1980年代初頭、ビデオゲームの悪影響を訴える人たちは、パックマンやスペースインベーダーに洗脳されたゾンビのような「vidiot(ゲーム中毒者)」の姿を描いていた。ゲームセンターの光に引き寄せられ、無垢なティーンエイジャーたちは中毒の危険にさらされ、勉強から離れていった。
現在、ビデオゲームはスキル開発を促すための価値あるツールと認識されている。マイクロソフトの「マインクラフト」は、エンジニアリングの原則を示すために使われ、「World of Warcraft」は学生たちに戦略と科学的な考え方を教えた。
テスラのイーロン・マスクやフェイスブックのマーク・ザッカーバーグは、ビデオゲームの教育的メリットをアピールし、ビリオネアのブロック・ピアース(Brock Pierce)は、ビットコインで成功したのはゲームを小さな頃から始めたおかげだと言う。
フィリピンでは、ブロックチェーンを使った人気ゲームが貧困から抜け出す道を与え、新しいテクノロジーの普及に貢献している。ベトナムのスカイ・メイビス(Sky Mavis)が開発した「Axie Infinity」は、イーサリアムブロックチェーンを使った分散型アプリ(Dapp)。プレイヤーはAxieと呼ばれるかわいいデジタルの生き物を繁殖、飼育し、戦わせる。取引することも可能だ。
66歳の祖母もゲームに夢中
マニラから北に約68マイル(約109km)、ヌエバ・エシハ州カバナチュアン市に住むイジョン・イントン(Ijon Inton)はAxieプレイヤーの一人だ。イジョンが初めてこのゲームを知ったのは今年2月、友人がYouTubeでゲームの解説をしているのを偶然見つけた。ゲームを「プレーして稼ぐ(プレー・ツー・アーン:P2E)」という要素に惹かれた。
「最初はちゃんとしたゲームかどうかを試したいだけだった。1週間やってみて、収入の額に驚いた」とイジョンは語った。彼は今、1日中プレーすることで、1週間に約1万フィリピンペソ(約206ドル、約2万1600円)を稼いでいる。
イジョンはすぐに家族にもプレーするよう勧め、数週間後には近所の住民にも教えた。
2016年から暗号資産(仮想通貨)取引を行っているイジョンは、友達がイーサリアム(ETH)を売買できるようCoins.phのアカウント設定を手伝ったりした。今、イジョンの66歳の祖母をはじめ、コミュニティーの100人以上がAxieをプレーして報酬を得ている。
新型コロナウイルス危機と、Axie自体の魅力とが重なり、普通ならDapp(分散型アプリ)を触らないような人たちがこのゲームをプレーしている。
「暗号資産投資家にとって、ひと月に300〜400ドルを稼ぐことは大したことではないだろう。だが、こうした人たちにとってはきわめて大事なことだ」とモバイルアプリ開発会社、アルティチュード・ゲームズの共同創業者でフィリピン人のギャビー・ディゾンは述べる。
「食卓に並ぶ食べ物を得るためのお金、家族のためのお金、そしてパンデミックで家から出ることすらできない時に彼らを救うお金だ」
ポケモン+クリプトキティーズ
このゲーム自体は、「ポケモン」と「クリプトキティーズ(CryptoKitties)」を合体させたものと考えればよいだろう。クリプトキティーズは2017年に大流行し、イーサリアムブロックチェーンに大量のトラフィックを生み、ネットワーク障害を引き起こした。
クリプトキティーズと同様、Axieのキャラクターはノン・ファンジブル・トークン(NFT)と呼ばれるもので、暗号的に固有な存在だ。
複製は不可能で、デジタル的に希少であり、ポケモンのように戦うために生まれてくる。かわいらしいぷっくりした体型と、かなり特徴的な外見(しっぽが唐辛子だったり、頭に割れた卵の殻が乗っているものもいる)が特徴だ。
Axieでお金を稼ぐ方法は数多く存在する。新しいプレーヤーにとって最も一般的な方法は、ユーティリティートークンである「スモール・ラブ・ポーション(SLP)」を獲得し、DeFi(分散型金融)プラットフォームであるユニスワップ(Uniswap)の流動性プールで販売することだ。バトルに勝つと報酬として発行されるSLPは、繁殖期にカップルになるために必要だ。
コロナで消えた海外就職のチャンス
イジョンはSLPの獲得がフルタイムの仕事になった経緯を、Zoomで説明してくれた。
コロナウイルス感染拡大の前には、日本に行き、食肉加工業の見習いとして、新しいキャリアを始める計画だった。海外で就職することは、フィリピン人にとっては日常だ。就職の機会が著しく不足しており、家族と離れて、海外で仕事を探すことを余儀なくされている。
イジョンは5月に出国する予定だった。しかし、国際的な渡航は禁止され、地元に留まった。Zoomの画面には、イジョンの後ろに赤ちゃんを抱く妻の姿が映った。赤ちゃんを抱っこしながら、スマートフォンでAxieをプレーしていた。夫妻は交代で、1日に20時間ゲームをする。
イジョンの妻が午後に4時間、夜中に6時間。イジョンは午前に8時間、就寝前に2時間。2人で1日に約1500SLPを獲得しながら、6歳、4歳、18カ月の3人の子供たちの世話を協力しながらこなす。現在、SLPの価格は2フィリピンペソ(約4円)を下回っているが、6月8日には11ペソ(約24円)まで上昇した。
経験を積んだプレーヤーや、より大きなリスクを取りたいプレーヤーは、Axieを自分で取引することで、大きなリターンを得ることもできる。イジョンはこの手法にも挑戦している。Axieを繁殖させて、2000ペソ(約4400円)もの値段で販売する。
Axieのなかには、驚くような高値がつくものもある。最近、非常にレアな2体のAxieが60イーサリアムと90イーサリアムで売れた。現在、最も高価なAxieには、110イーサリアムもの値段がついている。
フィリピン経済の不都合な事実
フィリピンの経済状況は想像以上に厳しい。ルソン島で最初の隔離が行われて以来、フィリピンの失業率は過去最高の17.7%まで上がり(1年前は5.1%)、GDPは同時期に16.5%減少した。
さらに海外で働く10万人を超えるフィリピン人が帰国した。アジア開発銀行は今年、海外からの送金額の減少幅は314億ドル〜543億ドル(約3兆3000億円〜約5兆7000億円)になると予想する。
海外からの送金は昨年、フィリピンのGDPの10%以上を占め、貧しい家庭にとってはきわめて重要な生命線となっていた。
政府はある程度の支援を行っているが、生活していくためには十分とは言えない。イジョンの家族は3月以降、給付金を2度受け取った。合計額は1万3000ペソ(約2万8000円)。
地元自治体も米やイワシの缶詰を配給するなどの支援を行っているが、月に1度、1週間分ほどにしかならない。だからこそ、自宅にいながら収入を補うことができることは文字通り、命綱となっている。
ゲームアカウントはライフライン
Axie Infinityの「ジホ」こと、ジェフリー・ジルリン(Jeffrey Zirlin)は、自動プログラムでゲームをしているユーザーがいないかを確かめる作業をしていた。そして、イジョン一家を発見した。同じIPアドレスから休みなく運用されている10個のアカウントを見つけ、(自動プログラムと判断して)アカウントを停止した。
イジョンはチャットアプリを通じてアカウント停止への異議を訴えた。ジホは一家がAxieをプレーしている証拠の動画を要求した。
動画(Axieプレーヤーの隣人が撮影)には、イジョン、イジョンの2人の姉妹、妻、義理の兄、2人の甥、叔父と叔母、いとこが皆、床に座りながらAxieをプレーしている様子が映っていた。一人ひとりがちょっと顔を上げて微笑み、カメラに向かって手を振り、またゲームを続けていた。
「イーサリアムの世界の外、Dappの世界の外、NFTの世界の外にいる人たちに、Axieをプレーしてもらいたいと思っている」とジホは話す。インドネシアやベネズエラでも、報酬を得るためにAxieをプレーするコミュニティー集団が存在するという。イジョン一家は、複数世代にわたるDappユーザー一家で、極めて珍しいとジホは言う。
「参加がより簡単になり、メリットの説明がより簡単になるにつれて、Axieのプレーヤーは自信を持って友達や家族を誘うようになっている」
フィンテックではなくゲームを選ぶ
ジホは、フィリピンでのAxieの成功の大半は、アルティチュード・ゲームズ創業者のギャビーのおかげと考えている。
2人が2018年にマニラで開かれたGameFestで最初に出会った時、ジホはギャビーに3体のAxieを送り、始めてみるよう伝えた。ギャビーはトップブリーダーとなり、約800のAxie、200の土地(Axie Infinityのマーケットプレースを通じて、土地もNFTとして購入可能)を所有している。
ギャビーは2003年からモバイルゲームに携わっているが、ブロックチェーンを試したのはクリプトキティーズが人気を集めた2017年のこと。「フィンテックにはあまり興味が持てなかった」とギャビーは話す。暗号資産が送金のコストと効率性を劇的に改善する可能性を秘めたテクノロジーとして認識されるようになった頃、多くの友人は暗号資産に世界に入るようになったと述べる。
「重要性は理解できたが、キャリアの点からはあまり興味をそそられなかった」(ギャビー)
未開拓の潜在需要
だが、ノン・ファンジブル・トークンには興奮させられたと、ギャビーは話す。「すごくクールなものに思えた。だからブロックチェーンゲームというルートを通じて、暗号資産の世界に足を踏み入れた」とギャビーは言う。
ギャビーはまた、イーサリアムブロックチェーンを使った仮想空間「Decentraland」の中で、「Battle Racers」と名づけたカーレースのゲームも開発した。このゲームでは、プレイヤーはNFTのパーツを使ってレースカーを設計・開発し、レースに出場できる。
ギャビーは、ブロックチェーンゲームの世界で成功することは簡単ではないと話す。「ここ数年、多くの人が挑戦し、失敗する姿を見てきた。プレーヤーをゲームに夢中にさせておくことは難しい」とギャビーは言う。
フィリピンでは、Axieは生計を支える現実の手段となり、口コミで拡散することで大きな人気を得た。特にコロナ禍の中、ますます多くのフィリピンの人たちがチャットアプリのチャンネルを訪れてくる。ゲームの始め方やプレーの方法を知るためだ。
始める難しさや、ガス代(取引手数料)の高騰など、イーサリアムを悩ませる課題がありながらも、Axieはフィリピン農村部のコミュニティーのハートをつかんでいる。またDappのパワフルなユースケースを提示し、NTFやDeFi(分散型金融)から、スマートコントラクト、トークン・エコノミーまで、複雑で幅広いコンセプトをプレーヤーたちに教えている。しかも、わずか数カ月の間に。
適切なデザインとインセンティブがあれば、多くのブロックチェーン開発者たちは、ユーザー獲得におけるレッスンとして、世界中の今はまだ十分なサービスを受けられていない人たちに期待している。(敬称略)
リア・キャロン-バトラー(Leah Callon-Butler)は、アジアの経済発展におけるテクノロジーの役割に焦点を置くコンサルティング会社、エンファシス(Emfarsis)のディレクター。
翻訳:山口晶子
編集:増田隆幸、佐藤茂
画像:Axieをプレーするヌエヴァ・エシハ州の人たち(Emfarsis)
原文:The NFT Game That Makes Cents for Filipinos During COVID