PORSCHΞ 911の事例から学ぶ、企業におけるNFT戦略:HashHub Research

※本記事は「HashHub Research」のレポートを抜粋した内容となっています。記事の最後にHashHub主催のNFTセミナーのアーカイブ動画が無料でダウンロードできるURLを掲載しています。

前提

自動車メーカー「ポルシェ」がリリースしたNFTシリーズは失敗か成功か、2023年1月に行われたポルシェ911をモチーフにしたNFTシリーズのミントイベント開始数時間後には売れ行きの不調、ミント価格0.911ETHを割るひどいパフォーマンス、コミュニティからの反発により開始数時間後には失敗の烙印を押されたかのように思われました。

しかし、界隈の反発を受けたその数時間後に当初予定していた総鋳造数7,500を大きく下回る2,363枚が鋳造された段階でパブリックミントイベント中止を公表(下記ツイート)。

予定外のミントイベント中止はサプライショックを引き起こし、市場を混乱させ、一時ミント価格を割っていたポルシェNFT価格は3ETH近くまで上昇。この現象を見て、「ポルシェNFTはブルーチップになるかもしれない」といった数時間前までは考え難かった真逆の反応がソーシャルネットワーク上でなされる事態となりました。

ポルシェNFTの二次販売価格の推移(参照:https://dune.com/Eclipse/por)

その一時的な批判、一時的な熱狂も冷め始めてはいますが、ミントイベントから数日経た執筆時点でもポルシェ911NFTの二次流通価格はミント価格を上回るフロア価格2.1ETH前後で推移しています。

ポルシェNFTは失敗だったのか、成功だったのか、執筆時点でその結論を出すのはあまりに早計ではないかと感じますが、少なくともこの一連の騒動、そしてその前後のポルシェの動向はNFT戦略を検討しているブランド企業にとっては得られる学びもあるだろうと筆者は感じています。

今回はこのポルシェのNFT戦略の準備段階から鋳造、配布イベント振り返り、実際の界隈の反応と照らし合わせながら上手くいった点、上手くいかなった点を整理していきます。また最後に、執筆時点で示されているロードマップを確認しながら、今後考えられる方向性について筆者考察を行います。

ミントイベント準備段階のポルシェNFT戦略

2022年11月、ポルシェのWeb3領域への参入を示唆(発表)。この頃から2023年1月のミントイベントまでにどのような動きがあったかを振り返り、ポルシェのNFT戦略のポイントを整理していきます。

ポルシェはNFTをどのように活用するつもりなのか

執筆時点でNFTをその目的別に分類すると大きく以下の4つの型に分けることができるのではないかと考えています。

ポルシェは当初公式discordのアナウンスチャンネルでデジタル、フィジカルの両方の体験を実現するためにコミュニティとつながり、共創する場をWeb3ツールを用いて提供することを宣言していました。

参照:公式discordアナウンスチャンネル

このことからポルシェが発表するNFTシリーズはいわゆるブランドIPからの収益を期待した「コレクティブNFT」ではなく、コミュニティと共創する場をつくるための「アクセストークン(トークンゲート)」ないしは「メンバーシップトークン」として用いることを検討していたと考えられます。

また執筆時点のセカンダリマーケットでロイヤルティフィーを設定していないことからも、価値貯蔵を目的としたコレクティブNFTとして考えていなかったのではないかとも筆者は感じています。

目標の設定方法:対象顧客、NFT総鋳造数、一時販売価格、配布方法は如何に決まったのか

対象顧客:既存ファンではなく、Ethereumユーザー

ポルシェがWeb3専用に新たに開設した公式Twitter「PORSCHΞ @eth_porsche」、公式Discord「PORSCHΞ」の名称からわかるように、明らかにEthereum、及びEthereum上のユーザーを意識したマーケティング戦略を採用しています。

選択肢としては既存のファン層を対象にメールアドレス&パスワード認証を採用した独自NFTプラットフォームでの販売(例:Motoclub)や、Ethereumよりも安価なトランザクション処理が行えるSolanaやFlowでNFTを販売する選択肢もあったでしょうが、あえての高コストなEthereumを選択しているあたりにNFT戦略としての意図を感じます。

少なくともポルシェはこのWeb3領域では既存のファン層に配慮した販売方法を採用していませんから、そこを対象にはしていないのでしょう。この点もIPから得られる新たな収益を求めているわけではなく、コミュニティとの共創の形を模索しているから、Web3ツールに慣れ親しんでいるWeb3ネイティブなコミュニティを対象にするという判断に至ったのではないかと推察されます。

またこれは筆者の憶測に過ぎませんが、高級ブランドであるポルシェがリリースするNFTが間違ってもミント割れして安価で取引されるようなことはあってはならない、NFT販売の結果としてブランドの価値を毀損しないためにも比較的高価なNFT取引を厭わない傾向にあるEthereum上の富裕層を対象にしたのではないかとも感じています。

NFT総鋳造数、一時販売価格、配布方法

NFTを「いくらで、いくつ、どのように販売、配布するか」を正確に見積もることは難しく、ミントイベントを確実に成功させるのは至難の業だと言えます。とはいえ、「いくらで、いくつ、どのように販売、配布するか」をなんとなくの感覚で決めているとは考えづらいですから、一般的には定量可能な目標を計画段階で定義し、優先順位づけ、実施前、実施後に測定して評価を行なってはいるでしょう。(一般的には公式Websiteのトラフィック分析、公式ソーシャルメディアアカウントの分析等から需要分析します。)

ちなみにポルシェが計画したNFT総鋳造数は7,500、一時販売価格は0.911ETH(およそ$1,420)、販売方法は事前のイベントで参加証明としてのPOAPを発行し、その保有条件によって時間差で購入可能とするというものでした。 一時販売価格はポルシェ911をモチーフにしたNFTですから、911の名称から0.911ETHを妥当な価格帯として選んだのでは、とは思います。ですが、鋳造数7,500に設定した意図は筆者にはわかりません。

ミントイベント時、及びイベント終了後のNFT戦略の動向

ミントイベントの結果、および推移(参照:https://dune.com/Eclipse/por)

ポルシェが2023年1月に実施したミントイベントの結果を振り返ります。 冒頭で説明したようにポルシェ911NFTのミントイベントはその開始後24時間以内に総鋳造可能数に至る前に公式の判断で終了しました。

結果を見ると、総鋳造数は2,363、鋳造したユニークアドレス数は1,405です。つまり対象NFTに0.911ETHを払ってもいいよと判断したアドレスはわずか1,405アドレスだけでした。

過程に目を向けるとミントイベント開始後5時間を経過したあたりから鋳造数/hが激減していることがわかります。ミントイベントは計5段階、会員ランクに応じて優先的にミントする権利が与えられています。パブリックミントは最初の鋳造開始から7時間後です。つまり、公に解放する前から需要に翳りが生じていたことが窺えます。

PORSCHΞ 911のフロア価格推移(参照:Opensea)

openseaでの二次販売時のフロア価格の推移(上図表)を確認すると同時間帯にミント価格割れを度々起こしていたことが確認されます。

市場環境が悪かったのか、造られたNFTそのものが悪かったのか、ロードマップが悪かったのか、総供給量に対してNFT販売価格が高すぎたのか、その要因をどこに求められるのかはわかりませんが、少なくもこの二次流通価格が低迷していたこの時点での公式ツイートには同社のNFT戦略に対する上記に関連した批判のコメントが寄せられていました。

※ちなみに批判コメントには総供給量7,500であれば「0.911ETHは高すぎる」「0.0911ETH(およそ$142)が妥当ではないか」といった意見が散見されています。

その後、これらの批判を受けた同プロジェクトはすでに固定価格で販売してしまった鋳造価格そのものを値下げすることが難しいですから、公式アナウンスを行い、ミントイベントを一時停止、当初の総鋳造量を絞るという決断を行いました。 その結果として、サプライショックが生じ、市場が混乱し、一時的にフロア価格が高騰、ソーシャルネットワーク上でも注目を浴びることでさらに価格が上昇するという事態となりました。

セカンダリーマーケットの状況(参照:https://dune.com/Eclipse/por)

批判コメントに対するプロジェクト側の迅速な対応とそれに伴うフロア価格の高騰を好感する風潮もありましたが、比較的巷の熱が冷めてきた執筆時点での「鋳造したユニークアドレス数1,405アドレス」に対する「執筆時点でのユニークホルダー数1,534アドレス(上図参照)」の結果を参考にする限り、それらの熱狂、高騰はミントイベント終了後から純増したわずか129人(アドレス)の需要が生んだ小さな現象に過ぎないということはここに注記しておきます。 少なくとも評価者が少ない中での価格高騰ですから、今後も続く妥当な二次流通価格なのかは不明です。

ポルシェNFTの失敗を整理する

1.「価格設定」「流通(供給)」戦略の失敗

ポルシェ911NFTの失敗要因はなんだったのか、ここまで振り返ってみて、最も顕著な戦略ミスとしては「価格設定」「流通(供給)」戦略の失敗が挙げられるでしょう。 ある特定のユーティリティを付与したNFTを「いくらで、いくつ、どのように販売、配布するか」。この問いに対する答えを定量可能な目標を計画段階で定義することで求めることもできるでしょうが、少なくとも市場の様子は刻々と変化していますから(特に2022年以降の相場はそれ以前のそれとは違います)過去のデータを参考に、妥当な価格帯、販売数量等、正確に需要を予測することは困難でしょう。

ポルシェNFTは優先的に鋳造できる権利を一部のコミュニティユーザーに与えつつも、一次販売価格は0.911ETHで一律固定、妥当な価格の模索を事前に行うことなく公開してしまったことはコミュニティの反感を買う主な原因になったと考えられます。

2.NFT像に対する認識にズレがある可能性

二つ目は筆者の憶測になりますが、プロジェクト側が想定していたNFT像とユーザー(プロジェクトを評価する)が認識するNFT像にズレが生じている可能性もあるのではないかと思います。

ポルシェ911NFTはその当初の構想段階から「コミュニティとの共創の場」を作ることを目的にした2.アクセストークンまたは4.メンバーシップトークンとして捉えていたのではないかと筆者は考えています。ロイヤルティフィーを設定しておらず、今回の作成したNFTの二次流通を通じて利益を得ることはあまり重視されていないことからも所謂ブランドIPを用いたコレクティブNFTのような価値貯蔵を主な目的にしたNFTではないという考えを示しているようにも感じます。

以上の点だけを見るとポルシェ911NFTプロジェクトは、コミュニティと価値を共創し、そこで生まれた価値をコミュニティに還元するWeb3らしいプロジェクトを模索しているかのように見受けられます。

しかし、 結果としてポルシェ911NFTは当初予定していたわずか1/3程度の2,363を鋳造販売したのみですが、実はそれだけでも2,153ETH(およそ$3.4M)を売り上げています。ロードマップが十分に示されておらず、どのように価値を共創し、コミュニティにどのように価値を還元するのかが示されていないにも関わらず当初の計画通りであれば、およそ$10Mを調達する計画でした。

Ethereumユーザーを対象にしたWeb3ネイティブのNFTプロジェクトを目指しつつも、調達した資金の使途、調達資金の管理方法を十分に説明できていなかったことからも、コミュニティとの認識のズレが生まれ、一部コミュニティから「詐欺まがい」の扱いを受けたのではないかとも感じます。

少なくとも「NFTベースのWeb3事業は収益やPRを目的にするのには、本来向いていないのでは?」と筆者は感じています。なぜならいわゆるこの業界で語られるところのWeb2は「コミュニティ、ユーザーから如何に価値を引き出して(フォロー、いいね、CV等々)稼ぐか」というモデルであり、Web3はその反発として現れた「コミュニティにいかに価値を還元するか」を目的としたモデルとして捉えられる向きもあるからです。特に価値の貯蔵を目的としたコレクティブNFTではないCo-createを謳うのであればこの点は尚更重要視されるでしょう。

これはどちらのモデルが正解というものではありませんが、Web3を謳い、共創を謳いつつもプロジェクト側は前者(Web2の意識のまま)のつもりで販売し、ユーザーは後者のつもりで購入したなんてことは珍しいことではないでしょう。ただし少なくともプロジェクトのターゲットとして比較的自由主義者の多いEthereumユーザーに据えたのであれば、ある程度は郷(カルチャー)を理解し、それに従う必要はあったのではないかと感じます。

総括|ポルシェ911NFTの今後の動向に対する私見

とはいえ、ポルシェNFTは本当に失敗したと言えるのか?というと「いや、それを言うのはまだ早計では」と筆者は感じています。一般的にNFTはフロア価格で評価されがちですが、市場流通量の少ないNFTシリーズは容易に価格が変動してしまいますし、NFTのフロア価格の高い低いがプロジェクトそのものの評価に直結しやすいことは確かですが、前述したようにNFTの用途、検討されているビジネスモデルは一様ではなく、その目的に応じた型が複数あり、何をもって成功とするかはそのプロジェクトの目的次第のところがあります。

今回のポルシェ911NFTの一連の動向後の動きに目を向けると、2023年2月を目処にポルシェ911をカスタマイズできるようになることを公表しています。この提案に魅力を感じるほど筆者はポルシェが好きではないので、具体的にどのような形でカスタマイズの需要を生み(グッズNFTとして配布するのか?等々)、バリューをどのように作るのかにしか興味を抱けませんから、執筆時点で確認できるこれらの動向をもって、ポルシェNFTがコミュニティ(ホルダー数1,534アドレス)と未来の価値を共創する姿を想像することを筆者は今のところはできません。

しかし、ポルシェ911NFTプロジェクトに限らず現段階での多くのWeb3コミュニティがまだ最初のグループアイデンティティを模索する実験ステージでしかなく、その意味ではグループアイデンティティを確立しつつある一部のPFP NFTコミュニティを除いてはスタート地点はほぼ同じであり、現時点で成功も失敗もありません。

ポルシェ911NFTのグループアイデンティティとは何か? そこはわかりませんが、仮にアイデンティティの構築に成功し、メンバー間でなんらかの形で価値を共有する習慣が生じ、文化が生まれ、コミュニティ内でプロジェクトを創造する動きが生まれ、バリューフライホイールが自発的にうまく回るようになれば、ポジティブフィードバックループを生む会員制の自立分散型エコシステムを創造することもあるのではないかとも期待しています。

執筆時点ではまだ正解のない道のりですから、コミュニティと共に持続的に成長するための正解を見つけるまで、「いかに生き延びるかが重要」であり、その意味ではポルシェ911NFTプロジェクトが今回のセールで調達した2,153ETH(およそ$3.4M)の使途と今後の持続的な運営費確保の有無が着目されます。

よりNFTの事例を知りたい方へ

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|テキスト:HashHub Research
|編集:coindesk JAPAN編集部
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