コインベース上場は“売り逃げ”ではない──金融システムを変える長いゲームが始まる

暗号資産業界の注目がコインベース(Coinbase)のナスダック上場に注がれたドラマチックな一週間が終わった。今は冷静に振り返る時だ。

ネットやテレビで多くのニュースが伝えられ、時価総額と成長見通しについて多くの分析が行われた。だが私が長期戦と考えている事柄については、あまり議論されていない。

コインベース創業者兼CEOのブライアン・アームストロング(Brian Armstrong)氏は、上場から「大きな利益を手にしている」と考える人たちもいる。中央集権的な管理者の必要性を排除する暗号資産にかかわる企業が、中央集権型システムに参加する。どうして、そんなことができるのか、と。

私は、コインベースの上場は矛盾しているとはまったく思わない。注意深く見ると、内部から伝統的システムに影響を与える戦略的な動きが見える。

新しいルール

上場企業となることで、コインベースはいまや伝統的金融機関の一部となった。だが、実際は違う。

伝統的な資産のようには機能せず、金融業界にかつてないレベルとスピードでイノベーションを与え得る資産を前提としたビジネスであり、依然として徹底的に暗号資産企業だ。

これは思った以上に広く影響を与えている。単に暗号資産を売買するためのプラットフォームの提供にとどまらない。プラットフォームの提供は重要であり、現在コインベースの収益の96%を占めている。

だが、これは入口に過ぎない。投資家が暗号資産への最初の一歩を踏み出すための比較的簡単な方法を提供するが、伝統的市場を変えるものではない。

資本市場改革へのコインベースの取り組みは、最近の複数の発表から見てとれる。

今月はじめ、コインベースはフィデリティ(FIdelity)やスクエア(Square)などと共同で、暗号資産業界のためのロビー活動を行う「Crypto Council for Innovation」を設立した。その数日後にはDeFi(分散型金融)スタートアップをサポートする組織「DeFiアライアンス(DeFi Alliance)」への参加を発表した。

金融機関は、DeFiが従来のプロセスに影響を与える可能性を認識しつつあるが、実質的な脅威としては、あまりに「突飛なもの」というのが一般的な認識だ。

だが、大きな時価総額を誇る企業が積極的にDeFiをアピールし、そのメリットを提示し、運用上のメリットはリスクとコストに見合うと他の大企業を納得させているところを想像してみて欲しい。

新たなインセンティブ

お金は言葉よりも説得力がある。コインベースの最近の投資をいくつか見てみよう。

1月、コインベースはステーキングサービスに特化したスタートアップ「バイソン・トレイルズ(Bison Trails)」を買収した。IaaS(インフラストラクチャー・アズ・ア・サービス)への進出が目的だ。

これはよくあるインフラではない。

ステーキングは、ネットワークのステークホルダー(暗号資産の保有者)が取引認証などのガバナンス関連の問題について投票を行う新しいタイプの合意プロトコルだ。保有するイーサリアム(ETH)を預け入れる代わりに、利回りを得る。完全なプルーフ・オブ・ステーク(PoS)ブロックチェーンへの移行に向けたイーサリアムブロックチェーンのベータ版「ビーコンチェーン」の場合、利回りは年11%に達する。

バイソン・トレイルズの買収は、現状、コインベース最大規模と言われており、顧客に利回りを得る機会を提供する以上のことを考えているだろう。

ステーキングはネットワークのガバナンスに積極的に参加するためのインセンティブとして存在する。ここでのキーワードは「インセンティブ」だ。

GDPが落ち込み、失業率が急上昇するアメリカで、CEOの報酬(中央値)が7%上昇し、1370万ドル(約15億円)となったニュースが流れた。大きな理由に、CEOの報酬が株価とより連動するようになっていることがある。この事実は短期的利益や投資家にアピールするための表面的な施策に注力することで、戦略的決定を歪める恐れを秘めている。

有数の上場企業が、他の業界のステークホルダーにバランスの取れた報酬とコミュニティへの大きな関与を伴う、新たなインセンティブメカニズムを提示することの影響を想像して欲しい。

新しいタイプの資産

注目すべきもう1つの分野は、デジタル証券(セキュリティトークン:ST)に対するコインベースの実際の投資と投資の可能性だ。SECへのへの提出書類に同社は下記のように記している(太字は筆者)。

「当社取締役会は、デラウェア州法で規定された制限のもと、ブロックチェーンベースのトークンという形態で、(中略)普通株を発行する権限を与えられる」

この文書は重要だが、やや見過ごされている。取締役会は株主の「投票などを必要とせずに」普通株を発行することができる。そして同社はコインベース・ベンチャーズ(Coinbase Ventures)を通して、複数のデジタル証券プラットフォームや発行体に投資していることを忘れてはならない。

コインベースはブローカー・ディーラー、あるいは代替取引システム(ATS)として登録されていないため、同社メインプラットフォームではいかなるタイプのデジタル証券も合法的に取引できない。

しかし、子会社のコインベース・キャピタル・マーケッツ(Coinbase Capital Markets)はブローカー・ディーラーとしてSECに登録されており、コインベース・セキュリティーズ(Coinbase Securities)はATSとして登録されている。ブロックチェーンベースのデジタル証券取引はまもなく開始される可能性がある。

ナスダックで最大級の時価総額を誇る企業がデジタル証券を発行し、自らのプラットフォームで取引したときのマーケットの騒ぎを想像してみて欲しい。

ナスダックは事実上、最終的に大きな競争相手になる可能性のある証券市場の出現をサポートしていることになる。内側から資本市場を変えるとは、まさにこのことだ。

新たな始まり

そして、ここが最も大事なポイントだ。コインベースは「売り逃げ」などをしていない。旧体制に対して革命を起こしている。その途中で、初期投資家をイグジット(株式の売却)させ、株主には流動性を与え、将来のより簡単で低コストな資金調達のための舞台を整えた。

重要なことは、暗号資産市場の企業は今、多くの人に認められるポジションにあることだ。伝統的な資本市場に参加している。現行システムへの本当の影響は、ここからはじまる。

|翻訳:山口晶子
|編集:増田隆幸、佐藤茂
|画像:Shutterstock
|原文:Crypto Long & Short: Coinbase Going Public Isn’t Selling Out – It’s the Start of a Long Game