チャンスでもあり崖っぷち。渋谷のポテンシャルを生かしてWeb3コミュニティを支援──渋谷区長 長谷部健氏【2024年始特集】

2023年、Web3関連のさまざまなイベントが渋谷で開催された。また渋谷区には東京23区の中で、港区と並んで最も多くのスタートアップ企業が存在し、スタートアップ育成のための専門会社「シブヤスタートアップス」も動き出している。まもなく、アートとテクノロジーを融合させたイベント「DIG SHIBUYA」も始まる。日本のWeb3シーンを支える重要な舞台となっている一方で、大きなチャンスとともに危機感を感じているという長谷部渋谷区長に聞いた。

日本のスタートアップに対して責任ある地域

──渋谷区はグローバル拠点都市推進室を設けて、Web3やNFTに積極的に取り組まれています。

長谷部:僕は渋谷区で生まれ育って50年ですが、渋谷は区ができてから、まだ90年あまり。その前はNHKの朝ドラで描かれたように田舎でした。大正時代に明治神宮が原宿に作られたのは土地が空いていたからです。すごく新しい街です。明治神宮ができた頃から「東京でひと旗揚げよう」という人たちが日本中から集まってきました。だから、新しいことへのチャレンジにも寛容な面があります。

京都や鎌倉には長い伝統があって、歴史に基づいた「シティプライド」があります。一方、渋谷は、新しい人がやって来て、混じり合い、認め合って、新しい価値を発信しています。そういう側面が元気なことが、渋谷のシティプライドにつながっていると感じています。

Web3への取り組みは、実は区ではなかなか踏み出しにくい領域です。区の基本は住民サービス。渋谷区は、渋谷区で働いている人たちが住民とは限りません。つまり、産業振興・商業振興といった領域に住民からいただいた税金を費やすことは難しい面があります。本来なら、都や国が行う領域ではないかと思うこともあります。

──スタートアップ支援の狙いはどこにあるのでしょうか。

長谷部:私が渋谷区長に就任した2003年以降、スタートアップ誘致を積極的に進めています。先行していた福岡や神戸などと比べると1年ぐらいは遅れを取っていましたが、今ではスタートアップの数も、支援している企業の数も、ビザ発行数も一気にトップレベルに躍り出ました。

スタートアップの動きは、区が抱える課題の解決に直結する面もあります。少子高齢化や子育ての課題をスタートアップの新しいテクノロジーで解決できるかもしれません。今がチャンスだと感じています。むしろ、ここから数年がチャンスで「ここで実現できなければ終わり」くらいの危機感を感じています。都や国にも、もっと積極的に取り組んでほしいですが、特定の地域に注力することは難しいことも理解できます。何とか追い風を生かしたいと思っています。

Web3にとどまらず、行政も政治もオープンデータ化していったり、スマートシティを目指すなど、ある意味、向かうべき方向性は見えています。あとはアクセルを踏むだけです。ただし当然、トライ・アンド・エラーになります。支援したスタートアップが潰れることもあるでしょう。しかし、それを躊躇していたら、街のエネルギーにつながりません。もっと言えば、我々は日本のスタートアップに対して責任ある地域だと思っていますので、そこは踏ん張らなければいけないと感じています。

渋谷のポテンシャルと若者のタフさ

──政府もWeb3を成長戦略に定めています。国や都とは積極的に連携を測っているのでしょうか。

長谷部:国や都の取り組みはフラットになりがちで、難しい面もあります。渋谷区がいろいろ取り組んでいると、都がフォローアップするような形になることもあります。「東京」という看板を生かし、もっとコミットして欲しいですが、都の立場も理解していますので「自分たちで走れるところで走ろう」という考え方で進めています。ただし、都の熱量も上がってきていると感じています。

あとは日本人は非常に謙虚です。スタートアップも「これは行政が認めてくれないだろう」と、自分たちで忖度してしまうようなところがあります。ビジネスチャンスとして非常にもったいない。チャレンジを後押しするような気運、環境を作りたい。

とはいうものの、今の若い世代はタフです。我々の若い頃とは違います。昔なら「あそこの区や街ではこんなことをやっている」などと比較していましたが、今は情報が世界中から入ってきて、世界との比較になっていますね。我々が円安を心配しても、民泊で外国人に宿泊サービスを提供している若者たちは「僕らはドルで稼いでいるから大丈夫」などと笑っています。タフだなと感じます。グローバル化がますます進むなか、そういった人材が育っていたり、活躍している渋谷のポテンシャルをもっと生かしていきたい。

──渋谷に国際的なスタートアップ・コミュニティを作ることを目指して「シブヤスタートアップス株式会社」を民間企業とともに設立されました。どのような反響がありましたか。

長谷部:2023年2月に設立を発表しました。あの頃から、いよいよ本格的に動き出したと感じています。またスタートアップ育成に行政が加わっていることで、スタートアップへの出資や連携を検討している企業なども、よりアプローチしやすい状況になっています。アメリカ最大の高齢者団体で豊富な財政基盤を持つ「AARP(全米退職者協会)」とも協定を結ぶことができました。AARPが出資しているエイジテックのスタートアップを紹介してくれるような動きもあります。行政としての信頼感、渋谷が持つ力が発揮されています。

行政として「目に見えない革命」を見据える

──2000年頃のビットバレー、少し前のクリプトバレーなど、新しい動きは渋谷からスタートしています。

長谷部:情報の発信地だからではないでしょうか。私が約20年前に始めたごみ拾いのNPO「green bird(グリーンバード)」も表参道で始めたら、いつの間にかメディアに取り上げられ、「うちの街でもやりたい」と広がっていきました。

ファッションでは「竹の子族」とか「ロカビリー族」がいて、バンドブームのときには「渋谷系」も生まれました。「ホコ天」からさまざまなカルチャーが全国に発信され、若い人たちが日本中から集まって、いろいろなカルチャーを発信していった。ただ、以前は「成り上がろう」という人たちが集まってきた街でしたが、今は「成り上がった人」が来る街になっているようにも思います。

また最近はファッションの動きが弱くなっていますが、Web3はファッションやカルチャーとの相性が良いので、もっと化学反応を生み出せないかと思っています。行政が具体的な方向性を決めることは難しいですが、生まれてくるものを見守り、場を提供して、ともに新しいものを生み出したり、課題解決に向かっていきたい。

渋谷が注目を集めることは多いですが、渋谷区は全国の自治体と協定を結んでいます。例えば「ドローンを飛ばして実験したい」と言われても、渋谷では無理ですが、実験が可能な自治体を紹介することができます。税金を使わなくてもできることはたくさんあり、そうした取り組みも進めています。

──2023年は渋谷でWeb3関連のイベントがいくつか開催されました。どのような手ごたえがありましたか。

長谷部:5月にNFTアート体験型ギャラリーの「Bright Moments Tokyo」が開催されました。聞くところによると、2日間で約7億円を売り上げたそうです。海外から2000人くらいが来場したそうです。「目に見えない革命が起きている」と実感しました。以前のように目に見える形で世の中が変わっているわけではありません。この10年ぐらいのITを活用した革命は目には見えない革命です。だからこそ、革命を理解している人、認識している人だけがメリットを享受している面もあります。我々行政もしっかり見据えていかなくてはなりません。

Web3に象徴されるように、パラダイムが一気に変わろうとしています。大きなチャンスでもあり、ここで乗り遅れてしまうと、もう追いつけない崖っぷちという危機感もあります。円安もあって、海外からたくさんの人が日本を訪れ、渋谷を訪れ、注目してくれているなか、チャンスを生かしたいと思っています。

──1月12日からアート×テックイベントの「DIG SHIBUYA」が開催されます

長谷部:初挑戦なので、どきどきしています。区役所周辺を使いつつ、公園通りを封鎖して、アートを見せたり、パレードを行ったり、お祭り的なこともいろいろと仕込んでいます。ロサンゼルスを拠点に活動するFriendsWithYou(FWY)をメインアーティストに迎えて移動式参加型アートを展開したり、深夜のスクランブル交差点の街頭ビジョンを使って映像作品を上映したり、NFTスタンプラリーも行ったりする予定です。

スタートアップやNFT、Web3のコミュニティづくりもここから本格的にスタートさせます。2024年も引き続き、アクセルを踏んで、やりたい人がやりたいことができる街でありたい。渋谷区民だけではなく、Web3時代はこの街に思いを持ってくれている人は皆、コミュニティのメンバーです。「渋谷民」と言ってもいい。ぜひその一員になってもらいたい。

長谷部 健
渋谷区長。1972年東京都渋谷区神宮前生まれ。株式会社博報堂を退職後、2003年1月、NPO法人green bird(グリーンバード)を設立し、原宿・表参道を中心にごみのポイ捨て対策プロモーション活動を開始。同年4月に渋谷区議会議員に初当選。以降、3期連続で当選。2015年渋谷区長に当選。現在に至る。

|インタビュー・文:増田隆幸
|写真:小此木愛里
|取材協力:水野公樹