ディーカレットDCP副社長がHashPort取締役副社長COOに転身──デジタル通貨からウォレットへ【時田一広氏緊急インタビュー】

トークン化預金(銀行預金をトークン化したデジタル通貨)の最前線で活躍していた人物が、アンホステッド・ウォレットにそのフィールドを変えた。
デジタル通貨DCJPYを推進するディーカレットDCPで取締役副社長COOを務めていた時田一広氏が、HashPort取締役副社長COOに就任した。DCJPYは昨年8月に商用化第1弾となるデジタルアセットのトークン決済取引を実現し、9月には親会社のディーカレットホールディングスがDCJPYネットワークの事業基盤強化のために総額63.49億円を調達したばかり。まさに「これから」というタイミングでの転身は驚きだ。
HashPortへの転身の理由、新たに担う役割、目指すビジネスについて、時田氏に聞いた。
デジタル通貨で1つのマイルストーンを達成
──HashPort取締役副社長COO就任のニュースは業界に波紋を広げている。転身の経緯・背景を聞かせてほしい。
時田氏:少し長くなるが、2018年にディーカレットを創業、さまざまな価値をデジタル資産にして交換できる価値交換プラットフォームを作りたいと考えた。暗号資産やステーブルコイン、あるいはセキュリティ・トークン(ST)のようなさまざまなデジタル資産がインターネット上で交換されていくだろうと考えた。当時は規模としては暗号資産が先行していたので、暗号資産交換業の認可を取得して事業を開始した。
一方で2018年、19年頃はステーブルコインはまったく見通しがついていなかった。だが、法定通貨が使えない限りは、デジタル資産の世界は広がっていかないだろうと考え、2020年からデジタル通貨に取り組み、個人も法人も使えるものとして、銀行預金をブロックチェーン上でトークン化することに取り組んだ。トークン化預金と呼ばれるものだ。
取り組みを進める中で、日本ではステーブルコインの規制が整備され、並行してセキュリティ・トークンは発行額が増えてきた。そして昨年8月、DCJPYは商用化第1弾として環境価値のデジタルアセット化とトークン化預金の決済取引を実現。この先、DCJPYを発行する銀行が増え、利用者が増えていく環境が整ったことで大型の資金調達も実現できた。デジタル通貨で実現しようと考えたことの、まだ普及には途中のマイルストーンだが、大きな一歩が達成できた。
もちろん、このままデジタル通貨をやり続けていく選択肢もあったが、一方で日本はまだ、デジタル資産を一般の人たちに利用してもらう環境が整っていないという課題がある。規制の問題だけでなく、商習慣やデジタルに対する親和性などがハードルになっている。
しかし、グローバルでみれば、メタマスクのようなアンホステッド・ウォレットが普及し、DEX(分散型取引所)の取引シェアも高い。デジタルアセットにはさまざまな商品が存在し、トークンはボーダレスに流通している。グローバルと日本には、大きなギャップがある。法定通貨型のデジタル通貨は1つの必要要素だが、もう少し幅広い活動をしていく必要があると感じていた。
──HashPortのアンホステッド・ウォレットへの取り組みが、それにあたるということか。
時田氏:HashPortはアンホステッド・ウォレットに関して、今まさに「大阪・関西万博」で大規模な社会実験のようなことを行っており、暗号資産・NFTの取引経験や年齢などに関係なく、多くの人たちに「EXPO2025 デジタルウォレット」を体験していただいている。万博を訪れる不特定多数の人たちに使っていただく取り組みをしている。Web3の普及にはこういう取り組みこそが重要だと考えている。
時間はある程度必要だろうが、さまざまな法人や個人の皆さんが銀行口座を持っているのと同じようにウォレットを持ち、ウォレットの中に保有しているトークン化預金、ステーブルコイン、セキュリティトークン、暗号資産、NFTなどのデジタルアセットを利用してビジネスや生活をする世界が必ずやって来る。
グローバルでは暗号資産を使えるクレジットカードも多数出ている。当然、個人の保有資産の中で暗号資産が増えていけば、暗号資産を使った決済のニーズが出てくるのは自然なことだろう。このようなユースケースに対して機能を実装してマーケットに対して広くアプローチして行く必要がある。そして私もそこにフィールドを移して活動していきたいと考えた。
日本の現状に対する危機感を共有

──デジタル通貨の取り組みは、1つの目処が付いたということだが、周囲は驚いたのではないか。
時田氏:「ずっとディーカレットでデジタル通貨に取り組むものと思っていた」とおっしゃった人は大勢いた。社内では「なぜ辞めるのですか」とダイレクトに聞いてきた人もいた。
トークン化預金は、商用化までのハードルは非常に高いものだった。誰もやったことがなく、預金をブロックチェーンに乗せていいのかという根本的な疑問は、銀行はもちろん、当局や預金保険機構のような重要な役割を担う関係組織にもあり、さまざまな論点の協議を行ってきた。利用者となる企業にとっては、会計的には預金と同じ扱いのままで何も変える必要はないが、このあたりも会計監査法人と対話をしてきた。
DCJPYを発行する銀行は、デジタルバンクを標榜されているGMOあおぞらネット銀行からスタートしたが、発行する銀行は増えていく予定だ。銀行が増えれば、銀行間決済も今の仕組みよりも効率的になる。その意味では、現状の金融インフラの課題に対して1つの解決方法を示せたと考えている。だが実は、1年くらい前は他に移ることはまったく考えていなかった。
──何か心境の変化が生まれるきっかけがあったのか。
時田氏:1つは、代表の吉田から強いアプローチがあった。大阪・関西万博での取り組みやグローバルと日本のギャップ、飛び級的な進展を見せる新興国の状況などについて話をした。今の日本のように暗号資産を避けていては、Web3はなかなか広がらない状況になるという危機感を共有した。
HashPortの取り組みは、Web3の世界を実現するための課題解決の1つになる。特に若い世代にとって暗号資産は長期の資産形成における重要な選択肢として提供すべきものだと考えた。
ポイント経済圏を持った企業にアプローチ

──HashPortでの取締役副社長COOとしてのミッションはどういったものになるのか。
時田氏:ビジネスの責任者というポジションだ。HashPortがどういうビジネスを、どういうマイルストーンで進めるのかについて計画を策定し、達成していくことが私のミッションになる。具体的には、アンホステッド・ウォレットをどういうプロダクトにして、誰に、どういう形で、いつ、どのぐらいの規模で展開するのかなどビジネス全体の推進が私のメインの役割であり、経営全体では吉田の補佐的な立場と理解している。
HashPortは、大阪・関西万博の終了後も「EXPO2025 デジタルウォレット」のユーザーをそのまま継承し、サービスを提供できる立場にある。1つは、それを生かしたBtoCの事業展開がある。だがBtoCを我々の力だけで拡大していくよりは、さまざまなパートナー企業との連携で、我々のウォレットに繋いでいただいたり、あるいは裏側はHashPortのウォレットだが、表の看板・名称は各社のものとしていただくことも可能だと考えている。ポイント経済圏を持っているさまざまな企業がパートナーになると想定してアプローチを始めている。
すでにポイントで暗号資産投資ができるサービスを提供している企業はあるが、ビットコインに限られるなど、サービスとしてはまだ限定的。グローバルで見たときには、裏側にDEX(分散型取引所)があって、非常に安価な取引コストで投資が可能になっている。現状だとDEXの利用はかなり難易度が高いが、我々はアンホステッド・ウォレットを通じたDeFi(分散型金融)連携を提供したいと考えている。
いきなり高額な取引ではなく、まずは広く体験していただくことが重要と考え、ポイントで投資できるなど、法制度、規制面の確認を取りながらプロジェクトを進めている。いろいろなパートナー企業と親密に事業連携することで、数百万人、数千万人の利用を目指していきたい。
──パートナーとの連携を図るときに、これまでディーカレットDCPでさまざまな企業との連携を進めてきた経験が活きてくる。
時田氏:吉田や株主からはそこを期待されていると考えている。BtoBは信頼関係を築き、双方の利益をバランスしながら、長期的に継続できる関係を作ることが大切。10年、20年という関係を作っていくことが必要で、そこは私のこれまでの経験が生きると考えている。
DEX、DeFiへのアクセスをわかりやすく提供

──ポイント経済圏を持っている企業がターゲットとのことだが、そうした企業は限られていて、すでにそれぞれウォレットの取り組みを始めているのではないか。
時田氏:すでに始めている企業はあるが、既存経済圏との連携が十分に行われている状況ではなく、試行的な段階と捉えている。今後の広がりで見直しのタイミングが必ずあると考えている。
しかも我々は、数十種類のトークンのスワップができたり、ステーキングもできるようにしていく。少し先になるだろうがイールドファーミングも視野に入っている。この中には、従来の暗号資産取引所では難しいようなサービスもあるだろう。我々が目指すのは、未体験のユーザにこうしたサービスへのアクセスを切り開くことであり、マーケットへのアプローチは大きく違う。
現在、クレジットカード会社やQRコード決済企業などにもサウンディングしながら、プロダクトのデザインをアップデートしてアプローチしている。Web3やDEX利用は、まだ本格的な普及の段階ではなく、我々にも十分にチャンスはある。
──DEX利用、広くいえばDeFi(分散型金融)への取り組みは吉田氏も最近、言及していた。規制の問題はないのか。
時田氏:現状、個人が自分の環境で利用することは制限されていないと認識している。だが、利用環境の難易度が高く、かなり詳しい人でないと手が出せない。私も自分で始めたときはよくわからなかった。数カ月やってみて少し理解できた。
DeFiの構造は複雑で、いきなりチェーン毎に異なる「アンホステッド・ウォレット」や「DEX・アグリゲーター」と言われてもわからない。そうした環境のハードルを我々のアンホステッド・ウォレットのUXで解消していきたい。
また暗号資産・電子決済手段仲介業の法整備の検討も進んできたので、仲介業を登録してサービス展開する選択肢もあり得る。国内の電子決済手段や暗号資産の取引とDEXで行う取引をシームレスにつなぎ、例えば、我々が仲介業者として国内の電子決済手段業者で日本円をステーブルコインに変えてDEXに接続し、そこで運用した資産をまた日本円に戻すユースケースなどが考えられる。
「曲がり角」を明確にするとゴールも明確に

──ビジネスと少し離れたテーマになるが、これまでCxOや経営者としてキャリアを重ねてきた中で、組織運営やリーダーシップに関して大事にしてきたことはなにか。
時田氏:新しい分野で事業を行うことは常にチャレンジだ。当たり前のことや正論を言っても結果が出なければ意味がない。また常に目的を意識して仕事をしないと、パフォーマンスやゴール達成に大きな影響が出る。目的とその目的を達成する意識を大事にしている。
また、スタートアップは外的要因に影響されることも多い。HashPortの場合、大阪・関西万博そのものが大きく成功するか、期待値を下回るかによって、この先のストーリーが違ってくる。そうした場合に「何を目指していたのか」「結果はどうだったのか」、その結果を受けて「何を変えていくのか」が明確に意思決定されていくことも重要だ。うまく行っても、行かなくても、明確に意思決定を行い、「曲がり角」を明確にすることが重要。曲がり角をはっきりさせると次のゴールもはっきりする。
──外部からHashPort、あるいは吉田氏を見ていたときと、実際に中に入ってみて違ったことはあるか。
時田氏:やはり違いはある。吉田は外から見ていると非常にホスピタリティに溢れた人物だが、中に入ると、活発にアクションを取っていて、そのアクションは、彼の中でさまざまな積み重ねから生まれてくるアイデアがベースになっている。
だが一方で、吉田が1人で先に進み、皆が一生懸命それに付いていくような状況も生まれる。スピード感を求めるスタートアップにはよくあることで、中心であるリーダーの歯車だけが先行してしまっているようなイメージだ。吉田がスピードを上げたときに、組織全体でスピードアップしたり、ときには適正なスピードに落として歯車を噛み合わせえることが必要だと考えている。
ステーブルコインの登場は大きなチャンス
──Web3マスアダプションに向けて、今何が足りなくて、何が必要と考えているか。
時田氏:足りないのは、わかりやすい「キッカケ」だけだと思う。新しいアプリをリリースしても、なかなかダウンロードしてもらえない。やはり馴染のあるもの、いつも使っているものから接続されている、あるいはエンベデット(組み込み)されている方が使いやすい。「QRコード決済アプリでビットコインを購入する」などのイメージだ。だからこそ、ユーザーにとって親和性のある連携が必要だと考えている。
吉田はよく、ペイパル(PayPal)とストライプ(Stripe)のビジネスモデルの違いについて話をしている。ペイパルはユーザーが意識して使っているが、ストライプは事業者のサービスに組み込まれていて、ユーザーは裏側の決済事業者を意識せずに使っている。決済やポイントアプリなど、ユーザーが普段使いしているアプリから違和感なく入っていくアプローチのサービスモデルで事業展開することが重要だと考えている。
あと1つだけ補足すると、ステーブルコインの登場はデジタルアセットの活用や普及にとって非常に大きなものだ。法定通貨と同様の価値を持つステーブルコインがあることで「軸」が生まれ、暗号資産、NFT、セキュリティ・トークン(ST)と、スマートコントラクトでシームレスに交換して資産運用ができる。またこの先、アンホステッド・ウォレットが進化することでステーブルコインの利用環境が整備されユースケースも広がっていくはずだ。
この分野で1、2年のうちに何かしらの成果を示したいと考えている。期待してほしい。
|インタビュー・文:増田隆幸
|撮影:CoinDesk JAPAN編集部