18万台接続の米DIMOが日本上陸──車をスマホ化するDePINプロジェクトの正体とは【DIMO JAPAN代表・林氏に聞く】

米国発の自動車向けDePIN(分散型物理インフラネットワーク)プロジェクト「DIMO(ディーモ)」が、日本市場へ本格参入した。6月には提携する博報堂キースリーとともに、日本法人「DIMO Japan」の設立を発表。世界有数の自動車メーカーが集まる日本での展開に期待が高まっている。

DIMOはドライバーから収集した走行距離や整備履歴などの車両データをブロックチェーン上で管理し、誰もが活用できる共通インフラの構築を目指すプロジェクトだ。米国ではローンチから2年で接続車両を18万台まで拡大してきた。

EV車はAPI、ガソリン車は専用デバイスを通じてネットワークに接続し、ドライバーはデータ提供の見返りとしてトークン報酬を得られる仕組みだ。

CoinDesk JAPANは7月、DIMO Japanの代表CEOに就任した林亮氏に単独インタビューを実施。日本法人立ち上げの背景から今後の戦略まで、DIMOが描くモビリティの未来図について聞いた。

中古車事業からDIMOへ

DIMOは「Digital Infrastructure for Moving Objects」の略で、「動くモノのためのデジタル基盤」を意味する。車をスマートデバイスと位置づけ、APIを通じて多様なアプリと連携することで、新たな顧客体験の創出を狙うプロジェクトだ。

林氏は通信業界でキャリアをスタートした後、日本の中古車企業に転じてアフリカでのマイクロファイナンス事業の立ち上げに携わった経歴を持つ。現地では中古車のローン販売を展開しながら、事業の子会社化や資金調達にも取り組み、ベンチャーキャピタルとの交渉も経験した。

そのなかで「車を金融商品として捉える視点」が評価され、「Web3やブロックチェーンと組み合わせれば、より可能性が広がる」と助言を受けたことが、自動車・金融・テクノロジーの融合に対する関心を深めるきっかけとなったという。

当時の日本では、中古車販売大手のビッグモーターによる修理費の水増し問題やコロナ禍による供給遅延などで市場が混乱。納車の長期化や業界構造への疑問が高まるなか、「クルマ×Web3」の可能性を模索していた林氏はDIMOの存在を知る。

「DIMOの構想は、自分が描いていたビジョンと強く重なっていた」と語る林氏は、創業チームとの対話を目的にニューヨークを訪問し、DIMOへの参画を決めた。

関連記事:DePIN、自動車所有の喜びを取り戻す:DIMO創業者が語る車とトークンの未来

スマホ化されていないクルマを変える

林氏が問題視していたのは、「もはやコンピューターと同じ」と言っても過言ではない現代のクルマが、なぜスマートフォンのように自由にデータを活用できないのかという点だった。

多数のセンサーとソフトウェアを搭載する車両は、日々膨大なデータを生み出している。しかし、その多くはユーザーが自由にアクセス・活用できる環境が整っていない。

「本来、車もApple Watchのようにできるはず」と林氏は言う。ドライバーがリアルタイムの車両情報を確認できるというわけだ。

〈現代のクルマはコンピューターと同じだと語った林氏〉

DIMOは、車両データをユーザー主導で管理・活用できるインフラの構築を目指し、トークン報酬によってデータ提供のインセンティブを設計。事業者ごとに分断されてきた車両情報を横断的に活用できる土台を築こうとしている。

DIMOトークンは米国ではCoinbaseなど複数の取引所に上場済みで、売買も可能。林氏は、日本でも今後の展開を見据え、取引所での取り扱いに向けた準備を進めていると話した。

林氏はDIMOの目指す方向性に、かつて通信業界で目にした「ガラケーからスマホへのパラダイム転換」と同じ熱量と可能性を感じている。当時、閉鎖的だった携帯端末がAPI公開によって開かれ、開発者によるアプリ開発が一気に進んだように、モビリティの世界でも同様の変革が訪れることを期待している。

AIが保険料や売却の判断をサポート

車両がDIMOネットワークに接続されると、走行距離やエンジン状態、バッテリーの劣化度合などがブロックチェーン上に記録される。ドライバーは自身の車のリアルタイムの状態を可視化できるだけでなく、同意のもとで保険会社や整備業者といったサードパーティと共有することも可能だ。

車のデータは、保険、整備、リース、ライドシェアなどあらゆる分野と関係しており、それらが相互につながることで新たなサービスや産業が生まれる余地は大きい。

実際、米国では走行データをAIが分析し、現在の保険料が適正かを評価したり、中古車相場と照らして「今売却すればローンを差し引いても利益が出る」といった提案が行われているという。今後のユースケースとしては、タイヤの摩耗やバッテリーの劣化具合に応じた交換タイミングの通知やEVの充電ステーションの提示、安全運転に関するAIからのアドバイスなど予防整備や運転支援にも応用が期待される。

林氏は、こうした取り組みの根底にある価値観として「データ主権」の重要性を強調。車両データの所有権を誰が持つのかを問い直し、その価値をドライバー自身の手に取り戻すことこそが、DIMOの目指すエコシステムだと語った。

EV普及が進まない日本での挑戦

DIMOは今、なぜ日本市場への参入を決めたのか。

DIMOの接続台数は約18万台に達し、そのうち30%をEVが占める。API連携による簡単な接続が可能なことが背景にあり、テスラや韓国の起亜といったメーカーが上位を占める。

一方、日本は約8200万台の車両を保有する自動車大国で、乗用車だけでも約6200万台にのぼるが、EVの普及率は欧米に比べて低い。林氏によれば、国内のテスラ車は4万台に満たないという。

DIMOにとって日本市場の最大の課題は、依然として主流であるガソリン車の存在だ。林氏は「ガソリン車をどうスマート化していくかが、日本展開の鍵になる」と語った。

〈ガソリン車をDIMOネットワークに繋ぐための専用デバイス、DIMO LTE R1:DIMO JAPAN提供〉

DIMOでは、ガソリン車に接続できる専用のOBD(On-Board Diagnostics)デバイスが用意されており、ガソリン車もネットワークに取り込もうとしている。車両に備え付けられた端子に挿し込むだけとシンプルで、2008年以降の車両であればほぼ全て対応可能だという。

このデバイスは米国ではAmazonなどで購入することができ、価格は100ドル(約1万5000円、1ドル150円換算)ほど。現時点では日本国内での販売ルートは確立されていないが、「国内向けの入手方法を検討中」だと林氏は話した。

さらに、日本では個人情報保護やプライバシーに関する規制が厳格なため、DIMO JAPANでは国内法に準拠したデータ管理体制の構築や、ユーザー向けアプリ・デバイス体験の最適化にも取り組んでいる。2025年中に複数の機能リリースを予定しており、2026年には独自アプリの本格ローンチも控えている。

DIMOを運営するDIMO Foundation(DIMO財団)と今年2月に提携した博報堂キースリーは、博報堂グループが持つ広範なネットワークを生かし、特に自動車メーカーとの関係性を軸にDIMOの成長を後押しする考えだ。

関連記事:博報堂キースリー、自動車データDePINプロジェクト「DIMO」と提携──日本市場進出を支援

道路会社や中古車ディーラーとの連携

林氏は、今後のユースケースとして、道路会社による路面状況の検知や中古車ディーラーによる査定の高度化、JAFのような修理業者との連携などを挙げる。特に、中古車購入直後のユーザーにとっては、車両状態を「見える化」できる点でDIMOの価値を実感しやすいとし、まずはアーリーアダプターや新しいもの好きの層からの浸透を目指している。

〈林氏は日本市場での挑戦に意気込みを見せる〉

当面の課題は、日本での接続台数拡大と国内暗号資産(仮想通貨)取引所にDIMOトークンを上場させることによる流動性の確保だ。林氏は、日本のEV普及やデータ利活用の遅れの背景には、ガソリン車とハイブリッド車による成功がもたらした「イノベーションのジレンマ」があると指摘。今後はトークン経済とユースケースの創出を両輪に、取り組みを本格化させていくと話した。

誰もが知る「クルマ」という身近なテーマを扱っているからこそ、「DIMOはDePINプロジェクトの中でも伝わりやすく、意義のある取り組みとして共感を呼べる」と林氏は語った。

日本独自の規制や産業構造、ユーザー意識に対応しながらも、DIMO Japanはデータ主権とWeb3の思想を武器に、車を起点とした新しい暮らしとモビリティ社会の実現を目指している。接続台数の拡大、パートナーとの協業、法制度への適応といった多くの課題に挑むなか、今後の動向に注目が集まる。

|文:橋本祐樹
|撮影:CoinDesk JAPAN
|トップ画像:DIMO Japan代表CEOの林亮氏