2025年11月、作詞家の秋元康氏が米UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)ブロックチェーン開発チームからのオファーを受諾し、新規トークン「AYET(Akimoto Yasushi Entertainment Token)」プロジェクトに参画するという発表があった。
一見すると、著名プロデューサーの名を冠したエンターテインメント系プロジェクトのように映る。

しかし、CoinDesk JAPANがプロジェクトの中枢メンバーへ取材を行ったところ、その実態は、老舗通販企業・日本直販による、Web3を活用した事業戦略であることが明らかになった。
本稿では、日本直販を親会社とする株式会社AKBT代表取締役の佐藤 義仁氏、日本直販のWeb3事業責任者である福本 健太郎氏、同社取締役(広報/IR管掌)の伊藤 統彦氏へのインタビューを通じ、1200万人の顧客基盤を背景にした実需の創出と、国内IEO(Initial Exchange Offering)を見据える、そのロードマップを紐解く。
「総合サービス企業」への転換が始まり
プレスリリースでは「UCLAからのオファー」がプロジェクトの端緒として描かれていたが、その背景には日本直販主導の明確な事業構想が存在した。
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日本直販の伊藤氏は、今回の協業体制について次のように説明する。
「元々、秋元康氏は日本直販の総合プロデューサーとして関わりがあった。一方で、日本直販は米国関連会社を通じてUCLAチームとのつながりもあった。日本直販で顧客基盤を活かしたWeb3関連事業の立ち上げを検討し、当該分野で経験豊富な両者に相談を持ち掛け、接点をつくったところ、話が弾みプロジェクトが発足した」
2023年9月には、日本直販の株式の20%が秋元氏の関係者へ譲渡されるとともに、同氏が日本直販の総合プロデューサーに就任したことが発表されている。
この体制が今回のトークン発行プロジェクトへと発展した。根底には、日本直販のリブランディングがある。
日本直販といえば、「老舗のテレビショッピング」というイメージを持つ読者も多いだろう。

しかし、その企業像は今、大きく変わろうとしている。
同社は8月、ロゴとスローガンを刷新し、従来の「通販会社」から「エンタメ・グローバル・DX」を軸とした「総合サービス企業」への転換を宣言した。
「老舗のテレビショッピング、総合通販からの脱却をテーマにしている。モノだけではなくコト、例えば保険サービスや旅行などへもサービス拡張していく中で、一つの出口戦略としてWeb3事業があるという位置づけだ」(伊藤氏)
つまり、本プロジェクトは外部からの持ち込み企画ではなく、日本直販が自社の変革のために、既存のアセットと秋元氏という強力なIPを掛け合わせた事業戦略といえる。
国内IEOを見据えた調達計画
暗号資産(仮想通貨)プロジェクトにおいて、最大の課題となるのが資金調達とトークンの流動性確保だ。
特に日本国内においては、金融庁や日本暗号資産等取引業協会(JVCEA)による厳格な審査が存在し、トークンの新規発行・上場には長い期間を要するのが通例である。
AKBT代表の佐藤氏は、ゴールをトークン「AYET」の流通に定めつつも、規制動向を注視しながら進める姿勢を示した。
「将来的に、トークン(AYET)が日本国内で流通することを当然目指している。現在、複数の取引所へリサーチをかけ、具体的に動いている段階だ。ただ、金商法の改正議論や、発行体に対する情報開示規制の強化など、国内環境は過渡期にある。我々としては、法改正などの動向を見極めながら、体制を整備していく」
実際、金融庁の「暗号資産制度に関するワーキング・グループ(WG)」では、11月26日の第6回会合をもって一連の審議を終了したばかり。
報告書案では金融商品取引法(金商法)への移行を軸に、責任準備金の積み立て義務化など、事業者へ高度な規律とコスト負担を求める方向性が示された。
業界側からは事業継続への懸念も上がる中、当局は早期の法案提出を目指しており、国内規制は厳格化に向けた最終局面に突入している。
背景には、国内IEOの実態に対する当局側の厳しい視線がある。
9月の同WGの会合では、委員の一人が、過去の国内IEO案件のほぼ全てが公募価格を下回っている状況を指摘。

これらを安易に金商法の枠組みに取り込むことは「正気の沙汰とは思えない」と断じ、投機的なゲームに国が「お墨付き」を与えることへの強い懸念を示した経緯がある。
こうした規制環境の変化を受け、佐藤氏は最終的な国内IEOをゴールに見据えつつ、まずは別ルートで資金調達を行う段階的な計画を明かした。
「プロジェクトを進めるには資金が必要。必ずしも国内IEOに限定せず、例えば海外市場でのプレセールや、国内におけるプロ向けトークン(適格機関投資家向け)の販売など、選択肢をいくつか考えながら計画している」
チームは、国内の法規制の動向を注視しつつ、並行してホワイトペーパーの作成を進めている。公開時期については、早ければ2026年1月を目指して調整中だという。
カスタマーサポートを強みに
多くのWeb3プロジェクトが直面するもう一つの課題が「トークンのユーティリティ(使い道)」の欠如だ。
単なるファンクラブ会員証としての機能しか持たないトークンは、投機的な売買の対象となりやすく、持続的な経済圏の構築が難しい。
Web3事業責任者の福本氏は、既存のエンタメ系トークンとの差別化ポイントを「流通・決済機能の実装」にあると語る。
「今までのエンタメ系トークンは『一体何に使えるのか』という実需が乏しく、価格が低迷するケースが見られた。我々はAYETを本来の暗号資産として流通させ、経済圏を作ることを目指している。ファンへのメリットはもちろん、日本直販の中で決済手段として有効に機能させる。ここが一番のポイントだ」
日本直販が抱える1200万人の顧客基盤に対し、トークンを決済手段として提供する。
しかし、そこには「Web3へのオンボーディング(参加障壁)」という高い壁が立ちはだかる。
ウォレットの作成や秘密鍵の管理は、一般的な通販ユーザー、特にシニア層には難易度が高い。
この点について、福本氏は老舗企業ならではの「アナログな強み」を解決策として挙げる。
「我々には約50年間培ってきた、電話対応などのカスタマーサポートの力がある。いきなり全てをデジタルにするのではなく、既存のアセットを活用し、グラデーションを用いながら徐々に慣れてもらう。そういったサポート体制こそが我々の強みだ」
「BC48Chain」とは
リリース内で言及され、一部で憶測を呼んだ独自ブロックチェーン「BC48Chain」についても、その位置づけが明確化された。
福本氏によれば、BC48ChainはUCLAチームが独自に研究開発を進めているレイヤー1チェーンであり、今回のAYETプロジェクトとは「ラインが異なる」という。
秋元氏が手掛けるアイドルグループを想起させる「48」という名称も、開発チームが記念的に付けた仮称に過ぎない。
「AYET自体は、流動性を確保するため、ERC20やBNBチェーンなど、既存のメジャーなチェーン上で発行する計画だ。まずはコンテンツ展開を優先。独自チェーン開発ありきではない」
「秋元康」は名前だけの関与ではないのか
取材の最後に、筆者は「秋元氏は名前だけの関与ではないのか」という、いささか意地悪な質問もぶつけてみた。
これに対し、伊藤氏は具体的な役割についてこう説明する。
「秋元氏には本プロジェクトでも総合プロデューサーとして関与してもらっている。彼がプロデュースしたアイドルグループなどのネットワークやアイデアの提供を受けつつ、進めている」
佐藤氏もまた、「単なる名前貸しではない」と続ける。
「秋元先生やスタッフとは四六時中連絡を取りながら進めている。単なる名義貸しや、楽曲提供だけといったプロジェクトとは違う。『どうせ名前だけ』と誤解されることもあるが、現場では必ず最終的にご本人の確認を取っている」
一見すると、秋元康氏の名を冠したエンタメ色の強いプロジェクトに映る。だがその実態は、創業48年・日本直販によるリブランディング戦略の一環だということが判明した。
1200万人という巨大な既存経済圏に対し、トークンという新たな決済手段をいかに浸透させられるか―。老舗企業による実需創出への取り組みが、動き出す。
|文:栃山直樹
|画像:日本直販ウェブサイトから(キャプチャ)


