじめ、暗号資産やブロックチェーンにハマって一番良かったことは同好の士と会えたこと。価格が上がるのもいいですが、下がったときも「冬は冬で楽しい」などと話します。そうした人たちが「面白かった」と言ってくれたことがうれしかったですね。

──「暗号資産の冬」と呼ばれた時期から、少し雪が融け、春が来ている感じがします。またWeb3に注目が集まっているタイミングで、NHKがビットコインの可能性やインパクトを伝えたことは非常に意義深いと感じました。

坂井:前回、新年特集のインタビューを受けたのが2020年の1月。ビットコインは当時、80万円くらいでした。今は円安とはいえ、600万円ほど(インタビュー時)。価格はひとつの目安にすぎませんが、隔世の感があります。

あの番組については、ゴールデンタイムにNHKでビットコインの特集が組まれたことに、大きな時代変化を感じます。4年前、ビットコインの話をするときは、ビットコインを正当化せねばなりませんでした。「ビットコインは決済に使えない」などと言われたときは、半ば言い訳のように「価値の保存ができる」と言ってました。それが4年経った今、価値の保存という当時は2番目くらいに考えられていた機能が、実は非常に重要だったことが明らかになりました。

──金融緩和のなか、価値を保存できる金やビットコインの価格が上がっていきました。

坂井:私たちはコロナ禍で、金融緩和の壮大な社会実験をしてきました。マーケットに流通するお金の量が大きく増え、世界的に物価の上昇、つまり貨幣価値の下落が起こりました。「量を自由に増やせるものは、量が増えるたびに、価値が薄れていく」「価値の保存ができない」ことを目の当たりにした。こんなことは経済学以前の話で当たり前なのですが、実際に体験したのは大きいですよね。知識と体験では、体験の方がはるかに深いから。そう気付いた人たちが、金(ゴールド)やビットコインを求めました。

──決済手段としての用途は重要ではないのでしょうか。

坂井:決済で使えることは魅力になるけれど、必ずしも決済で使わなくてもよい、くらいに考えています。金(ゴールド)は決済で使えません。いちいちミリグラム単位で削って使うわけにいかない。だから金との差別化という点で、決済の用途は重要だと思います。つまり私はビットコインを「決済にも使える価値の保存手段」のように捉えています。

RWA、Tシャツからスーツへ

──前回インタビューに出ていただいた後、ビットコインは2021年はバブル、2022年に崩壊して、2023年はネガティブな雰囲気でスタートしながらも、徐々に根強い回復を見せてきました。そういう状況をどんなふうにご覧になっていましたか。

坂井:ビットコインは2022年秋にFTX事件で暴落し、2023年の正月頃は230万円を切っていて、「さすがにこれは安すぎる」と思いました。個人投資家にとって「冬」は、そう悪い時期ではありません。機関投資家のように他人様のお金を運用しているわけではないので、「これはバーゲンセール」と信じられるなら自己責任で買えばいい。「尻尾はくれてやる」ことが大事で、尻尾の230万円で買えた人はそういないでしょうけど、300万円や400万円で買えていれば十分ハッピーでしょう。

──この一年でビットコインは大きく上がり、円は下がりました。

坂井:つくづく思うのですが、「利確」って何なのでしょうね。価格が上がったビットコインを円に換えれば「利確」というわけではありません。この1年で円はずいぶん下がったわけだから。米ドルにすることが「利確」だとも思えない。物価は上がって、米ドルの実質価値は下がったわけだから。

──ビットコインのマキシマリストには「ビットコインこそが利確。出口。イグジット」と言い切る人もいます。

坂井:その意味は分かるのですが、そこまで言い切るには私は信仰が足りません。日本円だろうがビットコインだろうが、結局お金は人の幸せに換えないと「利確」にならないのではないでしょうか。幸せそのものは売ってないので、売っているものだと不動産、しかも投資用ではなくて居住用を買うことは、わりと利確に近いのかなと思っています。不動産でなくてもよいのですが、楽しい暮らしとか、快適な生活の基盤に換えることが真の利確だと思います。

──その意味では、今、不動産を裏付けにしたセキュリティ・トークン(デジタル資産)市場が成長しています。不動産を対象にしたことが、日本人にとって受け入れやすかったのでしょうか。

坂井:むしろ現実世界の資産、いわゆるReal Word Asset(RWA)を裏付けにしようとしたときに、不動産以外は難しいのだと思います。何か新しい価値を裏付け資産にするとしたら、新しい事業を作らねばなりません。それと比べると、すでに存在する不動産をトークンに紐付けることは比較的容易です。

──新しい事業を作って、その価値をトークンと紐づけるようなWeb3事業とはどのようなものでしょうか。

坂井:今、私は「ONGAESHI」というWeb3プロジェクトにコミットしています。教育と採用のプロジェクトです。大まかにいうと、投資家が教育サービスの受講権NFTを購入し、それを受講したい人に貸し出します。そのNFTを使って学んだ受講者がこの仕組みの中で就職した場合、就職先の企業がプロジェクトに対して手数料を支払い、その一部が投資家のリターンになります。このサイクルが上手くまわると、受講者は負担なしで教育を受けられ、企業は優秀な人材を確保でき、投資家はリターンを得られます。この受講券NFTはRWAの一種ですが、教育と採用の新事業を作れないとプロジェクトは成立しません。

──ONGAESHIでは事業はどこが作っているのですか。

坂井:Institution for a Global Societyという企業です。教育や採用の実業で、高い実績があります。2010年に福原正大さんが創業した若い会社ですが、すでに東証グロースに上場しており、いわゆるスタートアップ企業ではありません。私はRWAは、スタートアップ企業にはハードルが高い領域だと考えています。トークンの裏付けとなる実物をもってきたり、実業を作ったりするのが非常に難しい。

──最近、銀行や商社等の大企業がweb3領域に参入してきています。

坂井:最近ブロックチェーン界隈に、Tシャツよりもスーツ姿の人が増えたように思いますが、そうした背景があるのでしょう。不動産のような実物や実業の裏付けを持たないトークンは、価格の維持が大変です。ビットコインは実物や実業の裏付けをもたない貨幣ですが、価格が基本的に右肩上がりなのはあれが特別な「スーパーブランド」だから。犬コインや「電子ゴミ」みたいなトークンも私は好きですが、それらはビットコインのようにはなれない。

カオスな時代の終焉

──若い世代にとっては、ある意味、残念なトレンドにも思えます。

坂井:暗号資産の界隈は、無名の若者が頭脳と野心で駆け上がるカオスな時代が終わったように思います。若い人をディスカレッジしたくないのでもう少し丁寧に言うと、そういう人はこれからも現れるだろうけれど、そういう人たちが多く現れて時代を動かすというようにはならない、という意味です。かつて、カオスな時代に参入した人たちは、私が知る限り今も楽しそうにやっているし、財産や地位を築いた人も多い。「Tシャツばかり着ていた人が、スーツも着るようになった」ケースでしょうか。

ブロックチェーンは今後、主にRWAで使うものになると思います。主人公はスタートアップではなく、大手企業になるでしょう。

──将来、ブロックチェーンは特にどういった用途に有用だと思われますか。

坂井:カーボンクレジットです。温室効果ガスを削減したら生成できるクレジットで、トークンのようなものです。完全に電子的に発行するので、トークンとアセットの紐付けが不要で、用途は「バーン(焼却)」です。例えば、温室効果ガスを1トン排出した人が、1トン分のトークンを買って、バーンするのが用途です。

今、世界には何百か何千かのカーボンクレジットが存在していて、スマートコントラクトでの売買に向いているし、バーンは暗号資産でよく行うことです。パリ協定は、2050年までに温室効果ガスの純排出量をゼロにする目標を立てています。今後のブロックチェーン利用の本命ではないでしょうか。

──将来に向けた取り組みといえば、DAO(分散型自律組織)に関する規制整備が自民党web3PTを中心に進められています。DAOについては、どのようにお考えですか。

坂井:DAOは、私は好きですが、実はそれほど期待していません。組織にはビジョンが不可欠で、ビジョンを浸透させるための制度も必要です。少人数のうちは問題がなくても、人が増えるにつれて、いろいろな考え方を持った人たちが入ってきます。

企業であれば、教育を担当する部署など社内体制も必要になる。DAOがそうしたものを持てるのか、どれくらい持続可能な組織を作れるのか。これは今後の社会実験を見るしかないと思います。DAOや税制改正など、Web3をめぐる最近の自民党の取り組みは素晴らしいと思っています。与党がこういう新しいというか、ラディカルなことを考えてくれると、日本の未来は明るい気がしてきます。日本は悲観論が蔓延しているように思えますが、実は政治家を含め、いろいろなところで人が育っていたり、現れたりしていると思います。Astar Networkを牽引する渡辺創太さんや、ONGAESHIの福原正大さんは、その好例でしょう。私ももっと頑張らないといけないと感じます。

──ビットコインは「究極のDAO」という言い方もあります。

坂井:ビットコインくらい目的が簡単であれば、ああいうDAO的な運営ができるのだと思います。通貨の維持管理という目的ですね。しかし例えば、国際送金のように複雑な事業をDAOでできるようには思えません。各国の金融当局と粘り強いコミュニケーションを取ったり、各国のコンプライアンスを守ったりといった複雑な作業は、既存の大手金融機関の得意分野です。「DAOでしかできないこと」がDAOの領分になっていくのだと思いますが、やはりパブリック・ブロックチェーンの維持管理が、その本命になっていくのかなと思います。それはやはりビットコインのように、DAOである必然性があるから。

「怪しい」は「新しい」の裏返し

──アカデミアでのビットコインの見方や評価も4年間で変わったのでしょうか。

坂井:残念ながら、4年前と変わっていないと思います。経済学者でビットコイン好きを公言しているのは、今も私くらいでしょう。名前をあげることは控えますが、アンチビットコインだった経済学者の人たちは、依然としてアンチビットコインです。彼らは本当に頑固だと思いますが、収益機会を逃したという意味で、頑固でいることの費用は結構高くついたのではないでしょうか。

──中央銀行出身の方にビットコインをはじめ、暗号資産にあまり肯定的ではない方が多い印象があります。

坂井:その傾向はあると思います。見ている世界が違うのでしょうね。では、どちらの世界観がより正しいのか。結局ビットコインはアセットなので、価格が上がったか下がったかで判断するのがフェアではないでしょうか。それが答えです。

──ビットコインはいよいよアメリカで現物ETF(上場投資信託)が承認される可能性が高く、今後多くの人に受け入れられそうな様子です。「怪しい」と見る向きは減っていくのでしょうか。

坂井:ビットコイン現物ETFが承認されることは、ビットコインが既存金融の中にも位置を得るということで、大きな節目になると思います。「怪しい」についていうと、いまだ多くの人がそう感じる理由として、「新しい」があるでしょうね。生物というものは基本的に保守的なんです。大抵の新しいものを、「怪しい」と警戒する。これは進化の過程で身につけた性質で、サバンナで新しいものを見かけたら、警戒しないと生き残っていけない。ただ、資本主義はサバンナではない人工空間です。サバンナをサヴァイブするための本能は、必ずしも資本主義のサヴァイブには向いていません。

──2024年、暗号資産、ブロックチェーンに期待することはどんなことでしょうか。

坂井:冬の時代を頑張ったプロジェクトが次々成功すると良いですよね。ただ、他者のプロジェクトに期待するよりは、私は自分が関わるプロジェクトや企業を成功させたいです。先ほど申し上げたONGAESHIプロジェクトと、オンチェーンデータの活用を進めるChainsightプロジェクト、そして長く関わっているWeb3スタートアップGaudiyの成功に貢献したいと考えています。他人ではなく自分に期待することの方が、個人の自律を尊ぶビットコインやWeb3の基本姿勢と調和します。

4年前ビットコインについて語るときは、もっと「ムキになって」ビットコインの持つ可能性などを説明せねばなりませんでした。いまはもうその必要がない。楽と言えば楽ですが、以前より面白みが減ったともいえます。好ましい変化であることは間違いありません。

坂井豊貴
慶應義塾大学経済学部教授。ロチェスター大学経済学博士課程修了(Ph. D)。レーティング・アルゴリズム、集団の意思決定、市場ルールなどの設計を研究。経済学のビジネス実装を行うEconomics Design Inc.を2020年に共同創業、取締役に着任。22年よりプルデンシャル生命保険株式会社・社外取締役を併任。Astar Network、Chainsight、Gaudiy、ONGAESHIなどのWeb3事業にメンバー、アドバイザー、エンジェル投資家などの立場で関与。主著『多数決を疑う』(岩波新書)は高校教科書に掲載。ビットコインに関する著作に『暗号通貨vs国家』(SB新書)。

|インタビュー・文:増田隆幸
|写真:小此木愛里