国内7000万人が使うキャッシュレス決済が、暗号資産取引をより身近な存在にするかもしれない。
PayPayは10月9日、暗号資産(仮想通貨)取引所Binanceの日本法人、Binance Japan(バイナンスジャパン)の株式40%を取得し、資本業務提携を締結した。世界最大規模の取引所を運営する日本法人とタッグを組む。
提携第一弾として検討されているのは、PayPayマネーによる暗号資産の購入・出金機能の導入だ。Binance Japanアプリ上で、PayPayマネーを使った購入ができるようになるほか、売却時の出金先の一つにPayPayマネーが加わる構想である。
口座開設後、暗号資産取引を始めるハードルの一つとなっている日本円入金の煩雑さを日常の決済手段として普及しているPayPayが解消するかもしれない。
業界を驚かせたこの提携は、どのように実現したのか。両社は今後、どこまで統合を深めていくのか──。CoinDesk JAPANはこの日、PayPay執行役員で金融戦略本部本部長の柳瀬将良氏とBinance Japan代表取締役・千野剛司氏に独占取材を実施。発表直後の両者に提携の経緯や狙いを聞いた。
決済×証券×暗号資産
──まさに今、ニュースが発表された。まずは、提携に至るまでの経緯を教えてほしい。
柳瀬氏:具体的な時期は話しづらいのだが、当社は今年4月に金融戦略本部内に「Web3チーム」を立ち上げた。親会社のソフトバンクも含め、さまざまな事業の可能性を模索する中でBinance Japanとの連携につながった。両社とも意思決定が早いので、スピーディーに進められた。

千野氏:国内で多くのユーザーを抱えるPayPayのようなプラットフォームとWeb3・クリプトが融合していくことが、暗号資産のマスアダプションに向けた重要な一歩になると考えていた。世界的にも先駆けとなるような試みを、日本から始められることが非常に喜ばしい。
──PayPayグループ内には、既にLINE BITMAX(ラインビットマックス)という取引所がある。Binance Japanを選んだ理由は。
柳瀬氏: Binanceは、展開国やユーザーベースを見ても世界ナンバーワン。LINE BITMAXはLINEのプラットフォーム上だけでの展開にとどまっており、別々に考えている。
決済とWeb3の組み合わせには大きな可能性がある。
クリプトを扱う事業者で日本と世界を比べると、日本はいわゆる交換業者が大部分を占めているが、グローバルでは証券業者や私たちのような決済事業者も扱うようになってきている。我々は証券会社(PayPay証券)も持っているため、Binance Japanと組むことで決済・証券・暗号資産の三つが揃う。これまで培ってきた信頼性を武器に、世界で起きているような潮流を日本でも起こしたい。
もう一つ注目しているのは、ステーブルコイン。日本の法整備は世界で最も進んでいるので、これからもっと事業がしやすくなっていくと考えている。新しい事業を作っていける可能性は大きいが、世界に先駆けて行うなら、やはり世界最大規模の取引所を運営しているグローバルな相手と組みたかった。
──国内の利用者に限ってみると、Binance Japan以上の取引所もあるが。
柳瀬氏:国内のユーザー数だけ見れば確かにそうかもしれないが、Binance Japanの取り扱う銘柄数は圧倒的に多い。新しいことへのチャレンジや柔軟性、機動力はグローバルが後ろにいるからできること。UIUXといったアプリの使いやすさも魅力的だ。

最大の障壁は「入金の煩雑さ」
──PayPayマネーを使った暗号資産の購入・出金を、Binance Japanアプリ上で実現しようとする狙いは何か。
柳瀬氏:暗号資産のユーザーにとって最も負担となるのは、口座開設よりもその後の入出金だと考えている。現状、取引所への入金は特定の銀行に限定されがちで、手数料が高く、時間もかかるといった利便性の課題がある。
我々も決済事業者として銀行経由の入出金を提供しているが、取引所の入出金の仕組みは比較にならないほど使いにくい。
PayPayは現在、約1000の金融機関とつながっている。国内銀行全てに対応しているわけではないが、このカバー率なら圧倒的に利便性が高くなると思っている。
ただし、現段階ではPayPayユーザーに対して暗号資産取引を提供するわけではない。あくまでBinance Japanのユーザーの利便性を上げることが第一義である。
千野氏:私たちも、ユーザーから「もっと簡単に日本円を入出金したい」という要望を強くいただいていた。一部では、PayPayと繋いでほしいという具体的な声もあった。

また「暗号資産は怖い」といった先入観を持つユーザーも依然として多いため、なじみ深いPayPayマネーを使えることが、暗号資産取引への心理的なハードルを下げてくれる効果も期待している。
ポイント運用で得た手応え
──Binance Japanで口座開設後、取引を始めるまでにPayPayがクッションのような形で入るというイメージか。
柳瀬氏:買い物のためにチャージしたPayPayマネーを、そのままBinance Japanのアプリ上で使えるようになる。暗号資産から日本円に戻そうとなった際もPayPayに出金し、日常決済で使うという活用法も想定される。
今回の提携を後押しした要因の一つには、PayPay上で展開している「ポイント運用」の成功があった。別途の口座開設が不要で、たまったポイントを使って疑似的に暗号資産の投資体験ができるサービスだが、ユーザーは2000万人にまで達した。ビットコインコース、イーサリアムコースなどを用意しているが、ユーザーからの反響が思いのほか良い。
この取り組みを通じて、PayPayユーザーの暗号資産に対する関心の高さを強く認識できた。
──今後は、より統合的な計画を考えていくのか。
柳瀬氏:さまざまな検討をしていくが、ステーブルコインが日本でどう浸透するかが鍵となるかもしれない。
海外の事例で言えば、ステーブルコインを使ってクレジットカードやデビットカードで決済できるサービスが存在する。
40%の資本参加の意味
──両社は、企業文化的にもフィットする部分があるのだろうか。
千野氏:お互いに、結果を出すことへのコミットメントが非常に高いと思っているので、共同したプロジェクトは進めやすいはずだ。

柳瀬氏:当社はBinance Japanを買収したわけではなく、あくまでも共同事業として取り組んでいく。一度やると決めたら、週単位のスピード感でプロジェクトを進めていく。「もっと早くできないか」「もっと良くできないか」という話が普通にできるパートナーなので、非常に組みやすい相手だった。
──とは言え、PayPayによる株式取得はビッグニュースだ。出資割合はどう決まったのか。
柳瀬氏:数字はあまり意識していない。両社でちゃんとできる体制を構築することが最も大切だ。暗号資産の領域は規模が全て。流動性やシステムの堅牢性を含め、グローバルでこれだけの処理をしているBinanceは非常に魅力的だ。
PayPayも7000万ユーザーを抱え、国内のトランザクション数は相当だが、それは資金移動業での話。暗号資産は全く異なる分野なので、単独で進めるより一緒にやった方が早いし、良いものができる。
──国内のWeb3やデジタル金融の普及に、今回の提携はどう寄与するだろうか。
柳瀬氏:難しい質問だが、我々は別にWeb3がなくても、デジタル金融をどんどん進めている。ただクリプトは本当に面白い。24時間365日、管理者なしに全てが動いている。1円とは言わず、最小単位を細かく分解することも可能だ。ステーキングも秒単位で動く。金融の根幹が変えられる可能性があり、テクノロジー自体が持つ柔軟性が非常に高い。

千野氏:ブロックチェーンで実現できる金融は、既存金融とは違う、より利便性の高いものだ。中央集権的ではなく、みんなが平等に参加できる。ただ、一般のユーザーにとってはわかりにくく、テック(技術)の話ばかりになりがちだ。
PayPayが取り組んできたデジタル金融は、既存金融の中での「とんがったところ」。そことブロックチェーンが掛け合わさることで、面白い融合が生まれる。今回の提携により、私たちは次のステージに進めると感じている。
私自身も証券業界の出身だが、既存の金融システムは明治時代から150年間、本質的に変わっていない。コンピュータになったり、人が機械に置き換わったりはしているものの、仕組み自体はほぼ変わっていない。最終的には、「お金を持っている人から持っていない人に融通する」という金融の本質は変わらず、既存金融との垣根自体が曖昧になっていくだろう。
|インタビュー・文:橋本祐樹
|撮影:竹田靖弘
|トップ画像:PayPay執行役員・金融戦略本部本部長の柳瀬将良氏(左)とBinance Japan代表取締役の千野剛司氏


