イーサリアム・スケーリング、どこで間違えたのか?

米デンバー州で開催されたイーサリアム・カンファレンス「ETHDenver」の後、ロールアップ・エコシステムは、ロールアップ分野で拡大するステート(すべてのアカウントと残高だけでなく、あらかじめ定義されたルールに従ってブロックごとに変化し、任意のマシンコードを実行できるマシンステートを保持する大規模なデータ構造)の断片化問題に対処するためにカンファレンスで議論されたいくつかの新しくエキサイティングなアイデアに沸いている。

このカンファレンスでは、リーダー、開発者、ビジョンを持つ人々が、2020年からのロールアップ中心のイーサリアムのロードマップを再考し、それ以来、業界としてどのような道を歩んできたのか、新しいロードマップがレイヤー2エコシステムの爆発的な成長にどのようにつながったかといった点を振り返った。実際、レイヤー2のTVL(預かり資産)は、この1年だけで230%以上も増加している。

このような成長とともに、モジュラー・スケーリング・デザインという次の自然な進化ステップが生まれた。モジュラー型ブロックチェーン(すなわち特定の機能の実行に特化したネットワーク)は、より安価なトランザクションに対する短期的な需要に応え、まったく新しいアプリケーション設計を提供しているが、デンバーに集まったオピニオンリーダーたちは、モジュラー・スケーリングがもたらす未解決の課題がまだ存在することに全会一致で同意した。

これらの問題は、イーサリアム・エコシステムに新たなロールアップが導入され、機能分割の問題が複雑化したときに特に顕著となる。

イーサリアムのロールアップ・アーキテクチャの現在の技術的な問題について、イーサリアム財団の開発者ジャスティン・ドレイク(Justin Drake)氏が次のように最も的確にまとめている。我々はステートの断片化の問題を抱えていると。

モジュラー・スケーリングはどこで間違ったのか?

完璧な世界では、イーサリアムのスケーリング・ソリューションは、ネットワーク上のトランザクションのシームレスな交換とリアルタイム決済を可能にするUniversal Synchronous(汎用同期)のコンポーザビリティを維持する。しかし現実には、各ロールアップはサイロ化された環境内に存在し、他のロールアップの状態もイーサリアムも把握していない。

こうした断片化は、イーサリアム・エコシステムの本質的なネットワーク効果を根本的に損ない、相互運用性プロトコルの複雑さ(とリスク)を高め、開発者とユーザーのエクスペリエンスを悪化させる結果となる。

さらに悪いことに、価格に敏感なアプリケーションは、汎用ロールアップでの渋滞料金を回避するためにアプリ固有のインフラストラクチャを実行することを余儀なくされ、断片化問題をさらに悪化させている。

なぜ、このような事態に陥ったのだろうか?

ネットワーク効果で妥協

グローバルステート(すなわちイーサリアムが「世界のコンピューター」であるという考え方)の本質的なネットワーク効果について妥協していることがおそらく、モジュール型ブロックチェーンがスケーリング・ソリューションの究極の理想であるという約束を果たせない、より明白な理由の1つだろう。

第1に、レイヤー2エコシステム全体での統一された流動性の欠如は、取引、スワップ、ステーキングのために、単一のネットワークを利用しようとするユーザーにとって参入障壁となる。

アプリの創設者や開発者にとってのもう1つの参入障壁は、さまざまなチェーンにユーザーが分散していることだ。つまり、アプリの創設者や開発者は、特定のチェーンにそのアプリが必要とする適切なユーザーがいるかどうかを自問自答する必要がある。

例えば、あるWeb3アプリの創設者が取引手数料の安さと評判の高い「スケーラビリティ」を求めてチェーンXに展開しようと考えたが、チェーンXは時間をかけてDeFiユーザーにサービスを提供してきた場合、ユーザー層は適切だろうか?

レイヤー2が誕生する以前は、アプリの創設者はユーザー層について疑問を抱く必要はなく、イーサリアムのメインネットに展開するだけでよかった。すべてのユーザーは、単一のブロックチェーン上に存在していた。

しかし現在では、モジュール型ブロックチェーンによって、無限のアーキテクチャの可能性が広がり、その結果、単一の独立したステートやアプリに特化したチェーンの中で、ニッチな垂直的利益に合わせたチェーンが形成されることになった。

このことは、アプリ特化型チェーンのカスタマイズにそれだけの価値があるのか、という疑問を呼び起こす。

相互運用性の複雑さ:終わりは来るのか?

ブリッジのハッキングにより、暗号資産(仮想通貨)業界全体で28億ドル(約4116億円、1ドル147円換算)以上の資金が失われている。今日、ユーザーはブリッジのハッキングに鈍感になっている。残念なことに、レイヤー2ステート断片化の現状を無視し続け、解決策のコンセンサスを得られないままでは、ハッキングは増える一方だ。

相互運用性を解決することは常に極めて困難であり、すべてに対応できる万能薬のような解決策は存在しないことに注意することが重要だ。

しかし、レイヤー2エコシステムが成長し、アプリに特化したブロックチェーンが数多く誕生している現在のスピードを考えると、相互運用性とステート断片化の問題はエスカレートし、さらに複雑化する一方である。

エクスペリエンスの低下

上記の点を踏まえると、相互運用性の複雑さは、任意のネットワーク上で開発する開発者にさらなるフラストレーションと断片化をもたらすだけだ。開発者は、展開したアプリケーションがうまくスケーリングするかどうか、低いトランザクションコストを維持できるかどうか、そして最終的にユーザーのニーズを満たせるかどうかを心配する必要はないはずだ。

簡単に言えば、開発者のマインドは、次の10億人のユーザーをWeb3に取り込むためのアプリケーションを開発することだけに集中すべきだ。 しかし現在、開発者はシームレスなユーザー体験を提供するために、複雑なネットワーク抽象化に対処しており、これは結局のところ、開発者の力を分散させ、不必要な作業負荷となる。

同様にユーザーは、アセットブリッジング、ウォレットネットワーク管理、そしてこの断片化された状態に対処するためだけに大量の取引手数料を扱うことを含む、クロスチェーンでのやり取りの複雑さに対処することを余儀なくされている。

開発者は、暗号資産のパワーユーザーだけでなく、クロスチェーンでのコミュニケーションに必要な無限のステップにすぐに怖気付き、イーサリアムのエコシステムに完全に背を向けてしまうような、暗号資産に興味津々の新参者のためにも、スケーリングソリューションの導入に注力する必要がある。

モジュラースケーリングのこれから

その責任は、渋滞料金の軽減に失敗し、料金に敏感なアプリケーションに、アプリ固有のインフラに移行する以外に選択肢を残さなかったレイヤー2自体にある。

次のサイクルが近づくにつれ、雪だるま式に悪循環が起こるだろう。レイヤー2の渋滞料金が増加すればするほど、より多くの開発者がアプリ固有のインフラを選択せざるを得なくなり、ステートの断片化に関連する(すでに蔓延している)問題を悪化させる。

数年後、レイヤー2がステートの断片化を解決できないことがイーサリアム・エコシステムによるアプリケーション支配の没落につながったとしても不思議ではない。イーサリアム・エコシステムを開発しているすべてのロールアップ界の友人、同志、仲間たちへ。

我々はもっとうまくやる必要がある。

|翻訳・編集:山口晶子、増田隆幸
|画像:Markus Spiske/Unsplash(CoinDeskが加工)
|原文:Where Did We Go Wrong With Ethereum Scaling?