オープンAI創業者が取り組むWorldcoinへの深刻な疑問【コラム】

オープンAI(OpenAI)のCEOとして、今、世界中から注目を集めているサム・アルトマン(Sam Altman)氏は、生成AIのみならず、「Worldcoin」プロジェクトにも取り組んでいる。

同プロジェクトを推進する企業「Tools for Humanity」は先日、ベンチャーキャピタルから1億1500万ドル(約155億円、1ドル135円換算)を調達したと発表した。

この資金調達は、資金集めが簡単だったこの10年によって育まれた「知名度主導のスロットマシン」のようなシリコンバレーの資金調達の最後のあがきに見える。倫理的な理由にしろ、金銭的な理由にしろ、このプロジェクトを支援する合理的な理由はほぼないように思えるからだ。

Worldcoinの価値提案とは

簡単に説明すると、Worldcoinのアピールポイントの核となるのは、ユーザーの網膜をスキャンし、後でオンラインでの本人確認に使えるようにする装置「The Orb」だ。Worldcoinのトークンは「ユニバーサル・ベーシック・インカム」(UBI)の一種として配布される予定で、現在は初期の眼球スキャンに協力するボランティアへのインセンティブとして提供されている。

しかし、Worldcoinに欠けている最大のことは、Worldcoinトークンが流通した後、どのような価値を持ち得るのかが不明なことだ。イーサリアムブロックチェーンを基盤としたミームコインで、トークノミクスモデルが明らかではないトークンが長期的に食料や住居などの必需品と交換可能になることを想像することはきわめて難しい。

つまり、このプロジェクトのUBIの要素は、デジタルアイデンティティ(DID)の問題を解決するという真の目的の“うわべ”を飾るものに過ぎないことが容易に推測される。しかし実は、DIDに対するWorldcoinのアプローチも同様にひどいもので、リスクや道徳的なねじれなど、数々の問題をはらんでいる。

この二重性は、Worldcoinの売り込みに使われている議論のすり替えにまつわる支離滅裂さの一例に過ぎない。同社は、Worldcoinは慈善事業と莫大な利益を得る機会(アルトマン氏はオープンAIでもこの2つを追求した)の双方だと伝えるために多大な労力を費やしている。

これは、データを大量に収集することでリッチになりつつ、世界をより良いものにすることもできるとするシリコンバレーの危険な妄想の極地だ。

かけ離れた実態

Worldcoinが構想から実践に移るに伴って、その自己満足的な考え方の危険性はますます明らかになっている。現状の初期段階にあってさえも、寛大さを装って、世界的な大混乱と大規模な搾取の種を蒔いている。

テクノロジー関連メディア「MITテクノロジーレビュー(MIT Technology review)」は、発展途上国14カ国を含む24カ国で現在行われているWorldcoinの初期導入プロセスの参加者数十人にインタビューを行った。その結果はプロジェクトの実態を明らかにする不穏なものとなった。

「私たちの調査は、プライバシー保護に重点を置いたWorldcoinの公式メッセージと、ユーザーが経験したことの間に大きなギャップがあることを明らかにした。同社が欺瞞的なマーケティング手法を用い、認めているよりも多くの個人データを収集し、意義のあるインフォームドコンセントを得ていないたことが判明した。これらは、EU(欧州連合)の一般データ保護規則(GDPR)や各国の法律に違反する可能性がある」

一方、中国では、Worldcoinのウォレットアプリを使用し、Worldcoinの報酬を望むユーザーの間で、生体認証虹彩データのブラックマーケットが出現したと報じられている。売り手によると、データはカンボジアやケニアといった発展途上国から提供されているという。つまり、Worldcoinの基本モデルがすでに、プライバシー侵害のインセンティブになっている。

これは単なる道徳的な問題ではない。特にGDPRはきわめてシリアスな法律であり、違反した場合には莫大な罰金が課せられる。Worldcoinはそのリスクを軽視しているが、顧客のオンボーディング(登録や使用手続き)はOrbを扱う人たちに頼っているため、必然的に不正が続くことになるだろう。これでは、デジタルアイデンティティを解決するというWorldcoinの目標は完全に台無しとなる。

説得力に欠けるベンチャーキャピタル

今回、1億1500万ドルの資金調達ラウンドを主導したのは、ブロックチェーン・キャピタル(Blockchain Capital)という企業。発表に合わせて、同社ゼネラルパートナーのスペンサー・ボガート(Spencer Bogart)氏は、投資の根拠を説明する短いツイッタースレッドを投稿した。

スレッドは非常に欺瞞に満ちたもので、意図的だったかどうかは別として、驚くほど空虚だった。ボガート氏は冒頭で、それまでの「Worldcoinはディストピア的かつオーウェル的悪夢」であり、「ハードウェア、生体認証、暗号資産、AIの有害な組み合わせ」という見解を「完全に改めた」と述べている。

しかしその後のスレッドで、ボガート氏はそれらの懸念に対する反論をまったく提示していない。それどころか、Worldcoinは「数十年来のシビル(Sybil)攻撃の問題」、つまりデジタル世界のなりすましに対する脆弱性に対して「我々が見た中で最も説得力のある解決策」と主張している。

「説得力のあるソリューション」のマイナス面について、安心感をもたらす説明をまったく行っていないことから、ボガード氏は実は、発展途上国の人々の生体情報を根本的なリスクにさらすことは、デジタルアイデンティティの解決にとって価値あるトレードオフだと主張しているに等しい。

これは、暗号資産エコシステム全体で、サム・アルトマン氏よりもはるかに誠実に、正しいソリューションを提供することを目指している人々が追求している、はるかに優れたアイデンティティソリューションを見過ごしているようで残念だ。

これらのソリューションには、分散型、プライバシー保護型、ユーザー制御型のソリューションが含まれ、長期的にはるかに優れた結果をもたらすだろう。しかし、それらを説明することは難しい。一方、Worldcoinの提案は、難しく考えすぎない限り、簡単に理解できるものになっている。

|翻訳・編集:山口晶子、増田隆幸
|画像:Worldcoinが手がける「The Orb」(Worldcoin)
|原文:Worldcoin and the Intellectual Decline of Venture Capital